『四周年SS 些細な恩返し』
今日で今作の投稿を始めて四周年となりました。
四年……随分遠くまで来たものです……はさておいて、今年も読んでくださっているみなさまに感謝のSSを投稿しました。
少しでも楽しんで頂ければ嬉しく思います。
ではアクセスありがとうございます!
ロロベリアたちが公国に向かった後、遠征訓練を目前に控えていたニコレスカ姉弟も王都に到着。
遠征訓練までは二日間の休み。今後の予定を踏まえて心身共に休み、久しぶりの実家でのんびり過ごすのも良いのだが――
「…………あ~」
「ユース、起きた?」
目を覚ますなり倦怠感で唸るユースに気づいたリースは用意されていた水をコップに注いだ。
「まずは飲む」
「サンキュー……んく……はぁ。染みるわ」
何とか上半身を起こして差し出されたコップに口をつけて一口。喉も潤ったユースは一息吐き、時計に目を向ける。
「もう六時かよ……姉貴はいつ起きたんだ」
「一時間程前。先にご飯食べてたけどユースがまだ寝てるって聞いて様子見に来たら起きた」
「それはどうも。にしても……姉貴はよく起き抜けで飯食えるな。しかもオレより全然平気そうだし」
リースのタフさに苦笑を漏らすも、水分を摂ったことでユースの胃が食料を求めているようきゅるきゅると鳴っていた。
ただこの空腹感も当然のこと。なんせ昨日の昼過ぎに実家に到着して間もなく、約束通りツクヨが訪問。
目的は以前から考えていた武器に精霊力を纏わせるための暴解放を実戦すること。暴解放は精霊力を急激に消耗する危険な行為、故に精霊力の扱いに精通していて視認も可能なツクヨに立ち合いをお願いしたからで。
まあ立ち合いと言いつつも紅暁や夕雲を磨いでもらった後、リースと実戦したことで精霊力が枯渇して二人とも意識を失っている。もちろん事前に伝えていた使用人が二人を自室に運び、ツクヨも送り届けてくれているだろう。
つまり実際に精霊力の流れを視てもらった意見は今日改めて教えてもらう予定。訪問しては意識を失い、翌日にまた来てもらうのは忍びないが精霊力を纏わせる技能は是が非でも習得したいわけで。
とにかく初めて暴解放を使用してみたが倦怠感が酷い。加えてユースはこれまで意識を失うほど精霊力を消耗した経験が無いので尚更だ。
対しリースは平気なようで、半日近く眠っていた自分よりも早く起きたのは暴解放を経験している差なのか。
まあ一度の暴解放で精霊力を放出する感覚が掴めるわけもなく、まずはツクヨの意見を聞いてから時間の許す限り試すしか無い。
倦怠感はあるも精霊力は回復している。ツクヨが訪問するまでにはある程度万全な態勢で挑めるだろう。
「そうだ。ユース、見て」
「なにを?」
などとユースが体調を確認している中、何故かリースは精霊力を解放。自室なので別に構わないが急にどうしたと問う間もなくリースは更に紅暁を抜いて――
「どうだ」
「…………」
無表情でも誇らしげに胸を張るリースに唖然。
というのも紅暁の紅い刀身に更なる紅い煌めきが帯びたからで。
「なんでできてんだよ!」
つまり目的の精霊力を武器に纏わせる技能をリースは習得しているのだが、いきなりすぎてユースは突っこまずにはいられなかった。
「なんでと言われても出来たから出来た」
「あれ? 姉貴がなに言ってるか分からない……」
「そもそも暴解放だろうと一度出来たことが出来ない方がおかしい」
「うん……やっぱなに言ってるか分からないんだけど……」
確かにリースは選考戦で無意識でも一度は成功している。ただ以降は感覚すら掴めないと悩んでいたはずなのに、改めて暴解放を試せば出来たとの謎理論は理解不能だった。
「ユースはできそう?」
「……そんな簡単にできれば苦労しないって」
そして無意識でも成功させた所で、自分にその謎理論は不可能と無駄に自信がある。
「ふふん」
「はいはい……さすがはお姉さまですよ」
得意げに紅暁を鞘に納めつつ精霊力を解除するリースに呆れながらもユースは称賛。
謎理論だろうと先に習得されて悔しさはある。しかしそれ以上に誇らしい。
例え精霊術や実力で越えていようと、自分にはない強さを見せつけられたようで。
やはりリースは自慢の姉で、憧れの英雄に相応しいと再確認できた。
「わたしは起きたことを伝えてくる」
「頼むわ」
そしてロロベリアも含め、いつか憧れの英雄二人に近づけるようにと意気込むユースを他所に、満足したリースは自室を後に。
「ユースさま、お目覚めになりましたか」
からの、そう間も置かず入れ替わりで執事長のゼルジが安堵の表情で入室。
「リースさまとは違い中々お目覚めにならないので心配しておりました」
「姉貴と比べられてもな……でも、心配かけて悪かった」
「宜しいのですよ。ニコレスカ家に仕える者にとって茶飯事ですから」
「ゼルジさんも言うねぇ」
使用人と言えどニコレスカ家では家族のような存在。故にフランクなやり取りも茶飯事で、幼少期から何かと心配かけていれば言い返すことも出来なかった。
(つっても……昔のオレはゼルジさんたちも信用してなかったんだけどな)
ただ過去のユースにとって家族は父母と姉のみ。ロロベリアですら最初は信頼などせず内心冷めた感情を抱いていたわけで。
いま思い返せば自分の弱さに恥じるばかりだ。
幼少期にいじめられていた自分を姉はいつも守ってくれた。
結果、大事になることもあったがその度に父や母が裏で動いて穏便に処理してくれていた。
しかしゼルジたちも同じなのだ。自分を励まし、いじめていた相手に対して怒りを抱いてくれた。父や母と共に裏では守ろうと必死に動いてくれていただろう。
仕える家の子だろうと関係なく、本当の家族のように接してくれた使用人にも心を開かず、信頼できるのは父母や姉だけなど、なんて薄情な子どもだったのか。
「ユースさまもお腹を空かされていることでしょう。今すぐ食事を用意しますのでしばしお待ちを」
「……ありがとう、ゼルジさん」
今も無茶な訓練を実行する自分を心配しながらも意思を優先してくれて、悟られないよう笑顔で支えてくれる。
もちろんゼルジ以外の使用人も同じ。
「姉貴、ちょっといいか」
「なに?」
故にお詫びというわけでもないがちょっとしたお礼をユースは思い付き、自室に戻って来たリースに声を掛けた。
そして――
「本当によろしいのですか? リースさま」
「構わない。それよりも次はどこを掃除すればいい」
「リースさまもユースさまも随分と手慣れていますね」
「そりゃ姑……じゃなくて、アヤトにみっちり教育されてるからな」
朝食を終えたユースはリースと一緒に、使用人に混じって屋敷の掃除をしていた。
いつも陰ながら自分たちを支えてくれる使用人たちに感謝の気持ちとして、実家に居る時くらいお手伝いをしようと提案すればリースも二つ返事で承諾。
さすがに調理は無理でも掃除なら同居してからアヤトに散々叩き込まれたので充分戦力になる。
些細なお礼かもしれないが、言葉だけでなく行動でも使用人に感謝の気持ちをユースは伝えたかった。
ただ自分一人だけ、というのも変なのでリースにも声を掛けたのもあるがもう一つ理由があった。
「お二人がお手伝いをしてくれてみな喜んでいましたよ」
「なら嬉しい」
「滞在中は遠慮なく声かけてくれて良いぜ。まあ、訓練が始まったらオレはまた意識失うけど」
一通りの掃除を終えて一休みしている二人の元に、使用人を代表してゼルジが心からの感謝を伝えに来た。
「ですが急にどうなされましたか?」
「みんなにはいつも助けられてるからお返ししようとユースが」
「ユースさまが?」
「愚弟もたまにはいいこと言う」
「だろ? つっても姉貴の提案が切っ掛けだけどな」
同時に突然の申し出に首を傾げられたが、いつものリースにユースは得意げに笑って見せるよう、普段の感謝を行動で伝えるとの提案はリースが最初にしたものにするよう言葉巧みに誘導していたりする。
理由は簡単、自分からこの提案をするのが何となく気恥ずかしかっただけ。
(オレもアヤトのことを言えないわ)
捻くれた感謝の伝え方に苦笑しつつ、ユースはリースを隠れ蓑にして更なる恩返しをすることに。
「せっかくだしゼルジさん、肩でも揉もうか?」
「ユースさまにマッサージをさせるなど……」
「オレたちは家族みたいなもんだろ? 気にしなくて良いって」
「いえ……あまりにもユースさまがお優しいので何かあるのではと私は恐ろしく――」
「オレってどんな風に思われてるんですかねぇ!」
「冗談でございます。ではお言葉に甘えてお願いします」
「最初から素直に甘えてくれよ……」
「次はわたしがする」
「これはこれは……リースさまにマッサージしてもらえるなど、ゼルジは幸せ者でございます」
「しかも姉貴には素直に喜ぶし……まあいいけど」
父母だけでなく使用人にまで弄られるも、家族のような関係なら当然とユースが満足していたのは言うまでもない。
今年はカナリアさん並みに苦労人となりつつあるユースをピックアップ。
物語が進むにつれ少しずつ成長している主要キャラの中でも、ユースは特に成長していると思います。
幼少期から家族以外を信じられなかった彼が、成長したことで改めて反省したことで、些細ではありますが影ながら支えてくれていた使用人たちに感謝の気持ちを行動で伝えました。
弄られキャラもユースの代名詞(笑)ですが、ゼルジさんたちも心から喜んでくれたと思います。
また変なところで照れ屋なのもユースですかね。まあアヤトくんほど捻くれてないのは言うまでもありませんね。
そしてこちらも言うまでもありませんが、次回更新から本編再開。
今後とも『白き大英雄と白銀の守護者』を温かく見守って頂ければ幸いです。




