理想を越える為に
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ラタニの授与式に出席する為にロロベリアたちが王都に移動した翌日。
「こんな所まで足運んでもらって悪いな」
「気にするでない。むしろこのような体験はワクワクするものじゃ」
「秘密基地のような作りにはロマンがありますから」
「それラタニさんも言ってたわ」
朝早くにラタニの住居に訪れたサクラとエニシをツクヨは地下通路に案内していたりする。
もちろん二人はお忍びとして、帝国でも城下街に繰り出す時と同じ変装をして。エニシが常に護衛として付いているとは言え、王国でも自由気ままが許される辺りがサクラだった。
「ほう……これはとてもワクワクしますな」
それはさておき地下通路からツクヨの鍛冶場に到着して真っ先に目を輝かせたのはエニシだった。
なんせ鍛冶場に隣接する休憩室にはニコレスカ商会に卸す武器や試作として打った物が鎮座している。ツクヨの打つ武器は工芸品としても価値があるだけでなく性能も充分な業物ばかり、武人としてやはり心躍る物があるのだろう。
「さすがはツクヨさま、どれも見事な完成度でございます」
「そりゃどうも……と、せっかくだからエニシさんにもこいつを見てもらおうか」
素直な称賛を照れくさそうに受け入れつつ、ツクヨは鍛冶場から一振りの刀を持ち出す。
「こちらはツクヨさまの作品ですかな?」
「まあとりあえず抜いてくれ」
「? では失礼します」
その一振りを受け取ったエニシは曖昧な返答に困惑しながらも鞘から抜くなり眼を見開く。
刀身は朧月に近い色合い、しかし朧月のような美しい輝きはない。にも関わらず今までに無い魅力を感じ取っていた。
「ツクヨさま……こちらの刀はいったい……」
「銘は柳雪。親父の祖父が打った一振りだってよ」
「……ならば少なくとも一〇〇年も前ですか」
「マジでスゲーよな。親父が刀の世界に魅入られたわけだぜ」
この刀、柳雪を手に入れた経緯を説明するツクヨもアヤトから渡された際、エニシと同じ反応をしたのを覚えている。
ジンのような特殊な製法ではなく、従来の製法で打たれた柳雪は強度こそ劣るものの切れ味はジンの最高傑作である朧月以上。しかも長い年月を得た重みを感じられる柳雪は刀本来の魅力があった。
「縁ってのは不思議なもんだ。お陰でアタシも最高のお手本が手に入ったわ」
「たしかに私もこれまで様々な武器を拝見しましたが、この柳雪に匹敵する業物は朧月以外に思いつきません」
ジンが魅入られた祖父の刀をアヤトの曾祖父が所持し、今は娘のツクヨの手にある。まさに不思議な縁であり、アヤト専用の一振りを打つツクヨには最高の刺激でもあった。
「…………また妾だけ除け者か。いい加減拗ねるぞ」
のだが、武器に疎いサクラは二人のやり取りに疎外感からいじけていた。
もちろんサクラの目利きは相当高い。しかし柳雪の価値は分かれど実際に振るう者の感覚までは分からなかった。
「悪かったな皇女さま」
「これは失礼いたしました」
だがそこはツクヨとエニシ、謝罪はすれど表情はニマニマで若干面白がっていた。
まあサクラも気さくな対応を好むわけで特に機嫌を損ねることはなく、ため息と共に切り替える。
「してツクヨよ。妾と爺やになんの用じゃ、まさか柳雪を見せびらかす為ではなかろうて」
「こいつも用件の一つだったけど、当然本題は別だって。とりあえず皇女さまもアヤトから全部聞いたんだよな」
「正確にはロロベリアからじゃが、一通りのう」
ツクヨの確認にサクラは頷く。
エニシは既にマヤの正体やアヤトとの関係を聞かされていたが、アヤトが非合法な実験の被験者だったことも改めて聞かされている。
その話をアヤトから聞いたツクヨはマヤ経由でサクラと連絡を取り、王都に来た際時間を取って欲しいとお願いしたことでこの場が設けられたが、詳しい理由は直接会ってからとなっていた。
「まずはこいつを渡すぜ」
説明を待つ二人に対し、ツクヨは数冊の書物をテーブルに置く。
ただ書物と言うより書き込みをした紙を纏めたような物で、首を傾げつつサクラは一冊を手に取り質問を。
「これはなんじゃ?」
「親父が残した鍛冶に関する知識を纏めたものだ。鍛冶だけでなく精霊力に関する研究内容まで書かれてるぞ」
「……よいのか」
内容を明かされたサクラは目を通すのをやめて確認する。
聖剣の研究に関する報酬では一部のみだったジンが残した知という宝を全て開示するというのだ。
「皇女さまなら正しく世に出してくれるって信頼と、改めて協力してもらうお礼の前払いだ」
「まずはその協力とやらを聞こう」
故に皇女という立場から気軽に受けられないと以前は警戒したが、今回は提示された報酬に相応しい仕事が出来るのか、という理由からサクラは手にした書物をテーブルに戻す。
こうした誠意を見せてくれるからこそ、サクラを信頼できるとツクヨも自分に出来る最大の礼を見せた。
そしてもう一つ、今は事情が変わったからこその理由があった。
「アタシがアヤトの刀を完成させたいのは知ってるだろ? 今回はその延長つーか、素材として使う物は公に出来ないのが多くてよ。つまり改めて皇女さまとエニシさんに協力して欲しーんだわ」
改めて語られた協力内容は同じ。
しかしエニシだけでなくサクラもアヤトやマヤの秘密を知ったことでツクヨも踏み込んだ要請が出来るようになった。
素材候補の淡月鉱はまだしも聖剣の宝玉をシャルツに伏せているよう、アヤトが精霊力を全く秘めていないことなどサクラには伏せるしかなかった。
なんせ淡月鉱や宝玉を組み合わせても理想の刀は完成するかもしれない、程度の段階だった中で、ロロベリアが浄化した霊獣とノア=スフィネの精霊石が手に入った。
もし二つの精霊石の内どちらかがツクヨが望む特性を秘めているのなら、アヤトの刀は理想以上の形で完成する。
その為にも父親の残した月守や朧月の製法、精霊力に関する情報をサクラに知った上で精霊学の研究者として協力して欲しい。
「本当はシャルツにも頼みたかったけど、素材の出所が出所だからな」
「義理堅いお主らしいが仕方なかろう。しかしなるほどのう……要はようやく仲間外れでなくなった妾には遠慮なく頼めるようになったと。父君の書物も報酬としてでなく、必要な処置であるわけじゃな」
「ついでの報酬が不満なら、追加してくれて構わねーぜ? アタシにできる範囲になるけどよ」
「不満など微塵もないわ。なんせ狙い通りの成果が出なくとも、妾は欲しかった情報が手に入るからのう」
ツクヨの提案にサクラは不敵に笑うよう、この依頼は成否関係なく報酬が得られる取り引き。リスクがなければ受けても構わない。
まあリスク云々はあくまで建前、サクラがこの依頼を受ける理由は前回と変わらない。
アヤトとツクヨ、二人の大切な友の為になるのなら他に答えはない。
「尽力すると妾は誓おう。この知識を分け与えてくれた信頼も含めてのう」
「私もツクヨさまが理想とされる、アヤトさまの刀が完成する為に協力を惜しみません」
「ありがとよ」
サクラと同じ気持ちでエニシも約束してくれたことで、朧月や月守を超える刀の完成が近づきつつあるとツクヨは確信した。
オマケ四つめは後書きでも予告していた、ツクヨが浄化した精霊石を持ち帰った理由でした。
アヤトの刀に使う素材、というのは予想できたかもですが、サクラさまやエニシに遠慮なく依頼できるようになったことで完成の目処だけでなく、当初の予定以上の刀を生み出す可能性が出てきました。
まさにジンとは違う道を歩み、様々な協力や運に恵まれたツクヨだからこそ可能とする完成形ですね。
朧月や月守を超える新たな刀、素材の使用法などについては……完成してからのお楽しみということで。
そして次回でオマケもラスト。最後はあの子の状況となります。
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