第三十九回
断絶の岬、無音の入港
右舷側に、切り立った巨大な岩壁が姿を現した。
かつて「嵐の岬」と呼ばれ、今は「喜望峰」と清書されたその場所では、荒れ狂う二つの海が激突し、真っ白な飛沫を空高く打ち上げている。だが、感覚を失ったビアンにとって、それは恐ろしい波濤でも凍えるような飛沫でもなかった。
(下書き:……世界という巨大な紙の、南の端に打たれた「終止符」だわ)
青と黒の潮が混ざり合い複雑な渦を巻くその海面が、何万もの銀の数式によって制御されている様が見える。轟音を無視し、岬の放つ物理的な圧だけを鉛筆の芯で受け止めていた。
岬を回り込み、テーブルマウンテンがそびえるケープ・タウンの港へと入った。西欧の銀のペンがもたらした秩序と、大地が持つ古の記憶が混ざり合う、奇妙な調和に満ちた街だ。港湾労働者たちの叫び声が飛び交うが、ビアンには無機質な振動としてしか届かない。故郷の言葉も異国の詩も、今の彼女には風のささやきと同じ、意味の剥ぎ取られた音の羅列に過ぎなかった。
ヨンギがビアンの肩を叩き、何かを必死に話しかけている。喜びと、それ以上の深い懸念が顔に満ちていた。唇の動きを見つめても、意味を抽出することはできない。ビアンは鉛筆を甲板に突き立てた。木材を通じて伝わってくる、ヨンギの鼓動の震え。
(下書き:……ヨンギ様。あなたは今、安堵している。けれど、私の目が見ている「空白」を、あなたは酷く恐れている)
手元の日記には、もはや文字ではなく、音波や光の屈折率を記した謎の幾何学模様だけが並んでいた。人間には解読不能な、純粋な事実の記録へと変貌していた。
豊山犬がビアンの足元に来て、その手を舐めた。触覚を失った彼女には温もりが届かない。だが犬は構わず、何度も繰り返した。
補給のために街へ降りたビアンは、総督府が発行する検疫記録に目を止めた。そこには、世界中で見てきたあの銀の仮面と同じ、歪なインクの滲みがあった。このケープ・タウンさえも、何者かの手によって世界の果ての監視所として清書されている。
(下書き:……誰が、この世界のすべてを塗り潰そうとしているの?)
もはや握っている実感さえない指で、最後の一欠片となった消しゴムを見つめた。次に何かを消すとき、彼女の中に残された最後の一線が崩れるかもしれない。
それでも船団は、補給を終え、大西洋という名の真の空白へと漕ぎ出そうとしていた。




