魔獣
ディアナはベルトを外し、小剣と一緒にテント隅に立てかけ横になった。
いつもと違う環境に興奮して、なかなか寝つけない。
アイラは流石と言うべきか、身体を休められる時には、しっかり休むという事が身に付いているのだろう。横になるなり、すぐに寝息が聞こえてきた。
テントの外からは、虫達の大合唱が聞こえてくる。屋内で聴くそれとは、規模も音量もまるでちがう。
二時間ほど、虫達の歌声を子守唄にしながら、襲ってくる気配がない眠気を相手に悪戦苦闘をしてみたが、目はますます冴えるばかりであった。
「夜風にあたってこよう……」
小声で呟き、アイラを起こさないように注意を払いながらテントを抜けでる。
焚き火台の火は消され、宿営地から少し離れた湖寄りの所に明かり取り用の炎が見えた。そこが見張りの場所なのだろう。そこには、炎に照らし出されたナックの姿があった。
「お疲れさま」
ナックに歩み寄って囁くように声を掛けたディアナは、彼のそばへ歩み寄り、膝を抱えるように腰かけた。
「まだ起きていたんだね」
ディアナに微笑みかけながら、ナックが言った。
「うん。なんか、寝付けなくって……。しばらく、ここに居て良い?」
「ああ。喜んで」
虫達は、相変わらず大合唱の中に、枯れ枝が弾けるパチパチという音と、ときおり聞こえてくる野鳥の声が入りまじる。湖面に映し出された満天の星空は、風がほとんど無いという証拠だろう。
「二人きりでゆっくり話が出来るなんて、小さい頃以来かも知れないな」
ふと、ナックが声を話しかけてくる。
「そうだね。わたしが小さい頃は、ナックやアイラさんの後ろばっかりついてまわっていたよね」
「そうそう。そして、必ずはぐれて大泣きしてね」
「あぅ、それは言わないでよぉ」
ナックに笑いながら言われ、ディアナは真っ赤になって膝に突っ伏す。
「でも、その後に必ずナックが迎えに来てくれたよね」
「そりゃあ、あれだけ大泣きしていたらね」
「それは、私じゃなくても来てた……?」
ディアナは、抱えた膝に頭を落とし、顔をナックの方に向けやや上目遣いでナックを見つめて問いかけた。
「あ、ゴメン。今の無し……!」
あまりにも話の流れに無茶があった事に気づき、赤らんだ顔を隠すように顔を膝に押し当て、膝を抱える腕に力を込めた。尻尾だけが自分の意思と無関係にフリフリと揺れている。
「な、なんか、凄く静かだね……」
慌てて話を変えようとするディアナ。
いつの間にか、虫達の歌声も止んでいた。
そう、静かすぎる。
「ディアナ……」
ナックが真剣な顔でそう呟くと、不意にディアナを押し倒すように覆いかぶさった!
「ちょっ、ナック! わたし、ナックの事が好きだけど、物事には順序がっ!」
恥ずかしさが頂点に達した、思わず大声で告白する。その瞬間、先ほどまで自分の頭があった虚空を何かが掠めとおり、大きな音を立てて地面をえぐった!
すぐに起き上がり剣を抜き放つナック。
「立て! ディアナ! 俺の後ろに下がれ!」
そう叫びながらディアナの腕を引きあげ、無理やり立たせる。
何が起きたのか、瞬時に状況が理解できなかったディアナは、されるがまま立ち上がる。そして、目を凝らして闇の中を見つめると、ぼんやりと巨大なシルエットが浮かび上がってきた。
「ディアナ……、明かりを放てるか?」
ナックは、よろよろと立ち上がったディアナに尋ねる。
「……うん」
ディアナが空に掌をかざし、眩い光輪をイメージすると、空に現れた小さな光の玉があらわれ、それがみるみる大きくなり、人の頭ほどの大きさになる。
光の玉が映し出したのは、体長が五メートルほどもある、顔がのっぺらな首長竜のような生物。ヒレのような四本足で湖岸へ這いあがり、ぬらりとした体から水を滴らせながら、こちらに伸ばした頭をもたげている。
「こ……、これが魔獣……!?」
「そうみたいだな……、ブリーフィングで聞いていた特徴とも一致している……」
魔獣は、のっぺらな顔をディアナの方へゆっくりと向ける。
(まさか、ディアナを狙っているのか!?)
ナックは、魔獣のその挙動を見てそう感じた。
魔獣の顔先が裂け、鮫のような牙が並んだ口をあらわにすると、その頭をディアナ目がけ、まるで槍のように繰りだした!
ディアナを庇うように立ちはだかり、魔獣の牙を剣で受け止めるナック。
「くっ、図体がでかいだけあって、力も半端じゃない……っ!」
ズルズルと後ろへと押しやられる。
「ナック!!」
彼の名を叫びながら横へ走ったディアナは、右の掌を振り上げ火球をイメージする。虚空に火の玉があらわれ、それがカボチャほどの火球になったところで手を振り下ろし、魔獣目がけて飛んでいくのをイメージした。
火球は、魔獣の首元に命中し、炸裂音とともにはじけた。
魔獣が一瞬怯んだ隙をついて、ナックが喉元に入り込んで斬り上げる。
斬り口から、青い体液をしぶかせ、雄叫びのような悲鳴を上げながら、魔獣は悶絶するように身体をよった。
「よしっ、効いている!」
二撃目を繰り出そうとした瞬間、
「ナック、危ない!」
ディアナの悲鳴のような叫び声と同時に、脇腹に鈍い衝撃がはしる。
そのまま吹っ飛ばされたナックは、木の幹に背中から叩きつけられた。
「うぐっ!」
激しい痛みと、肺を満たしていた空気が、全て吐き出されるような感覚に襲われたが、ナックは何とか意識を保つ事が出来た。魔獣の尻尾でなぎ払われたのだと理解する。
「ナックっ!」
名を叫びながら、ディアナは彼の元へ駆け寄った。
「おい、何事……って、これは聞いていた以上のデカさだな」
騒ぎに気が付き、テントから出てきたハイゼルが、あまりの巨大さに呆れたようなつぶやきを漏らす。他の隊員もそれぞれのテントから這い出てきた。
「ディアナ、お前はナックを治療しろ! ほかの者は魔獣の相手だ。取り囲んで仕掛けるぞ! ターゲットを絞らせるな!!」
「お父さん、尻尾に気をつけて!」
ハイゼルに向かってそう叫び、ナックの元へ駆け寄る。
「大丈夫!?」
「ああ、何とか生きているよ……」
後頭部を摩りながら、よろよろと起き上がる。したたかに打ちつけられたが、骨は無事なようだ。
「待っててね。今、治癒するから」
そう言って、ナックを包むように両手を広げて、全身の傷が消えていく様子をイメージする。
全身を淡い光で包まれたナックは、身体中の痛みが和らいでいくのを感じた。
「相変わらず、ディアナの魔法は凄いね」
手のひらを数回握ってみて、身体の痛みが殆ど消えたのを確かめる。
「致命傷だと、私の魔法じゃ治せないから気をつけてね」
「わかったよ」
そう言うと、剣を拾って立ち上がる。
ハイゼル達は、完全に魔獣を手玉に取っていた。一人が斬り付け魔獣の気をひき、すぐに後退。魔獣が攻撃に移る前に、別の隊員が攻撃を仕掛ける。魔獣は、牙や尻尾で反撃を試みるが、どれも空を切るだけだった。そんな事を繰り返すうちに、魔獣の身体は、みるみるうちに青い体液まみれになっていった。だが、いっこうに勢いが衰える気配を見せない。
突如、魔獣が横薙ぎに水を吐きだした。
ハイゼルとアイラは、咄嗟に躱すことに成功したが、隊員が一人まともに食らってしまい、水圧で吹き飛ばされて、テントをなぎ倒した。
吹っ飛ばされた隊員は、顔を歪ませながら、よろよろと立ち上がる。
「こいつ、水のブレスまで吐くのか!? 水……?」
ナックは、そう呟き一つのアイデアが浮かんだ。
「ディアナ。ちょっと協力してくれないか?」
そう言うと、思いついた作戦をディアナに説明する。
状況だけ見るなら、討伐隊が優勢だった。特にハイゼルとアイラの剣撃は、確実にダメージを蓄積させている。だが、止めを刺すための決定打を、いまひとつ欠いていた。
魔獣に蓄積させたダメージより、隊員たちの疲労の方が深刻になりつつある。
「ジリ貧ね。これじゃキリが無いわ」
アイラが顔に疲労を滲ませながら言った。
その瞬間、火球が飛来し、魔獣の頭に当って炸裂する。
「こっちよ!」
ディアナが手を叩いて、魔獣の気を引いた。
魔獣は、何かを思い出したようにディアナへと向き直り、ハイゼルたちを無視してディアナに迫る。
ナックが、ディアナと魔獣の間に立ちはだかる。
牙を剥き出しにしてディアナに迫る魔獣。
「ディアナ、今だ!」
ナックの声を合図にして、ディアナは彼に向かって手を広げ、彼の剣身が放電している様子を強くイメージする。
ナックの剣身が帯電し、スパーク音を立てはじめた。
魔獣がナックには目もくれず、牙を剥きながらディアナに襲い掛かった。
「おぉおおりゃああ!」
魔獣の懐に潜り込んだナックは、掛け声をあげて、ディアナへ向かって伸びたその首元に、剣を深く突きたてる。
剣が柄元まで刺さると、剣身が帯びていた電流は、はじけるような音を立てて魔獣の全身を駆け抜けた。
二、三度痙攣し、魔獣はそのまま倒れ付す。
魔獣の首から剣を抜きとったナックは、その剣をそのまま魔獣の脳天に突き立てるた。
「殺ったか?」
ハイゼルが駆け寄る。
「はい。思った通り、こいつの身体は、電流を良く通しました」
「なるほど。ディアナの魔法で剣身を帯電させ、それを頸部に突き刺す事によって魔獣の中枢神経を直接破壊したのか!」
「はい。ディアナが居てくれたからこそ、実行できた作戦でした」
アイラを含む他の隊員達は、みな肩で息をしていた。
ハイゼルは、魔獣の頭を踏み揺らし、反応が無い事を確かる。
「任務完了だ。早朝、村へ戻るぞ」
ハイゼルは、任務の終了を宣言した。歓声を上げる隊員たち。
「ナック、お前も休め。俺が朝までの見張りをやる」
「では、お言葉に甘えて……」
ハイゼルの申し出に素直に応じるナック。
テントに戻る途中、吹っ飛ばされた隊員の治療をしているディアナにそっと近づき、
「さっきの話だけど……俺もディアナが好きだ」
笑顔でそう言い残し、自分の寝床へと消えていった。
顔を真っ赤にするディアナ。
「隊長といい、ナックといい、何なんだよ……って、ぅあっちゃちゃちゃ!!」
治療を受けていた隊員を包む淡い治癒の光が淡い炎へと変わっていく。
「あちぃ! あちぃって! 恋の炎を俺に具現化すんなーーー!!」
彼の悲鳴が夜の森へと消えていった。
翌朝、魔獣の屍骸を再度確認したあと、討伐隊は村へと戻っていった。
全身に軽い火傷を負った隊員以外は、目立った怪我人も無く魔獣討伐の任務が終了した。




