第十話:残火
神への『拝謁』を終えて目を覚ますと、またしても白い空間にいた。
しかし先程までの前後不覚のような独特な感覚はなく、自分が仰向けでベッドに寝ていることがわかる。横を確認してどこかの病室だろうと予想する。
身体を起こすと、この病室に僕しかいないことに気づく。
どうやら特別に用意された部屋のようだ。少し気を抜いて言葉を漏らす。
「……やっぱり僕が表に出たまま、か」
久しぶりの現世における生の肉体だ。
手を握る力も、シーツに肌が擦れる感触も、病室特有のなんとも言い難い鼻をつく匂いも感じられる。
全てが懐かしくも新鮮な感覚だ。
しかし、僕の心は霧がかかったように晴れない。当たり前に存在していた太陽は厚い雲に覆われて、その日差しが大地に降り注がない。
平穏無事な営みはこの魑魅魍魎が跳梁跋扈する世において最も尊く、そして最も脆いのだと理解させられた。
……その学びの代償は僕にとってあまりにも大きいものであったが。
「はぁ……まさかこの僕が、こんなにも不安定な情緒になるなんて」
人心を得るというのも、決して良いことばかりでは無いということか。もちろん、それを含めて僕が憧れたのが『人』という存在なんだけど。
焦燥も不安も執着も愛情も、全てが前世では決して得られなかった新鮮さを帯びている。
何度でも言おう。
僕を『人』にして、さらに『兄』という役割を与えてくれた楓眞に感謝している。
だから、この新しく芽生えた数々の気持ちの中でも、取り分けあの子に対する恩情に報いる方法は何か考えていた。
神との『拝謁』を終える瞬間、意識が現世に落ちて溶け込んでいく感覚の中で、僕があの子の未来のために今できることを考えた。
「僕が……君にできること……」
楓眞の魂を攫った虚津神の手がかりを探して取り返すことは大前提。
その過程において、できうる限り未来の選択肢を用意した自由な立場であること。
それをちゃんと元の門浦楓眞のまま得ること。
つまり僕が門浦楓眞を完全にトレースして振る舞い、行動を制限されない立場のまま、楓眞の帰還を達成してバトンタッチする。
これこそ、僕があの子のためにできることだろう。
「楓眞……」
ふと、今の己の姿を見下ろす。
これから少しの間借りることになる楓眞の肉体だ。
実用的なしなやかな筋肉はあるが、まだ幼さゆえ薄く小さな身体。
その小さな背中で守るべきヒトたちを守り切った弟を誇らしく思う。
真っ白なベッドの上で座った状態から、細い両腕を交差させて自分の身を抱くようにして丸くなる。
「ずっと……こうして君を抱きしめてやりたかった」
記憶喪失のフリや、精神を病んだということにして僕の人格として振る舞っても良いが、それよりは楓眞のまま過ごしたことにした方がより良いだろう。
楓眞にこの身体を返す時、彼が大切にしていた元の日常に戻れるように、未来を閉ざす要因の全てを排除してなんのハンデも残さない。
その際の記憶の継承も脳に刻んでいることは問題ないはずだ。もし不便があれば、またいつものように夢の中で教えれば良いし、都度サポートするつもりだ。
以上、これが僕にできる楓眞への恩返し……いや、『兄』としての行いだ。
「楓眞、君のためなら僕はなんだってするよ。君という宝物を取り返して守るためなら、僕は悪鬼や修羅にだってなってみせる。……それで、たとえまたヒトデナシと呼ばれようとも構わない」
君の代わりにこの身体と門浦楓眞という存在を余すことなく未来へ紡ぐ。
いつでも君がただいまと、あの優しい笑顔を浮かべて帰ってきても良いようにしておくから――。
「(――だから、また元気な姿で僕をお兄ちゃんと呼んでくれ。君の西日のような柔らかな温もりが……もう、恋しいんだ)」
そんな風に想いを馳せていたからか、鳴ったはずの扉をノックする音や、失礼しますという入室の挨拶の声を聞き逃した。
ヒトの存在を認知したのはスライド式の扉がスゥッと静かに開いた後、取っ手を手に持った人物が驚きの声をあげた瞬間だった。
「――ッ、楓眞くん目を覚まし……って、どこか痛むのですか……ッ!」
「……ぁ……圭、さん……?」
この世界の退魔師の正装らしい和の要素が散りばめられた軍服といった出立ちの女性が、少し焦りの表情を浮かべてこの部屋唯一のベットに駆け寄る。
その人物が、僕が現世で意識が途絶える寸前に目の前にいた者であり、僕も楓眞の中から一方的にではあるがよく知っている者であることに気づく。
背筋が凍えるような冷たいその美貌が崩れることはないが、それでも珍しいことに僅かな動揺を浮かべている。
「お腹、それとも心臓か肺……?とにかく、今ナースコールを――」
そこまで聞いて、自分の今の蹲るような体勢を思い出す。
寝込んでいた病人が起きて身体を抱えて蹲っていたら、そりゃあ誰だって心配するし焦る。
「いや、体調は大丈夫……ややこしいマネしてごめんなさい、本当に大丈夫だから」
「……そ、うですか……?しかし目覚められたのでしたらまずは医者の検診が必要でしょう。どちらにせよこちらで一報は入れさせて頂きますね」
「うん、そういうことならお願い」
僕が目を覚ましたことによるちょっとした騒動と、担当医による軽い検診があったものの、そのどちらも問題なく終わった。ただし詳しい検査は明日行うとのことだ。
そしてどうやら僕は丸三日以上寝込んでいたらしい。それを聞いた時は流石に驚いてしまった。
かなり危険な状態だったとのことだ。
しかし特別な治療方法と、神徒であるゆえの頑強さをもって、逆にいえば僅か三日で命に関わる重篤な状態から回復している。
「まずは楓眞くんが無事で本当によかったです」
「うん、圭さんのおかげだよ……助けてくれてありがとう」
そんなことがありつつ現在は時計の針が進み、病室には僕含めて二人だけ。
目覚めて最初の邂逅を果たし、今はベッドの横の椅子に腰掛ける彼女の名前は伊織圭。
楓眞が虚津神に見初められていることに気づき、名塚村で暮らせるよう手を回してくれた人物であり、さらに魔縁の匪徒による襲撃時に救援に駆けつけてくれた退魔師でもある。
楓眞の母――門浦玲沙の職務上の後輩であり、幾度か楓眞の世話を任される程度には仲が良かったようだ。あの子も度々名前を出すぐらいには懐いていた。
村に引っ越してからはほとんど会うこともなくなっていたが、当時の美しい容姿に一切の翳りが見えない。
まぁ楓眞の容姿もまだ幾分か幼いながら負けず劣らずであるが。
「退魔師である以上、人々の平穏と秩序を守るのは当然の行いです。……むしろ到着が遅くなり貴方たちに被害を出してしまったこと、誠に申し訳ごさいません」
そんな彼女であるが、自責の言葉を口にして椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。
銀雪のようなその長い髪が揺れ、外からの光が乱反射する様子が幻想的だな、と一瞬ぼうっと見つめてしまうがすぐに思考を元に戻す。
「そんな……頭を上げてよ。貴方には感謝こそすれ、責めることなんてできないさ」
「……はい、ありがとうございます」
言葉通り彼女は楓眞の生活をあらゆる面からサポートして、僕自身助けられた恩人だ。
しかし、同時に警戒すべき神徒の一人でもある。
彼女が神徒であることはこれまで楓眞の中から見てきた光景や、魔族と対峙した時の言動からも察することができる。
力を表に出していない現時点では警戒を怠ることはできない。
彼女の神通力に触れることができれば特定できるが、緊急時でもない以上難しいのが現状だ。こちらの警戒が伝わってしまう恐れもある。
さて、どう切り出しそうものか。
「――では、ここからはお互いに聞きたいことや話しておきたいことがあるでしょうし、そちらに取り掛かりましょうか」
お目覚めのところ申し訳ないですが、と気遣いの言葉を付け加えて圭はそう話を切り出した。
全くその通りで、まだ目覚めたばかりの僕は何一つとして情報を持ち得ない。
神徒であるという面での警戒から信頼はしきれずとも、信用はできる彼女からそれらの話を聞くのが一番手っ取り早い。
「聞きたいことが纏まっているのならば、そちらの疑問に全て応えてから細かい擦り合わせを行いますが……いかが致しますか?」
「……」
そこで一つ間を置いてどう聞くか考える。とはいえ聞く内容は決まっている。
しかしそれを聞いた際の僕の反応が、まさに門浦楓眞としての今後の振る舞いに関わるため、あらゆる回答のパターンに思考を巡らす。
「……じゃあ、教えて圭さん」
それから呼吸を整えるように大きく息を吸って、手に持ったシーツをクシャっと握りしめ、僅かに声を震わせて問いかける。
僕がちゃんと門浦楓眞に成った瞬間は、恐らくここだろう。
「――ボクの、お母さんは……今どこ……?」
「……」
魔縁の襲撃はどう収束したのか、楓眞の扱いはどうなっているのか、聞きたいことは他にもあるが第一はやはり玲沙についてだ。
腕に抱えたあの感触を思い出す。命の灯火が徐々に小さくなって、灰と共に消えていく玲沙の姿。
楓眞に助けを求められたにも関わらず、最後は今目の前にいる圭に無責任にも託してしまった。
信用はしている……が、最悪のケースが頭を過ぎる。
そして、表の振る舞いとは別に楓眞の身体を借りている立場の僕という存在は、その際の楓眞の行動と感情を準備しておく。
「まず、結論から申し上げますと……貴方のお母様である玲沙さんは、なんとか一命を取り留めることができました。」
「……ッッ!!ほんと……ッ?!」
幸いなことに、その準備は必要とはならなかった。
玲沙が生きていた。
虫の息にも満たないような、半死半生の状態から生還を果たしたのだ。
思わず素の驚愕が表に顔を出すが、それに喜びを全面に付与して誤魔化す。
実際、僕も玲沙のことは楓眞の母という観点を抜きにしても好ましい人物だと思っているため素直に嬉しい。
「えぇ、とある『治癒』の力を司る神徒の方が手を尽くしてくれたました。……楓眞くんの治療もその方の力のお陰ですよ」
「ほんとに……よかっ、たぁ……」
やはり単純な科学医療ではなく、超常の力を用いた『治癒』だったらしい。
僕もこの世界における神通力や魔力を用いた特別な処置を期待して玲沙を託したため、その期待に応えてもらった形だ。
「……」
――だが、僕が心からの安堵を浮かべる目の端で、未だ厳しい表情をした圭の姿を捉える。
どうやらまだ安心し切るには早いらしいことを悟る。
「外傷や欠損は全て取り除かれました。……しかし、未だ玲沙さんは昏睡状態であり、この病院の別室にて静養されています」
「ぇ……いや、まぁあれだけの状態だったら……僕だって起きたのさっきだし」
むしろ外的障害を全て治癒させたその神徒の力に驚愕の念を抱く。
明らかに人智を超えた力、まさに神の御業だ。
その力で楓眞の身も治癒してくれたのだから、その神徒の人にはどこかで礼を言わなければ。
それは兎も角として、圭の様子からどうも単に玲沙が神通力による治癒を受けた上で、なおも目覚めないことを問題としているわけではなさそうだ。
「いえ……そうですね、はっきり申し上げましょう。――とある事由により、このまま何も有効な対処を行わなければ、玲沙さんはこの先も恐らく目を覚ますことはないでしょう」
「な……ッ、どういうこと……?」
圭は少し言葉を躊躇った様子で、しかしはっきりと玲沙の状態について告げた。
そしてその内容は只事ではない事態だった。すぐにでもその内実を判然としなければならない。
焦りをそのままに、追求の言葉を口にする。
圭はこちらの不安に揺れる視線を真っ直ぐ受け止め、一つ息を吐いて間を置いてから続けた。
「まず、楓眞くんが気を失った際、私は負傷した玲沙さんの身を預かりました。その時点で玲沙さんの身を蝕む力は二つ。どちらも貴方達を襲ったあの〝灼呪の大魔〟と呼ばれる存在の力です。……楓眞くんはよくご存知でしょう」
「……あぁ、忘れるはずもない。ボクらの村も仲間も何もかもを奪っていった忌々しい紫炎の影……忘れられる、わけがない」
「……すいません、辛い光景を思い出させてしまいましたね。どうも私はよく人に対する配慮が足りないと言われるもので」
奴の姿は鮮明に思い出せる。
先ほど圭が〝灼呪の大魔〟と呼び、楓眞たちの暮らすを焼き討ちにした魔族……真っ先に追うと決めていた奴の存在がここでも出てきた。
「それから、〝灼呪〟は虚津神が司るもう一つの力――世に怨嗟を轟かすような悍ましい『呪い』の権能をその身に宿していました。『呪い』が込められた『忌火』の力は玲沙さんの身体と魂魄を蝕み、結果としてこちらの『治癒』は弾かれてしまいました」
やはりあの怖気すら走る、不気味な紫炎には『呪い』というべき力が込められていたらしい。
火焔の神通力と、それに『呪い』を込めた『忌火』の権能……それが件の魔族が神徒として仕える虚津神の力か。
「『治癒』が効かなかったんだったら、どうやってお母さんを……?」
玲沙はまず生きていると告げられているため、取り乱したりはせずにそう問いかける。『治癒』の力が頼みの綱であった以上、その疑問は当然抱く。
そこで始めて、圭の表情から微かに笑みが浮かんだ。
「ふふっ……楓眞くんは強い方であると同時に運にも恵まれていました。……いえ失礼ですが、悪運と言うべきかもしれませんね。――現場に駆けつけていた私が偶々、その『呪い』を弾くための神通力を有していたのですから」
圭の手にはいつの間に取り出していたのか、手術用のメスらしきものが握られていた。
圭は銀に輝くそれを見せつけるようにクルクルと手の中で弄び、なぜか僕の目を惹きつけてやまない。
少し目を凝らして観てみると、それがただのメスではないことがわかった。まるで存在感が違う、神の力が感じられるのだ。
「これこそ、〝伊織家〟が代々寵愛を受けてきた虚津神――『那岐繋ぐ供犠神』、その神殺しの神通力。あらゆる虚津神の存在を否定するこの力により、玲沙さんの肉体に根差した『呪い』は取り除くことができました」
「ははっ……なんともご都合主義染みてるね」
「天に坐す神々に見初められた者は、人智を超えた神通力と共に、世を傾けるほどの端麗な容姿と天運を授かると言います。私たちは巡り合うべくして縁を結んでいたのでしょう」
素面で告げるには些か気恥ずかしいようなセリフだ。まぁ、他意はないのだろうが。
それにしても天から授かる運命、か……それによって狂わされた存在があまりにも身近にいる以上、あまりいい気はしない。
とはいえ、それで救われる時や思いがけない出会いがある以上悪いものとも限らない。
結局のところ、自分の運命は自分で掴むしかないのだろう。
とにかく今回に限っては、楓眞と玲沙を未来へ繋ぐ運命を掴むことができた、ただそれだけだ。
「ふーん……圭さんって、意外とロマンチスト?」
「いえ、俗伝と私なりの統計ですよ。……さて、身体にかけられた『呪い』は私が全て取り除いた上で治癒を施しました。しかし、『忌火』は玲沙さんの魂にも『呪い』を残しました」
待ち受ける運命の分岐、そして向かう終点の前にはいくつもの苦難が残されている。
しかし、楓眞は既に多くのものを失った。彼自身の魂の拠り所でさえも。
「魂に根付いた虚津神の『呪い』を感じることはできても、取り除くことはできません。魂に残った『呪い』は時間が経てば再び肉体の方にも影響を与えるでしょう」
「……なるほど、それをどうにかしないと抜本的解決は不可能ってことか」
「逆説的に、魂に根を張る『呪い』さえ解呪してしまえば、貴方のお母様はきっと目覚めるはずです」
僕は、あの子にこれ以上理不尽が降りかかることを受け入れない。
だから、あの子に代わって楓眞に残された苦難の運命を少しでも多く打ち払ってやるのだ。
「圭さん……ちょっとそのメス貸して」
「……?えぇ、構いませんが……」
ひとまずは目の前の命の恩人と言っても過言でもない人物が、僕の敵であるのかどうか確かめなければ。
「……」
手渡された小刀を弄びながら、内心は感じ取れる虚津神の干渉の気配に集中する。
あまり長い間持っていると不信に思われるだろうから素早く記憶にある楓眞を攫った虚津神の力と照らし合わせる。
「……うん、ありがとう圭さん。もう大丈夫」
「そうですか……何か気になることでも?」
「ううん……まぁ、こっちの話だよ。圭さんには関係なかったみたいだ」
結果はシロ。
伊織圭もまた、件の虚津神とは直接的な関係はないようだ。
容疑が晴れて嬉しいような、先の遠い道のりに辟易とするような、複雑な感情を抱いた。
とはいえ、これからは変に警戒をせず接することができる点を加味すると総合的には良かったのかもしれない。
「――さて、玲沙さんの現状について話せることはこれぐらいでしょう。他に聞きたいことはありますか?」
「んー、そうだなぁ……」
そう圭に言われるがすぐには言葉が出て来ない。
もちろん、聞きたいことは漠然とした状態でならばあるが、それらはまだ整理しきれていないし情報も足りていない。
「うん、じゃあ今のところはあと一つだけ……今のボクの扱いってぶっちゃけどうなってるの?」
なのでこの場で解消する疑問はこれで最後に。残りの纏まっていないものは一旦置いておき、圭から告げられる情報に沿ってその都度解消していくことにする。
「その点については後ほどにも詳しくお話しするつもりでした。なにせ、楓眞くんの立場はその身に宿した神通力ゆえに少々複雑です」
この神の力を狙う存在がいるということだろうか。
実際にそのせいで楓眞と玲沙は一時期バラバラに生活することになったのだから。
その時の尋常でない様子を見るに、やはり超常の力に対する扱いは慎重になっているのだろう。悪用の手段など、それこそ神徒の数だけ存在するはずだ。
なにより『未登録』という言葉が交わされていたのが気になるところだ。
「そこで、この先の話をする前に楓眞くんの意思を確認しておきたい」
「意思……?」
「はい、楓眞くんの……これからについてです」
唐突にそんな問いを投げかけてきた圭は、スッと白魚のような美しく細い手を顔の前に掲げ、指を三本立てる。
「貴方には現在三つの選択肢があります。一つは『発現した神通力を元手に魔縁対策機関付属の魔縁災害孤児のための児童養護施設に入る』というもの」
空いたもう片方の手で、掲げた三本の指のうち左端の人差し指を摘んで微かに揺らす。
「生活は保証され訓練により力は付けられますが、将来退魔師となる事が決められるうえ自由はないでしょう」
「行き場はないけれど才能はある孤児たちを集めて、馬車馬のように働く便利な退魔師を作り上げる養成施設でもあるってわけね」
神通力という希少な力をもってすれば、まず間違いなく将来の退魔師として囲われ、高待遇を受けられるだろう。……当然そこに自由は存在しないが。
そのためすぐに楓眞の魂奪還及び『呪い』の解呪に乗り出すことはできない。
少しマイナスな言い方をしたが、圭も僕の言葉に否定するどころか小さく頷き肯定を返す。
「その認識で間違いはありません。……そして二つ目は、『また同じように辺境へと移り身を隠す』こと。その際の資金は私が援助致しますので、生活については心配せずとも大丈夫です」
それから続けて、人差し指を摘んでいた手を中指にスライドさせて二つ目の選択肢に移る。
その内容は言ってしまえば、名塚村での生活の延長を別の場所でするというものだ。
自由はある、安全で生活についても援助をしてくれるとの事だ。
「資金の援助って……なんでそこまで?」
「……玲沙さんからもしもの時は、と頼まれていますから。また、一つ目を選択した場合でもそうですが、〝灼呪の大魔〟の捜査及び討伐に関して、退魔師としても私個人としても、全力で取り組む事を確約します」
問題があるとすれば、神通力をまた狙われて襲撃に遭う可能性があること。そして援助を受ける立場なため、普通の生活をするならばいざ知らず、独自に魔縁の匪徒を追うような勝手な動きはしづらい。ゆえに『呪い』に関して他力本願になってしまう事だろう。
どちらもデメリットが目立つ。とするならば独力で生き抜き、〝灼呪〟と楓眞を見初めた虚津神を追う方が――。
そう思考を巡らせている中で、圭が最後の三つ目の指に注目させるように動かす。
「――最後に三つ目、『私の元で共に暮らし鍛え、玲沙さんの解呪に自ずから動く』というもの」
「ッ……それも、お母さんが……?」
あまりに都合の良い内容に一瞬言葉に詰まる。
退魔師の中でも有数の実力と立場を持つ彼女の庇護の元ならば常に身を狙われる心配はなく、強敵である〝灼呪の大魔〟に対抗するための鍛錬も効率的に積める。さらに彼女から退魔師側で得た情報を元に独自に捜査もできるだろう。
ざっと挙げるだけでもこれだけの利点があるにも関わらず、これといった欠点も見つからない。
うますぎる話だ。それだけに怪しくも思えてしまう。
「いえ、これは私の独断です。玲沙さんが自分のために楓眞くんを危険に晒すような事を頼むわけがありませんから」
それは、そうだろう。
であるならば、圭の独断が思い描く先はどのようなものか。
「じゃあこの提案、圭さんに一体どんなメリット……いや、意味が……?」
「そう、ですね……」
内心の警戒は怠らず、次の言葉を待つ。
しかし返ってきたのはそんな警戒が霧散してしまうほど穏やかで、機械的な冷たさを持つ彼女にしてはあまりに珍しい自嘲するような笑みだった。
「強いて言えば、こんなどうしようもない私という存在を導こうとしてくれた恩師に対する贖罪……でしょうか」
そう言って、脳裏に浮かべる人間の面影を感じながら、視線を下に逸らす彼女の姿がどこか僕と似ているように感じた。




