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ぐうたら主の相談所  作者: 日下みる
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~理乃の世界~

理乃の世界は独特だ。

全て平面な世界。

空間はなく、閉鎖感もない。

似たような絵柄の景色がすぐそこにあり、空もない。

頭上にはその場その場で違う絵柄があるだけ。

地面と壁の区別も感覚としてはない。

樹海に彷徨っても、街の中にいても、理乃にとっては変わらない。

ただ先の分からない、どれくらいの距離かも、横に何があるのかも分からない世界。

有象無象に囲まれながら、それらが認識出来ない。

にも関わらず、音はよく聞こえる。

音だと分かるが、何を言っているのか分からない。

小さな音、大きな音、高い音、低い音、細い音、太い音・・・。

様々な音が理乃の頭の中に響き渡る。

距離感が分からない理乃には、音が何処から聞こえてくるのかも方向も分からない。

会話をしているのか、音の羅列。

そこには感情が籠められ、怒り、悲しみ、憤り、嘆き、楽しみ、歓喜。

音の色で感情を見分ける理乃には、言葉は音の羅列であり、色が着いている音でしかない。

色の濃い音は気持ちが悪いと感じる。

何を言っているのか分からない。

言葉を聞き取るのには、かなりの集中力や技術を必要とした。

未だに言葉を聞き取るのは苦手であり、スマホを持ってはいるものの、通話は苦手としている。

友人達は通話が苦手な事を知っている。

出ないのだから当然だ。

その為、メッセージなど文字で送ってくれる。

理乃が通話が苦手だと、嫌いだと知らずに電話や留守電をしてくるのは、彼女の母親だけ。

時折、思い出したかのように、一日に何件も、連日に渡り着信、それに付随して留守電が録音される。

その録音音声は暗く、媚り、用もないが構って欲しいという旨のみが延々と続く。

理乃には呪詛と変わりないようにしか感じられない。

赤ん坊の頃には夜泣きがなかった。

幼く、動くようになってから夜泣きが増えた。

それは、理乃の世界が広がったからだろう。

人は眠っている時、起きている間の情報整理が行われると言われている。

その情報整理を夢として見る。

その夢は幼い子供が耐えられるほど優しい景色ではなかった。

赤ん坊で布団の上にいる時は変わらない景色。

けれど、歩けるようになり、走れるようになって。

歩いても歩いても先のない、壁だらけの景色。

時には躓き、ぶつかりながらも進めど進めど景色が変わるだけ。

ごちゃごちゃとした家の中をグルグルと迷宮に彷徨っているかのように。

何を言っているのかわからない音の洪水に巻き込まれ、耐えながら。

そして、時間によっては様々な臭いが理乃を苛む。

情報の洪水を何とか処理出来る様になったのはいくつだった。

少しずつ、少しずつ増設していく。

気付いた時には、既に感情は心の奥底に沈み、何処にあるのかすら、分からなくなっていた。

出口のない迷路、樹海に入り込み、出口がどこかも分からず、延々と何を言っているのか分からない音が響き渡る世界。

空もなく、壁のようなもので塞がれた閉鎖された世界。

大人でも精神を崩壊してもおかしくない世界。

そんな世界に幼い子供がいつまで耐えられるのか。

耐えられる訳がなかった。

けれど、心の崩壊は彼女の生存本能が許さない。

逃げたい。もう嫌だ。

そう思ったのかもしれない。

彼女の心は、封印された。

それ以降、心ではなく思考で動くようになった。

心で動くのを拒否した。

心で動くと、辛い事しかない。

望みは叶わない。

他人に求めても自分が変わらなければ何も変わらない。

けれど、自分は欠けてばかりで出来る事が少ない。

ならば”動けるモノを作ればいい”

彼女は自分ではない動くモノを自分の中に作った。

甘えず、一人で生きていけるモノ。

自分が好きに動くと、不都合があった。

他人にダメだと言われた。

元から平面な閉鎖的な世界により窮屈さが加わった。

彼女はそれらを感じられなくした。

悲しみも、怒りも、窮屈さも。

感じなければ辛くない。

経験をし、不都合が生まれれば追加されていく鎖。

いつしか、自身に纏う鎖は数を増し、次第に動けないほど、重く圧し掛かるようになった。

息苦しく、狭く、重い。

その鎖は「取ってはいけないモノ」だった。

鎖を取ると「普通」ではなくなる。

廃棄される。

排他される。

生存本能の強さ故に、自身に危険や負担が掛かる事を許されなかった。

次第に矛盾していく鎖の数々。

ジャラジャラと重い鎖。

それらが面倒になった彼女はその鎖を認識出来ないようにした。

認識出来なければ、ただの欠陥品である自分。

多少増えた所で変わりはない。

けれど、その鎖が、時々、無意味に感じられた。

「ここまでする必要があるのか?」と。

「どうしてこんな事をしているんだ?」と。

自分も、少しくらいは「自然」でいたっていいじゃないかと。

社会では、誰しも仮面を被る。

素の自分でいる時の方が少ない。

会社にいる時。学校にいる時。家族といる時。恋人といる時。友人といる時。

一人でいる時。

人は様々な用途に合わせて被る仮面を変える。

匙加減を変える。

けれど、理乃にはそこまでの器用さは持ちえていなかった。

心のままに動いていた時代、母親に嫌悪されていた自覚のないトラウマ。

保育園で浮いて目立っていたトラウマ。

目立つのは生物上、非常に危険を伴う行為。

生き延びたければ目立たない方が生存率は高い。

彼女は目立つのが嫌い。ではなく、拒絶している。本能で。

自分の弱味を出来るだけ見せず、好きなモノも悟らせない。

弱味があって隠さなければいけないのなら、弱味は作らなければいい。

好きなモノが弱点になるのなら、好きなモノなど作らなければいい。

彼女の思考はシンプルだった。

そして、それを実行出来るほどには強い自制心を有していた。

それによって生まれる負荷も、既に認識出来ない場所にある。

けれど、認識出来ないだけで、ソレは存在する。

彼女の心を精神を苛んで行く。

「そんなもの、まとめて捨ててしまえ」

彼女は彼女を苛むモノを捨ててしまう。

好きなモノも、嫌いなモノも何もかも。

執着や嫉妬ですらも。

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