第4章(前編) 最初の影 ― ありえないログ ―
翌日。
午前9時すぎ、アークシステムズのオフィス。
環が淹れたコーヒーの香りが漂い、
いつもの朝と変わらないように見えた──
あの瞬間がくるまでは。
◇◇◇
■ 1通のメール
凪が自分のデスクに座り、
メガネを少し押し上げてからPCを立ち上げた。
「……あれ?」
画面に、アストリアのシステム管理部から
緊急連絡 とだけ書かれたメールが表示されていた。
件名を開いた凪の顔から
“のんびりした気配”がすっと消える。
「……柊先輩……ちょっと来てください……これ……まずいです」
柊が席まで来て、モニターをのぞき込む。
「……美乃さんのIDで……不正アクセス……?」
環の手からコーヒーの香りがすっと消えていく。
「え……?
美乃さんが……そんなこと……するはず、ない……」
環の声が震えている。
◇◇◇
■ 凪の冷静さと、柊の緊張
凪は眉をひそめながら言った。
「柊先輩、これ……完全に“仕組まれたログ”です。
タイムスタンプのズレ方が不自然すぎる」
柊の目が鋭くなる。
「じゃあ……“罠”か?」
「はい。かなり巧妙ですが……不自然です。
本物として提出できるギリギリを狙ってますね」
環の胸はぎゅっと締めつけられた。
「そんな……美乃さん……疑われちゃう……」
柊がすっと環の隣に寄った。
「大丈夫だよ、環。
俺たちが調べる。
美乃さんは絶対にやってない」
凪もうなずく。
「僕もそう思いますよ。
昨日の会議室前の視線……
あれは“最初から彼女を落とす気”のある人の目でした」
環は凪の言葉に、さらに顔を上げる。
「……凪くん……やっぱり気づいてたんですね」
「もちろんですよ〜。
僕、伊達に“かわいいSEさん”やってませんので!」
柊が思わず噴き出す。
「……おまえ、それ引っ張りすぎだ」
◇◇◇
■ いったん、アストリアへ
凪が深刻な表情で続けた。
「柊先輩、これは……
僕らが直接行ったほうがいいですね。
この“疑い”が広がる前に……止めないと」
柊もうなずく。
「そうだな。環、準備できるか?」
「はい……!」
環は簪を整え、眼鏡を押し上げた。
いつもより、少し強い表情。
「美乃さん……泣かせたくないです。
絶対……守りたい……」
柊と凪は、環を見て、ほんのわずか微笑んだ。
「環さん……かっこいいっす……」
「ほんとにな」
◇◇◇
■ アストリア到着 ― 最初の“空気”の変化
アストリアのビルに入った瞬間、
3人は同じものを感じた。
──空気が重い。
昨日は感じなかった圧のような視線。
すれ違う社員たちは
美乃の名前をひそひそと口にしている。
◇◇◇
■ “不正ログ”の真相へ
会議室に案内されると、
すでに何名かの“反対派”が待っていた。
徳山和則が腕を組んで立っている。
「アークシステムズさん、
早急に調査に当たってもらいたい。
うちの課長が……不正をした可能性がある」
環の喉が詰まる。
凪はすっと前に出て、
いつもの軽い口調とは別の声で言った。
「……課長の不正、ですか?
確認させていただきましたが──」
柊と環が、わずかに息をのむ。
凪の声が、静かに低く沈む。
「“あのログは、課長本人のものではありません。”
間違いありません」
徳山の表情がわずかに動く。
「……なにを根拠に?」
凪は眼鏡を押し上げ、
淡々とした声で答えた。
「“凪の領域”を、甘く見ないほうがいいですよ」




