三節
転狐シンの挨拶の後。
歓迎会は会食の時間となった。
まあ会食と言っても、出ている料理はデータだ。口に入れても空腹は──
あ、美味い。
適当に食べたポテトチップスは、きちんと塩が効いていて現実と遜色なかった。
周りはガヤガヤと騒がしいが、サイトウ以外は知らない人だ。ポテチが美味いし、しばらくは食べて時間を潰そう。
「ねえねえ、チリアクタさん!」
「ゲホッ!!」
不意打ちで声をかけられたせいで、気管に芋が突き刺さる。
二人が視界に入った途端、コメント欄が反応した。
『サーシャちゃん! こんな奴と絡んじゃだめ』
『星なな! 本物だ! お前離れろ』
『なんでこんな奴と美少女が』
この二人も有名人らしい。
それに引き換え、俺には随分と刺々しい。
「人のドラゴンをテイム出来るってホント?」
声をかけて来たのは二人。
金髪の女の子と、水色髪の女の子だ。
名前は覚えていない。
「そ、そうですけど……。なんで知ってるんですか?」
俺が尋ねると、彼女達はメニューを操作して動画を見せてきた。黙ってそれに視線を向ける。
それは俺ときりんの戦いを写した切り抜きの動画だった。およそ五分ほどの映像に、きりんの接吻やあいりんとの問答が全てまとめられている。
驚くべきは、その再生回数だった。
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再生数 529,865回
高評価 36,559
低評価 29,872
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『ドラゴン強奪は犯罪だ』
『きりん信者マジうるさい』
ほう。
どおりで今朝からコメント欄が騒がしい訳である。
「今、チリアクタさんを知らないRFOプレイヤーはいないんじゃ無いデスカ?」
「たぶんツウィルターに転載されてる動画とかも合わせたら、100万回以上は回ってるだろうし」
……ちょっと不味いな。
このままだと、配信どころの騒ぎでは無くなるかも知れない。現在は法整備が進み、住所の特定などは違法となったが──
俺の思考が悪い方へむき出す。
『気にすんなよー』
『もっと罪の自覚をもったら?』
『きりん民の民度終わってるんだが』
『お前きりんのところに行けよ』
『ヤバw』
炎上に触れたせいで、コメントは勢いを増す。
──ああ、終わった。
そう思った俺を察したのか、二人は話題を無理矢理に変える。
「とと、ところで! テイムしたドラゴンちゃんは出せるんデスカ?」
水色の少女がそれをかき消す。
「そりゃ、普通に出せますけど……」
「「見たい!」」
二人の少女の声が重なる。
そんなに見たいものか? 外見はどこにでもいる、ちょっと珍しい程度のドラゴンなのに。
「危ないんで止めといた方が……」
「ドラゴンが?」「危ない?」
「「アハハー! ないない!」」
あくまでドラゴンを見たいと言う姿勢を崩さない二人。ギャルに絡まれて俺もタジタジだ。
……えーい、もう出してしまえ。
俺は溜め息を吐きながら、館からの入り口を作った。
光と共に、シャドウドラゴンが飛び出す。
そしてーー
「シャーーーーーー!!」
ガブリ。
頭に何かが突き刺さる感覚。
続いて視界が真っ暗になる。きっと奴が巻き付いているのだろう。
「「キャー! チリアクタさんが食べられてるぅ!!」」
俺は頭に噛みついているそれを、引き離す。
力任せに引っ張ると、ブチブチと気色の悪い音が聞こえ、視界が晴れる。
手に掴んだ物へ視線をやると、その正体が露わになった。艶やかな黒い鱗。コウモリのような小さな羽。シャドウドラゴンだ。
「ほら、危ないじゃないですか」
俺がそう告げた瞬間。
【シャドウブレスを発動しました】
影竜の息吹が、俺の顔面を捉える。
そして黒が、ホールを包み込んだ。
カラフルな飾りが吹き飛ばされ、卓に並んだ料理が生ごみに変わっていく。
「どわー!!!」
「キャー!」
「ぐふぉ……」
屈強な男も、か弱い女子も、みんな壁に叩きつけられる。
非戦闘区域なのが幸いし、デスポーンした者は居なかったが……。
歓迎会はめちゃくちゃになった。
*****
シャドウドラゴンのブレスによって、クランホールは一時騒然となった。
そりゃそうだ。
非戦闘区域で勝手にブレスを吐き出すドラゴンなんて、聞いたことが無い。事態を収束させるため、シャドウドラゴンを即座に館へ返した。
『いや普通にヤバくて草』
『これ炎上どころじゃないだろ』
『でも正直クソおもろい』
散らかったクランホール。
現在、クランメンバーは黙々と片付けをしている。
「……」
俺は突っ立ったまま何も出来なかった。
茫然自失。
あぁ、思考が悪い方に向かう。
火種ができた。また燃える。
先ほどまで笑顔だったクランメンバーは無言。しかも今度はきりんどころの話ではない。日本中、いや世界中の人間が俺を……。
そう思うと、もうコメント欄は見られなかった。
「ねえ」
女性が声をかけて来た。
先ほどの二人よりも少し上の年齢。
大人っぽい人だ。
「大丈夫やった? ごめんなさいね。
あの二人ったら、悪ふざけが過ぎるところがあるから」
「いや、そんな……。それよりも、こんな事になってしまって……」
「ええんよ、ええんよ。男の子は元気な方が可愛いんやから。
ウチのショウリ君もそのくらいのパッションが欲しいわぁ」
そう告げ、女性は片付けに戻った。
……意図が読めない。
何だ、これが京言葉というやつなのか。遠回しな嫌味? それにしては優しい声色だったが、俺には判別が付かなかった。
「おーい、新入りぃ」
また声をかけられる。
「この辺の割れた皿を拾っといてくれるぅ?」
「あ、えっと、はい」
俺も片付けの輪に入っていった。
いつの間にか、クランメンバーは先ほどと同じ様に騒いでいる。歓迎会がめちゃくちゃになったと言うのに、誰も落胆などしていなかった。
ふと、視界の端に影が映る。
「ごめんなさい……」
「元気付けようとして……」
──遠くで、ギャルが怒られている。
その光景が目に入った。
そのうちホールは元通りになり、煤やら割れた食器などは綺麗さっぱり無くなった。色とりどりの飾りも一緒に無くなったが。
先刻と同じ様に皆がソファに座る。
金色と水色の少女だけが立たされていた。
「「ごめんなさい」」
二人は俺に向かって頭を下げる。
……え?
続いて参謀の男が話し出す。
「ごめんね、チリアクタ君。
この二人が無理矢理ドラゴンを出させてたね。君の歓迎会なのにごめんよ」
「いや、そんな……」
なぜ謝られているのだろう。彼女達に求められたとは言え、あの影竜を出したのは俺だ。
けれども、彼らは俺を責めなかった。
「何で……。怒らない……ですか?」
捻り出した言葉。
言う必要は無かった。
それを言った後に気が付いた。彼らの気が変われば、俺は責められる。そうなれば、この気分はもっと悪くなる。
別の方向から声がかかった。
「そりゃお前な。そんな顔にしてる奴に怒れる奴なんかいねえよ。
安心しろ、ここはそう言う集まりだ」
……そう言うものなのか。
俺には分からない。
「俺、そんな酷い顔してますかね……」
小声で呟いた。
そう言えば、母にも似たような事を言われた事があった。
あれはそう。14歳の頃だ。
クラスで虐められて、引きこもり始めた頃。
学校へ行かない俺に、母は何も聞こうとしなかった。俺は……聞いて欲しかったのかも知れない。自分を大切にされている証拠を求めるように。
“どうして何も言わないんだよ”
母にそう問うたのだ。
そして、今と全く同じ言葉を返された。
その時は、母は俺に興味が無いんだと思っていた。
そう言えば、それからか。俺が人と話せなくなったのは。
……どうなんだろう。
分からない。
「さぁ! 歓迎会はいったんお開きにしよう!
最近みんな忙しいから、次はいつ集まれるか分からない。今度は海アップデートの時になるかもね」
歓迎会は終わった。
その時、俺は初めてクランメンバーに視線を向けた。
狐の貴族。柔和な弓兵。チャラそうな陰陽師。金髪のギャル。水色髪のギャル。渋い大工。やつれた研究者。分厚い装甲の鎧。狼の剣士。大人なお姉さん。着物の女。
改めて見ると、濃い面子だ。
性格は見た目に現れると言う。現実世界でこんな格好をしていたら、社会不適合者だと笑われるだろう。
俺も同じだ。社会に弾かれた人間だ。
……だから、彼らを知りたいと。
少しだけ、ほんの少しだけ、そう思えた。
俺が思考している間に、ホールから人は居なくなった。
「……」
静寂。
少しだけコメント欄が気になったが、今は観ない方がいい気がした。
そうだな。そうしよう。
そんな時、誰もいるはずが無いのに、声をかけられた。
「……チリアクタくん?」
獣耳に顔を隠す面布。転狐さんだ。
そう言えば、彼はクランメンバーと一言も話をしていなかった。どおりで気配が無かった訳だ。
「えーっとね。その……なんだ」
彼は言葉に困ったように、言い出さない。
きっと言葉を考えないままに話しかけて来たのだろう。彼の言葉を待つ。
「その、アレだよ。
今君を叩いてる連中って、ほんの一握りだから」
「?」
「ちょっと登録者、見てみなよ」
「えと……はい」
言われるがまま、配信画面から登録者を表示する。
【チャンネル登録者:1,339】
は? 何でこんなに増えてるんだ?
俺の疑問を見通すように、彼は続ける。
「君の配信観たんだけどさ、面白いよ。普通に。
今はアレかもしんねーけど、この業界って意外とあったけぇから」
たどたどしく。少しずつ。
彼は言葉を紡ぎ続ける。
「だからさ。辞めんなよ。
この瞬間を……楽しもうや」
それを言い残し、彼は出口へ歩き出した。
彼なりに励ましてくれているのだと、俺でも分かった。
「あ、あともう一つ!
悪質なコメントはブロックしてみなよ。たぶん何個か間引いたら、配信は落ち着くと……思う。
ただ、しばらくはドラゴンをテイムしない方が良いかな」
最後に言い残して、転狐シンはクランホールから出て行った。
【視聴者:165】




