覚悟が引き寄せたもの
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ラタニを救う。
アヤトの時間を消費させない。
自身の理想を叶える為にロロベリアはマヤとの取り引きを持ちかけた。
その対価としてシロとして生きた時間、自身の精霊力を提示したことでようやくマヤは姿を現した。
「応えてくれたのなら交渉は成立でいい?」
「さて、どうでしょうか」
パチン
つまり取り引きに応じる姿勢と捉えるロロベリアを他所に、不意にマヤが指を鳴らすなり奇妙な感覚が周囲を覆った。
「……なにをしたの」
「ロロベリアさまとゆっくり交渉しようかなと思いまして」
「もしかして……時間を止めた?」
周囲を見回せば自分以外が動いていないことからマヤが時間を操作していると判断。
アヤトが目を覚ましたと聞きつけてきたのかいつの間にか廊下にランたちの姿もある。
「兄様はともかくみなさまはお優しいですからね。ならば自分もと対価を提示するかもしれません」
確かにみんなもラタニを救いたい気持ちからマヤとの交渉に参加するだろう。
「ですがこの場を設けたのはロロベリアさまです。次々と提示されても収集が付かなくなりますし、わたくしに交渉を挑むのはお一人で宜しいでしょう?」
「もちろん」
しかし最初に持ちかけたのはロロベリア、要はサシで交渉するべきとの意味合いか。
ならば何も問題はないと同意した上で、目の前に降り立つマヤと向き合った。
「ロロベリアさまの要求はラタニさまを救う方法、居場所をお教えすることで宜しいですね」
「対価はシロとして生きた時間、私の精霊力になるけど釣り合いそう?」
「ですがこの対価ではロロベリアさまが犠牲になるのではないでしょうか」
改めて要求と対価を確認するもマヤは返答ではなく疑問を投げかける。
「ロロベリアさまが目指す大英雄という夢はシロとして生きた時間があってこそ。また精霊力を失ったロロベリアさまが大英雄になれるのでしょうか」
「…………」
「つまりロロベリアさまの夢を犠牲にすると同意。加えて兄様がクロとして生きた時間を失ったことで別人と成り果てたように、今のロロベリアさまも別人のように変わり果てるでしょう。自分が自分でなくなる、それはとても恐ろしいものだと思いませんか」
「…………」
「ロロベリアさまの今と夢、どちらも犠牲にしたことを知ったラタニさまは喜ばれるでしょうか」
「どうだろう。でもこれは私のわがままだから」
痛いところを突かれたロロベリアは苦笑い。
自分を救うためにロロベリアがこの二つを失えばラタニはきっと傷つく。
所詮はロロベリアも自己犠牲でラタニを救おうとしているだけ。時間を消費しようとしているアヤトの行為と同じと言われても否定はしない。
だがこの自己犠牲には絶対的に違うものがある。
「でもこの対価を提示してもなにも変わらないなら、いいかなって」
「なにも変わらないとは……?」
この対価を選んだ理由に興味を示すマヤを真っ直ぐ見据えてロロベリアは思いを紡ぐ。
「私の望みはお姉ちゃんを救うこと、大英雄になること。精霊力を失えば大英雄になるのは難しいかもしれない。でも絶対に不可能じゃない。精霊力が無くてもアヤトやイルビナさんみたいに強い人はいる。それに腕っ節の強さだけが大英雄の条件でもないってアヤトや、お姉ちゃんに教わった」
確かに今のロロベリアの強さは精霊力があってこそ。しかし前例が特種だろうとアヤトも、イルビナも精霊力を持つ者を越える強さを手に入れた。
加えて現在王国の英雄と呼ばれているラタニも、他国含めて陰の英雄と呼ばれるアヤトも圧倒的な強さで切り抜けた結果かもしれないが、別の要素もあるからこそ多くの笑顔を守り続けている。
なら精霊力を失おうと、諦めなければ希望はある。
「シロの時間を失った私がどうなるのか分からない……けど、アヤトはクロの時間を失っても、何となくでもシロとの約束を覚えててくれた……みたいだし」
またシロとして生きた時間を失うことで大英雄の道、そのものを自分は忘れるかも知れない。しかしこちらもアヤトという前例はある。
まあこちらはいまいち自信はないので言葉は詰まるも、少なくともクロとしての時間を失ってもアヤトはシロとの約束を叶えてくれた。どんな理由があろうと大英雄を目指す自分を守ると、再び約束してくれた。
「なら私だって何となく覚えててでも約束を果たす。アヤトに出来たなら、私だってやってみせる。だから私の大切な部分はなにも変わらない、みたいな?」
故に今度は自分の番。確証はなくても、どうなるか分からなくても、前例があるなら絶対に不可能ではない。
もし忘れてしまったとしても、どんな理由でも再び大英雄の道を歩む。
ただこの可能性も生きていればこそ。
これが絶対的な違いだ。
「とにかくね、アヤトが約束を果たせばお姉ちゃんは死ぬ。代償としてアヤトも……ね。そんな結末を選ぶくらいなら最小限の犠牲で済むに越したことはない」
「…………」
「だからお姉ちゃんに伝えて。私はお姉ちゃんを救うために、自分の夢や今を犠牲にしたかも知れない。傷つかないでって言うのは無理かもだけど……でも、対価を渡しても私は生きてるから」
「…………」
「どんな感じで生きてるのか分からないけど、生きているからこそ可能性は残る。だからお姉ちゃんを死なせたくなかった」
「…………」
「私はお姉ちゃんに生きていて欲しい、また私と……みんなと一緒に笑って欲しい。たくさんの思い出を作りたい。そのわがままを貫いただけだって……それだけだから」
「…………」
「それでも……もし、申し訳ないなって思うなら、これからも私の大英雄の道を応援して。応援するのも生きているからこそ出来ることだもんね」
ラタニが命を失うよりも、アヤトが時間を消費するよりも、二つの対価を失ってもロロベリアは生きているし、未来の時間も消費しない。
だから今のロロベリアと大して変わらない。
ロロベリアは失っても尚、失うつもりはないと本気で言い切った。
何とも無茶苦茶な持論を聞いたマヤと言えば、顔を伏せるなりゆっくりと首を振る。
「あなたはやはり……」
「ん?」
「わたくしとしたことが、うっかりしていたなと思いまして」
パチン
ぼそりとなにかを呟いたかと思えば、顔を上げてクスクスと笑いつつ指を鳴らした。
「おい白いの――」
「まずはご安心を。ラタニさまはまだ誰も殺めていません。保証は出来ませんが、わたくしの見立てでは少なくともあと二日は大丈夫かと。こちらは楽しませて頂いたサービスとしてお教えしておきます」
再び時を動かしたのか、同時に口を開くアヤトを遮るようマヤから思わぬ情報が。
「そして救う方法のヒントになりますが兄様、ロロベリアさま、ミューズさまが鍵を握っておられます。ああ、ツクヨさまもそれなりに役立つかもしれませんよ」
「……アタシはそれなりかよ」
「居場所についてはロロベリアさまが仰ったように、みなさまで考え、足掻いてからにしましょうか。希望が見えたその時に、ラタニさまの居場所をお教えしましょう」
ツクヨのぼやきも無視してマヤは続けるのはロロベリアが要求した内容で。
「取り引き成立……でいいのかな?」
「はい。ただし対価は既に頂いています」
つまりロロベリアは対価を差し出す……かと思えばマヤから意味不明な返答が。
精霊力が必要なら後ほど失うにしても、対価を渡しているなら少なくともロロベリアはシロとしての時間を失っているはず。
にも関わらずシロとしての時間をハッキリと覚えているのは何故か。
「正直なところロロベリアさまの対価は実に魅力的なのですが、以前みなさまにはわたくしのお誕生日会を開いてくださいましたし、プレゼントまで頂きましたからね」
この疑問についてマヤは顎に人差し指を当てていたずらっ子のように微笑む。
確かに今年の初めにロロベリアの発案でマヤの誕生日を祝うサプライズパーティーを開いている。別になにかを求めて開いたわけでもないが、マヤはそのお礼としてロロベリアの提案した対価を抜きで交渉成立にしてくれたようだ。
「なにより、みなさまの悪足掻きがどのような未来を見せてくれるのか、とっても楽しみですし」
「……お兄ちゃんに似て捻くれちゃって」
「失礼ですわ。わたくしは兄様のように捻くれていませんよ」
ただ最後の理由を含め、本当にそれだけなのかとロロベリアは呆れてしまう。
ラタニの過去やアヤトとの約束を素直に教えてくれたことも踏まえて、もしかするとマヤもラタニを助けたいのではないか。
それとも神の気まぐれか。
「わたくしのヒントを元に解を見出してもラタニさまを救う道はとても困難。みなさまがどのような未来を見せてくださるのか、わたくしは楽しみです」
「……良かったね」
とにかく真相はまさに神のみぞ知ると、クスクスとの笑い声を最後に姿を消すマヤを他所に、覚悟を持って交渉に挑んだロロベリアは脱力してしまう。
それでもヒントを与えるのなら、ラタニを救う方法は確実にあると神が保証してくれたようなもの。
絶望な状況下から一転、希望の光となる結果を得たことでロロベリアはしてやったりとアヤトに向けて微笑んだ。
「ある意味、氷水よりも頭が冷えたんじゃない?」
「……どや顔するんじゃねぇよ」
その嫌味にアヤトは鬱陶しげにため息一つ。
しかし表情や口調も含めてロロベリアが望んだ通りの。
「実にうざい」
いつものアヤトが帰って来るに充分な効果はあった。
ロロの持論はまあ無茶苦茶なものでしたが、アヤトがクロの時間を失っても約束を果たしてくれたのなら、自分も果たせないと、それこそどんな形でも約束を果たしたアヤトに合わせる顔がないという感じなんでしょうね。また生きているからこそ可能性は残る、でしょうか。
なんにせよ最後まで諦めない姿勢を貫くロロの覚悟がマヤの本心か、それともただの気まぐれかは分かりませんがラタニを救える希望を引き寄せたのかもしれません。
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