幕間 苦悩の兄弟
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昨日レグリスに呼び出されて以降、アレクは自室に引き籠もっていた。
再び現れた精霊種は撃退したものの、残された精霊石から溢れた黒い霧に包まれラタニが変貌を遂げ、暴走を食い止めるために交戦したアヤトに重傷を負わせてから行方不明らしい。
民の混乱を懸念して軍の最高権力者など一部には情報共有をしつつラタニを捜索していること。また残された精霊石を分析してラタニが変貌を遂げた原因、元に戻す方法を探る方向で進めているが残念ながら時間が足りない。
もしラタニが暴走したまま民に危害を加えることがあるのなら、最悪な結末も覚悟しておくよう告げられた。
その覚悟とはラタニの死を意味するわけで。
この通達にレイドやエレノア以上にショックを受けたのはアレクだった。
なぜこんな事態が起きているのか。
なぜラタニが死ななければならないのか。
そもそもラタニはなぜ自分との約束を反故にしたのか。
約束を果たそうと頑張っていたのに。
再会した後もあの時と変わらず立場関係なく接してくれるも表面上に過ぎず、常に一定の距離を空けてくる。
いったい再会までの何があったのか。
両親を亡くした不慮の事故が原因なのか。
それとも自分の頑張りが足りないのか。
いままで抱え続けていた疑問、不安、悲しみがラタニの死という可能性を引き金に、一気に溢れてアレクを苦しめていた。
「――入るよ、兄さん」
「……レイドか」
故にノックの音にも気づけず、無断で入ってきたレイドに不快感を露わに。
「勝手に入ったのは謝るよ。でも昨日から食事も取らずだからね、みなが心配しているんだ」
対するレイドはどこ吹く風、苦笑しつつアレクの前に。
部屋から出てこない自分を心配する者達に変わって様子を見に来てくれたらしいが、アレクとしては感謝よりもレイドの態度に苛立ちを募らせてしまう。
「……お前はなぜ笑っていられる」
レイドもラタニから教えを受け、いまでは先生と慕う間柄。にも関わらずいまの現状に何も思わないのか。
エレノアもそうだ。レイドも含めてショックこそ受けていたがその程度。
もし二人が王族として受け入れているのなら正しいとは思う。
いくらこれまで国のために尽力した功績があろうと、多くの民の命を奪う可能性があるのなら即座の決断が必要。加えて暴走状態だろうと自身が罪のない命を奪ったとラタニが知れば生涯苦悩する。
ラタニの性格も含め、父の判断は正しい。レイドやエレノアもそう言った理由から受け入れ、周囲に悟られないよう感情を抑制しているのなら王族として正解だ。
しかし、それにしても冷静すぎる。
二人にとってラタニはその程度の存在だったのか。
この感情が八つ当たりだと、むしろ王族として間違っているのは自分の態度だと自覚していても、割り切れない感情から批判の目を向けるアレクだったが――
「兄さんこそ、こんなところで何をしているのかな」
「……っ」
レイドは怯むどころか冷ややかな視線と共に問い返した。
その視線はいままで見たことのない、蔑むような眼で逆にアレクが怯む程で。
「なんて、ボクが兄さんと同じ立場ならもっと焦っていたかもしれない。別の意味ではエレノアもかな? だから兄さんを一方的に責めるのは少しお門違いだね」
「……なにを言っている」
だが肩を竦めるなり普段の柔和な笑みに戻るも、先ほど見せた弟の知らざる一面や言い分にアレクは戸惑ってしまうも、レイドとしては素直な意見を口にしたまで。
確かに昨日、レグリスから現状を告げられてもレイドやエレノアはアレクほど絶望を抱いていなかった。
恐らくこの違いは既にアヤトが関与していると知ったから。
いまは重傷を負って意識不明でも、アヤトなら最悪な結末を食い止めてくれる。そう言った妙な期待を抱かせるが故に、もし自分たちにも出来ることがあるなら協力しようと前向きなようで、エレノアは早速お見舞いに行くと言っていた。
だがアレクはアヤトとの関わりがほとんどない。彼の実力や行動力、先を読む視野の広さを知らない。それこそ自分やエレノアもまだまだ知らないことが多い程、アヤトは不可解な存在だ。
まあエレノアはもう少し危機感を抱いて欲しいとレイドも思うところはある。いくらアヤトがこれまで常識を覆し続けている不可解な存在とは言え、確証のない期待を抱きすぎるのも王族としては如何なものか。
加えて今朝、レグリスが急遽ダラードに向かったことにも多少違和感を抱いているがその程度。今後を見据えるならもっと深い洞察力が欲しいところだ。
現にレイドはレグリスのダラード訪問は、ラタニに関わる重大な局面だと感じている。
それでも変わらず冷静で居られるのはある種、エレノア以上にアヤトに対する期待を抱くだけの理由があるからで。
エレノアとロロベリアの序列継続戦後に見せたアヤトの不可解な変貌。人知を越えた何かを秘めていると知っているからこそ、この局面も自分たちでは想像も付かない方法で乗り越えてくれると期待していた。
そしてもう一つ、アレクの態度に対する憤りが絶望を上回ったのかもしれない。
故にエレノアとは別の意味で、アレクと同じ立場なら焦っていただろう。
「いまの兄さんを見たら、先生はどう思うかなって」
「……なに」
「この状況を自分の力で覆そうとせず塞ぎ込んで、悪足掻きすらしようとしない。情けない兄さんの姿に悲しむか、それとも呆れるかな」
「……っ。お前になにが分かる! 私は――」
「……ただ、ボクにも言えることさ」
だからこそ感情のまま批判すればアレクは激昂、しかしレイドのは自虐的な笑みが言葉を遮った。
「本来ボクらが先導する立場なのに、どうにもならないと割り切ってしまう。なのに諦めきれず、期待を捨てることができない。他力本願が過ぎるよ」
ただその言葉は目の前に居るアレクではく自身に向ける批判で。
「本当に王族失格だよ……兄さんも、ボクもね」
「……レイド」
アレクも思うところがあるのか返す言葉が見付からず室内が静まり返る中、不意にノックの音が響いた。
「……入っていいよ」
「失礼します。その……お取り込み中でしたか」
アレクに変わりレイドが対応するも、入室した家臣は二人の雰囲気に恐縮から言葉を詰まらせてしまう。
故にレイドは取り繕うため小さく気を吐き、柔らかな声音で問いかけた。
「問題ないよ。それよりも兄さんに用があるのかな?」
「いいえ……アレク殿下とレイド殿下にお客さまがお越しになっているので、お呼びに来ました」
「ボクと兄さんに?」
その用件に首を傾げるも、家臣が来客の名を継げるなりレイドは複雑な笑みを浮かべた。
「やはり……他力本願になりそうだ」
エレノアと同じくラタニの状況を知ったアレクとレイドの様子でした。
サクラサイドの前に二人の様子もやはり描いておくべきですからね。なんと言いますか……アレクはもう完全にラタニさんに振り回されてます。
まあ彼にとってはラタニさんとの約束を果たそうと懸命に努力をしていたのに、ようやく再会すればいきなりの決別宣言ですからね。精神的に参っても仕方ありません。
対して裏でアヤトに取り引きを持ちかけたりと、意味深な行動をしていたレイドはそんなアレクに王族としての立場を問いつつ自身を皮肉りました。
レイドの今までの意味深な行動や、今回の発言の真意は後ほどとして、意気消沈な二人に来客が来ました。
……その来客が誰かはもう今さらですね。とにかく二人の様子を知った上で、サクラサイドをお楽しみに!
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