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第二十話:七理結界・壱

 〝血呑の大魔〟との戦闘中、結界の外にいる圭から二コールの着信。これは、退魔師が結界内部へと侵入したことを知らせる合図だ。

 当然〝血呑〟に関する事由は『魔縁対策機関(COER)』内部で共有されているため、退魔師が捜査に乗り出すことは時間の問題であり、鉢合わせする可能性も考慮していた。その時のために、()()()()()()()()()()()()()


 僕が『拝謁』を果たした虚津神――岩戸坐す(いわとざす)御門神(みかどかみ)は人類陣営にとって未知の存在であり、それを門浦楓眞と結びつけられると都合が悪い。

 なるべく未登録の虚津神(そのこと)を悟らせないよう、結界内に潜む退魔師に悟らせないよう立ち回る必要性が生まれた。

 結局『魔法』の発動を阻止できず、その対処に神通力の能力を見せることとなってしまったため、神通力の節約以上の意味は無くなってしまったが。


「違法退魔活動に、えぇっと……魔縁誘致?ちょっと何のことかわかんないな。だって急に襲われたからさ、身を守っただけだよ」

「こんな人気のない場所で結界まで丁寧に張って?へぇ、随分余裕だったのね」

「他人様に迷惑かけちゃダメだからね。ほら、ボクってば品行方正で通ってるからさ」

「ふーん、そんな品行方正な貴方なら別に何もやましい事なんてないわね」


 呆れたような態度だが、女退魔師のアメジストの瞳は油断なく僕を捉えて離さない。

 もちろん、こんな戯言が通用するわけがない。その間に現状を分析する。


『浄土結界石』にデフォルトで付与されている効果は、一に結界の担い手以外の魔力の拒絶、二に魔力の浄化、三に物理的な強度。

 一の制限は事前にある程度の調整ができ、圭が外に出れたのも彼女の魔力を制限から外していたから。

 そして、一で拒絶された者は三の効果である物理的な壁に阻まれる。

 この物理的な強度を突破すれば結界を破壊することができるが、魔力は拒絶されるため魔力を纏った攻撃も魔術も結界を前に無に帰す。使用者が込めた魔力に依るが、基本的に破壊は不可能である。


 例外があるとすれば、神通力が絡む事象について。

 神通力を纏った打撃や能力による現象などは、拒絶されることなく結界を襲い、耐久力を超過すれば当たり前に破壊される。

 あるいは、僕が今対面している二人のように結界を破壊せず侵入することすらできる。実際、僕自身も『門』の神通力によって同じ結果を引き起こすことができる。


 しかし、神通力の存在自体はもはや変えることのできない現実なので思考を割く箇所ではない。

 まず考えるべきは彼女の神通力が一体どんな能力を持っているのかということ。僕と同じ空間に干渉する系統の能力の可能性もある。僕の神様が新たに神徒を迎えたとは聞いていないが、似たような力を司る虚津神もいるかもしれない。

 そしてもう一人、横並びに立つ男の退魔師の存在も懸念点だ。気安さを感じさせるような剽軽な態度に隠されているが、その佇まいから歴戦の気配が滲み出ている。


「うん、ボクは全然着いていってもいいけど、退魔師様方の手を煩わせたくないなぁってさ」

「あら、殊勝な心掛け。でも、それならなんでまだ虚津神の干渉を切らないの?」

「……」


 退魔師に拘束されるのは、死を除いて最もあり得てはならない。そして僕の神通力の能力を目撃されたままである事も問題だ。

 しかし、この身に纏った退魔導具のおかげで()()()()()()()()()()()。これならまだ取り返しのきく範疇だ。

 さらにベストを目指すならば、この場を互いになかったことにしたい。とはいえそれはあくまで僕にとっての最善でしかなく、我を通すならば戦闘は避けられない。


「もし抵抗するなら、公務執行妨害も付いてどうしようもなくなるよ。でもお前さんが大人しくしてくれるなら、おじさんたちも優しく取り調べするだけで済むからさ」

「それって脅し?ヒト一人吹けば飛ばせるほど大きなその権力を振り翳して……まったく恐いなぁ。ほら、キミたちがあんまりに恐いこと言うから――」


 戦闘になるとして、その必要性とリスクを天秤にかける。

 そしてその天秤は僕個人ではなく、門浦楓眞の兄として生きる天秤。

 答えはすぐに出た。ゆえにすぐさま実行に移す。





「小心者なボクが逃げ出しちゃうかも」


 ――岩戸坐す(いわとざす)御門神(みかどかみ) 【禁足-不可視の廻廊-】――


 脱兎の如き逃走。

 昂らせた神通力によって一呼吸の間に見えざる『門』を生み出し飛び込む。

 僕の神通力は別空間へ繋がる『門』とその道を生み出す力。ゆえに結界を無視して侵入することもできる。

 今回は単に退魔師から遠く離れるために神通力を使用する。僕は自らの神通力を逃げの一手において最強の力だと自負する。


「ふん、無駄よ」

「……えっ」


 だが、そんな自負もすぐに崩れ去った。

 門の道が途中で壁にぶつかるように途切れ、『門』を潜り抜けていた僕がバチッと外に弾き出される。


「〜〜ッ゛、なにが……!!」

「私が逃がさないと言ったら逃げられないのよ。さ、これ以上無駄な手間を掛けさせないで」


 門の道から弾き出されたその場で見回すと、目の前には身に覚えのある『結界』が立ち塞がっていた。

 しかしそれは僕が構築した浄土結界のはずで、もし仮に他者が構築したものであっても、先に述べたように僕の神通力ならば素通りできる。


「……っ、これはまさか……」


 原因を探る逡巡の後、シワがれた老婆の声と言葉が脳裏で呼び起こされた。










 本が羽ばたくように空を飛び、釜の中ではボコボコと泡立つ毒々しい色をした液体、そしてそれをかき混ぜる大きな杖。

 ここは退魔導具店『翁』。腰の曲がった老婆が刻まれた皺をさらに深くして不気味な笑みを浮かべる。

 彼女――シャロン・ダルウェコスと僕の間に挟まれた台座の上には、薄明かりに照らされて三つの品が置かれていた。


「――そんな風に、一定の操作を加えれば範囲内の魔素を自動で吸い上げてくれる」

「おーけー、『魔弔筺』については理解した。次、この真ん中の石は?」

「こいつも外法師として働くなら、まぁ必需品だの」


 三つ並んだ退魔導具のうち、僕から見て左から順に説明を求める。

 一番左には外法師の収入に直結する魔素の吸収が行える『魔弔筺』。

 そして真ん中には拳大の大きさの丸い鉱石――『浄土結界石』が置かれていた。


「魔力を込めれば、大きさ・強度などその魔力に乗せられた要求に従って結界を張ってくれる優れものだ。効果としては魔力の出入り妨害と結界内の浄化。き、ひ、ひ……外法師として長く活動したいなら、この辺りの管理はちゃんとしておいた方がええぞ?」

「ふーん……『魔弔筺』も充分ハイテクな退魔導具だけど、これは魔力込めただけでそこまでできるんだ、凄いね」


『浄土結界石』を手に取って、覗き込むように眺めながら思った事を口にする。

 そんな僕の言葉を待っていたかのように、シャロンはいつもの不気味な笑いをもって答えを示す。


「き、ひひ……そりゃあ、この退魔導具は特別だからなぁ」

「特別……?」

「この『浄土結界石』はな、元は大きな鉄鉱石を削り出し、それを退魔導具として加工したものなのだ」


 退魔導具店『翁』の店主、シャロン・ダルウェコスにはもう一つ別の側面がある。

 それは趣味と実益を兼ねたもので、落ち窪んだ目の奥で爛々と輝く瞳は、僕も思わずたじろいでしまう迫力がある。もっと砕けた言い方をすれば、シャロンはそのもう一つの側面について、ある種オタクの気質があった。





「『浄土結界石』の元となるそれは、退魔公家が一つ――『皇家』が保管する『浄土(じょうど)霊晶殿(れいしょうでん)』という名の『神器』だ」


 シャロンのもう一つの側面、それは神器蒐集家。

 浄土結界石もまた、『結界』と『浄化』を司る虚津神――『山咋響く(やまくいひびく)浄土神(じょうどがみ)』の神通力が込められた『神器』を基にして生み出された退魔導具である。










「――ねぇ、『浄土』の神徒のお姉さん。一体いつどんな条件で結界を書き換えたのかな?果たしてボクにまだ解除の権利は残ってるのか、それともこの結界石を砕いてしまえば困ってくれる?」


 つまり、若い女の退魔師に干渉している虚津神こそが『山咋響く浄土神』である可能性が非常に高い。

 確信を事実へ導くため、率直な言葉で揺さぶりを仕掛ける。


「……さぁ、聞くまでもなくやってみれば全部わかることじゃないかしら?そう、貴方の言うことが正しいかどうか」

「ふ、ふふふ……それもそうだ。それじゃあお言葉に甘えて、さっそく――」


 この程度の揺さぶりだと顔色一つ変えず、魔力の揺らぎもない。

 だが、少しだけ確信がより深くなった。

 それだけバレても問題ない神通力、あるいは広く知られた力であるとも言える。

 退魔公家の相伝の虚津神は、最も高名な虚津神の一つである。伊織家のそれも、皇家のそれも。

 だが、結局のところこれはまだ考察の域を出ない。確信が僕の中で深くなっただけで、事実にはなっていない。そしてそれを確かめるのは、まさに彼女の言う通り行動に移せば全てわかることだ。


 僕を含めた三者の間に産毛立つような緊張感が走る。互いに視線を逸らさず姿勢は自然体、すなわちいつでもどの方向にも対応できる状態。

 僕はしまい込んでいる結界石を取り出すために、ゆっくりと懐に右手を動かす。


 結界を解除するには、再び魔力を『浄土結界石』に注がねばならず、破壊するにしても並大抵の力では不可能なため神通力を込めなければならない。

 どちらにせよ必ず隙ができる。一度逃走を図った僕を捕えるため、もはや彼ら退魔師は穏当な手段に限らず実行に移すだろう。

 これぐらいの意図は互いに理解していることを理解している。





 だから僕は()()()()()()()()()()()()()懐に忍び込ませた右手の先に小さな『門』を生み出し、女退魔師の首元を狙う。


「――この『結界』を壊すとしよう!!」


 ――『岩戸坐す御門神』 【禁足-不可視の廻廊-】――


 たとえ『結界』の解除や破壊を実行できたとしても結界をどうこうできるか分からない。

 ならば術者本人を叩くのが最も確実となる。一度切り捨てた戦闘という選択肢が浮上する。


「ッ、茜ちゃん!!」

「わかってる!!【遵守-現前サンガ-】!!」


 しかし、脳への血流が流れる喉を締め付けての気絶を狙った僕の指先は、再び見えない硬い壁によって物理的に阻まれた。

 その壁からは神通力とそれを司る虚津神の干渉の気配が強く感じられる。僕の逃走を妨げた結界と同種のものだ。


「まだまだ、これからァ!!【神装・斂――!!」


 不意打ちを防がれた瞬間から、僕は既に走り出していた。そして、目の前から消えるように『門』による転移を行い、ターゲットである紫髪の神徒――恐らく茜という名前の女退魔師を間合いに入れる。


 普通の人間の神徒は、原則として神通力と魔力の同時行使はできない。魔力を行使しながらできるとすれば、神通力で構築したモノや現象の維持ぐらいで、それにも相当な練度がある。それこそ神通力や魔力を手足のように自然に使えるほどの。

 目の前の神徒は既にこの場を抑える『結界』を維持して、さらに身を守るため新たに神通力を用いて結界を構築した。

 あの程度の不意打ちならば、肉体を魔力強化していれば神通力を使うまでもなく避けられたはずだ。つまり、伏せ札としている可能性はあるものの、結界を維持しながら魔力運用するほどの練度はない可能性が高い。

 やはり、僕には神通力と魔力を同時に完全な運用ができるという強みがある。魔族の神徒が恐れられるわけだ。


 目で追えない速度で動く相手の攻撃を、完全に防ぎ続けることは難しいはずだ。

 接近戦が一番嫌いだろう。能力も典型的な中・遠距離型のそれだ。

 だから僕は『門』を出し惜しみせず、攻めに回り続けようとする。

 しかし、事はそう上手くはいかないようだ。


「こらこら、おじさんが何の為にいると思ってんの」

「おっと……ッ」


 神通力を拳の一点に集中させ、撃ち出さんとしたタイミングで不意に腕を掴まれる。

 見れば、先ほどおじ様と呼ばれていたもう一人の男退魔師によって肘を掴まれている。

 中々の膂力だ。少なくともこのまま拳を前に撃ち出すことができないぐらいには。


「あれ、てっきりキミが彼女の飼い主かと思ってたけど……番犬の方だったんだ」

「こんなでも、この子やんごとない生まれでね。……というわけで彼女にはお触り禁止だから、代わりにおじさんが相手だよ――【魔装躯籠】!!」

「えぇ、嬉しくなぁ……ッ」


 掴まれた腕を引き寄せ、膝蹴りが僕のこめかみを狙う。

 草臥れた見た目にそぐわぬ力に虚を突かれるも、何とか倒れ込むのを耐えて身体を逸らして躱わす。その際掴まれた腕を捻るように動かすことで、無理やり払い除けることに成功する。


 互いに自由に動ける状態で正面から対峙する。

 間髪入れず、彼からの苛烈な攻撃が襲いかかる。

 そのどれもが僕を仕留めにかかるような大振りでなく、むしろコンパクトな動きで顎や関節などを狙った確実なダメージを与えようとするものだった。やはり先ほどの〝血呑〟との戦闘を観察され、『門』の神通力を警戒されている。

 現在僕は純粋な肉体強化と体術だけで対処しているが、実際これだけ挙動が小さくわかりづらいと〝血呑〟を嵌めたような小技は有効ではないだろう。


 拳打、掌底、蹴打、掴み……。

 一呼吸の間に十を超える応酬があったが、錬磨された彼の体術と魔力強化された肉体性能に圧倒された。

 一度受けをミスしたことで防御を崩され、肩、小手、最後に頬への打撃という美しい流れで三連撃を喰らう。


「ぐ、が……ッ、ははッ、いいね!!」

「(硬い……!!)」

「だけど軽い……!!もっと、力を込めないと!!」


 年季が入っていて実に洗練された良い動きだ。人体を効率的に壊すためにプログラムされた技に感じた。

 しかし、パワーや勢いは〝血呑〟に遠く及ばず、神徒の防御を撃ち抜けるほどじゃない。

 神通力を纏って急所をちゃんと避ければ、まずダメージになることはない。


「ッ、神徒とはいえ、とてもヒトを殴った感触じゃないね……!」

「それだけ神徒としての練度が高いってこと!!おじ様、こいつは油断しちゃダメな手合いよ!!」


 ダメージにならなくとも、体重が軽いこの身体では衝撃に完全に耐える事はできず、その場でたたらを踏む。

 その僅かな間に正六角の結晶が積み重なり、僕を覆うドーム状の帳が張り巡らされる。


 ――山咋響く浄土神 【幽獄-四方サンガ-】――


「ん……これも『結界』か」

「茜ちゃん、そのままね――『熾烈なる火霊』」


 半径一メートル程度の小さな『結界』に閉じ込められた。動き回る僕をこれほど正確に捕捉するには、かなり高度な座標計算能力が必要となるはずだ。僕も『門』を出現させるたびに要求される力なため、その難しさが理解できる。

 そして結界の外では男の方が『詠唱』を始めた。魔力の波長そのものが意味を発する『魔縁言語』と異なり、それを模した言葉に魔力を載せることで魔術を再現するという人間用にカスタマイズされた『詠唱』。

 魔族に比べて『詠唱』に時間がかかるとはいえ、悠長にもできない。


『門』での通り抜けは当然のように禁止されている。戦場を覆う『結界』と同じ効果があるようだ。

 次に『結界』を壊すため、神通力を集中させて殴る。


「フンッッ!!……へぇ、びくともしないか。ちょっとまずいね、これは」

「『栄華に審判、掲げる血煙』」


 僕が神通力を集中させて放った渾身の一撃も、この『結界』の前には無力であった。

 魔力はどうかと試してみるもエネルギーは霧散するように消える。


 一見閉じ込められてどうしようもないように感じる。

 だが、これほど高性能な『結界』を即時展開できるとも思えない。

 大きさが関係するのか?……だが、それだと戦場を覆う『結界』の説明がつかない。


「何か、条件がある?一体どんな……」

「『発散する焔光』」


『詠唱』が完遂され、魔力の昂りが魔術の起こりを予知させる。

 しかし避ける場所はどこにもない。


 そこでふと、外からの魔術はどうなるのだろうかと考える。

 このまま結界に閉じ込められていれば守られてしまうのか、それとも彼の魔術は通過できるようにしているのか。

 後者は現実的でない。これ以上の優位性を持つルール付けはいくらなんでも彼女の神通力制御では不可能であると断じる。


「ッ、そうか……不利性を持つ条件なら!例えば、そう――」


 ここで分析と考察が完了する。

 もっと単純に考えるべきだった。

 神通力による能力にも攻撃にも耐え、外からの攻撃の通過性をも保証する。

 これらを足し引きで成立させる法則。


「この『結界』は外からの衝撃耐性がない!!」

「――【真紅爆裂(エクスプラリス)】!!」


 男の手から放たれた小さな火種が僕の方へと一直線に進行する。

 そして僕を閉じ込められている『結界』の外郭に到達した瞬間、パキリと音を立てて難攻不落と思われた『結界』に穴が空く。

 同時に、微かな刺激を受けた火種は、眩い閃光と激しい爆発音と共に『結界』の内側を業火では包み込んで焼き払った――。





「ふぅぅ……ヒトに向かって、なんて魔術使うんだあのおじさん」


 その光景を僕は、戦闘の余波で崩れかけているもののまだギリギリ形を保っている古びたビルの上から見下ろしていた。

 回避にはもちろん『門』を使用した。この『門』の道は空間の連続性さえあれば繋がる。

 外からの衝撃に弱いことにヤマを張った瞬間から、僕は魔術が『結界』の外郭を破る一瞬を狙っていた。


「それでも、完全に無傷とはいかなかったな……」


 タイミングを誤らず『門』による転移に成功した僕だが、それでも左手を掠める程度に魔術を受けてしまった。

 火傷により焼け爛れた皮膚が部分がジクジクと痛み、手を握る動作にすら支障が出る。こちらの手でまともな格闘はできないだろう。

 だが、もしあの魔術をモロに喰らっていたらこの程度の傷では済まず、いくら神通力で守りを固めていても戦闘不能なレベルの傷は避けられなかっただろうことを考えるなら、かなり安く上がった。


 五階建てのビルから退魔師たちの前へ目掛けて飛び降りたつ。


「ふむ、お前さんと組んでから初見でこれを避けられた事は今日までなかったねぇ」

「……まさかとは思ってけど、魔力と神通力の同時使用……貴方、魔縁の匪徒だったの?」


 遂にはお前は魔族か、とまで言われてしまった。

 彼らは一体、キュートなこの楓眞の姿のどこを見て、あのような人喰いのヒトデナシ共と間違うのか。

 ……あぁ、そういえば彼らには()()()()()()のだったか。


「うーん……あははっ、さぁね?ボク自身、ボクの事をよくわかってないからなぁ……ただ、少なくともこの身体には肉も骨も詰まっているし、赤い血が流れてる」

「茜ちゃん、撃ち合った俺が保証する。――彼は人間だよ。魔力の流れが人間のそれに相違ない」

「そうよね、私にも貴方が魔縁の匪徒には見えないもの。でも――」

「……あぁ、神徒でない俺でも彼の異質さはよく伝わってくる。魔縁と繋がりがあるのかどうか……ますます、ここで逃すわけにゃいかないな」

「ハァ……そっか……」


 片や魔力を、片や神通力を迸らせ、気力と戦意を新たに僕を見通して構える。

 そこにはやはり、僕が憧れた『人』の意思の高潔な輝きが存在していて、この世にとってかけがえのない尊いものを感じ入る。





「……」


 僕は、『人』が好きだ。

 彼ら二人も初対面だが、仕事に誇りを持って取り組む姿勢には感服するし、彼らのような人たちにしか守れないものはある。


 僕は、『人』との闘いが好きだ。

 彼らの一際強い意志を感じられるのは、武闘の中の拳が交わる瞬間。魔縁の本能からは抽出し得ない、理性と関心と感情の化学反応が、僕に彼らの『人』性を教えてくれる。


「……『人』には、まだ見ぬたくさんの可能性がある」


 その可能性が、別の『人』の未来を奪うこともある。


 二人の人類の守護者が持つ可能性は、楓眞の未来を奪うかもしれない。

 この世にとってかけがえのない二つの輝かしい意思が、楓眞の可能性を妨げんとしている。


「だけど、その可能性の一つでもあの子の未来を奪うというのなら――」





 ――岩戸坐す御門神 【禁忌-不可逆性論理(ロジック)-】――





「――その芽を摘んでしまうことも、考えなければならない」


 彼らはかけがえのない『人』であるが、僕と楓眞の小さな世界にとって必ずしも要するとは限らないのだから。

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