あなたのそばにいたいのですわ
(つい勢いで出てきてしまいましたが、これからどういたしましょうか……)
ゆっくりと歩くエルディムーンに揺られながらぼんやり考える。
エルディムーンは学園の敷地内をのそのそ歩き、ローゼリアが知らない場所へ連れて行く。
(こんな場所、初めて来ましたわ……)
学園裏に広がる、演習場として使われている森の中を進むと、大きな湖にたどり着く。
「こんな湖ありましたのね……」
「ああ。この先を進むと城の裏庭に繋がっているんだ。エルディムーンとの散歩コースで、ここは水飲み場なんだよ」
ラスティはエルディムーンから降りると、穏やかに馬体を撫でる。
ローゼリアも降りると、優し気なエルディムーンの瞳を見た。
「エルディムーンは、ラスティ様のご家族のようなもの、と言っておりましたわね」
「ああ。僕の一番の親友さ。嬉しいことも、悲しいことも、つらいことも、全部エルディムーンに話してきた」
(なるほど……どうりでなんとなく表情が似ていますわ……)
エルディムーンは湖に顔を突っ込み、水を飲む。
ラスティは湖畔に腰掛け、鏡のような水面を眺めた。
(何だか、こんな穏やかなラスティ様は初めて見たかもしれませんわ)
「ラスティ様にとって、エルディムーンは本当に大切な存在なのですね」
「そう見えるか」
「ええ。とてもいい表情をなさっておりますから」
そう言って笑うと、ラスティは驚いた表情を見せ、ローゼリアに背中を向けた。
(あら、お気に召さなかったかしら)
「……ローゼリアは、剣術も魔術も得意だろう」
「ええ、まぁ……」
(でなければ理想の悪役令嬢になれませんからね)
「……馬だって、上手に乗れるだろう」
「まぁ、普通の乗馬から、騎馬で戦うこともできますわ」
「……私は、出来ない」
小さな呟きが、湖面を揺らす。
「私はただ第一王子と持て囃されているだけで、魔術も剣術も得意ではない」
「でもラスティ様は勉学はお得意でしたわよね?」
「勉学は、努力すればなんとかなる。しかし……他は、努力ではどうにもならない」
「別に、王子なのですから、最低限政治が出来る程度の勉学が出来ればよろしいのでは?あとは周りにそれらが得意が従者を置けばよいのですから」
ラスティの背中が徐々に丸まっていく。
(どうしてそんなことで悩んでいるのかしら……?)
「それでは、ローゼリアにふさわしくないだろう」
投げやりに拗ねるラスティにの頬を、エルディムーンが舐める。
「私はエルディムーンしか馬は乗れない。エルディムーンは優しい馬だ。私が手間取っていても待ってくれるし、暴れることもない。だから、エルディムーンしか乗れないんだ」
ラスティは立ち上がり、エルディムーンに頬ずりをする。
(……ラスティ様の内に、こんな劣等感があったなんて、思いもよりませんでしたわ……)
「エルディムーンは、ずっと、ラスティ様に寄り添ってくれていたんですね」
(ラスティ様を理想の悪役令嬢の婚約者という記号でしかとらえていなかった私とは、比べ物になりませんわね)
「ラスティ様、私にエルディムーンを紹介してくれて、ありがとうございます」
「ローゼリア……」
「私も、ラスティ様にとって、エルディムーンのような存在になりたいですわ」
そう言って馬体を撫でると、ラスティはじっとローゼリアを見る。
「……ローゼリア、それはもしや告白というやつか」
「え?」
「私はエルディムーンのことを血のつながった家族の次に大切だと感じている。つまり、そんな存在になりたいということは……つまり、私と結婚したいということなのだろう?」
(ち、違いますわー!)
「わ、私はただ、ラスティ様とエルディムーンの関係が素晴らしいと思っただけで……」
「大丈夫だ。ローゼリアもエルディムーンと付き合った期間はさほど変わりない」
「期間の問題ではありませんわ」
「……そうか、今までローゼリアとは結婚まで弱いところを見せてはならないと思っていたのだが、こうしてエルディムーンと過ごしていたように、ローゼリアとも付き合っていったらよかったのだな」
(ちょっと……誰か止めていただけませんかー!?)
困惑するローゼリアをよそに、ラスティは急に手を握ってくる。
そして、おもむろに顔を近づけてきた。
「な、何ですのラスティ様……」
「私はいつもエルディムーンに話を聞いてもらった後、感謝の口づけをしている。だから、ローゼリアにもしようと思ったのだが……」
(私は馬ではありませんわよー!?)
悪気なくローゼリアに親愛の口づけをしようと迫ってくるラスティに怯えていると、突如、どこからともなくランチボックスが飛んできた。
「いたたたた……一体何なんだ」
「出来ることならお嬢様の意向通り見守ろうとしていたのに……何をしているんだこのボケ王子!」
エンデの怒声が水面を揺らすと、エルディムーンが心配そうにラスティの横に立ち、顔を覗き込む。
少し柔らかい土に足跡をしっかりつけてこちらへ向かってくると、ローゼリアの手を引き、ラスティから引き離した。
その真剣な眼差しを見つめていると、何だか心が落ち着く。
(エンデ、私は見守って欲しいなんて言っておりませんわよ、ついてくるなと言ったのです……)
しかし、今ばかりはエンデの乱入に感謝せざるを得なかった。
(あれ、なんでほっとしているのかしら私?)




