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第十五話:赫に染まる京の都

 僕――すなわち外法師〝七理〟が依頼のため訪れたのは、かつて平安の都として栄えた街、京都。

 魔縁襲来による暗澹の時代を経てもなお、多くの歴史が残る古都だ。


 外法師サイトで依頼を受諾してそのまま退魔導具店『翁』へ向かい、外法師として活動する上での物資を調達した日から一週間が経過した。そしてこの日、ようやく外法師〝七理〟は依頼現場となっている地へと訪れることができていた。

 実に悠長な動きかと思うだろうが、圭の仕事があるため仕方がないことである。むしろ〝退魔一課 課長〟という立場で、よく二日連日での休みが通ったなと思うぐらいだ。


 午前のうちに新幹線で京都へとやってきてからは、依頼及び〝血呑の大魔〟についての調査を行っていた。

 とはいっても、今回の依頼調査は実は圭頼りなため、彼女の向かう場所に僕が後ろからついて行くという形であるが。


 被害が報告されている現場を共に巡りつつ、時折今回の依頼の振り返りをするように圭が問いを投げかけてくるため、それに応える。


「さて、楓眞くん。魔族がなぜヒトを襲うのか、その習性については覚えていますか?」

「あぁ、もちろん。『魔力適正者』を始めとして、人間の体内には大なり小なり魔力が蓄積されてる。だから魔族はヒトを喰らい、そのヒトが持つ魔力を吸収して力とする。さらに、吸収した魔力からそのヒトのデータを入手することで知能を向上させたり、振る舞いを学習したりする。――つまり、強く賢くなってヒトに仇なすことが彼らの本能的な習性だ」

「模範解答ですね。そして、より生態的な話をするならば、『魔辿炉』が魔素から魔力、魔力から魔素に変換する機能を持っていること。そして魔素へ変換するための燃料として、ヒトの持つ魔力が優れているという補足を付けておきましょう」


 とある大学近くの路地裏、この場に残された微かな血の痕跡を最後に、一人の女子大学生が失踪したという。

 失踪事件発生から今日に至るまでの間に一度大雨が過ぎたため、既に血痕は流されてしまっている。


 圭はその周辺で屈み、軽く掌で撫でて何かを調べている様子だ。既にこの行為を繰り返して三箇所目となる。

 僅かな時間そうしていると、圭はすくっと立ち上がり次の現場へ向かうことを告げて再び歩み始めた。

 歩きながら声のボリュームは下げて話を続ける。


「さて、魔族は本能と生命活動の一貫としてヒトを襲いますが、既に大きな力を持ち得ている『大魔族』や『高位魔族』の一部には、とある共通点がありましたね?」

「うん、()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょ」


 言語を介するほどの知能を持たず、大した力もない低位の魔族の出自は、現世を放浪していたり魔界から次元を超えて出現したり、『魔力汚染』という魔力による土壌現象を基点に湧き出たりと様々だ。

 しかし、彼らの行動基準は一貫してヒトを喰らう本能に従うのみである。


 対して例外はあるものの、高位の魔族の多くはまるで自らのナワバリを主張するかのように一箇所に留まることが多い。

 加えて、力や知能も十分以上に得ていることから、その行動基準も本能ばかりに左右されるものではなく、趣向やその場の考えによって個体差がある。


 だが一箇所に留まり、強大な力によって存在の認知までされてしまえば、当然退魔師が放っておくわけがない。


「しかし、彼ら高位魔族は長きに渡って討伐されるには至らず、大層な名まで付けられ恐れられている」

「……そりゃあ、奴らには擬態能力があるからね。魔力さえ抑えてしまえば、その辺のヒトに成り代わって生活するぐらい訳ないさ」


 僕がそう答えると、隣で一歩分前を歩いていた圭が立ち止まる。僕もそれに合わせて立ち止まって、頭ひとつ分高い彼女の表情を見るべく顔を上げる。

 すると、圭もこちらに視線を寄越しており、鉄仮面に覆われた冷たい表情を微かに崩して、「正解」と短く口にする。


「――そして、そういった擬態能力を持った高位魔族を我々は『魔人』と呼んでいます」


 雲一つない快晴の空が、建物の影に遮られることなくこちらを覗いている。

 この街は景観を維持するべく、建物に対する高さの制限が設けられているため、東京の見上げるような壮観さとはまた違った味がある。

 都市の一角には鳥居や木造建築、屋台などの古風な街並みが残されている。

 人通りの中には、着物に身を包んだ観光客らしき集団がいくつもあり、街の賑わいは途切れない。

 風情のある美しい古都の名残りが、現代においても人の営みを支えている。





 ――改めて、ここは日本の歴史と文化を支える京の都、その中心地。

 そして、旧くから存在する『大魔族』の一体、〝血呑の大魔〟が坐す領域。


「この地では、我々が生まれるずっと前より、街が赤い霧に覆われる日があると言います。……そして次の日には決まって失血死、あるいは貧血で気を失い倒れている若い女性が発見されます」


 そんな赤い霧に攫われ生存した者は、怯え震えて嗚咽を漏らしながらも、必ず口を揃えて次のことを述べる。


『人丈ほどの大きな盃と瓢箪を携え、血に浸かったように真っ赤な恐ろしい鬼がいた』

『その鬼に、生き血を捧げろと命令された』

『狂乱となり逃げ出した者は、その場で干からびて死んだ』

 

 当初、被害報告を受けて何人もの退魔師が調査に向かうも、結果は空振りに終わるか、血だけが全て抜かれて干からびた無惨な死体だけが残ることとなった。


「――そうして、ヒトの血だけを好んで口にし、まるで伝承にある大江山の酒呑童子を彷彿とさせるようなその姿から〝血呑の魔人〟と名付けられました」


 これが、京都の〝血呑〟に関する知識背景。

 強さ、凶悪さ共に並大抵の魔族の比ではない。


 さらに、時代を経るにつれて多くの高位魔族が淘汰され、あるいは頭角を表し、そのサイクルが繰り返されてきた。

 その中にあって、旧くから変わらず西の古都で血に染まり続けた彼の強大な魔人は『大魔族』と定義され、それに従って〝血呑の大魔〟として強く畏れられた。


 しかし、『高位魔族』やそのさらに上の存在である『大魔族』が一つの領域に留まることは、実は人間社会にとって都合が良い部分も存在するのだ。

 それは、高位魔族がナワバリとする領域は、他の地と比べて極端に魔縁の匪徒の出現が少ないことである。

 多少、低位の魔族が発生することはあれど、退魔師にとっては地区の管理が楽になる。


 そして、被害者には失礼かもしれないが、中でも〝血呑の大魔〟は良心的とも言えるほどに被害規模が少ない。魔縁事件の発生頻度も低く、血を渡せば生きて返されることもしばしば。

 それゆえに、日本全土においても京都は魔縁絡みの事件の少なさで有名だった。


「……でも今回、そんな〝血呑〟の領域で魔族討伐の依頼があったわけだ」

「はい、どうも最近になってこの地では、失踪事件が多発しているようですね」

「確認されてるものだけで一ヶ月の間に三十六件……随分多いね」


 そう、外法師〝七理〟が受諾した依頼は、『京都にて多発している失踪事件、それを引き起こしているとされる魔族の討伐』だ。


 この世界において、失踪事件というのは数えるのも馬鹿らしくなるほどに多い。

 そしてそのうちの半数ほどが、魔族による捕食が原因とされている。

 今回僕たちが引き受けた依頼も、失踪者の関係者かあるいは目撃者が魔族による事件と判断し、外法師サイトへ掲載したのだろう。

 退魔師や警察への被害届は出されているが、依頼人は後ろ暗いところがあるか、退魔師よりも早く外法師に討伐してもらうことで利益を得ようとしたのだろう。


 とはいえ、外法師も無知な連中ばかりではない。

 依頼現場が〝血呑〟の領域であることから、魔族ではなく人間の手による犯行の可能性が高く、その場合外法師にとっては無駄足となる。

 それを嫌われ、外法師からもスポンサーからも人気がない依頼であった。


 ――僕たちが、〝血呑〟に関する依頼と併せて受注するまでは。


「ふむ……圭さんは、この相次ぐ失踪事件が〝血呑の大魔〟によるものだと睨んでるんだね?」

「……もちろん、楓眞くんが私の見解を疑う気持ちもわかりますよ。なにせ京都の〝血呑〟にまつわる話や手口とは、全くもって異なりますから」


 これまでの〝血呑〟による魔縁事件と比べても、今回の失踪事件は場所が京都だということぐらいしか共通点が見られない。

 魔族が絡む失踪事件は、人喰いによるものだ。

 しかし、〝血呑の大魔〟はヒトの肉を喰わず、生き血だけを好むという趣向を持った大魔族。


「ここまでの現場見ても、十中八九魔族による人喰いが原因だと思うんだけど……?」

「えぇ、人喰いで間違いないでしょうね」

「……」


 僕の疑問に対して、圭はノータイムで肯定を返してきた。

 つまり、圭は〝血呑〟による魔縁事件だが人喰いが原因で失踪している、と……まぁ、魔族である以上そういう事もあるか、と飲み込むことはできなくもないがいまいち釈然としない。

 そんな微妙な気持ちを携えて圭の顔を見上げるも、彼女はいつも通り感情を見せない冷たい表情をしているだけであった。


「これが人喰いによるものだからこそ、私は確信しました」

「……ふーん」


 この事件について、喉の奥に小骨が引っかかるような気持ち悪さを感じながら、ただ何かを見据えているらしい彼女の後ろを着いていく。


 だが、時期に答えはわかることである。

 ならば今は、これから外法師として活動していくためのノウハウを、凄腕の退魔師である彼女の背中から習うことにしよう。










 目星をつけていた四つ目の現場は、食べ歩きスポットとしても有名な、とある商店街の近くにある。

 商店街の名前の中に市場と付くだけあって、海の幸を全面に押し出した店が多数軒を連ねている。

 人の海を超え漂う美食の匂いに釣られ、気づけば僕の両手はたい焼きとハモの照り焼き、海老の唐揚げによって封じられていた。


「……どうやって食べよう、これ」

「一度に買いすぎです。食べ歩き初心者ですか」


 この場で中身を取り出せば、人とぶつかったときに撒き散らす未来が見える。

 圭が呆れた顔で、事件現場に続く脇道へ抜けることと、そこで食べることを提案してくる。食べ歩けないのは悔しいが、僕はそれに黙って頷き了承を示す。


「あ、串焼き美味しそ……ぐぇっ」

「お昼が遅くなってるのは申し訳ないですが、これ以上は私の手も塞がってしまいますから」

「わかった、わかったからッ!!首、絞まってる……!!」


 手に持った食べ物を落とさないよう気をつけて、人混みを掻き分けてなんとか目的の脇道に入る。

 大人一人がギリギリ通れる程度の狭い道を縦に並んで進んだ先、四箇所目の現場に辿り着く。


「――ん、このハモうまっ。……あ、それで?なんで人喰いが〝血呑〟に関係するの?」

 

 すぐ隣に一般人がいる中で、物騒な話を続けるわけにもいかなかったため、話は途中で途切れていた。

 今も、先ほどの通りからの喧騒が微かに聞こえてくる。

 しかし、この通り自体は他の失踪現場と同じく人通りがほとんどないため、依頼に関する話を続けられる。


「……今までの現場では痕跡が既に消えてしまっていましたが、ここにはまだ残っていますね。楓眞くん、少しこちらへ」

「んー?……はーい」


 僕の疑問はわざとスルーされた。

 代わりに呼ばれたため、立ち上がって圭のいる場所まで歩み寄る。

 そして、指し示された僅かな血の痕跡を見つめ、ふと気づいたことを言葉にして漏らす。


「どれどれ……うん?痕跡って、たったのこれだけ?」

「そうです、ヒト一人丸ごと喰っておきながらこれだけです」


 ポツポツとこぼれ落ちた様な血の跡が、シミとなって地面を黒く染めている。

 それには確かに事件性を感じさせられるが、こと魔族絡みの事件としては似つかわしくない。

 魔族絡みの失踪事件は遺体こそ見つからないものの、凄惨な当時の様相を物語るように、現場は肉片や多量の血によって荒らされている。


 この現場はあまりにも綺麗すぎる。

 この失踪が人喰いによるものならば、その魔族はきっと血の一滴まで惜しむような丁寧な食べ方をしたことだろう。

 

「……でも、それだけじゃ考察としてあまりに弱いよ」


 しかし、この事と京都という地名だけで〝血呑〟に結びつけるのは少々乱暴だ。なにより、〝血呑〟が人喰いをするに至る論理がない。

 その事を伝えるも、圭はなんら意に介した様子はなく、瞳を閉じて他の現場の時と同様に、地面に沿って指を這わせるように触れていく。


 暫くして、圭の手が一点を過ぎた時、彼女の動きがピタリと停止した。

 それからゆっくりと目を開き、僕の耳にギリギリ届くほどの小さな声で「見つけた」と呟いた。


 すくっとその場から立ち上がり、そばで未だにしゃがみ込んでいる僕を、煌々と輝く緋い瞳で見下ろして告げる。


「――楓眞くん、大変お待たせしました。調査はこれにて終了です」

「……へぇ、この事件の黒幕が捕捉できたってこと?」

「はい、現在の居場所まで完全に。……しかし、討伐の際にはなるべく人目を避けなければなりません。なので討伐の決行は夜。それまではどこかで腰を落ち着けて、作戦会議といきましょうか」


 僕も圭に倣って隣に立ち上がると、彼女は僕の手元に半分ほど残されている海老の唐揚げを爪楊枝で刺して、ひょいと口に放り込んだ。

 彼女は公家のお嬢様のはずだが、時折こうして俗な所作も見せる。

 しかし、そんなところも捉え所がないミステリアスな一面として魅力の一部にしてしまうのが、伊織圭という魔性の貌を持つ人間だ。




 

「――それから、私がなぜ〝血呑〟による人喰いを確信しているかについても、そこで詳しくお話ししましょう」


 夕風がかすかに血の匂いを運んできた。

 陽が傾き、夜を迎える京の街は朱に染まる。

 

 それらの情景が、今宵も人喰いの悪鬼が闇に潜み牙を研ぐ兆しのように思えた。

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