~相性ってもんがあるんですよ~
淹れたコーヒーを片手に、理乃のいる居住区へ。
事務所から椅子を持って行くのも忘れない。
うん。やっぱりソファ買おう。
理乃は既にサイドテーブルにコーヒーを載せてベッドにうつ伏せで寝ていた。
てっきり、仕事前に読んでいた本に熱中してると思ったのに。
どうやら大好きな本を読む気分にもならないらしい。
よっぽど相性が悪かったのかなんなのか。
あ。そうそう。
さきほど、怒って帰ってしまった斉藤さん。
こういったお客さんは料金を払わずに帰ってしまう事がある。
そのため、うちの相談所は料金が全額前払い制にしてあります。
なら怒らせなければいいと思うんだけどね…
ホラ、そこは理乃の性格上、無理というかなんというか…
最初の頃は注意していたのだけれど、言いくるめられました。
元弁護士が口で負けるという情けない結果になりました。
いつか負かしてやる!
そもそも、理乃じゃなくても全ての人が満足する、というのは難しい。
何度も言うけれど、元々好きで始めた訳ではなく、知り合いの先生が丸投げしてきた人の相手をしていただけ。
そのころは料金は先生を介して貰っていたらしいんだけど…。
その後、先生を仲介せずに直接連絡をして来たお客さんとトラブル発生。
ブチ切れた理乃は先生から無理矢理ぶん取ったらしいデス。
先生曰く、お金に限らず専門書やら何やら理乃が欲しい物を持って行くやら請求するやらしていたらしい。
専門書は基本的に高いので、素直に渡しておいた方が安くすんだと笑ってました。
すみません。代わりに謝ります。
「問題児を紹介したのはお前」なんて理乃みたいに開き直れないです。
「迷惑料込み」とかいう理由でかなりワガママを突き通したとか…。
笑って許しちゃう先生も甘いと思うんだけど、そこは最早、理乃クオリティ。
みんな「まぁ、理乃だし」とすんなり受け入れてしまう。
これ以上甘やかさないで欲しい…。
しわ寄せが私に来るの!
私はそこまで達観も諦めもしていないっ!
あ。キャンセルする場合は、全額払い戻しするけれど、口座に直接返金するので、その際の手数料はお客さん持ちとなる。
他の相談所みたいなところは全額後払いとか、前金を払って、終わったら残高を払う。というのが多い。キャンセル料を別に取る所もある。
うちの様に個人で経営しているとキャンセルは死活問題。
一日にお客さんが十何名もいるならいざ知らず、数名なところではキャンセル料金を取る。
本来なら予約を入れられるのに、突如フリーになってしまえば、一日の売り上げにかなりの影響をもたらす。
それらを考えると、まぁキャンセル時の手数料くらい自業自得レベルの損失と思ってもらわないと、私たちも食べていけない。
理乃にとっては唐突の空き時間なんて気にしていない。
前払い制度の外堀や保険みたいなものらしい。
理乃が嫌がっているのが踏み倒しのみ。という事から、それっぽい不自然じゃない程度のルールを追加条件にしただけだとか。
「そんなに嫌な経験でもしたのかなぁ…」
ぼんやりと理乃を見ながら呟いた。
「脈絡なさすぎて意味がわからん」
あ。起きてたの。
私の大きすぎる独り言に返事が。
ゴロリと寝返り、肘を立てた手に頭を乗せてこっちを向いた。
ご機嫌斜めすぎて、寝れなかったらしい。
「前払い制度に固執した理由って?」
「タダ働きする趣味はない」
それは誰だってそうでしょうよ。
最低限の答えは辞めて欲しい。
「何で払って貰えないようなことするの?」
性格に問題だらけとはいえ、先生直々に紹介されるくらいには信頼されているはず。
その上、リピーターさんともなれば尚更。
それが出来なければ、いくらなんでも相談所をさせようなんてしない。
代わりに先生に請求したということは、なんだかんだ言っても真面目に相手をしたということだ。
でなければ、理乃本人が請求なんてしない。
手を抜いて全額貰う。というズルイことは一切しないという癖がある。
ただ、その対応がお客さんの怒りを買っただけで、逆ギレされたようなもの。
理乃の中では、相談所であって、ホステスじゃあるまいし、機嫌を取る必要はない。
スポンサーというわけでもない。
ということらしい。
そう言われるとそうなんだけれど、それでいいの?とも思う。
「面倒」
「もっと詳しく!」
それじゃちっともわからないでしょ!
嫌そうな顔してもダメ。
ペチペチとシーツを叩いて急かす。
振動やホコリが舞うのが嫌なのか、すっっごく嫌そうな顔にバージョンアップ。
気にしないもん。
「お昼ご飯、量増やすよ?」
「専門外」
溜め息を吐きながらでも答えてくれました。
そんなに食べるの嫌なの?
だからお肉着かないのよ。
私のお肉を分けてあげたいくらい…。
それに、専門外って?
さきほど、お客さんに対しては「専門外」とは言ったけれど、大学なんて行った事がなくても話を聞くくらいは出来る。
進路先や細かい話になってくると経験していない分野だと大抵はお手上げだけれど、そんなことを相談してくる人はいない。
先生や身近な先輩とかに聞いた方が現実的だ。
そもそも理乃に専門分野なんてあったっけ?
「専門って何?」
「選択肢の提示と分析」
なるほど。
「払って貰えなかった件ってどんなの?」
「色々」
まとめすぎて意味がわからない。
「具体的に!」
「欲しい言葉が貰えないとかいうくだらん理由で踏み倒された」
相談所に来ているのに欲しい言葉とは、これ如何に。
それではまるで、最初から理乃が何を言うか決められているような言い方じゃない?
それなら、相談に来る必要はないと思うんだけど…?
理解していない私を見て補足してくれた。
「自分で決めた事に後押しが欲しいだけなら構わん。だが、そうじゃないのは面倒」
「そうじゃないのって?」
呆れた顔しないで。理乃の話が抽象的すぎるの!
「はぁ…。自分の中で、既に台本がある奴がいる。俺がそれに合わない。または自分が欲していない発言をした場合、ヒステリー起こすのがいるんだよ」
なるほど。俗に言うヒロイン症候群みたいなモノだろうか?
確かに、渡されてもいない台本の台詞をいくつも読み当てるのは面倒。というより、不可能じゃない?
「いや。割と読みやすい。ただ、それに乗るのが面倒」
相変わらず、面倒を発揮する場所が少々おかしい。
その面倒を避けた結果、より面倒な事態になった事もあるくせに。
「さっきのババアがソレ」
もしかして、だから私に丸投げしたの?
理乃は人に自然と無意識に命令するのに、されるのは大嫌い。
そのせいか、相手に言わされる、というのが気に食わないらしい。
ワガママ極まりない。
その上、天邪鬼。
つまり、斉藤さんタイプとは相性が最悪ってこと?
過去にそのタイプに踏み倒されて迷惑を被ったのなら、かなり毛嫌いしているタイプっぽい。
それがわかっていたから私に任せたのかな?
斉藤さんは本来なら私が相手をする方が良いタイプだし、初めて経験するには一番向いていた気がする。
進路で親に迷惑を掛けた経験もあるから、お子さんの気持ちも察しやすい。
お客さんにとっても、私にとっても良い組み合わせ。
何も考えてないようで、色々考えているらしい。
大人になったね。私、嬉しいよ…。
お客さんの事も私の事も考慮してくれるなんて。
あんなに他人に興味なかったのに。
「今もないぞ。仕方なくやってるだけで」
何で大事な所は省くのに、余計な一言は多いの!?
「世の為、人の為じゃないの?」
良心的な相談所だし。
私が以前いた弁護士事務所よりもお客さん想いだ。
足手まといな事を気にしていた私としては、任された事もかなり嬉しかった。
結果は情けない事に理乃に頼ってしまったけれど、最初から上手く出来たら誰も苦労していないし、いつでもフォロー出来るように、ちゃんと同席していてくれた。
頭大丈夫か?みたいな視線、やめてくれる?
「俺は選択肢を提示してるだけ。決めるのは本人だろ」
選択肢?
何でそこまで話が飛ぶのかわからないけれど、それって、当人が一番わかってるんじゃないの?
相談事なんて、どうしても複合的な要因の場合が多い。
単一的な悩みの場合、わざわざお金を払ってまで相談には来ない。
本人にとっては、悩みと関係ないと判断した事象が、解決するのに必要な情報だった、という事はかなりある。
けれど、法律事務所や弁護士事務所とは違い、相談所ではそこまで追求しない。
それだと、本人が思い浮かぶ以上の選択肢の提示など不可能じゃない?
「マチ、お前に男が出来ない理由は?」
「いきなり何?」
それとこの話の関係がどこにあるの!?
理乃だっていないんだから、人の事とやかく言えないでしょ。
それに、理由がわかってたら彼氏出来てるわよ!
「ホレ、理由」
もう。えーと…理由ねぇ…
男友達もいないでしょ。
ここに勤めるまで時間も体力も余裕なかったし、
合コンとか婚活は、何か気が引けるし。
ガツガツしてるって思われるのも嫌だし。
「出会いがないから?」
うん。これが一番大きいと思う。
「こうゆうこと」
は?何が?
こうゆうって何?
「自分の性格に問題があるって点を無視しただろ。石頭」
「ぐっ…!」
「ついでに見栄っ張り」
「はぅっ!」
なんで私がこんなにも痛い所をザクザクと突つかれなければならないの!
「今の話と関係ないでしょ!」
うぅ。…石頭じゃないもん。
「あっただろ」
わかるかー!!!
イジメられただけじゃない!
石頭じゃないもん。
真面目とはよく言われるけど。
見栄っ張りなんて初めて言われたし!
「客観視と、自分に不都合な選択肢。それを見ない。見えない奴がいる。固定観念が邪魔したりな」
うぅ。そうゆうことですか…。
それならそうと言ってくれればいいじゃない!
何も私を例にしないで欲しかった。
心に大きなダメージを負った私は、昼食の準備でもして気分転換するために、フラフラと部屋を出たのでありましたとさ。
ぐすん。
理乃の分、多めにしてやるんだから!