第1話 騒がしい起床
夢を見た。天井張りの白い空と、血管に突き刺さる茨に包まれた己の肉体…だが、恐怖は存在しない。夢であるが故に、何も理解していなかったのだろうか?
「御臨終です」
その時、僕の額に冷たい何かが───────
「……う〜ん…あ…?」
目が覚めた時、そこは見知らぬ場所であった。
「………ぁ……?」
寝ぼけた頭では考えも纏まらないが、寝具はとても身体に馴染んで心地よかった。
…それ以外の事実は必要無かった。
(寝てから考えよう…)
僕は考えを棄て、眠る。この状況や自身の異変など知りたくもなかった…
「……て……お……き……て……!」
(……?)
「…起きなさーい!」
「………?」
「全く…見慣れない場所で目覚めたのに、二度寝するなんて!」
見知らぬ女が喚いている。
(邪魔だな…誰だよ)
「コラ!寝ようとしない!」
毛布を剥ぎ取られ、心地よい感触は消えていく。
「チッ…」
不快な目覚めに、舌打ちをする。
「…何なんだ?」
不定形で不明瞭な夢の世界とは違い、揺らぎ無く無機質な現実世界の光景に目が眩みそうだ…
「え〜こほん…私は真実の女神ファトゥール。」
(ねむ…)
「ちょっと?話聞いてる?」
「…僕を拉致した人の与太話をしっかり聞く必要はないと思っていてね。」
「誰が拉致犯よ!漂流してたアンタを保護してやったんだっつーの!」
…確かに、拉致しておいて縛りもしていないのは少し変か。
「…で、何かご用で?自称女神さん?」
「自称じゃないよ!国家レベルの信者がいるのよ!」
(頭のイカれた宗教家なのかな…)
「信じていないなら、真実をとことん分からせてやろうじゃないの!」
その瞬間、女の身体から後光が差し始めた。
「眩し…ライト消してー!」
その時、身体から重さが消える。水の中を浮かぶ様な…夢の中にいる様な…
「…浮いてるし」
「どーよ!これで私が神様だって信じる気になったでしょ!」
「夢か…」
布団を持ってベッドに
「寝るなァァァ!!?」
「何だよ…うるさいな。」
「受け入れなさいよ現実を!?ここ現実!NOT夢!!」
「現実で身体が浮遊するわけ無いだろう。」
「があぁ…これだから魔術のない文明圏は…!」
「…はぁ、わかったよ。今はもうちょっとだけこの悪夢に付き合うとするよ…」
「!!」
ファトゥールの表情がぱあっと明るくなる。
(真実の女神ねぇ…嘘をつく知能が無いだけじゃねぇのか?)
「よし!それじゃ本題ね!明彗 煌矢!貴方をここに連れて来た理由は、貴方が私の眷属たり得る能力を持つ人間だから」
「…はぁ。」
意味がわからない、スピリチュアルに傾倒した人間は発想がここまでぶっ飛んでいるものなのか…
「平たく言えばスカウトよ!衣食住タダでボーナスも付くわ!そんな素晴らしい神々の末席に加わる事の出来る能力が貴方には…」
「…辞退したい」
「ダメ、絶対にダメ」
(胡散臭過ぎる…)
「僕は他人と関わるのは得意じゃない。起きててもすぐに眠くなっちまうからな」
思えば、自分は今までも眠ってばかりであった。
受験の時も、大怪我をした時も、両親の葬式の日だって寝過ごした。
(…嫌だねぇ…)
目覚めている時間は憂鬱で嫌いだ。夢の世界であればシャボンの様にどこまでも飛んでいけるだろうに、今日はやけにはっきりしている…
「問題ないわ、神様ってのはね?多少おかしな事してても、神様だからって理由でどうとでもなるものなのよ!」
「アンタはそれでいいのか?威厳もへったくれも無い神様なんて珍獣と変わらないと思うんだけど」
「人前で格好良く振る舞えば尾ひれは勝手に付いてくるものよ?」
「は、はぁ…そもそも具体的に何をするんだ?」
「このアズラトゥスへ逃げた大罪人を捕まえて、神器を取り戻す事よ」
…ここの神様は戸締まりが苦手な様だ。
「大罪人の名はエヴァナテウス。
人の身で神殺しを成した規格外の化け物で、魂を自在に変幻させる神器である転魂の炉を盗み出したの」
「…僕みたいなインドア派に頼む仕事じゃあないと思うんですけど?」
「勿論、ちゃんとした策はあるわ」
「…それは一体?」
「信者を集めて探させるのよ!」
「それはアンタがやった方がいいんじゃ…」
「神様ってのはね?誰か死んで空席が出来たら、そこを迅速に埋める必要があるんです〜!常に人手不足なの!」
…この世界では神様も所詮は世界の歯車の一つに過ぎない訳だ。
「取り敢えず、はいこれ」
「これは…ベルかな?」
「眷属喚びの聖鈴よ!ウチの眷属達のお手伝い係を呼べるわ!」
(…これでどうしろと?)
「んじゃ、私忙しいから!頼んだよ!」
「は?」
眩い光と共に、ファトゥールは消えていった…
「………ええ〜?」
こうして、新たなる時代の神話が幕を開けた…
続




