襲来 1
1-3にあたる部分ですが、これも長いので分割してUPします。
次章から、戦闘描写が生々しくなるため、今のうちからR-15指定と残酷描写ありにチェックを入れさせてもらいいました。
村へは、昼前に戻ってくる事ができた。
ハイゼルは、魔獣討伐の報告をするため村長宅へ出むき、ほかの隊員たちは詰め所へもどる。
ディアナは、まっすぐ自宅へ戻った。自室に入り窓を開け、それからベルトを外してベッドの上に置き、そのままベッドへ腰かけた。
心なしか呆けている。
『俺もディアナが好きだ』
昨夜、ナックから言われた言葉が、ディアナの頭の中で鳴りひびく。
顔中から湯気が立ちそうなほど、瞬時に顔を紅潮させ、ベッドの上へうつ伏せに倒れこんで掛け布団を強く抱きしめて、それに顔を埋めて、足をバタつかせながら気を紛らせた。
窓から心地良いそよ風が流れ込み、ディアナの頬を優しくなでる。
興奮してほとんど寝られなかったということもあって、急激な睡魔に襲われたディアナは、知らぬ間に眠ってしまっていた。
「あと三十分ほどで指定された座標へ到達します」
蒼空を翔る1隻の飛空船。ジランディア帝国空軍所属のエンシェントシップ、軽巡洋艦『ガラティン』。後ろに向かって緩やかに膨らみを増す二等辺三角形の船体両翼先端のウィングレットが、雲を引いて飛んでいる。船体に内蔵されている艦橋で、航海士が指揮官に向かって告げた。
艦橋前方上部に設置された大型のモニターが、周囲の景色を映し出している。
「しかし、こんな山と森しかないような場所に、本当に人が住んでいるのでしょうか……?」
航海士が言うように、眼下に広がる景色は樹木ばかり。とても人間が住んでいるようには見えなかった。
「わからん。だが、注意を怠るな!?」
装飾を施されたハーフアーマーを着た男が、鋭い眼光を航海士に送りながら言う。
航海士は、「は!」と短く答え、再び計器に向かって作業を始めた。
「しかし、本当に見渡すかぎりの樹海ですな」
男は、司令官席に目を閉じて鎮座している、漆黒の鎧を身に纏った男に向かって言った。
「卿を巻き込むような形になって、済まなかった。ジェイナス副将」
目を開け、正面を見据えたまま、漆黒の鎧の男が静かに言う。
「まあ、うちの大将の命令ですからね」
はっはっはと笑いながら答え、
「それに、本来なら近衛将軍であるラーバス殿が、自ら出向かねばならぬような作戦内容でもないですからな」
真顔に戻ってそう言うと、艦橋正面上部のモニターに目を向けた。
その時、航海士が声を上げた。
「あっ、村です! 指定座標に村があります!」
航海士が操作盤のキーをたたくとと、モニターの映像が指定座標地点の拡大映像へと切り替わる。
「本当に人里があるとは……」
地図にすら載っていないその村の映像を眺め、ジェイナスが呟く。
「この世界には、帝国の影響を受けてない隠れ里のような村が、まだ無数に存在しているのかも知れんな」
「そうですな」
ラーバスが言い、ジェイナスがそれに答える。
そして、ジェイナスは通信士に向かい、艦内放送の準備を命じた。
通信士が手元のパネルの上に指を躍らせる。
「副将。準備が整いました」
通信士がジェイナスにスピーカーマイクを手渡す。
「ジランディア帝国空軍副将のジェイナス・ファストルフだ。当艦は、これより目標地点へ降下を開始する。目標地点に村があるが、我々は略奪者ではない。無抵抗の者に刃を向ける事を禁じる。諸君等の健闘を祈る。以上だ」
スピーカーマイクを受け取ったジェイナスは、一文ごとに呼吸をおいて、力強く言いはなった。
「どれほどの効果があるか、分かりませんがね……」
艦内放送を終えると通信士にスピーカーマイクを渡し、そう言って苦笑する。
ラーバスは、目を閉じたままでその言葉を聞いていた。
「当艦は、これより降下を開始します。降下ポイントは、村東端の麦畑」
オペレーターの女性兵士が席を立ち、ジェイナスに報告する。
「畑か。あまり村を荒らしたくはないがのだが……。仕方ない、許可する」
ジェイナスが着陸の許可をくだすと、飛空船がゆっくりと降下を始めた。
自警団詰め所では、昨夜の魔獣討伐メンバーがくつろいでいた。
クルト村のような辺境の村では、そう滅多に事件が起こるわけもなく、普段なら剣の稽古など訓練のための時間が殆どだった。 だが今日は、昨夜の事もありそれも休みらしい。
「暇ですねぇ」
椅子に腰掛けたナックが、窓の外を眺めながらぼんやりと呟く。
「俺たちが暇ということは、村が平和だということだ」
開いた本を顔に乗せ、胸の上で腕を組み、椅子に浅く腰掛けて、テーブルに足を投げ出しくつろいでいるハイゼルが、くぐもった声で答える。
「なぁに、二人して腐ってるの? 紅茶を淹れたから、みんなで飲みましょう」
トレイにティーカップを載せて、詰め所の小さな厨房から出てきたアイラは、完全に気が抜けている二人を見て苦笑しながら言った。
「隊長、カップを置きたいから、足をどけてくださいね」
そう言って、ハイゼルの足を退かせ、軽くテーブルを拭いてからティーカップを並べていく。
「あれ? もう尻に敷かれてるんスか?」
自警団員の一人が、ニヤケ顔でそう言ってティーカップを受け取りにやってくる。
その団員がテーブルの上のティーカップを取ろうとした時、不意に細かい振動が建物を包み込んだ。
ティーカップ達が、テーブルの上を小刻みに踊りまわり、そのうちのいくつかが床に落ちて割れる。
「地震か!?」
「いや、この揺れは、もっと違うものだ……」
ナックが、勢いよく立ち上がって声を上げ、ハイゼルは、冷静に答える。
地鳴りのような音が、徐々に近づいてきて、村全体を包みこむ。
「隊長、大変です!!」
巡回中だった団員が、勢いよく駆け込んできた。
「どうした!?」
「飛空船です! 飛空船が村へ降下してきました!!」
その直後、不意に詰め所に差し込んでいた日の光が遮られた。
窓際へ駆け寄り、空を見上げるハイゼルとナック。
上空を横切る鉄の巨躯。
全長百二十メートル。グライダーを連想させる二等辺三角形。両翼先端には、ウィングレットが取り付けられており、船体後方の両翼下部には、一対のスラスターユニットとそれを繋ぐように配置された動力部。
船体下部には、翼を広げてこちらを見据えるように描かれた『リンドブルム』の紋章。
「あの紋章は……」
「ジランディア帝国……!?」
ナックが声を絞り出すように呟き、それに答えるようにハイゼルが続ける。
飛空船は、空気を震わせながら村の上空を通過し、ライ麦畑へ覆いかぶさるようにゆっくりと降下していく。
スラスターユニットの底部から降着装置が現れ、まだ青いライ麦をなぎ倒して、周囲に振動を伝えながら着床した。
飛空船の低く唸るような駆動音がゆっくりと消え、それと同時に動力部前方の開閉扉が開き、地面に向かってするするとローディングランプが現れる。
そこから、クウィラスを身に付けた兵士達が次々と降りてきて、飛空船の横に整列する。
そこへ、ハイゼルら自警団たちが駆けつける。
士官と思われるちょび髭の男が前へと歩みでて、モリオンを小脇に抱えて仁王立ちになる。
「この村に魔法を使える者が居るはずだ! 大人しく差し出してもらおう」
士官らしき男が、踏ん反り返って叫ぶ。
「知らんな」
ハイゼルが冷ややかに答える。
「嘘をついても、お前達のタメにならんぞ?」
「仮に居たとしても、お前たちの要求に応じられんな」
横柄な帝国士官に鋭い視線を返すハイゼル。
「交渉……決裂だな……」
くぐもった声で脅すように呟く帝国士官。
「交渉? これがか?」
ハイゼルの言葉を合図にするように、帝国兵が腰にさげたサーベルを一斉に抜刀する。
それに合わせて、自警団員たちも一斉に抜刀した。
クルト村を一望できる小高い丘の上に、側車付きのバイクが一台止まっていた。
側者つきバイクに跨った黒髪の青年が、村の様子を窺っている。
「おいおい、アルよぉ、なんだか、偉ぇ物騒な事になってるぜ?」
青年は双眼鏡を覗きながら、側車のボンネットに片足を投げ出し、首の後ろで腕を組んで、側車のシートに全体重を預けている、十代後半と思しき少年に言った。
アルと呼ばれた少年は、返事もせずに目を瞑ったままだった。
宿を借りられそうな人里を求め彷徨い、やっと見つけた村。
二人は、しばらくこの村を拠点に『仕事』をするつもりで、先ほどからここで村の様子を窺っていた。そこへ、ジランディア帝国軍の飛空船が飛来したのだ。
「ったくよぉ、こんな辺境で、やっとみつけた人里だってぇのに……」
少年からの返答が無いことを気にせず、ブツブツと文句を言う。
双眼鏡の向こうの景色では、今まさに帝国兵と自警団との間で、戦いの火蓋が切られたところだった。
「おお? ここの自警団、なかなかやるじゃん。こんな辺鄙な村の自警団にしては、練度高ぇぜ?」
倍以上の数の帝国兵に対し、まったく遅れを取らないこの村の自警団の戦いぶりを見て、賞賛の声を上げる。
「お、すげぇ! あの髭のおっさん、立て続けに三人も斬りやがったぜ? あれが自警団長か? やたら腕が立つな」
「葉月、お前よりもか……?」
アルが、静かに声を上げた。
「良い勝負ってとこかな」
血がたぎるのか、双眼鏡を覗いたまま、腰に差した刀の柄頭を左手で無意識に撫でながら、素直な感想を答える葉月。
その景色の先では、伝令らしき兵士が、慌てて飛空船の中へと駆け込んでいく姿があった。
艦橋にある巨大なディスプレイには、艦下の映像が映し出されていた。
数で圧倒するはずの帝国軍は、予想外の強敵に苦戦を強いられている。とくに艦下では、自軍の兵たちが次々と打ち倒され、ライ麦畑の中に次々と骸を折り重ねていた。
「帝国の特殊部隊というのも、案外、不甲斐ないものですなあ」
映像を眺めていたジェイナスが唸る。
現在、艦下で戦っている敵兵は、若い男と隊長らしき中年の男。どちらも強いのだが、特に隊長らしき男がやたらと手錬なのだ。
「辺境の小さな村と侮ってましたが、銃器の携帯も許可するべきでしたかね」
ジェイナスは、苦笑し豪快に頭を掻きながら言った。
戦線は、村の各所に広がり、一進一退の攻防が繰り広げられている。
ラーバスは、無言でじっと映像を見つめていた。
そこへ、伝令を携えた兵が息を切らして艦橋へ駆け込んできる。
「お伝えします! 敵の中に腕の立つやつらが混ざっております! このままでは、被害が増すばかりです!!」
切迫した表情で状況報告をする伝令兵。その声は、悲鳴さながらだった。
「ジェイナス副将。少し出てくる……」
ラーバスは静かに告げると、ジェイナスの返答も待たずにゆっくり艦橋の外へと消えていった。