回想 未練の欠片 救いの笑顔
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研究室の爆発事故で意識を失っていたラタニが目を覚まして十日が過ぎた。
目を覚ました直後は半狂乱になって泣き叫び続けていたが、翌日には唯一の生き残りとして事故について簡潔な聴取を受けるまでは回復していた。
ただ真実は伏せ、偶然帰省した際、両親の仕事を見学していたところ不意に眩しい光に視界が覆われたので咄嗟に風の精霊術で身を守ったと答えている。
不自然に思われる返答でもラタニの才覚なら可能であり、両親や親しい者を失った被害者ということから踏み込んだ追求を避けたのだろう。結果としてラタニの証言は信用された形で早々に解放された。
「…………」
以降、ラタニは医療施設の一室でただただ窓の外を見詰めながら過ごしている。
外傷は治療術で完治している。
少しずつ食事量を増やしたことで体力も回復しつつある。
しかし心の傷は未だ癒えていない。
もちろん良くしてくれた職員の命を奪った罪悪感はある。
ただそれ以上に自身の出生を知り、未来に対する希望を失って。
故に今も未練がましく空を見上げているのだろう。
アレクと一緒に空を飛んだ時間が懐かしくて。
二人で交わした約束を守ろうと充実した日々が懐かしくて。
何も知らないまま過ごせていればどれほど毎日が楽しかっただろう。
いつか約束を果たした時、アレクはどんな顔で自分を迎え入れてくれただろう。
そんな未来はもう訪れないと分かっていても。
未練がましく空を眺めていたラタニを、周囲は不慮の事故で天涯孤独となれば当然だと静かに見守っていた。
だが、そんなラタニに唯一踏み込んでくる人物が居た。
「調子はどうだ」
昼過ぎ、ノックと共に入室してきたのはナーダ=フィン=ディナンテ。
マイレーヌ学院に入学して間もなくラタニの才覚に目を付け、接触してきたのを切っ掛けに顔見知りになった。
ただ数回言葉を交わした程度の間柄にも関わらず、ラタニが事故に巻き込まれたと知るなりナーダは医療施設に足を運んでいる。軍の重役で急がしいはずなのに、それこそ意識を失っていた頃から毎日だ。
ラタニが目を覚ませば心から喜び、泣き叫んでいたと知れば心から悲しんでいたと医師から聞いているが、なぜその程度の間柄でしかない自分をそこまで気に掛けるのかラタニは分からず、加えて未来の希望を失い自棄になっていたこともあって無視を続けていた。
「…………」
故に声を掛けられてもラタニは窓の外を見詰めたまま顔すら向けようとしない。
対するナーダはラタニの態度を気にも止めず、時間の許す限り一方的に声を掛けて面会を終えるの繰り返し。
「相変わらずで何よりだ。さて……今日は余り時間が取れなくてな。世間話は抜きにして本題に入らせてもらうぞ」
だがいつものようにベッド脇の椅子に腰を掛けるや否や、いつもより神妙な声音でナーダは切り出した。
「ラタニ、ディナンテ家の養子にならないか」
「…………」
予想外の申し出にもラタニは無視を決め込むもナーダは構わず続けた。
「もちろん夫や子どもたちもお前を受け入れるのを歓迎している。特にソリシュは私と同じでお前を気に入っているからな、妹にするのも楽しそうだと言ってくれたよ」
「…………」
「侯爵家の一員になるからには礼儀作法は学んでもらうが、多少で構わないし貴族としての役割を押しつけるつもりはない。まあ度が過ぎれば注意させてもらうが、基本これまでと変わらず好きにしても構わないぞ」
「…………」
養子としての条件もナーダらしく、ラタニにとっては好条件でしかない。
にも関わらずラタニはなんの反応も示さずいたが――
「……不慮の事故でご両親を亡くしたばかりで心の整理がつかない中、急にこのような話を持ちかけても困るだろう」
「…………っ」
ナーダの気遣う言葉が無意識にラタニの両手がシーツを強く握らせた。
「だがお前はまだ学院生だ。今後の生活も考えなければならないし、未来を見据えれば私の申し出も悪い話ではないはずだ」
何故なら今のラタニにとって両親の存在、自分の未来は考えたくもない話題で。
心の整理も何も、両親の所業で自分は幸福な未来を失ったのだ。
希望を失ったからこそ今も未練がましく空を見上げているのだ。
なのにナーダは両親を失った自分を哀れんでいる。
なのにナーダは未来を考えろという。
何も知らないくせに、よくもそんな薄っぺらい言葉を口に出来るものだと。
「急がせるつもりはない。ゆっくりと――」
「…………なにが未来を考えろだ」
沸き上がる苛立ちのままラタニは吐き捨てるように反論。
久しぶりに言葉を発したせいか、かすれた声になっていたが含む怒りはナーダにも充分伝わるほどで。
「あんたはあたしの未来を案じているようで、本心ではあたしを利用したいだけだろ。なんせあたしに興味を持ったのも精霊術士としてのあたしだ」
初めて言葉を交わした時から、ナーダの興味は自分の才覚だと言われなくても分かっていた。平民でしかない自分にわざわざ侯爵家から接触する理由など他にないのだ。
しかしそれだけではないとラタニも察していた。故に邪険に出来ずそれなりの間柄だろうと親しくしてきた。
だが精霊術士としての自分にしか価値を抱かず、利用していた両親の本心を知って、ナーダに対しても疑心が拭えない。
「国のためか? それとも侯爵家のためか? でも残念だったね、もうあたしに価値なんてないんだよ」
利用されるのはもうたくさんだと、これ以上ナーダに関わりたくない気持ちのまま突き放す。
「あたしは精霊力の解放すら出来くなったんだ。知らなかったろ? なんせ医者にも言ってないからな」
正確には解放しようとすれば移植された精霊石から溢れる精霊力によって再び暴走する危険がある。
解放に合わせて精霊石が反応する為か、一度だけ試してみたが暴走した時と同じ感覚に襲われて即座に中断したのだ。
つまり解放さえしなければ少なくとも暴走の危険はない。だが精霊術士としての存在価値を失ったことに変わりはない。
そんな自分を養子として受け入れる理由はない。
ナーダもこれ以上関わらないだろう。
「ならしばらく王都を離れて静養するか」
「……あん?」
……はずなのに、返ってきたのは拒絶でも落胆でもない提案で。
「精霊力の扱いは精神面が左右するとワイズが良く言っている。解放できなくなったのも事故による後遺症……心の傷が原因かも知れない。まあ王都を離れれば癒えるような生易しい傷ではないが、騒がし王都に留まるよりは静かな場所でノンビリと過ごせば少しは良くなるかも知れないだろう」
「…………」
「心配しなくても静養場所や居住、身の回りの世話をする者は私が手配しよう。さすがに私は同行できないが、時間の許す限り様子は見に行くつもりだ。未来の母として、使用人に娘を任せっきりなのも違うからな」
「あんた……あたしの話を聞いてんの――」
「お前こそ私の話を聞いているのか」
更に養子の話も止めるつもりはないナーダに、さすがのラタニも我慢できず視線を向ければ満面の笑みを向けられていて。
酷い言葉で突き放していただけに虚を衝かれたラタニを対し、ナーダはより笑みを深めて口を開く。
「ようやく向き合ってくれたな」
「……あ、いや……」
「……不謹慎だったな、すまない。しかしお前がやっと私と目を合わせ、言葉を交わしてくれたのが嬉しいんだ」
ラタニの現状を知るだけに謝罪するも笑顔の理由にラタニは言葉がない。
確かに今まで無視をしていたが、酷い言葉だろうと自分からコミュニケーションを取っていることがナーダは嬉しいらしい。
たったそれだけのことに喜び、笑顔を向けるナーダの価値観が良くわからなくて。
「私はお前の精霊術士としての才覚に興味を持った」
茫然とするラタニに向けて、不意にナーダは表情を引き締める。
「ワイズの後継者に相応しいお前の才覚が惜しいと、このまま廃れていくのは王国の損失だとも考えている。故に養子の話を持ちかけたと言われても否定はしないし、お前の才覚が惜しいから精霊術士としての復活を望んでいる」
それはラタニの批判を肯定するもの。
敢えて口にしなかった本心を今ここでうち明けるのか。
「だから、あたしはもう精霊力の解放が出来ないって……」
「なら精霊術士としての価値がなくなるだけで、お前の……ラタニ=アーメリという価値はなにも変わらない」
気圧されるまま目を反らし否定するラタニだがナーダは逃がしてくれない。
「私が精霊術士としてのお前を養子として迎え入れる理由は先も言った通り。しかしラタニ=アーメリを迎え入れる理由など、私がお前を気に入った以外にないだろう」
例え精霊術士として復活できなくても、例え精霊術士としての価値を失ってもナーダにとって何も変わらないと。
「平民でありながら侯爵家の私に対しても不躾で、畏縮もせず、遠慮ない物言い……本来は不快に感じるかもしれないが、私は骨のある奴だと評価していた。そんな奴はまず居ないだけに、新鮮で楽しかったんだ」
それよりも大切なのは僅かだろうと一緒に過ごした時間。
「だから早く心の傷を癒やし、以前のように私を楽しませてくれ。そう言った打算的な理由も含めてお前が復活するなら私はどんなことでも協力する」
つまり静養を勧めている理由は単純にラタニが元気になることで。
そして共に居たいからこそ娘として受け入れたい。
たったそれだけと思われようとナーダにとって、ラタニがラタニであることが何よりの望み。
「これもある意味利用していると言えるのかもな」
「かも……しれんね」
先ほどの批判のお返しか、挑発染みた締めくくりにラタニは自然と笑ってしまう。
自分が楽しく一緒に居たいから早く元気になれとは呆れる程に身勝手な理由だ。
ただ突き放していた時にも向けてくれた笑みが。
バカ正直に告げてくれた本心が。
なにより自分のみを案じて毎日のように足を運んでくれたナーダの行動が。
本当にラタニという一個人を気に入ってくれているのだと伝わった。
精霊術士として利用されていた事実に悲観していたラタニにとって、ナーダの本心がどれほど励みになっただろう。
故に少しだけ前向きになれたラタニは感謝しながらも不敵に笑う。
「……なら、あたしも権力と金のある酔狂な侯爵さまを利用してもいいんだね」
「ようやく調子を取り戻したようだな。むろん遠慮なく利用しろ」
不躾な切り出しも笑みで受け入れるナーダに惹かれる気持ちをグッと堪えて、ラタニはゆっくりと首を振った。
「悪いけど侯爵さまの養子はお断りだ。でも、療養の件は甘えさせてもらってもいいかい」
「つまり……私の娘になるつもりはないと」
「いくら好きにしろと言われても、かたっ苦しいのは好きじゃないからねん」
ナーダは信頼できると思う一方、両親の一件でどうしても家族という関係に忌避を感じてしまう。
それに本物のバケモノが娘となったら後々ナーダに迷惑をかける。
だから養子の申し出は受け入れられないが、別の形でナーダの望みを叶えたい。
ナーダが気に入ってくれた自分でいられるように。
惜しんでくれた才覚を廃れさせないように。
「変わりと言っちゃなんだけど、望み通り復活してあげるよん」
「……良いだろう」
望んでくれたどちらのラタニ=アーメリとしても復活するとの宣言に、ナーダはため息を零しながらも受け入れてくれた。
「だが、私は諦めるつもりはないぞ」
「ほんとナーダさまは酔狂なお人だ」
ただ最後まで本心を口にするナーダに対し、呆れながらもラタニは笑った。
この人の娘になれたら、きっと幸せだとの未練を隠すように。
両親の所業を知り、未来に絶望していたラタニが復活する切っ掛けでした。
精霊術士としての価値しかないと思い込んでいたラタニにとって、ナーダさまの本心は本当に救いだったと思います。
もちろんナーダさまの行動、言葉、笑顔がラタニの疑心を拭い去ってくれた結果で、ラタニが尊敬する一人にあげるだけのお人でもありますね。
ただ復活した後、ワイズさまがラタニの精霊術から感じ取っていた虚無は、アレクとの約束が叶わないとの理由だけでなく、自身の出生からナーダさまの娘になれない虚しさも含まれていたのかもです。
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