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第三話:魔縁の匪徒

「忘れ物はねぇか?」

「うんっ、大丈夫!行ってきまーす!!」

「おう、行ってらっしゃい楓眞」


 日本の……否、今や世界の中心都市、東京都。

 あらゆる物や人が集まるこの世界経済の中心で暮らすには、たとえ低層のマンションに住んでいようと、相当な収入が必要となる。

 あるいはこの地で住むことを義務付けられているか。


 門浦玲沙はその両方に当てはまる。

 退魔師に特別控除として与えられたマンションに住むならばお金は掛からないし、収入はそれなりに広いスペースに釣り合うだけのインテリアを備えることや高い物価に充てることができる。


 楓眞はそんな富裕層や退魔師家系の人間が暮らす土地の一角から、今日も爽やかな挨拶と共に学校へと繰り出す。

 車で通学する者もいるが当然、毎日となると親の都合が合わなかったり、運転手など雇っていなかったりするのが大多数だ。

 ゆえにその子供たちは集団登校となるゆえ、楓眞も同様に集合場所として定められた小さな神社まで向かっている。


 距離としては目と鼻の先なため、すぐに小さな人影の集まりが見えてくる。

 家で見せる朗らかな自然の笑みではなく、努めて人を刺激しない無害な作った笑みを浮かべる。


「――おはよー、楓眞くん!」

「来たッ、楓眞兄ちゃんだ!」

「楓眞くんっ、ねぇ聞いて聞いてー!昨日ね、あのね――」


 楓眞が集合場所にたどり着くとワラワラと低学年の子どもたちが集まり、女子児童たちもやや顔を赤らめながらおずおずと近づく。


「うん、みんなおはよう」


 集まった子供達にニコリと人好きのする笑顔を浮かべて挨拶を返す。

 それから、同年代や歳下の子供たちの要領を得ない話にもニコニコと対応する。

 ほとんど何も知らないゲームの話をされても以前話した記憶を引っ張り出してなんとか話を合わせているし、休日の過ごし方も当たり障りのない返しをしている。


 賑やかな雰囲気であるが、それも集団の半分と少しほどに過ぎない。

 同学年や歳上の男子児童や、幼いながらに己の容姿に自信を持って生活をしている女の子などは良い顔をしていなかったり距離をとっていたりという様子だ。


「ふん、俺らに相手されねぇからって下のやつばっかとつるんでやがるんだぜ」

「親が退魔師だからって調子乗ってるよなぁ……あんなナヨナヨした奴ワンパンだっつの」

「ほんっと、憎たらしいぐらい……」


 そんなご近所さんの児童によるパーティ編成ではあるが、班長である最高学年の児童による号令で学校に向かい始める。





 元気な小学生の集団が住宅街を進む。

 近くを通った老人や、ボランティアの人たちが彼らの明るい挨拶に頬を緩める。

 しばらく進み、学校までの道のりの半分を切る。


 楓眞は最後列の車道側、隣では一つ下の女の子が俯きがちに歩みを進めている。しかし彼女にとってはペースが速いようで、時たま加減速を繰り返している。


「ん……大丈夫?」

「え、あ……その、だい……じょうぶっ」

「足、痛いの?」

「だ……大丈夫、だから……」

「なるほど、痛いんだね。――ゆうきくーん!ちょっと遅れるから先進んでて!!」


 班長の男の子は怪訝な顔を浮かべたあと、楓眞がジェスチャーをしたことで了承の意を示し、集団を率いて先に進み始めた。


「楓眞くん……その、ごめんなさい。お母さんに、心配かけたくなくて……ッさっきまで……そんなに痛くなかったのに……っ」

「気にしないで。――うーん……もう少しみんなと離れたら学校の近くまでおぶって行こうか。ここだと家より学校の方が近いし」

「え……」

「安静にして、保健室で冷やしてもらおう」


 その姿を見る……ことは直接にはできないけれど、それでも聞こえる声音がまるで妹を慈しむようで、一人っ子な家の姿からは想像つかない。

 玲沙が見たら感動で泣いてしまうのではなかろうか。





 楓眞は前を進む自分たちの所属していた児童集団が見えなくなった事で女の子を背負い、軽々と歩みを再開する。

 退魔師というヒトの理から外れた超人の血を引くだけあって、華奢な身体からは想像できないほどの力を持っている。


「……っ」

「……」


 二人の間にしばらくの静寂が満ちる。


 暦上は十月に入ったというのに、未だ夏の暑さを引きずるような、そんな秋の季節。

 楓眞の首に回す少女の手には少し汗が滲んでいる。

 楓眞は特に気にも留めた様子はなく、黙々と学校への道のりを進む。


「あの……さ……楓眞くんは……」

「うん……?」


 そんな沈黙を破ったのは、少しこの時間を気まずそうにしていた少女の方からだった。


「……お母さんが……た、退魔師なんだよね?」

「うん、そうだよ!」

「退魔師、なりたいって思う?」

「もちろんっ!……んんッ、そうだね。かっこいいし、ボクには才能があるらしいから……って、確か利帆ちゃんもだよね?」


 声が上擦っていたことに気づいて、楓眞が誤魔化すように咳払いをする。


 どうやらこの利帆という少女は退魔師の家系らしい。僕はその情報をほんの少し意外に思う。

 気が弱そうで、特に肉体的にも普通……むしろ虚弱な印象を勝手に抱いていた。


「……私は……えと、落ちこぼれだから。『魔力適正』あるはずなのに全く魔力扱えないし、運動もダメダメで……それにっ……お父さんが任務に行った時いつも怪我してるの、お母さん凄く心配してる……私も、怖いの……」


 退魔師には危険が伴う。

 実力がなければ消耗品として使い捨てられるのみ。その点玲沙は優れた退魔師ゆえに、大事になるような怪我を負っている姿はあまり見たことがない。


 だが、この利帆ちゃんの家はそうではないようだ。

 彼女の父親は文字通り身を削って公務に従事しているようで、家族はその姿に気を病んでいる。

 特に母親は怪我に過剰なほど反応するようで、心配させたくないからとこの子も足の怪我を反射的に隠してしまったのだろう。


「私……別に名前も知らない他人の平和とか、どうでもいいもん……お金だって、お父さんとお母さんがいれば……」

「……」


 とても人間らしい主張であり、悪く言えば受身的で退魔師らしくない考えだ。しかしそれの何が悪いのか。

 綺麗事を述べる大多数の者たちもいざという時はこのように思うだろう。それならば初めから割り切っているこの子の方が、よほど性根が真っ直ぐで優しい。


「ねぇ、楓眞くん……大事な家族を眠れなくなるほど心配させてまで……退魔師なんてものになる必要、あるのかなぁ……」


 魔力は全員が全員、実用レベルに扱える代物ではない。

 むしろここ退魔の国、日本国でも『魔力適正』を示すのはおよそ百人に一人といったレベル。

 きっと彼女も父に憧れ、多くに期待されたことがあったのだろう。


 そして、折れた。

 己の無力に、憧れた父の傷つく姿に、母の悲しむ姿に。

 きっと、楓眞の背中で彼女の中の何かの栓が崩壊したのだ。


 彼女の嗚咽を背景に、楓眞は黙して歩みを進める。

 そして慟哭を聞き届けた彼はおもむろに言葉を紡ぐ。


「――そんな必要どこにもないよ。ボクもキミと一緒さ、家族が一番大事。いなくなったら、下手すれば死んじゃいそうなぐらい。任務の時にお母さんの帰りが遅いと心配になるし、お金も不自由なく生活できればそれ以上は要らない」

「なら……ッ」

「うん、でもね――」





「「「――ぅうわアアァァァッッ!!」」」


 二人の会話を引き裂くように、子供の甲高い悲鳴が響き渡る。


「……ッ!!」

「ぅぇ……なに……?!」


 閑静な住民街に似つかわしくない、荒々しい気配が漂う。

 二人の視界の先の曲がり角辺りから固い何かを砕く音と、子供の悲鳴が聞こえる。


 そして一人の子供、先ほど楓眞たちと登校していた男の子の一人が腰を下ろしたまま後退りして現れる。

 顔色は酷く青ざめ、歯がガチガチと音を立てて、涙が溢れる。

 彼は意味もなく首を横に振り、その瞳孔は開き切っている。何かを恐れていることは明白だ。


「ぅ……ぁぁぁ……ッ……た、助け……」





『――キキッ……キリ、キリキリ……!!』


 曲がり角の影から姿を現したのは二足歩行の異形。

 二メートルは軽く超える背丈、昆虫のようなテラテラとした質感の肌。飛び出した白濁の両眼には知性を感じない。


 そして何よりも恐ろしいのは両腕に携えた、カマキリのように鋭利で、眼前の子供の頭身ほどもある大きな刃を躊躇なく振り下ろそうとしていること。





「――シィッッ!!」

『ッ?!……ギィ……ガぁッ!!』


 利帆を背負ったまま現場まで駆け出した楓眞は、とてもヒト一人背負っているとは思えない軽やかな跳躍と共に、飛び蹴りを振り下ろされる右腕側面に打ち込むことで撃退した。


「フゥ……斗真、怪我はない?」

「ふう、ま……にぃちゃ…….ぁッ……ぅ……ァァァッ!!ぅわぁぁぁん!!」

「よしよし……みんな、無事……ッッ」


 曲がり角に辿り着いたので、楓眞は死角となっていた区画をぐるりと見渡す。

 同時に僕にもその惨たらしい景観が顕になる。


 真新しい鮮血がコンクリートの壁に降り注いだ痕跡、多量の血を流して倒れ伏す者や腰を抜かして冷静さを失っている者。

 さらに最悪なのが――


「ぁ……が、ば……ッ……ぁ……」

『キリ……ヒヒッ……オ肉、ちょーだい……ちょーだいィィ!!』

「ひ、ひぃッ……た、食べられて……ッ!」


 楓眞の蹴った腕と反対の鎌にはすでにヒトが貫かれていたようで、それをまるで骨付き肉を喰らうように齧っている。スーツを着用していることから通勤中のサラリーマンといったところか。


 今その男性を貪っているアレは『魔縁の匪徒』、あるいは端的に『魔族』と呼ばれるこの世界から外れた怪物。

 ただヒトやこの世界の生物に害と災いを齎し、ヒトを貪り喰らうことのみ役割として与えられた、魔に魅入られた存在。


 そして魔族の肉体は『魔素』と呼ばれる特殊な物質で構成されており、個体差はあるものの頑強かつ再生能力を有している。

 見れば先ほどの蹴りのダメージは一切見当たらない。不意打ちゆえに勢いで蹴り飛ばすことはできたが、認識された以上次はないだろう。


「ふ、楓眞くん……逃げ、ないと……ッ!」

「……利帆ちゃん、下ろすね」

「え……そ、そんな……」


 足を怪我している上に、恐怖で竦む。

 先ほどの機動力を見たあとならば自分をおぶって逃げてくれると淡い期待をしていたのだろう。絶望に声が震えている。

 図々しい思惑だとは思わない。この場において命よりも大事なものなど存在しないのだから。

 とはいえそれでいえば、楓眞だっておぶっていない方が逃走率が上がる。


 だが、彼女を下ろしても楓眞はこの場から立ち去ろうとしない。

 利帆は不安そうに楓眞の背中を見上げる。


「ふうま、くん……?」

「……そうだ、利帆ちゃん、さっきの話の続きだけど――」


 退魔師の仕事はただヒトを取り締まって、治安維持を行うだけではない。人類に仇なすヒトならざる怪物を討伐し、人類の守り手となること。

 そのために彼らは日々命を削っている。玲沙や利帆の父親がそうであるように。


「ボクさ、基本的に赤の他人なんか信用してないし、そんなヒトたちにボクや家族の命を預けたくないんだよね」

『キリキリ……ギ、キ……ィィイ、オイし、そう!!』


 魔縁の匪徒はより強い魔力を持つ人間を捕食しようとする。実際、楓眞の魔力量は潤沢で、アレにとっては上等な餌に見えるだろう。

 さらに子供で非力、己に害を与えるほどの火力を持ち得ない。……ここまで判別する知能があるようには見えないが。


 悍ましい殺意を纏った怪物と目が合う。

 それでも楓眞は朗々と、しかし冷徹に殺戮者を見据えて続ける。


「……でも、悪意を持った怪物や人間が跋扈する中で、せめてボクの周囲の小さな世界の安寧ぐらいは自分の手で守りたい」


 それは、力ある者の傲慢。

 されど決して力を振るわされるわけではなく、己の意思によって何かを守るためにその力を振るう。

 今回だったらきっと彼の信念、というやつだろう――。





「――それからそのついでに、キミたちぐらいは守ってみせるさ」





 ***





 身を屈め、ギリギリで振り下ろされる刃腕を避ける。腕が自慢に突き刺さった隙に、魔族の顔面を殴りつける。


「……ッッ」

『キキッ……かゆ……』


 体格の差、肉体性能の差、魔力操作能力の差。

 優っているのは知能ぐらいなもので、楓眞の拳は魔族を的確に捉えどもダメージになり得ていない。


『魔力適正者』の戦い方は魔力で身体強化することと、魔術を扱うこと。

 楓眞はまだ魔術を扱うことができず、周囲に武器もないため、必然的に身体強化による肉弾戦で対抗するしかない。


「イキったはいいけ、どッ……はぁ、はぁ……思ったよりキツイな」


 魔力による身体強化は二段階存在する。

 魔力で体表を覆い攻防に備えた硬さを手に入れ、魔力を体内に巡らせ身体能力を引き上げる。

 前者は比較的単純な操作である程度のレベルまでは実現するが、後者は緻密な魔力操作技術が必要となる。


 楓眞は才能に溢れている。

 しかしそれは五年後、十年後に開花すると想定されるもの。現段階ではまともな知能すら獲得していない魔縁の匪徒の雑兵にも劣る。


『(楓眞……)』

「現実はそう甘くないってことね……ふん、わかってらァッ!!」


 利帆や殺される直前で助けた歳下の少年、その他動ける者たちは逃走に成功した。加えて退魔師を呼び出してくれているだろう。


 しかし背後にはまだ負傷し身動きの取れない子供や一般市民。

 この場における楓眞の役割は時間稼ぎだ。退魔師が現着するまでの――。


『(――違う、そんなことする必要なんてない。……逃げてくれ、君ならまだ逃げ切れる)』

『キシャャャァァァアアッッ!!』


『(後ろの赤の他人を見捨てれば……まだ……ッ!!)』

「ふ、ハハ……ッ!!キミなんかに殺されて、たまるかよ!!」


 ……逃げない。

 目にも止まらぬ速さで迫る両腕一対の刃を掻い潜りながら、命の危機に笑う精神力。


 楓眞の魔力による身体能力強化はお世辞にも優れているとは言えない。動体視力もそう大して向上していないことがここからだとよく分かる。

 戦いが成立しているのはひとえに楓眞の格闘センスゆえ。


 身体に刃が掠め、血が舞い散りながらも致命傷だけは必ず避けて、負傷者たちに被害が及ばないよう立ち回っている。

 楓眞はよくやっている。限られた手札で確実に役割を全うしている。本来背負う必要もない、身に過ぎた役割を。


『(……それに対して、僕は一体何をしている?神に力を授かっておきながら、ヒトの身体に無遠慮に住みついた挙句……宿主の危機に指を咥えて見ているだけ)』


 ――一体、何のために僕はこの子の中で生まれたんだ。


 無いはずの心臓の鼓動がうるさく跳ねているようだ。


 前世で己の危機や死を前にしても、どこか冷めていた。それにもかかわらず、僕は今肉体の主人とはいえ他人の危機を前にして、抑えられない寒気ともどかしさを抱いている。


 鮮血が再度舞う。

 致命傷を負っていなくとも、これだけの出血となるとこの小さな身体には命の危険がある。


「ボクは、強い……!!怖くないッ!!……ぐゥッ……ッ……ふは、ッあはは!!」

『ウ、ウゥッ!!……ニクゥゥゥッ!!』


 しかし楓眞は笑う。

 虚勢だということは誰から見てもわかるだろう。死の恐怖に竦む足を奮い立たせ、戦場を舞い続ける。


 その楓眞の献身の間に、足の腱を切られ動けない者たちも這って逃げ始めている。

 そしてその者たちに生きる希望を与えたのは間違いなく、楓眞の虚勢。

 たとえ届かなくとも、きっと彼らは心の中で応援しているだろう。この小さな英雄を。


「ォォォッ!!」

『グギ……ッ?!』


 楓眞の拳が魔族の顔を捉え、そして砕いた。

 魔族はよろめき、後退りする。

 割れた顔面から魔力が漏れ出していることが見て取れる。


 魔族は魔素でできた肉体を、体内で魔素から変換した魔力で動かしている。つまり体内で巡る魔力こそ、彼らの生命活動の源泉。

 そしていくら再生能力があるとはいえ、負傷した際には必ず大なり小なり魔力が漏れ出す。彼らにとって魔力が溢れ出すとは、命がこぼれ落ちているも同義。


『キリ……キル、ギリ……ィィッ!』


 先ほどまで苛烈な攻勢に出ていた魔族の動きがぴたりと止まる。砕かれた顔面はボコボコと再生していき、元の蝉のような顔に戻る。


 そして顔を上げた魔族の顔は背筋が凍るような悍ましい笑みに歪んでいた。嫌な予感がする。


『キキ……キヒッ』

「――!まさか……ッ」


 油断していたわけではない。油断などできるはずもない。

 それでも、楓眞は思考のどこかで目の前の怪物を明確な知能すらない獣と侮っていたのだ。


 それが最悪の形で実を結ぶ。魔族はこちらではなく、身体を横に反転させ這いずりながら逃げる子供に照準を合わせる。


「ふざッ……けんなァッ!!」

『(――ッ?!……楓眞、ダメだ!!冷静になれッ!!)』


 戦闘の時と比べても一番の魔力強化率。

 楓眞と同じ年頃の男の子と、魔族の僅かな距離……そこに身体を滑り込ませる。


「ふう、ま……ッ?!なん……ッ」


 凶刃が振り下ろされる前に、間に合ってしまった。

 地面に蹲る男の子を蹴り飛ばし、魔の手から逃れさせる。


『キヒヒッ!!シャァァァアア!!』

「……ぁ……」


 しかしできたことはそこまでだ。

 血が沸騰して、産毛が逆立つような焦りが思考を支配する。


『(この子は、こんな所で死ぬべき人じゃないッ!なにか――!!)』


 このままでは今度こそ楓眞は凶刃に倒れるだろう。

 迫る刃をこの子の中で見つめることしかできない僕は――。





『――楓眞を……僕の宝物を穢すなァッ!!』


 初めて己の限界を超えて、不可能を可能にする輝きを掴んだ気がした。





 ――岩戸坐す(いわとざす)御門神(みかどかみ) 『神通力』限定開放!!――


「――ッ?!」

『ギ……ッ?!』


 振り下ろされた鎌が楓眞の咄嗟に上げた腕に弾かれる。

 コンクリートすら容易く切り裂く、魔族の武器が小さな子供の細腕に阻まれたのだ。


 魔族は読み取りにくい顔ながら、唖然として楓眞と自分の腕を見比べている。


『――まったく……無茶をするよね、君は』

「……カエ、デ……なの?」

『あぁ、起きている状態では初めましてか。それとも、改めておはようと言うべきかな?』


 これまで神通力を用いても夢の中でしか干渉できなかったが、現在覚醒状態の楓眞の脳内に語りかけることができている。

 それだけでなく、僕の魂に宿った神から授かっている力を楓眞の肉体に貸し与えることができた。

 楓眞の奮闘に引っ張られて普段以上の能力を引き出したとでもいうのだろうか。


「カエデ……ッ!カエデ……ぇ!!」

『こらこら、僕の声周りには聞こえないんだから抑えて。急に君が独り言を始めたみたいになっちゃうよ』


 夢心地だ。まるで新たな世界が見えたかのような、爽快な気分。

 だがなんにせよ――、


『――それに、まだ何も終わってない。僕が君に干渉できる時間も限られてる……どうすればいいか、わかるね?』

「うん、あの魔族を……討伐する」

『よし、良い心意気だ。君ならやり遂げられる。僕が絶対に君にこれ以上怪我なんてさせないから――思いっきりやっておいで』

「……ありがとう」


 そう言って楓眞は腰を落とし、両腕を身体の前に構える。

 その身は神の力の源泉……『神通力』に覆われ、体内では魔力が血のように巡り、今までになく身体能力を引き上げる。

 死地でのパフォーマンスの向上、楓眞は極限集中状態に入った。


 呆然としていた魔族も、本能で楓眞の雰囲気が変わったことを感じ取ったのだろう。その佇まいは餌を前にしたそれではなく、明確に己の命を脅やかす敵を前にしたものへと移り変わった。


『ギ……キキィッ……』

「……」


 殺戮場から戦場へ。

 両者に生命体の存続をかけた緊張が走る。

 だが、彼の中にいる僕は感じ取った。楓眞の精神が、かつてないほど凪いでいることを。


 僕が特別何かする必要すらない。ただ、手を添えてやるだけで良い。

 ――この戦いはもはや決着がついているようなものだ。





『――シャァァァッ!!』


 先に静寂を切り裂いたのは魔族の方だった。

 鎌を振り下ろす単調な攻撃。知能の発達していない魔縁の匪徒の雑兵は、ヒトより優れた身体能力にものを言わせた動きしかしない。

 多少の判断力はあれど、動きが見えれば何も怖くない。


「ふ……ッ!」


 楓眞にはその動きが致命的なほど目視できていた。

 最小限の動作で連撃を避け、小さな身体を懐に潜り込ませる。

 そして拳を引き絞り、上空に打ち上げるように放つ。


 その拳には神通力を極限まで集中させている。ゆえに、魔素でできた魔族の肉体なぞより遥かに頑強だ。

 そして頑強さ、それ即ち破壊力に直結する。





 ――加えて、意志の籠った言葉はその力を増幅させる。


「『【神装・斂撃】!!』」

『ゴ……ッ?!ギィィィィィァァァアアッ!!』


 土手っ腹を撃ち抜いた拳は今までにない感触を受けた。魔族は天を仰ぎ、叫び、しかし再生する兆しはない。


 そして――。


『――ギ……ギィ……ッ……ッ……ァ……』


 体内の魔力が完全に漏出して、肉体を構成していた魔素がキラキラと結晶となり、空気中に霧散していく。


 完全に魔族の消失を確認した。僕は神通力を解き、楓眞も体内の魔力操作を打ち切る。

 同時に楓眞はそのまま腰から崩れ落ち、倒れてしまう。視覚情報は爽やかな青空しか映されていない。


『……お疲れ様、楓眞』

「あり、がとう……ハァ……ッ……ハァ……カエデ……やっぱりキミは、最高の……」


 集中状態が終わり、突如として息が乱れ始める。

 さらに、周囲に騒めきが波及していくが、どんどんその声は遠くなっていく。


 失血や疲労が重なり、楓眞の意識が途絶えようとしているのだ。

 できればもう少し安全を確保してからが良いが……幸い、見知った気配を近くで感じたので、あとは()()に任せよう。


 僕も慣れない力の使い方をしたから気疲れしたような気分だし、楓眞とのお話しはまた夜にするとしよう。


 魔縁の匪徒を討伐できたこと、楓眞に実践経験ができたこと、僕も新たな干渉の力を得たこと……。

 リスクは大きく、得たものもまた多いが、何より多少の怪我や出血はあるものの、楓眞が無事でよかった。


 きっとこんな考えが浮かぶのも、楓眞の影響を受けているおかげだろう――。





 ――だからね、楓眞……ありがとうはこちらのセリフだよ。

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