[番外編]ダンジョンマスター、酒木岳の場合
無理矢理会話を終わらせた町田のダンマスを見送った東池袋のダンジョンマスター、酒木岳は堂々と歩きながら出口を目指した。
あまりにもな軽装に途中遭遇した探索者からギョッとした目で見られたが、岳は気にしない。探索者だって事前にある程度はダンジョンのことを調べてくるはずで、岳は顔を出してダンジョンマスターと名乗った動画を投稿している。だから自分のことは向こうも知っているだろうと思っているためだ。
仮に顔を知らなくて、軽装で迷いなく歩いている自分に疑問を持たれても、攻撃されなきゃそれでいいのである。今の日本では、ダンジョンマスターに人権が認められている以上、積極的に攻撃しようなんて思う人はいない。
モンスターも探索者も気にせず最短距離を通ったおかげで町田のダンマスより先にダンジョンを出た岳はそのまま歩いて10秒の家に帰った。
「ただいまー」
「おかえり。遅かったじゃない。味噌汁片付けちゃったわよ」
「しょうがねぇじゃん。ダンマスが急に来たんだから。あっため直して?」
「はいはい」
「さんきゅー」
ダンジョンマスターからの侵入があったと通知が来た時、岳は朝食を食べていた。こんな朝早くに来られると思っていなかったため、岳は完全に油断していた。
岳としては完全攻略されない自信があったので放置しても良かったが、食べかけていた朝食を置いて確認しに行ったのは単純に相手が誰か気になったからだ。
小嵜麻夢だったら要注意。アイドルみたいにファンを作っているがダンジョンの完全攻略者だから。品谷瑛士ならラッキー。たぶん仲良くなれる。町田のダンマスなら嬉しいけどちょっと注意。動画や配信で見てる分には面白いが視聴者や探索者から性格が悪いと言われてるだけのことをして来そう。他のダンマスならまぁ話すだけはしてみよう。なんか教えてくれるかもしれないし。
そんなノリで会いに行って、出てきたのは町田のダンマスだった。
(警戒心くそ高かったなぁ。今度は俺が町田ダンジョン行ったら相手してくれっかな)
たぶん無理だろうなと思いながら味噌汁を啜る。
「母さんもう行くから食器は自分で洗ってね」
「はーい。姉ちゃんは?」
「まだ寝てるわよ。それ飲んだらあんたが起こしてきなさい」
「えー。無理に起こすと機嫌悪くなるじゃん」
「とにかくよろしくね」
こちらの意見を全く聞いてない母を見送る。こうなったらもう母の言うことを聞くしか無い。
勝手に家の敷地にダンジョン作ったし、その上でダンジョンマスターとして稼ぐと決めた岳は大学を辞めたので、負い目がありすぎて小さなことでもあんまり逆らえないのだ。
発覚当初は相当怒られたが、バレる前になんとか姉である創を味方につけていたので追い出されずに済んだ。代わりに無駄になった学費代はそのうち返せと言われている。返済期限が無いだけだいぶ優しい。
ということで、味噌汁を食べ終わった岳は食器を片付けて、仕方なしに創の部屋に行ってドアをノックする。
「姉ちゃーん。いい加減起きろよ」
反応があるまでずっとノックし続けているとだいぶ掠れた声でうるさいと言ってるのが聞こえた。
これは二度寝するパターンだと判断した岳は別の方法で起こすことにした。
「そういえば町田のダンマスが俺のダンジョンに来たんだけど話聞きたくねぇ?」
ガタガタと何かにぶつかる音がしてからドアが思いっきり開かれる。
「それ本当でしょうね!?」
「本当だから着替えたら下こいよ」
「こいよ?」
「下でお話しましょう」
もともと創には逆らえなかったが庇ってもらった一件からさらに逆らえなくなった岳はすぐに下手に出た。それで納得してもらえたのか追加の文句は来ずドアが閉まる。
リビングに戻ってスマホで動画を見てると、すぐに姉が降りてきた。
「まっちー来たってどう言うこと?話した?どんな雰囲気でどんな顔してた?」
「日曜みたいに通知来たから見に行ったら普通にいた。新しいダンジョンの様子見だとよ。顔はなんか変な布で隠してたから知らねぇ。雰囲気は動画の時とおんなじ感じ?」
岳も元々動画や配信を見ていたが、創は何度も投げ銭を投げているくらいには町田のダンマスの大ファンである。なんでも、基本的には性格が悪いのに最後の最後でちょっとした優しさを見せるところがギャップを感じられて良いらしい。岳には全くその良さがわからなかった。
町田のダンマスが日曜にも来ていたと知られれば、なんでその時見に行かなかったんだと詰め寄られるのがありありと目に浮かんだ岳は本当の理由は伏せ、最初に教えてもらった方をそのまま創に伝えた。
素直にそれを信じたのか、流石まっちー情報収集を怠らないのね、なんて呑気に言っている。
「で、サインは?もらえた?」
「姉ちゃんが欲しいだろうなって思って言ってみたけどあっさり断られた」
「せっかく会ったんだからそこは死ぬ気で貰ってきなさいよ」
「相手はダンマスの先輩だぞ。無理に請求できるわけねぇじゃん。代わりに情報もらえただけでも褒めてほしいくらいだわ」
「は?あんたまっちーにタダで情報もらったわけ?」
サインを貰えなかった事にキレられて、情報貰った事にもキレられる。なかなか理不尽な姉だ。
「タダじゃねぇよ。こっちも聞かれた事には答えたし」
「ふぅん。ならよし」
岳はなんでそんなに上から目線なんだと思ったが、言ったらキレられるので無言を貫いた。
「それで?あんたまっちーから何聞いたの?プロフィールとか?」
「そんな事聞いたらキモい奴だと思われんだろ。普通にダンジョンを使った効率の良い稼ぎ方のアドバイス貰った」
「はぁ?なんでそんなくだらない事聞いてんのよ」
「めちゃくちゃ重要だろ」
「あんたにとっては重要でもまっちーからしたらくだらないでしょ。しょーもな」
「あのさぁ、自分の知りたい情報じゃなかったからって拗ねないでくんね?」
「別に拗ねてない。呆れてんのよ」
岳はどう考えても拗ねてるだろと思ったが、言ったらキレられるのでやっぱり無言を貫いた。
「はぁ……まだ表に出てないこと知れると思ったのに」
「まっちーにさ、金を稼ぐなら特研に直接アイテム売る事おすすめされたんだけどどう思う?」
「あんたがまっちーって呼ぶな。要はダンジョンの素材を研究してるところにってことでしょ。特研ばかり力つくのは良くないから売るなら2番手、3番手の所にした方がいいわよ」
「ふぅん」
「そんなことよりまっちー他になんか言ってなかった?」
「姉ちゃんが喜びそうなのは特には」
「そう。じゃあもういい。次まっちー来たら私呼んでよね」
「善処しまーす」
「ふざけてんの?」
「がんばります」
善処します、は町田のダンマスが言っていた言葉だったが、それを伝えるとまた面倒な事になりそうだったので岳は素直に訂正し、すぐさま話題を変える。
「あー、それでさ。5階層、特に希望ないなら勝手に作るけどなんかある?」
「別に。5階、6階はまだゴーレム系でいいんじゃない?個人的には1階層にかわいいモンスターと遊べる部屋があると嬉しいわ」
「戦わせるのは出来るけど遊べる部屋は無理って言ったろ」
「今のところは、でしょ。できるようになったら作ってね」
「はいはい」
無理だと思ってるしかわいいモンスターと遊べる部屋なんて要らないと思っていても、創からの要求なので、叶えようとする姿を見せるしかないのだ。
しばらく2人はダンジョンについて話した後、創は朝食を食べてから仕事に行き、岳は5階層と6階層を作るために自分の部屋に戻った。




