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ジェノクレスの遺産  作者: 桂はじめ
Chapter 1
3/25

尾行

他サイトでUPしているものの1-2にあたる部分ですが、長いので2つに分ける事にしました。

 自警団詰め所まで戻ると、ブレストプレートを身につけたハイゼルの号令のもと、五名の自警団員が詰め所前で武器や携帯品などの最終チェックを行っていた。どうやら、少数精鋭で行くようだ。その中には、アイラとナックの姿も確認できた。

「えへっ、間に合ったみたい♪」

 木陰に隠れ、様子を伺いながらつぶく。

 ハイゼルが団員に何やら声を掛けたあと、討伐隊が出発する。ディアナは、その後ろを気付かれない程度の距離をあけて尾行していった。

 広い村でもないので、森の入り口へ辿り着くまでは、さほど時間が掛からなかった。

 村の西端。山に向かって広がる西の森。ナラやブナが生い茂り、加工に適した良質な木材を村へ供給している。森の中にはイレーネ湖という大きな湖が有り、そこから流れ出る清流は、村を横断するようにはしり、村の水がめの役割を担っている。また、野生の動植物が豊富でクルトの狩人たちは、この森で狩りをして食料を調達していた。

 そんな村の生命線とも言える森に魔獣が現れたのだ。討伐隊が結成されてしかるべきだろう。ディアナが記憶するかぎり、今まで森に魔獣など出たことなど、一度も聞いたことが無かった。だが、好奇心の塊と化している今の彼女にとっては、どうでも良いことだった。

 討伐隊は、小川に沿うようにして森の中へ分け入り、獣道を使い奥へと進んで行く。

 せせらぎの音がディアナの足音を消してくれるので、彼女にとっては好都合だった。 


 村を出発してから三十分ほど経過したころには、藪の草丈が顔の高さまでになり、前方が見えにくくなってきていた。少し距離を詰めなければ、はぐれてしまいそうだ。

 ディアナは、少し焦って距離をつめる。それまで足元に注意を払い、なるべく物音が立たないように歩いていたのだが、焦りで油断が生じてしまい、地面に落ちていた太めの枯れ枝の存在に気が付けず、それを踏み折ってしまった。

 枯れ枝が大きな音を立てて折れる。その音に気付いた討伐隊が立ちどまり後ろを振りかえった。

 ディアナは、即座にしゃがみ込み草陰に隠れた。

(危なかったぁ~。焦りは禁物ね……。もう少しだけ距離をおこう)

 草と草の隙間から前方を覗き見つつ、冷や汗をかきながら心の中で呟く。

 再び行軍を始めた討伐隊を確認し、慎重に尾行をつづけた。


「隊長、さっきから後ろで何か気配がしませんか?」

 ハイゼルに駆けより、ナックが小声で言った。

「うむ、何かが後をつけてきているな」

 後ろを振り向かず、神経だけを後ろに向けて答えるハイゼル。そして、アイラの元へ歩み寄る。

「先ほどから、何かが我々を尾行している。あまり、賢いやつでは無さそうだがな。藪を抜けて、見通しがきく場所に出たら、俺とアイラとナック、それぞれが1名ずつ連れて散開し、物陰に潜伏。さっきから我々を付けまわしている何かが、藪を抜け出たところで一気に仕掛けるぞ」

「わかったわ」

 アイラは、ハイゼルが指示にうなづき、それぞれが誰に着いていくかの人選を行った。

 それから十五分ほど進むと、三十メートル四方ほどの空き地があらわれた。ハイゼルがすかさず隊員達に散開のハンドシグナルを送り、指示を受けた隊員たちが散る。

 それぞれが木陰に潜み、剣を抜き構えた。


「あっ!」 

 前方を歩くハイゼル達の姿が不意に視界から消えた。突然の事に驚いたディアナは、足早に藪を突きすすむ。こんな所ではぐれる訳にはいかない。

 小走りで藪を抜けた瞬間、

「今だ! かかれぇ!!」

 ハイゼルの掛け声と共に、自分へ向かって迫りくる白刃が6つ。

「わ、ちょっ、待っ、きゃああああああああぁぁぁっ!!」

 思わず尻餅をついたディアナは、両手で頭を抱え、顔を背けながら瞳を固く閉じて悲鳴を上げた。

「ディ、ディアナ!?」

 ナックが間の抜けた声を出す。

 恐る恐る目を開けるディアナ。すぐ目の前まで迫った状態で止まっている白刃6つ。

「……こ、こんにちは、みなさん」

 ディアナは、隊員達に向かって弱々しく微笑みかけた。

 アイラは、剣を鞘に納めながら藪を抜ける前にハイゼルが言っていた『賢いやつではない』という台詞を思い出して苦笑している。

 その他の隊員も剣を納めディアナの事を歓迎したが、ハイゼルだけが何も言わずにジッとディアナの瞳を見つめている。

 怒っているのだと感じ取るディアナ。

「その……、ゴメンなさい…………」

 ディアナはうつむき、しゅんとなりながら呟いた。

 その姿を見てハイゼルは、小さくため息をついたあとに、我々から離れるなよと言って背を向けた。

「立てるかい?」

 ナックが優しく手を差し伸べる。

「うん、大丈夫だよ。ありがとう」

 ディアナは、少し顔を赤らめながら、ナックの助けをかりて起き上がった。

「いざとなったら、俺が守るから安心してなよ」

「ありがとう」

 ナックの心強い言葉に顔を赤らめながらも、ディアナは幸せそうに頷いた。


 更に四十分ほど歩き、陽が西に傾きはじめた頃には、イレーネ湖へと辿り着いた。

 周囲の景色を湖面に映し出し、小波が小さな波音を立てている。

「ここに宿営地を作るぞ」

 ハイゼルは、湖の畔から少し離れた場所を指定して宣言した。

 その言葉を合図に、隊員達は手際よく宿営地の設営に取り掛かる。

「わぁ、イレーネ湖って綺麗な場所だったんだぁ」

 設営作業が行われている横で、一人暢気な事を言っているディアナ。

「ディアナ、危ないから湖に近づくなよ?」

 ハイゼルに言われ、ディアナは幼児じゃないんだからと苦笑を返した。

「ほら、ここまで来たからには、何か手伝え」

 そう言いながらハイゼルは、厚手の大きな亜麻布の角から張り出した紐をディアナに渡す。そして、反対角の紐を持ち、亜麻布をアーチ上に組まれた骨組みに覆いかぶせながらディアナの向かい側に回りこみ、紐を足元の鉄の杭に結びつけた。

 それを見ていたディアナも、自分の足元の杭に紐を結びつける。


 三十分ほどして、石で囲った簡易焚き火台一つと、それを囲うように設置されたテント三基が完成した。

「ん~、疲れた! せっかく綺麗な湖があるんだし、水に足を浸して涼みたいなぁ」

 ディアナは、大きく伸びをしながら言った。

「駄目だ。危ないから近づくなと、さっきも言っただろ」

「足を浸けるくらい良いじゃない!」

「隊長? ディアナちゃんに魔獣の説明をしてないんじゃない?」

 理不尽ともとれるハイゼルの言葉に、ディアナは思わず声を荒げる。それを見ていたアイラは、すかさず二人の間に割って入った。

「魔獣の説明?」

 聞き返すディアナ。

「この辺りに出没したらしいんだ。もしかしたら湖に潜んでいるかもしれないだろ? だからハイゼル隊長は、危ないから近づくなって言ったのさ」

「そういう事だ。だから近づくなよ?」

 ナックが説明し、それに付け足すようにハイゼルが続いた。

「うん……」

 事情を理解したディアナは、残念そうに返事をするしかなかった。

 

 討伐隊は、宿営地を拠点に南北へ食料調達を兼ねた見回りに出かけ、その間、アイラとディアナが宿営地の留守を守ることになった。

 結局、明るいうちに魔獣を発見できず、夕暮れ時になってから、薪用の枯れ枝と食料を調達して戻ってきた。

 枯れ枝を受け取ったディアナは、枯れ草を敷いた焚き火台の中へそれを並べ重ね、そこに手をかざして、頭の中で炎をイメージした。すると、折り重なった枝の下から煙があがり、枯れ木が焼け弾ける音が聞こえてくる。

「やっぱ、ディアナちゃんの魔法って便利ですよねー」

「うんうん。マッチやライターなんて、こんな辺境じゃ手に入らねぇっすからねー」

 討伐隊の誰かが、そんな事を口にした。


 焚き火台の上に吊るされた大鍋の中には、ディアナが作った山菜スープがぐつぐつと音を立て、食欲をくすぐる香りを漂わせている。

 大鍋の周りでは、ハイゼルが解体した兎の肉を、鉄串に刺して焼いている。

 ディアナは、持参した香辛料で料理の味を調え、レードルでスープを掬って味見をした。

「ん~、こんなものかな? ちょっと薄味だけど我慢してね?」

 そう言いながら、木の器によそって隊員達に渡していく。

「そういえば、前から気になっていたんだけど、ディアナちゃんが魔法使うときって、ただ念じるだけなの?」

 スープを受け取りながら、ふと思い出したようにアイラが言った。

「念じるっていうか、イメージを膨らませてるというか。それがどうかしたの?」

 キョトンとしながら、ディアナが尋ねた。

「うん。魔法って大地、風、水、炎の四大元素の上位精霊に、力を貸してくれるよう語りかけた結果、具現化される現象だって聞いた事があったのよね」

「へえ、そうなんだぁ」

 アイラの説明に、ディアナは素直に感心する。

「まあ、今じゃ魔法を使える人自体が殆ど居なくなっちゃったんだけどさ」

「そういえば若い頃、俺が傭兵をやっていた時に戦場で見かけた魔法使いは、魔法を発動する時にブツブツ独り言みたいなのを言っていたな。その時は、戦いの最中に独り言をつぶやくとは、暗いやつだなぁって感じただけだったが……」

「お父さん、それちょっと酷い」

 ハイゼルの物言いにどっと笑いが起こる。

「さすがに、手をかざすとか、何かしらの動作をつけないと、上手にイメージを具現化できないんだけどね」

 笑いが治まったあと、ディアナが苦笑気味に言った。

「なんで、今更そんな事を聞くんですか?」

 不思議に思ったナックが尋ねた。

「これから自分の子供になるの事だから、詳しく知っておきたいなって思ったの」

 微笑みを浮かべながら、そう言ったアイラの顔がほのかに赤く見えるのは、焚き火の明かりのせいだけではないだろう。

「アイラさん、今、何て……?」

 予想外のセリフに、言葉の意味が理解できなかったディアナは、思わず聞き返した。

「あー、うん。だからね、私と隊長……、ハイゼルさんは、今年の秋に結婚する事になったの」

『ええーーー!!』

 一同が声を合わせて絶叫する。

「くぅっ、隊長! ずりぃっすよ!」

「アイラさん、本っ当こんな髭オヤジで良いんですか!?」

「ちくしょう……。オレ、副長が好きだったのに! くぅくぅ」

「殴るぞ? お前等……」 

 隊員たちが口々に嘆き、アイラは苦笑している。ハイゼルは、口調こそ怒っているがまんざらでも無さそうに受け答える。

「良かったね。ディアナ」

 ナックがディアナに微笑みかけた。

「う、うん。でも、なんか複雑……」

 苦笑で返すディアナ。彼女にとってアイラは、歳の離れた姉のような存在だった。それが母になるのだ。今まで父親しかいなかった自分に、母という存在が出来るのは嬉しい。だが、それは同時に、アイラが姉ではなくなるという事なのだ。

「ゆっくり慣れていくと良いよ」

 隊員たちがハイゼルを冷やかす喧騒の中、ナックがディアナに囁くように言った。

「うん、そうだよね……」

 夕食の時間は、和やかなまま過ぎた。

 その夜、見張りの順番などを決め、ディアナとアイラは、同じテントで眠る事になった。

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