第2章 ― 給湯室で交わされた、ふたりだけの言葉 ―
給湯室は、社内のざわめきから少し離れた場所にあった。
昼下がりの光が細い窓から差し込み、
ステンレスのカウンターをやわらかく照らしている。
美乃は手際よくカップを並べ、
お湯を沸かしながらふと横目で環を見た。
「……緊張してる?」
「え?そ、そんなこと……ないつもりですが……」
環はぎこちない笑顔を作りながらも、
自分の声が少し震えていることに気づいた。
美乃は、ゆっくりと環の前に立つ。
「……環さん。さっきの会議でね。ずっとあなた、不安そうにしていたわ」
「……あ……すみません……」
「謝らなくていいのよ。
むしろ、ちゃんと見ていたいと思ったの」
お湯が沸く音だけが静かに響く。
美乃はカップにコーヒーを注ぎながら、
さらりと切り出した。
「環さん。私ね、昔、柊くんのことが好きだったのよ」
環の手がピタリと止まった。
「……っ……」
「でもね、言わなかった。言えなかった。
後輩に想いを押しつけるのは、なんだか違う気がしたから」
美乃は淡々と話すが、その声の奥にかすかな痛みがあった。
「最近、偶然会ったのは、8年ぶりくらいかしら。
そこで初めて言ったのよ。
“好きと言わなかったことを後悔してる”って」
環は胸がぎゅっとなる。
(……そんな人がいたんだ……)
美乃はカップを1つ環のほうに滑らせた。
「そしたら柊くんね。言ったのよ。
“俺は、大切な人と結婚しました”って」
その“大切な人”という言葉が、
環の胸にまっすぐ落ちた。
「……柊……」
「その時、わかったの。
あぁ、この人は環さんがいなくなったら壊れるな、って」
環は息が詰まるような思いがして、視線を落とす。
「環さん。あなたの手、離しちゃダメよ。
……でないと、柊くんが壊れてしまう」
美乃はやさしく、でも確信をもって言った。
その言葉は、凪が言った言葉と同じだった。
「……凪くんも……同じこと言ってました……」
「あのかわいいSEくんね。ふふ、わかるわ。
彼、よく見てるもの。あなたたちのこと」
環は顔があかくなる。
美乃は少しだけ微笑んだ。
「環さん。あなたのその“まっすぐさ”が、
柊くんの光になっているわ。
だから――自信を持って」
環は小さく息を飲んだ。
美乃の声には嫉妬も後悔もない。
そこにあるのは、ただただ“祝福”だった。
「……北澤さん……ありがとうございます……」
「美乃でいいわ。
さ、コーヒーできたし戻りましょう。
柊くん、そわそわしてるだろうし」
「え……そ、そんな……」
「ふふ、環さんのことになるとすぐわかるわよ。あの子は」
美乃が扉を開け、環が続く。
環の胸にはまだ、ぽかぽかとした熱が残っていた。
その言葉が、自分の光を強くしていくのを感じながら。




