第十一話:退魔師
人類最大の怨敵『魔縁の匪徒』が世界に出現し、また『魔術』が浸透し始めて五世紀以上が経つ。
かつて、世界は一度魔の手に堕ちた。
現在では『暗澹の十五年』と呼ばれる期間、『魔縁の匪徒』または通称『魔族』と呼ばれる存在に世界は侵食されていき、人々は暗黒の時代を迎えた。
現代兵器もいくつか通用するものはあったものの、多くの魔族は身体の大半を完全に破壊しなければ致命傷とならず、死してなお魔力を振り撒く。そして『魔力汚染』はそこを生命体の暮らせぬ魔縁の世界とする。
人と魔の二つの環境汚染により、栄華を極めていた人類は次第にその数を減らしていった。その代わりに世界は魔縁に侵されていく。
その中で唯一、魔界からの侵略者たちに屈することのなかった国がここ日本。どの国よりも早く魔力に適正を示し発展させ、天から寵愛を受けた『神徒』たちを旗印として力を結集し、魔縁陣営に対して抵抗を続けた。
己を顧みず魔を滅する『英雄』たち、そのうちの一人が当時の魔族たちの始祖である『災禍の魔祖』を討ち取り、一つの大陸を魔族たちから取り戻した。その者は後にその功績を称えれられ、『黎明の英雄』と呼ばれた。
そして人類が新たな時代を迎えた東暦紀元。
日の本の国という名が如く、人類にとっての黎明が訪れた。
その後もいくつもの英雄たちがその命を散らし、人類の領域を広げてきた。そして取り戻した世界に日本国内で生き延びた者たちが散らばり復興を行った。
――世界よ、神よ、そして魔界からの侵略者たちよ!!これが人類だ!!我々人類こそがこの世の覇者である!!
『英雄』が『退魔師』と呼ばれる職業へと変化して久しい現在、世界の中心は暗黒時代を乗り切った日本国。
魔を滅する『退魔師』にとっての本拠地である『魔縁対策機関』通称COER(Countermeasure Organization for Evil Relationship)、その日本国本部は中心都市、東京に位置する。
黒き摩天楼のような様相で近くから見るとその無骨な機能美が伺える。全方位強固なシェルターと武装が施され、監視網についてはあらゆる不審な点を逃さぬようカメラの視界で埋め尽くされている。
加えて様々な角度へレールのようなものが伸びており、ここから魔力により特殊な処理が施されたリニアが発進され、全国に迅速な出動が可能となる。
まさに人類の叡智が結集した最良の防衛機構。
東暦五二五年九月十四日、門浦楓眞が目を覚まして二日が過ぎたころ。
そんな魔縁対策機関日本国本部のとある会議室で、『名塚の大火』と定められた魔縁災害について会議が行われていた。
「九月九日事件当日、新潟県名塚村にて『迦具燃ゆる忌火神』の神通力による大規模火災が発生。その後百体を超える魔族が同地域に発生、侵略を開始しました。村民のうち二百四十六名が死亡、百五十二名が行方不明とされております。首魁と目される『大魔族』――〝灼呪の大魔〟を始め、行方をくらませた魔族たちは目下捜索中ですが未だ手掛かりはありません」
この一室には退魔師の中でも役職を持った上層部の人間のみが集まっていた。
そしてその楕円形の机の一角にて朗々と語る彼女のその姿に僅かの動揺すら見てとれない。
雪のように白い髪と肌、暗い真紅の瞳、スラリとした身の丈は百七十近い。
彼女は伊織圭。退魔の名家である伊織家の正統な血筋を引き、齢二十三というこの場に集まった他の幹部らと比べれば若すぎる身でありながら、退魔師の花形である退魔一課のトップを務める。
「また、〝灼呪の大魔〟の身体的特徴は特定できておりますが、当該魔族は高度な擬態を行っていたため確実性の低い情報であることをお伝えします。その他、本魔族の詳しい情報は資料十四ページに別途記載しておりますので、必要の際はご確認ください」
室内のカチリとスーツを着込んだ退魔師の中枢を担う者たちが揃って資料を見つめ、その姿を目に焼き付ける。
そして一拍おいて再び会議室内の無機質な目が集まってからさらに圭は続ける。
「また現場調査から〝灼呪〟のものと思われる神通力の他に未登録のものを含め、いくつか神通力が観測されました。魔族がその場から忽然と姿をくらました手段も神徒の力によるものの可能性が考えられます。私からの報告は以上です」
先程まで沈黙を貫いていた聴衆たちがザワザワと意見を交わし始める。
圭は依然立ったまま、質問を受け付ける態勢だ。そして中でも、とある人物を見つめる。
屈強な男が多いこの場においても一段と覇気を纏い、モノクルを右眼に装着した初老の男性。
周囲が隣人と囁く間も目を瞑り、眉間を寄せて考え込んでいる様子だ。
そしてゆっくりと目を見開き、腕を組んだまま圭を睨みつけるようにその眼光を向ける。
「……俺からいくつか」
「はい、京極長官どうぞ」
魔縁対策機関日本国本部長官、京極征一。
日本の退魔師の直接的な統括を行なっているこの男が発言した途端周囲の騒めきは鎮まり、彼に視線が集まった。
「魔縁共の目的は判明しているか?これほど大規模な侵略、必ず何か意図があるはずだ」
「……正確には不明ですが、住民によりいくつかの証言によると、魔縁の匪徒の一部――特に言語を解する高位の魔族は何某かの神徒を探している様子であったと」
「では、保護した村の人間の中に神通力に目覚めたもの、あるいは既に神徒として目覚めていたものはいなかったか?」
征一がただ質問を繰り返しているだけにも関わらず、身が竦み上がるような緊張感がこの場に満ちる。
ベテランであり、役職も上級である退魔師たちですら思わず唾を呑み見守る中、圭だけは平静と変わらない態度のまま続ける。
「――いいえ。行方不明者に対する照合は行えませんでしたが、保護した住民たちは全て調査済み。いずれも神通力を通わす者はいませんでした」
「ふむ、行方不明となった者の中に目的の人物がいた可能性があるか……もし未確認の『神徒』が存在し、それが攫われでもしていたならば、人類にとって重大な損失だ」
「こちらで行方不明者らの照会を急ぎます。……皇さん」
「はい、お任せを」
圭が隣の席に座りPCの操作を行っていた男に先程の内容をそのまま手配するよう指示を伝える。
その人物も三〇代前半ほど、見た目では二〇代後半にも見えるほどでこの場の中では若輩の部類であるが、やはり圭の若さが際立つ。
そして最後に、と続ける京極の冷厳な声音が響く。 組んでいた腕を解き、卓上で手を組み圭にその鋭い眼光を向ける。
場に今までよりもさらに緊張が走る。
「――現場で奴と直接対峙した貴様の所感を聞きたい。この魔族と同じく、神にも等しい存在と拝謁を果たした『神徒』である貴様はこいつの力をどう感じた?」
ここで圭に初めて、僅かとはいえ沈黙が訪れる。
伊織圭という退魔師はその家柄もあるが、何よりもその実力によって周囲のあらゆる批判の声を黙殺し、二年前から〝魔縁対策機関本部退魔一課 課長〟という地位に着いている。
並大抵のことではない。それまでの最年少記録をゆうに塗り替える早さでの昇進だ。
ゆえにこそ、確かな実力と立場に裏打ちされた自信と信頼が求められる。そんな彼女が少しの間を置いて述べる。
「……私が見てきた中でも飛び抜けて強力な個体でした。確実な討伐を図るならば、万全の準備を施した上で私を中心に三名……いや四名以上の精鋭と共に囲う形でようやく、といったところでしょうか」
おそらくどのような言葉よりも件の魔族の実力を高く見積もった発言だろう。現に上層部の面々である他の退魔師たちが動揺の声を上げる。
しかし唯一その発言を受けて京極だけは納得の表情を浮かべた。そしてその顔は過去に思いを馳せ、ほんの少しだけ苦々しい顔を浮かべた。
「……それほどか。あの忌々しい炎、なぜ今頃になって……」
そして京極は険しい表情で左肩を摩り、しばらく口を閉ざした後、周囲の騒めきが再びある程度の鎮まりを見せると意を決したように告げる。
「――皆、聞け。近年になり大規模な魔縁災害、何らかの意図を感じさせる侵略も増えた。これ以上魔縁の者どもに遅れを取るわけにはいかん。〝灼呪の大魔〟を始め、本魔縁災害に関わりのある魔族を即刻国際指名手配しろ。必ずや討伐と行方不明者の救出を果たすのだ。俺からは以上だ」
「かしこまりました。それでは皆様、他に質問はございますか?……無いようですのでこれにて『名塚村放火事件』についての報告を終えます。続いては『退魔三課』からです。一ノ瀬課長どうぞ」
そう言って圭は進行を譲り席に座った。
代わりに目が細く、身体の線もまた細い男が三つ離れた場所にて立ち上がる。
「ありがとうございます。それでは、私からは海外で起きている未解決の魔縁事件・魔縁災害、その中でも特に影響の大きい『退魔師連続失踪事件』と『病を齎す幻花』の近況について――」
***
「――♪」
鼻歌を歌いながら病院内を移動する。僕の前では看護師の女の人が先導する。
神徒としての回復力を遺憾なく発揮し、既に身体に異常はどこにもなく、今日は退院の日である。上機嫌にもなろうというものだ。
今の時刻はおよそ十八時半、圭が職務を終え次第僕を迎えに来る手筈となっているのでそろそろのはずだ。
服は患者着から既に圭が先日用意しておいてくれたものに着替えている。
そして、最後に玲沙に挨拶だけはしなければ。
彼女は『呪い』に魂を蝕まれ、昏睡状態に陥っている。『呪い』が身体に再び影響を及ぼせば即座に処置を行わなければならない。ゆえに彼女にも個室が用意されている。
退魔師という危険と隣り合わせの業務であるため、医療に関する負担は限りなく少なく、さらに特別な待遇も受けられる。
現在はその病室を目指して、案内のもと歩みを進めている。
「ねぇ、あの子……」
「わぁ、綺麗……お姉ちゃん、見てみてっ!」
「すごっ……透明感やば……」
「おぉ、まるで地上に降り立った天使様だのぅ……ほれ爺さん、迎えが来たぞ」
「縁起でもないことを言うな。あの子にもワシにも失礼じゃ」
ヒソヒソと僕が歩を進める通路の脇から聞こえる。
おそらく楓眞の容姿を褒め称える内容だろう。中身は僕とはいえ、我が弟を褒められるのはなんでも嬉しいものだ。
実際今の僕の外見は尋常では無いほど整っている。
一部の人間が見れば不気味と評する者がいるかもしれないぐらいには人形のように端正な顔立ちだ。
楓眞が主人格であった時は、それでも人好きのする表情で親しみやすさを与えていたが、僕が憑依してからはどうしても表情に固さが出てしまっている。圭などには被災のショックによるものだと思われているため今のところは大きな問題にはなっていないが、改善策は用意すべきだろう。
「(……やっぱり人目は惹くか。とはいえ芸能人でもあるまいし、かえって変装してる方が怪しいまである)」
神徒は美しい容姿を得る、というのが一般的であるならばある程度顔を隠すべきかと考えた。
しかし変装の手間やバレた時の不信感、魔族と対峙した際の邪魔になることなど諸々を考慮して、外出の際に帽子を被ったり髪をこのまま長めにキープしておいたりなど、多少人目避けを意識する程度で良いだろうと結論づけた。
それに、神徒であるからといってすぐに身の危険があるわけでもないらしい。
どういうことか、看護師による誘導に従って歩みを進めつつ、先日の圭とのやり取りを思い出す。
「――災害当日、当然神通力の発生は観測されています。魔族の戦力把握にも、在野の神徒を保護する名目でも調査は行われるでしょう」
「……ボクが神徒だってバレるんじゃない?二年前もそうだし」
「いえ、今回は大規模な魔縁災害な上に魔族側に神徒がいることを加味すると誤魔化しようはあります。そして神通力を体内に抑えていれば外からは区別がつきません」
干渉による共鳴で、同一の虚津神に見初められた神徒は察知することもあるらしいが、それはあくまで例外。
普通は神通力を表立って行使しない限り、神徒として特定されないとのことだ。それを聞いて少し安心した。
「楓眞くんに目が向かないよう私が調整しておきますので、そこまで神経質になる必要はありません。――虚津神の『神通力』や『権能』さえ安易に使わなければ」
「ふぅん……やっぱり『未登録』の虚津神ってのがまずいわけだ?」
「ほぅ、鋭いですね。二年前の電話口でたった一度告げただけなはずですが……えぇ、少しゾッとさせられました」
神通力をエネルギーとして使う分には、観測することはできても個人がどんな虚津神に干渉を受けているのかその場で判断することは難しい。
しかし、神通力には身体に纏ってパワーを得るエネルギーとしての使い方のほかに、〝灼呪の大魔〟や圭も使っているような特殊能力としての使い方もある。
知識があれば、一目見てそれがどんな虚津神の神通力か判断できるし、確かに存在しなければそれこそ話題に上がっている『未登録』の虚津神の可能性を考慮できる。
「えぇ、その通り。楓眞くんが『未登録』の虚津神の神徒であること、これが悪意ある存在に特定されるというのが最も避けるべき事態です」
ヒトはその頭脳をもって世界の原理や謎を解明することで発展してきた。そして未知を既知にする過程には、目を背けたくなるほど残酷な犠牲をも出してきた。
それがヒトの歴史であり、世界を統べる力の源泉。
それは現代でも何も変わらない。
むしろ、超常が跋扈し、世界は大きな変革の道すがらだ。
ヒトはきっとどこまでも非情になれる。
この事とここまでの話を照らし合わせると、とても簡単な一つの未来が浮かび上がる。
つまり――。
「『未登録』の虚津神の神徒であるボクを狙う存在の中には他でもない、貴方たち退魔師も含まれているってことだね」
「……」
玲沙が退魔師として残ったのも、圭が手を打つことができたのも内部に関する事だからだろう。
しかし、だからこそ解せないこともある。
なぜ、楓眞の身を狙って襲撃してきたのが魔縁の匪徒だったのか。
退魔師の中に内通者がいる……と考えるのが一見自然に思えるが果たして。
その目的は?どうやって楓眞の居所を?楓眞を攫っていった虚津神との繋がりはあるのか?
何かしらの意図が複雑に絡み合って根本が見えないようなそんな気持ち悪さを抱く。
一方、僕に追求を受けた圭は言葉を途絶え、僅かに思案をする素振りを見せる。
幾ばくかの後、お互いの赤い視線が再びかち合う。
「――確かに、退魔師の所属する組織、『魔縁対策機関』は清廉潔白とは言えません。古くから在る『退魔公家』は世襲を巡り未だ血みどろの政争が勃発し、神徒を始めとした有望な力の取得には手段を選ばない側面もあります。そして時には魔族討伐のために犯罪者を利用することも」
僕がいた世界と何も変わらない。実に人間らしく傲慢な営みだと思う。
それと同時に、楓眞の身をそこに投じたいとは到底思えないが。
「しかし、所属する退魔師の全員がそのような血も涙もない輩なわけではありません。むしろ大多数の胸の内には人を想う気持ちがあることは知っておいて欲しい」
かつて『英雄』と謳われた力は『退魔師』という職業に体系化された。見上げる存在だった者たちが、世俗の日常に入り込む。
しかし、人に寄り添える彼らだからこそ、『英雄』が果たせなかった世界の片隅における救済も成せるのかもしれない。
「退魔師という存在に悪い印象ばかりを抱いてほしくないが為に、私も玲沙さんも迂遠な言い方をしてしまっていました。その点においては……すいません、貴方を子供だと侮っていたのでしょう。反省致します」
「……ふふっ、まさかそんな真面目な顔して謝られるとは思わなかったな」
僕の思い浮かべる退魔師の姿はそう多くない。
テレビやネットの中での飾り付けられた姿と、玲沙の仕事人として姿。
そして、目の前で合理と人情に揺れる白い恩人の姿。
「――圭さん、大丈夫だよ。だってボクは退魔師である貴方に、この命を救ってもらったんだぜ?貴方たちの胸の内に人を想う灯火があることぐらい、ちゃんと伝わってるさ」
「五〇三、ここです」
前を先導していた看護師の女の人が振り返り、そう告げる。
どうやら目的地に着いたようだ。
「ありがとう、お姉さん」
「いえ、それでは伊織様がいらっしゃればこちらにお連れいたしますね」
「よろしくー」
短い最低限のやり取りを経て、病室の扉の前に立つ。
ネームプレートには門浦玲沙の名前だけがあり、その隣には大きく五〇三と刻まれている。
その事を確かめてから、軽くノックを三回行いそのまま中に入る。
「失礼するよ」
「……」
返事はない。
カーテンは開いており、夕日が差し込んでいる。
窓側の椅子に座り、目覚めぬ玲沙の顔を見る。
真っ黒に炭化していた身体にはそのような箇所どころか火傷の一つも見当たらない。
本人の口調は荒く、中見ていてもやかましい人だったように思うが、黙っていればしっとりとした清楚な雰囲気があり、楓眞の面影もちらつく。
「やぁ玲沙、僕はもう退院だってさ。だから早く目を覚ましてあげなよ」
「……」
返事はない。
目は瞑ったまま一定の呼吸を繰り返す。
一見するとただ眠っているだけのように見える。
しかしその身体は無事でも魂が今なお呪いに蝕まれている、らしい。
「……なぁんて、僕が貴女たちを救えればよかったのだけど。――楓眞でなくてすまないね」
「……」
返事はない。
肝心なときに、せっかく心から彼を思い助けたいと思ったときに限って守り切れない。
世の中ままならないものだ。
しばらく何気ない話をする。
返事はなく一方的な僕のお喋りであるが。
事の顛末、圭に世話になること、僕から見た楓眞のこと……。
あっという間に時間は過ぎて、ふと病室の扉がノックされる。
「楓眞くん、お迎えにあがりました」
「……あぁ、ありがとう圭さん。今行くよ」
入室する気はないらしく、圭は扉の向こうで待っているようだ。
あまり部屋の前で待たせるのは都合良くない。さっと立ち上がり病室の出入り口の方へ向かおうと足を進めながら最後に一言告げる。
「じゃあ、また来るね玲沙。できれば早く君の息子に合わせてあげたいな」
『――』
「……えっ?」
声が聞こえた気がした。
扉の方を向いていた視線を思わず玲沙の方へ向け凝視する。
先程までと特に変わりはない。眠ったように目を覚まさないままだ。
しかし――。
「……ははッ!例え今の言葉が幻聴だったとしてもこれほど嬉しいと感じたことはないよ。……それじゃあね」
今度こそ病室を出る。
扉を開ければすぐにスーツ姿の圭がいた。
「お待たせ。今日は本部での会議があったんだっけ?お疲れ様」
「えぇ、全く。……玲沙さんへの挨拶は充分ですか?」
「うん、大丈夫。とはいえどうせまた来るけどね。……さて、これからお世話になるよ圭さん」
このまま、僕が生活することになる圭の家に向かう。そこで僕の門浦楓眞としての新たな生活が始まる。
僕は三つ目の選択肢、『圭の下で玲沙の解呪ため魔族を追う』ことを選んだ。同時に圭は知らない事であるが、楓眞の魂の行方の手がかりを探す事も並行で進める。
これから数多の出会いや別れ、時には障害にぶつかることになるだろう。
それら全てを未来への薪へと焚べてやろう。
そして、あの子が愛した日常に戻るんだ。
そう、決意を固めて流れる車窓からの景色を一瞥する。この道のりを記憶に刻みつけるように。
「息子、か……」
ふと、先ほどの病室での一幕を思い出す。
きっと空耳のはずだ。だって楓眞にとっても、僕にとってもあまりに都合の良すぎる言葉だから。
『――お前も私の可愛い息子だよ』
だが、もし解呪を果たして目覚めた時にも僕なんかのことを息子と呼んでくれるなら……その時はぜひ僕に名前でもつけてくれ。なぁ、お母さん。




