終章 始まりの欠片
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ラタニが目を覚ましたとの朗報を受けた翌日――
「よう」
医療施設の一室で何をするでもなく窓の外を眺めていたラタニに来客が。
「なんだアヤチンか」
声で相手が分かるだけにその名を呼べばアヤトは肩を竦める。
「なんだはねぇだろ。一応見舞いに来てやったんだぞ」
「……一応が余計さね」
お約束の否定がないことに訝しみつつ視線を向けるもアヤトは無視、お見舞いの品として持ってきた果物カゴをテーブルに置いてベッド脇の椅子に座った。
「なにか食うか」
「んじゃ、リンゴを頼むかね」
リクエスト通りリンゴを手に取り、コートから果物ナイフを取り出し皮を剥いていく。
シュルシュルと綺麗に向かれるリンゴをラタニは何と無しに眺めていたが、不意にアヤトが口を開く。
「今回はマジでいいんだな」
端的な質問でも理解したラタニはため息一つ。
「あたしは精霊力を解放できなくなった」
そう、目を覚ましたラタニは精霊力を解放できなくなっていた。
つまり両親の事故死の際は虚言だった事態が起きたわけで。
ただラタニは今も変わらず相手の精霊力を感じられるし、検査を担当した医師も微弱ではあるがラタニの精霊力を感じている。また目を覚ますまで付き添ってくれていたカナリアも感じているらしいのに、解放することができないのだ。
「あたしも何となしには感じ取れるのにさ、なーんか自分の精霊力じゃないみたいなちぐはぐ感があるんよ」
「なるほどな。ま、俺も国王から念のために確認するよう頼まれただけで疑ってはねぇよ」
「国王さまも疑い深いねぇ」
「お前には前科があるだろ」
ケラケラと笑うラタニにジト目を向けつつアヤトは続けた。
「今の症状から察するにツキの仮説が正しいかもしれん」
ラタニの症状を聞いたアヤトはレグリスの元に向かう前に意見を聞こうとツクヨと会っていた。
ツクヨは驚きつつもどこか納得していたのは、ロロベリアが浄化をした際、ラタニの体内から白い精霊力しか視えなくなったからで。
ロロベリアの浄化によってラタニに移植された精霊石が白い精霊石に変わったのなら。
精霊石から供給されていたラタニの精霊力も白い精霊力に変わってしまう。白い精霊力が四大の精霊力の元であるなら、本来秘めていた風の精霊力は上書きされる可能性がある。
そしてロロベリアやミューズ以外は感じ取りにくい特種なもの。故に僅かながら感じ取れるレベルでは、ラタニが自覚しているように自分の精霊力として扱えないのかもしれない、というのがツクヨの仮説で。
「ならこの精霊力を扱えるようになれば、あたしもロロちゃんみたいに四大を自由に操れるってか」
「出来そうか」
「……ぶっちゃけ無理だね。感覚的な話になるけど、この精霊力はあたしの手に負えるものじゃない」
また楽観視してみたもののラタニ自身が体内に流れる精霊力を扱える自信がない。例え扱えたとしても何年かかるか予想も出来ないほど今までと感覚がずれているのだ。
保護しているミライが目を覚ませば何か分かるかも知れないが、少なくとも今言えるのは一つだけ。
「だから精霊術士のラタニさんはご臨終さね」
ラタニは王国最強の座と共に軍を引退、今後の身の振りを考えなければならない。
その辺りはレグリスと直接話し合うとして、とにかく現状をどうするかで。
「お前の症状については二度に渡る精霊種の討伐による後遺症と発表するそうだ」
ただ事前にアヤトが話し合ってくれたのか、周囲に対する説明はもう決めているらしい。
ノア=スフィネの精霊石から黒い霧のような精霊力が溢れたのは研究者も確認済み。体調不良を起こした者もいるだけに、直接相まみえたラタニは黒い霧の影響を強く受けて精霊力が扱えない障害を負った。
ラタニ討伐に参加した面々にも同じような理由から説明するらしく、調査中にその影響から意識を失い、偶然発見した小隊員によって医療施設に運ばれたとの筋書きで押し通すそうだ。
「お誂え向きに王都に保管していた精霊石と、お前が単独討伐した精霊種の精霊石がただの石ころになったからな。多少苦しい言い訳だが元より精霊力や精霊種は謎が多い、誰も真実に辿り着けねぇよ」
「……マジで苦しいけど、仕方ないか」
怪しまれたところで解明できる者が居なければ最後は納得するしかなくなるだろう。強引な理由付けでも要はラタニの名誉、延いては出生について隠す為の処置だ。
「理解したなら結構。しばらくはゆっくりしていろ」
「もう帰るんかよ。たく、所詮は一応の見舞い……て、なんでそっちから帰るんよ」
などと複雑な気持ちで受け入れるラタニを他所に、切り終えたリンゴを皿に並べ終えたアヤトは何故かドアではなく窓に向かう。
「言い忘れていたがアヤチンはやめろ」
しかしラタニの問いかけに窓を開けたアヤトは理由ではなく今さらな否定と。
「弟扱いは構わんがな、姉貴」
「……なんて?」
振り向きざまに告げた言葉にキョトンとなるラタニにほくそ笑み姿を消してしまった。
聞き間違えでなければアヤトは今まで拒否していた弟扱いを構わないと言い、更に姉と呼んでくれた。
いったいどんな心変わりか、嬉しいよりも戸惑いが先行するラタニだったが間を置かずノックの音が。
「……どうぞー」
「約束を果たしに来ました」
入室してきたアレクに再びラタニはキョトン。
ただタイミングからしてアヤトが窓から出て行ったのはアレクの気配を察してのことか。
つまり二人きりの時間を用意する為、早々に退出できるルートを選んだのだろう。
「あのガキ……いらんお節介を」
この気遣いにラタニは感謝よりも苛立っていたりする。
もちろん約束した手前、アレクと向き合うつもりでいたがこの不意打ちは実に気まずい。
なんせラタニは黒い精霊力に囚われていた際の出来事を付き添っていたカナリアから一通り聞いている。アレクがどんな方法で術士団を追い返しているのかもだ。
いくら事情が事情でも許させる行為ではなく、レグリスもケジメとしてしばらく謹慎処分を下していると予想していた。
にも関わらずこうも早くその機会が来るとは予想外、まだ心の準備が出来ていないわけで。
「誰か来ていたんですか」
「お節介な弟がねん。つーか色々とやらかしたくせに良く来られたね」
「もちろん今回は父の許可をちゃんと得ています」
切り終えたリンゴに気づく間に気を持ち直しラタニは嫌味から入るも、動じることなく先ほどまでアヤトが座っていた椅子にアレクは着席。
以前にはない押しの強さにラタニも観念したのか自ら切り出すことに。
「んで、お話しするってなにさね」
「父と話し合った結果、私の王位継承権は剥奪となりました」
「……あん?」
「正式には私が辞退しただけですけどね。民よりも一人の女性を選ぶような者に、王位は相応しくありませんから」
アレクが言うには王位継承権の剥奪はレグリスの意思ではなく本人の希望から。
サクラの提案を受け、民の幸せよりもラタニと共に歩む道を選んだ時点でアレクは決めていた。そもそも王位を志したのもラタニとの約束が切っ掛け。不純な動機でしかない自分よりもレイドやエレノアの方がよほど王位に相応しいと考えて辞退したのだ。
なによりアレクが求めるのは王の座ではなくラタニの隣りで。
「あたしがバケモノと知っても言うのかよ」
「もちろんです」
「あたしが拒否っても、その決断に後悔しないのかい」
「しません」
「即答かよ……」
「もう自身の気持ちを偽らないと決めましたから」
ラタニがなにを言おうとアレクは譲らない。
王族と知りながらも自然で、対等に振る舞ってくれた。
自分を持ち、周囲や環境に揺らがない凜とした他にないラタニの強さは変わらない。
「例え楽しく美しい精霊術を扱えなくなっても……あなただけの強さに私は惹かれました」
むしろ辛い出生でありながら自棄にならず、国や後世のために尽力していたと知ってより想いは強くなった。
「拒否されても、私はあなたの傍にいたい。この気持ちは何があっても変わりません」
「たく……バカな子だよ」
アレクの真摯な想いを向けられたラタニと言えば、呆れたように頭をボリボリと搔く。
勝手に突き放して、勝手に約束を反故した自分など早々に見限るべきだった。そうすればもっと幸せな人生を送れたはずなのだ。
なのに昔の思い出を大切にして、挙げ句王位を捨てる道を選ぶとは本当にバカげている。
ならバカな道を選ばせた責任を取るべきか。
それに自分の出生を知った上で、傍に居てくれる酔狂な者など今後現れることはないだろう。
唯一の強みだった精霊術士としての価値も失ってしまった自分など――
(なーんて色々理由づけてはみたものの、全部言い訳にしか聞こえんわ)
などと自然と巡っていた思考がバカらしくなってラタニは内心ため息一つ。
自虐的なことばかり並べているのも、アレクの想いに応えたい理由を探そうとしているだけでもう答えは出ているのだ。
結局、昔の思い出を大切にしているのはお互い様だ。
変わり者が故に周囲から避けられ、疎まれていた自分を受け入れてくれた。
自分が面白いと編み出した精霊術を純粋な気持ちで褒めてくれた。
独りで居ることに馴れていた自分に、一緒に笑い合える喜びを教えてくれた。
自分にだけ向けてくれる笑顔を独り占めにしたいと思わせたのは今までアレク以外にいなかった。
(……ラタニさん、チョロすぎだろ)
たったそれだけの理由で惹かれてしまった自分に呆れもしたが、こうした想いは理屈ではないのかもしれない。
難しく考えずただこの人が良い、そんな単純な理由も自分らしいとラタニは笑って。
「ただ傍にいるのも暇だろうから、あたしが退院したらちょいと話し相手でもしてもらうかねぇ」
出会った頃を思い出させる純粋な瞳を向けるアレクに返答代わりの提案を。
「公園のベンチで、茶でも飲みながらねん」
その時はもう少し素直な気持ちを伝えようと誓いながら。
前回のラストで綴られたラタニさんの状態は精霊力を解放できなくなったことでした。
理由についてはツクヨの仮説が正しいのか、それとも別の理由なのかは後程として、ラタニさんは王国最強の座を失いましたが、変わりに得るものがありましたね。
独りに馴れていたと言いながらも、やはり心のどこかでは寂しくて、その寂しさを埋めてくれたのが大きかったのかなと思いますが……その辺りを追求するのは無粋ですね。
とにかくラタニは自身の出生を知ったことで互いに惹かれ合いながらもアレクとすれ違っていました。
また自身の出生を理由に最悪な約束を交わしてアヤトを引き止めていましたが、そんな歪な絆も今回の一件を乗り越え、ラタニだけでなくアレクやアヤトも素直な気持ちを伝えたことで本物の絆になったと思います。
つまり章代も無事回収したところで第十六章も終了……ではなく、次回はもう一つの終章を予定。
第十六章がどう締めくくられるのかはお楽しみにと言うことで。
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