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第十四話:退魔の導

 依頼の受注申請が無事に通ったため、早速依頼現場へ……とはならなかった。

 現場が東京都外であるゆえに、一般的な交通手段では移動時間がそれなりにかかること。そして依頼を遂行する上での準備をしなければならないことが原因だ。


「退魔を為すために最も重要なことは準備です。とりわけ外法師においては、武具や『退魔導具』を仕入れることが最初の関門となるでしょう」

「……要するに人脈ってやつだね?」


 僕と圭は現在、とある廃れた商店街の奥にひっそりと佇む古物商の前へとやってきていた。

 わざわざ街の外れにまでやってきて、そんな説明をするということは、この店がそれら外法師にとってのインフラを担う場所ということだろう。


「ここ、退魔導具店『(おきな)』は依頼の仲介や魔素の取引、退魔導具と果てには『神器』の取り扱いまで……外法と名の付く事は幅広く手掛けています」

「へぇ、悪の巣窟じゃん。捕まえなくていいの?」

魔縁対策機関(うち)の上層部とも関わりがありますし、そもそも私は前にも言ったように外法師の存在は肯定派です」


 つまりズブズブの関係という事らしい。

 まぁ、それぐらいは予想できる。必要悪として外法師の存在が認められていると言っても、その手綱はある程度握っておかねばならない。

 外法師の生命線となる仲介業者や売人を抑えることができれば一番手っ取り早い。


「加えて、とある『神器』の力で許可されていない者は入店することすらできないよう処置が施されています。退魔師ですら、関係者以外はここをただの古物商以上には認識できません」

「……さっきからたまに名前が出てる『神器』ってなに?」

「おや、私としたことが……そういえば話していませんでしたか。――『神器』とは簡単に言うと、虚津神の力を魔力によって部分的に引き出す無機物のことです。一部の退魔導具もこの神器を基にして生み出されています。……実は今日ここに来た目的こそ、その『神器』由来の退魔導具を入手することです」


 虚津神の力――すなわち『神通力』を『魔力』によって引き出す道具?

 俄かには信じ難いが、それが本当ならばまさに革命的な利器と言える。


 超常が現世に生まれて五百年。

 人類史、ましてや地球の歴史と比べれば、魔力や神通力はまだ新しく未知な部分が多い。

 それでも時代を変える人々の連綿と繋がった生命の輝きが、世界に新たな価値を生み出し続けているのだろう。


「ここの店主は少し気難しい方ですが、今回は事前に話をつけてあるのでおそらく問題ないでしょう。――それでは楓眞くん、行ってらっしゃい」

「ん、え……?圭さんは来ないの?」

「私は、少々店主と折り合いが悪く……いえ、なぜか私が嫌われているので」

「えぇ……」


 それでおそらく問題ないとはどういうことか、むしろ問題しかないと思うが。


 まぁ、ここでうだうだ考えているだけ時間の無駄である。

 いつまでも店前で屯しているほうが印象が悪いだろうし、さっさと腹を括り中へ入ることにする。





 扉を引くと、カランコロンという柔らかいドアベルの音が続く。

 そんな音を背景にゆっくりと足を踏み入れ入店し、視界に収めた内装は外から見たまま何の変哲も無い古物商店といったものだった。商品棚には家具や古本、用途の見えない骨董品などが陳列している。

 流石に取り扱う退魔導具を店内に陳列するわけにはいかないのだろう、それらに魔力など特別な力を感じる事はない。

 しかし、何故だかそれらをじっと見つめていると、どこか胸がざわつくような落ち着かなさを感じる。


「お邪魔しまーす……」


 意外にも店内は広く、入り口前から店主の姿が見えることはなかったため、キョロキョロと視線を巡らせながら奥へと足を進む。


 そうして進んだ先、二階へ続くアンティーク調の階段の下、帳場の奥に座って本を開いている老婆がいた。

 僕が老婆を見つけると同時に彼女もこちらをジロリと見つめてから視線を外し、栞を開いていたページに挟み込み閉じた。


 どこか遠くでコツコツと、時を刻む音が聞こえる。

 古臭さを感じさせる防虫剤の匂いが、少しだけ鼻をつく。


「『伊織』のところの門客か……」


 僕が何も言わないでいるとこちらを再び見上げて、シワがれた声で呟く。


 店内に僕以外の客はいなく、BGMも何も流れていないこの空間は静謐にすぎる。老婆の声は小さかったものの、やけにはっきりと耳に残った。

 ギロリと強い目力は、まるでこちらが試されているような気持ちになる。


「うん。よくわかったね、お婆ちゃん」

「……ふん、外にあの小娘が来ていることぐらい把握しておる」

「それなら用件は――」


 名乗らずとも僕の素性はすでに伝わっているようだ。それ知った僕は話が早いとばかりに、ここへ来た目的に移ろうとする。


 しかし、椅子にもたれかかったままの老婆が、机に指をコツ、と軽く叩きつけた。

 その些細な動きと音で僕の紡ごうとした言葉は途切れ、再び重い静寂が辺りを包み込む。


「……小童、ぬしに対して商いをするとはまだ一言も言うておらん」

「……」

「今からぬしに一つだけ問う。その応え次第で、モノを売るか考えてやる。己の過去と未来を振り返るのだ」


 聞いていた通り気難しいそうなヒトだな、と感じてどんな偏屈な質問が飛んでくるかと身構えていた。

 だが、たとえ何を言われても僕は門浦楓眞として返答する――。





「――世界を渡る『御門』の先駆けよ、なぜに外法の道をゆく?」

「――!!」





 そんな思いは、いとも簡単に打ち砕かれた。


「(は……?僕の神を、知っているッ?!〝灼呪(あいつ)〟の仲間……ッ!敵か……!!)」


 気づけば僕は机に乗り出し、老婆の見るからに脆い首を捕まんと五指を伸ばす。

『灼呪の大魔』の仲間、そうでなくとも何か知っている可能性は高い。この店主を生け取りにして尋問するべく、身体は考えるよりも先に動き出していた。


「き、ひ、ひ……そう迅るな、小童」

「……どう、なってる?」


 しかし、再び老婆の掠れた声が聞こえた瞬間、僕の立ち位置は元に戻されていた。

 いや、物理的に戻されたというよりは、どちらかといえば夢や幻想でも見ていたような奇妙な感覚だ。


「ふん、今はわしの質問に応える時間だ。さぁ、応えを聞こう。ぬしはなぜに外法師となる?」


 今度は拳を握り締め、振りかぶるイメージをする。

 しかし、身体は微動だにしない。金縛りにでもあったかのようだ。


 手足と異なり自由を得ている視線だけを動かして、老婆を真っ直ぐ睨み返す。

 こんな事が可能なのは神通力ぐらいのものだろう。内側に意識を向けてみると虚津神の干渉の気配を感じた。


 しかし、目の前の老婆からは神通力を使っている気配を感じない。

 そこで、僕の認識が狂わされている可能性とその危険性を考える。


「金か、名誉か、復讐か……なんでも良いぞ?ただし嘘、偽りは許さん。そしてその是非はわしが決める」


 数瞬の後、その意味のない思考を止めることにした。なぜなら、こんな致命的な状況になった時点で僕にはどうしようもないから。

 首から下はぴくりとも動かず、まるで人形にでもなったかのようだ。

 僕を殺すつもりなら簡単にできるはずだ。ゆえに能力に制約があるのか、はたまた僕を害する気がないのか。


 このように考えるだけ無駄であるため、僕は求められた通り、問いへの応えを考えよう。

 ――僕が、外法師になる理由について。


 直接的な理由でいえば圭に勧められたから……?

 だが、これはあくまで道を示されただけであり、決めたのは僕だ。


 玲沙の解呪、ひいては楓眞への恩返しのため……?

 やはりこれが核心に近い。この目的を達成する上で最も効率的な手段が外法師だと考えた。


「……」

「ちっ……遅い、これが最後だ。位階の果て、外法の道で何を――」


 だが、それが本当に僕の核心そのものか?

 僕は外法師になって何を得たいのか、少しだけズレている気がする。


 玲沙の解呪を達成して、楓眞の魂を虚津神から取り返して、この身体を本来の持ち主に返して、それで……。


「(……あぁ、なんだ。とっても簡単なことじゃないか)」


 僕が外法師になる理由……なんですぐに出てこなかったんだろう。

 僕は決して一人で戦わない、あの子と同じ終点に向かって戦うと決めたじゃないか。


 ならば、一度死を迎えた身である僕が神の力で世界を渡って生まれ変わり、その末に人道外れた外法を侵してまで叶えたい望みは――。




「――もう一度、大切な『家族』と一緒に……あの、何気なくも満たされた日常を、過ごしたい」

「ッ、なに……?」


 ポツリと、僕がそう告げると、老婆は苛立ちによって細めていた目を大きく見開く。

 それに構わず僕は心中の吐露を続ける。


「……とある、親子がいたんだ。彼らに特別なところは……まぁ、多少はあったかな。でもその本質は至って普通で、ありふれたものだった」


 目を閉じなくとも忘れやしない。

 あの子の惹きつけられるような笑顔も、それを見て頬を緩める母親の姿も。


「僕は彼らの営みをそっと眺めていただけだった。なぜなら、僕の役割は始まる前から終わっていたから。僕は彼らにとっての異物でしかない」


 ずっと一番近くで見ていた。

 ただ見ているだけで僕は満たされ、幸せだったのだ。


 そしてそれ以上を望むなど、僕には許されないことだと思っていた。

 本来、不可侵であるはずの二人だけの世界に、既に土足で踏み入ってしまっているから。これ以上の無粋な干渉はしまいと、醜く求める心に蓋をした。


「けれど彼らは、そんな邪魔者でしかない僕を『兄』と、『息子』と、呼んでくれたんだ。僕に新たな役割と意味を与えてくれた」

「……」

「……それからいつしか、僕の中に輝かしい大切な宝物が生まれていた。一生を歩んでなお、手に入れられる事ができなかった輝きの正体――それを僕は、『家族』と名付けた」


 僕がずっと求めていた光は、地平に沈む最後の時まで共に寄り添ってくれるような『落日』だったのだ。

 茜色に染まる世界の片隅で、彼らと共に安息を得る日々は、ヒトデナシだった僕を『人』にしてくれた。





 ――だから、今度は僕が闇夜に昇る『烈日』となり、彼らの未来を照らす光となろう。





「たとえ外法の道を歩もうとも、命よりも大切な『家族』を取り戻す。そして今度はちゃんと『人』として、彼らの隣を一緒に生きてみたい。……これが、僕の応えだよ」

「……」


 スゥと視線を下に落とした老婆の表情から、その考えを写し取ることは難しい。

 その深い皺の数だけ、歳を重ねてきた人の歴史の重みを感じさせる。


「……そうか」


 前世と今世を合わせて三十と少し……少々特殊な人生の歩みを経てもなお、目の前の人物の半分にも満たない。

 そんな若造の吐く言葉の重みなど、彼女にとっては吹けば飛ぶ程度のものに感じられるかもしれない。

 固唾を呑んで言葉を待つ。


「ぬしにも、良き出会いがあったか」


 長い沈黙の果てに、老婆は顔を上げてこちらを見上げた。

 そこで初めて、視線が真にかち合ったような感覚を抱く。

 同時に、門浦家の日常よりもさらに遥か前、懐かしき日々の記憶が巡る。





 夕陽が差し込む丘の上、草木がさざめく音に混ざって、誰かの笑い声が耳を打つ。

 音を頼りに隣に視線を巡らすと、口元を抑えてくすくすと肩を震わす女の子がいた。

 陽の角度が影を作り、顔はよく見えないが、ミルクティーのような甘く柔らかそうな髪が特徴的だった。


 そして、その子がちょんちょんと後ろを指差すので、それに従って首を回して背後を見る。


 そこでは、今度は別の誰かが腰に手を当てて佇んでいた。それを僕たちは、『先生』と呼んでいた。

 困ったような、それでいて深い慈愛を感じさせるような……眉根を下げた柔らかな『先生』のその微笑みが――。





『はぁ……どうせまた、ここだと思いましたよ。ほら、みんな待ってるから帰ろう』


 ――なぜだか、目の前の老婆と重なって見えた。





 時折このような覚えのない感覚や記憶が、幻覚となって想起される。

 その度に、僕自身覚えはないにも関わらず、場所も匂いも音も、全てに懐かしい想いが溢れてくる。


 きっとこれは、僕が神によって新たな生を与えられる途中で拾い損ねた記憶の断片だ。


 当たり前の話だが、知識や思い出は()()に記憶として刻まれる。そして死とは、致命的な肉体の損傷などによる生命機能の停止を意味する。

 一度死を経験した僕は、記憶を保存する肉体の一部が欠落している。

 魂に移しきれず取りこぼした記憶には、もしかしたら先ほどの幻覚で見た、名前も顔も思い出せない彼らとの忘れてしまった思い出があったのかもしれない。


『――◾️ちゃん、◾️◾️先生』


 その上で、未だに過去の記憶の残滓がこうして顔を覗かせるのは、僕に何かを訴えかけているのだろうか……?






 ガサゴソと、帳台の引き出しを探る忙しない雑音で意識を目の前に戻す。

 ゆったりと老婆が身体を起こし、椅子がその度に軋む音がする。


「気が変わった。……いや、むしろ気に入った。これを受け取れ」

「っ、おっと……!」


 老婆は続けてそう言って、無造作にナニカをこちらに放り投げる。

 照明の光でキラリと反射するそれを、少し慌ててキャッチする。

 掌に収まったものを摘んで掲げると、それが小さなリングであることに気づく。


「なにこれ、指輪……?」

「きひ、ひ……ええから、着けてみろ」


 黄金に煌めく細い指輪を、怪訝に思いつつも恐る恐る右手の中指に嵌め込む。

 すると、次の瞬間、僕の視界にはありえざる壮大な光景が浮かび上がった。


「ッ、これは……」


 つい先ほどまで、何の変哲もない骨董品が並んでいた棚からは、一目でそれらが超常の品だとわかるエネルギーが感じ取れる。

 宙を見上げれば空を飛ぶ本や絵画、ソファなどの家具に骨董品類。

 鼻を刺激するなんとも言えない匂いを辿って視線をやれば、グツグツと煮立つ大きな釜の中で、かき混ぜるための大きな木製の棒が一人でに回っている。

 他にも、まるで創作の世界からそのまま飛び出してきたようなファンタジーが、古臭い古物商店を現実にあり得ざる魔法世界に染め上げる。


「き、ひ、ひ……ようこそ、退魔導具店『翁』へ。歓迎するぞ小童」

「はは、これは凄い」


 鳥肌が止まらない、ここには未知が溢れている。

 未知には恐ろしいものとワクワクするものがある、これはまさしく後者に属するものだ。

 きっと、楓眞が見たら喜ぶだろうな。


「その指輪は、この店に掛けられた『認知阻害』に抵抗するための導具。それを付けていればここは当然として、他の『翁』への通行証にもなる。だから無くすなよ」


 そう言って老婆も自身の手を掲げて、その皺くちゃな指に装着された、金色の光沢が眩しい指輪を見せつける。

 そこからも、僕の指に嵌められたリングと同質の力の気配を感じる。

 彼女のいうように、店に掛けられた偽装というものによって僕の認識が歪められていたのだとすると、僕にその気配すら感じさせないとは凄まじい練度の力だ。


「ふむ……つまり、ボクは客として認められたということでいいのかな?」

「き、ひひ……欺瞞に塗り潰して本質を見せないその目は気に入らんがな」


 再びあの子の皮を被った瞬間にそう返される。

 見た目からすると耄碌していてもおかしくない年齢だろうに、随分と目というべきか勘というべきか、とにかく鋭い婆さんだ。


 だが店の偽装が解けた今に至っても、彼女から神通力の気配を感じないことと、他のヒトの気配も感じないことから、おそらくこの店に掛けられた『認知阻害』は圭から聞いていた『神器』というモノの力だと予想する。

 実際、この指輪からも微かに神通力の気配がする。


 そうして指輪や店内を観察していると、老婆が帳台の上にスッと一枚のカードを取り出して、僕の手元に差し出す。


「それからもう一つ……これもやる」

「ん、名刺……?えっと、〝しゃろん・だる……」

「〝シャロン・ダルウェコス〟、わしの名だ。その名刺を持っとれば、他の『翁』の店でも多少優遇してくれるだろう」


『暗澹の十五年』を乗り越え、退魔においても経済においても日本国が世界の中心地となった。それに伴って日本語が公用語となったこの世界、楓眞の視界からも英字を見る機会は少なかった。

 その中で達筆な英字で書かれた名前に、つい面を喰らう。


 それから、言葉の割にかなり手厚い扱いを受けているな、と老婆の需要のないデレを黙って受け止める。


「ちっ……この小童め、失礼なことを考えておる」

「こわ、思考読むなよ。やっぱ婆さんが虚津神の神徒でしょ」

「ふん……そんな便利な能力があれば、ぬしの隠し事やら恥ずかしい事やら、この口で並べ立ててやっておるわ」


 ここに来てそう長い時間は経たないが、既に軽口を叩き合える程度の関係になれていた。

 食えない婆さんだが、同時に僕自身なかなかこのヒトのことを気に入ったし、長い付き合いになりそうな気がした。

 それはそれとして、怪しいところが多い彼女に対して警戒を怠るつもりはない。


「ほれ、わしは名乗ったのだ。礼儀として小童も早う名乗らんか」

「おっと、これは失敬。ならば名乗ろうか、かの尊き存在に倣ったこの名を――」


 そもそも僕たちは互いに外道を歩み、たまたまその道が交わった者同士。そのため、どうせ楓眞の名前もバレているだろうとは思いつつも、名乗りについてもやはり外法師としての方がいいだろうと考えた。

 ゆえに、先日自分に向けて名付けた新たな名前を思い浮かべて口にする。





「――ボクは〝七理〟、外法師〝七理〟のカエデだ。……どうぞこれからよろしくね、シャロンの婆さん」

「き、ひ、ひ……こちらこそ『翁』をご贔屓にな、〝七理〟の小童よ」





 ***





 魔縁対策機関と一括りに呼んでいても、その中には経理や人事、広報などを含めた事務を担当する課や、魔力汚染地域の浄化を行う課も存在する。


 しかし、やはり魔縁対策機関といえば退魔師の存在感が最も大きいこともまた、言うまでもない事だろう。

 そんな魔縁対策機関の退魔師の所属は、それぞれの業務内容ごとに退魔一課から四課と呼ばれて区別されている。


 退魔一課――発生が確認された魔族の迅速な討伐を主たる業務とする、まさに退魔師の花形と言うべき退魔師たち。

 他の課が対処しきれない強力な魔族討伐に関わることも多いため、少数精鋭の超実力派集団であり、伊織圭が課長を務める。


 退魔二課――外法師や魔力犯罪に関する調査・鎮圧に携わる退魔師たち。対人のエキスパートであり、魔力犯罪に関する高度な知見が求められる。


 一つ飛ばして退魔四課――各支部に常駐して治安維持や魔族発生初期段階での対処が求められる退魔師たち。新人の多くが最初に配属され、ここで数年鍛え上げられて実績を重ね、他の課へと異動することが基本的な退魔師のキャリアとなる。また、最も所属人数の多い課でもある。


「あ、沖さん!お疲れ様です!!」

「ん……おぅ、お疲れさん。これから当番か?」


 そして退魔三課――彼らは日本全国・海外の各所における魔縁事件や魔縁災害の調査を専門とする退魔師たち。

 多くの場合、そのまま魔族討伐にも携わるため退魔師の中でも確かな実力が求められ、叩き上げのベテランや将来を見込まれたエリートが多く所属する。

 彼らは基本的に決められたバディを組み、未解決の魔縁事件や民間の被害発生が確認されている地域での調査を行う。


 ゆえに、『名塚の大火』の現場から最も近い魔縁対策機関である日本国新潟支部においても、そんな退魔三課の退魔師が在中していた。


「そうですよ。いやぁ未だにこの勤務形態慣れませんよ、僕は。それに勤務中、魔族と戦ってなくとも鍛えなくちゃいけませんし」

「一年目だろう?そりゃそうだ。俺も新人の頃は汗水と、それから血ぃ流して働いたもんだ」

「ははぁ……沖さんの新人時代、想像つきませんね!」


 ここは魔縁対策機関新潟支部の一角にある喫煙室。『名塚の大火』の事後調査のためやってきて三週間、無精髭を携え草臥れた雰囲気の中年の男が今日も紫煙を燻らせていた。


 彼は沖島聡(おきしまさとし)。新潟支部の若い者から支部長を務める者にまで、沖さんと呼ばれ慕われている。

 それも豊富な人生経験とそっと隣に寄り添うような雰囲気ゆえにだろう。

 見た目を整えれば相応に色気が出ると感じさせるだけに、今のだらけきった状態をよく思わないバディの後輩によくせっつかれている。


「くかかッ、なんせお前さんが生まれたばっかの時代から退魔師だからな。……おかげさまで、この仕事にも愛着が湧いちまって、みっともなく今も現場にへばりついてらぁ」

「まさか!沖さんに救われた人、教えられた人がどれだけいるか!!それに昇進蹴って現場で後進育成に力入れてるって、めっちゃカッコいいじゃないですか!!」


 そして沖島に話しかけるのは中村俊哉(なかむらしゅんや)という、この新潟支部退魔四課配属となった新人退魔師。

 さっぱりと切り揃えられた黒髪をセンター分けにし、退魔師の制服をきっちりと身につけている。風貌からは若手の営業マンのような快活さがある。


 そんな彼も喫煙所にただ寄り道したわけではない。退魔四課は三交代制で勤怠を管理している。当番が始まれば、新人という立場的にたばこ休憩に頻繁には行きにくいので、今のうちに吸っておくというややせせこましい心理だ。


「そう言ってくれると嬉しいねぇ。……ま、俺にはお偉い方々と額突き合わせて組織の舵取りするよりも、教育係やりながら現場に立つのが向いてたってこったな」

「自分も沖さんとバディ組んでみたいっす!」

「……ハッ、そんならあの(すめらぎ)の嬢ちゃんと肩並べるぐらいの成績は残さなきゃなぁ?」

「そ、れはぁ……なかなか……」

「くかかッ、冗談だ!さっきはおっさん臭いこと言っちまったが、お前さんはお前さんのペースで働けば良い。……それに、あの子は俺でも手ぇ焼いてるぐらいだ、すぐにでも手柄立てて一人立ちするさ」


 沖島は、バツが悪そうに冷や汗を流す俊哉の姿を見て、それを軽く笑い飛ばす。

 それからぼうっと少し遠くを見た彼の頭には、話題に挙げた少女の事が想起された。

 

 二人ともが煙草を口に咥えて煙を肺に入れたため、暫しの沈黙が降りる。しかしそれは決して重苦しいものではなく、気の知れた喫煙者間特有の言葉のいらない交流とも言えるものだった。

 それから再び沖島は、己を慕ってくれようとする貴重な若い芽へと言葉を残す。


「フッ……まぁ俺が引退せず、そん時になってもこんなおじさんとのバディが良いってんなら、考えてやるよ」

「はい、ありがとうございます!!」


 元気の良い返事に満足そうに頷いたタイミングで沖島は一服を終え、火を消して灰皿へ吸い殻を放り込む。それから最後に、沖島は少し強めにバンバンと、未来ある若者の肩を叩いて激励してから喫煙室を後にした。





 沖島は喫煙室を出てトイレに寄ったあと、今もパソコンと睨めっこしているであろう後輩バディの様子でも見に行こうかと思い、書類業務を行う場所へ続く曲がり角を曲がった。


「……遅い!!」

「おっと茜ちゃん、待たせちまってたのか。すまんな」


 しかし予想に反して、その先にはむすっとした顔で見上げてくる件のバディ――皇茜(すめらぎあかね)がいて、苦言を呈させる。

 そのまま連れ立ってその場から歩み始めたが、片や草臥れた中年サラリーマンのようで、片や淡い紫の髪がよく映える若々しい少女ということもあり、隣に並び立つと親子のようにも見える。

 実際、年齢差的には親子とそう変わらないものであるが二人は同僚で、階級や新人と教育係という違いはあれど同じ退魔三課所属の退魔師。


「ふんっ……この私を待たせることができる人なんて、『公家』を除けばおじ様ぐらいよ。雑用を丸投げすることができるのもね!」

「たはぁ……どうもおじさん昔から機械音痴でなぁ。手伝ってやりたいのは山々だが、時間は三倍かかるし大事なデータの一個や二個は巻き添えにするぞ?」

「はぁ……どっちが教育係よ。今まで一体どうやってきたのかしら」

「フッ……だから、俺のバディから抜けたやつは一人立ちできるって評判だ」


 ヘラヘラと戯けたように肩をすくめる沖島に対して、茜は冷ややかな視線を送る。

 その間も二人は迷いなく建物の中を目的地に向かって進んでいく。

 二人を見るや、支部に務める事務方の者や勤務中の退魔師が頭を下げてくるので、沖島は軽く片手で応え、茜は一瞥をくれるだけで先々へと歩を進める。


『名塚の大火』発生を受けて、二人がここ新潟支部所属となって一ヶ月弱、そろそろ建物の作りも完全に覚えてきたころだった。

 そんな折に、二人には新しい任務が渡されていた。その任務により、別の地区へと勤務地が移動することから、ここの代表者に挨拶をするべく支部長室へと向かっていた。


「――いやぁ、それにしても今回の『名塚の大火』でも結局、目新しいものは何も掴めずだったなぁ」

「……いつもと同じ手口よ。大きな魔縁災害の時には、普段は縄張りから動こうともしない魔族でさえ、時空を超えて集まり、そして一斉に空へと消える――まさに神出鬼没な百鬼夜行」

「これは凡人の所感でしか無いけど、空間とか転移とか……そんな概念を司る虚津神の力じゃないかな」

「まぁ、十中八九そうでしょうね。とはいえ空間に転移の神通力、なんてものは……少なくとも私の知る限りでは存在しないわ」

「……ふむ、『退魔公家』出身の茜ちゃんが知らないなら未登録の虚津神ってところかな」

「もしくは正しく記録にすら残らないほど昔を最後に失伝した、とかかしら」


 沖島は無精髭をザリザリと撫で付け、茜も考え込むように口元に拳を当てて、互いの意見を口にする。


 しかし、思考を巡らせつつも目的地までは見失わなかったようで、しばらくそんな調子で歩いていると一つの扉の前で二人とも足を止めた。

 その扉にはご丁寧に支部長室と記載されていた。


「――ま、この件については残念だけど、後は残った奴らに任せて俺たちは次の任務について考えよう。大きなヤマも大事だが、そればっかりに気ぃ取られちゃ足元掬われるってもんだ」

「あら、大先輩のありがたい教えだこと。……次の任務についてはそっちに送っといたから、あとで確認して」

「おぉ、ほんと毎度ありがとうなぁ。おじさん、頭が上がんないよ」


 そんな風に述べつつも、本人は雑務を新人に丸投げしていることについて本当に反省しているようには見えない。軽薄な態度のままに、その大きな掌で隣の茜の頭をガサツに撫でる。


「はぁ……言葉の感謝も、その無礼な子供扱いも飽きたからもう要らないわ。――おじ様にはいつも通り、私には無いその現場の勘ってやつを頼りに、きっちり働いて返して貰うから」

「くかかッ!流石、支配者の血が流れてるだけある物言いだ!!」


 沖島の大きな笑い声と共に、撫で付けられていた手が離れる。その隙に、ささっと乱れたスイートピーのような薄紫の髪を整える。

 その色鮮やかな髪には艶があり、ピンと伸びた背筋からは若さを感じる。


 それに対して実に対照的とも言える男は、立場的には上である支部長の部屋の前で一頻り豪快に笑ったあと、ポケットに手を突っ込みながら再び隣へと問いかける。


「さぁて、詳細はあとで確認するとして、次の現場はどこだ?新潟(ここ)の日本酒は良かったなぁ……そうだ、次も酒が飲めるところが良い」

「あら、おじ様ったら基本どこでも飲み歩いてるじゃない。……あぁでも、次の任務地はそんなおじ様にピッタリな場所よ。なんせ、日本の酒造り発祥の地であり、酒呑童子伝説ゆかりの地でもある――」


 凸凹で、何もかもが違っている二人だが、互いへの理解は私生活からして十分なようである。

 そんな退魔三課のバディの力は日常でのコミュニケーションだけでなく、これから彼女の口から告げられる地における仕事の中でも発揮される。





「――歴史と文化の街、〝京都〟だもの」


 数々の退魔師を育て上げてきた歴戦の兵と、退魔公家を出自とする期待の新星――その二人が向かう地には、しかし既にとある外法師が目的を持って狙いを定めていた。

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