~お披露目 5~
真知子は中学時代、理乃と仲良くなり、一緒に下校していた。
遠回りになるにも関わらず、真知子の家に近いルートで、家の前で別れる程である。
部活に入っていない理乃はともかく、真知子は真面目に部活をしていたので、毎日とはいかなかったが。
一緒に下校するのが当たり前になったある日、理乃が掃除当番の真知子を置いて先に帰ると言った。
いつもは掃除当番でも互いに待っていたにも関わらず。
それにショックを受けた真知子は
「私の事嫌いなの?!」と聞いた。
もう嫌いになったから一緒に帰らないのかと。
用があって、先に帰るのなら仕方がない。
それならそうと言ってくれれば良い。
けれど、理乃からはそんな話を聞いた事はない。
そもそも学校以外で理乃がどんな生活をしているのかすら教えて貰っていない。
そんな事実を自覚し「実は嫌われてた?!」と思ったのだ。
否定や理由を言ってくれると思った。
だが理乃からの返答は
「…関係あるのか?好きか嫌いかと聞かれたら、別に」
ショックで固まり、言葉が続かない真知子に対し、話が終わったと判断した理乃はさっさと帰ってしまった。
その後の真知子は掃除も部活もする気が起きず、自宅へと一人淋しく帰った。
思えば、入学して以来、初めての一人での帰宅だった。
部屋で散々泣き続け、ご飯も食べなかった。
憂鬱な気分で翌日学校へ行けば、理乃は平常通り。
他の友人が真知子が何やらショックを受け、一晩泣いていた事まで伝えていたが、返事は「俺に関係あるのか?」だった。
それ以来、真知子は理乃に対して、一定のセーブを掛けている。
理乃は真知子から見て憧れの好みの男の子のようだった。
ぶっきら棒で天邪鬼だけれど。
分かりにくいけれど、優しくて、甘やかしてくれた。
宿題はして来ないが、誰かのを写す訳でもなく。
たまに注意すればきちんとやってくる。
少し面倒が掛かるが、それも好きな少女漫画に出てくる男の子そのままだった。
けれど、理乃にとっては「別に」。
いくら普段から自然と甘やかされてたのだと後から気付いても「自分は好き嫌いと言えば、興味がない別に」だと。
暫く経った後、愚痴を兼ねて本人に言ったら、衝撃の事実が返ってきた。
朝、真知子が「部活の道具を忘れたので、急いで一度家に帰らないといけない」という言葉を覚えていて、歩くのが遅い自分と急いで帰るより、一人で急いで帰った方が速いだろう。と。
そこに何故、好き嫌いが入ってくるのか理解出来ないと。
理乃の恋愛感情は壊死している。
その為、好きも嫌いもない。
一緒にいたくないならば友人をやっていないと。
つまり「真知子が泣いて様が関係ない」ではなく「真知子が泣く様な事をした記憶がない」が正解だったのだ。
勘違いが発覚した真知子は顔から火が出るかと思う程恥ずかしい思いをした。
「私、一晩大泣きしたんだけど!?」
などと墓穴まで掘った。
それ以来、真知子は理乃に期待しない。
そして、理乃は真知子が何で泣くのか分からず、より丁重に扱う様になった。
理乃は泣いてる女性に甘い。
泣かせるのは良くないとも思っている。
その結果の現状の臨時雇用である。
未だに生きていく為と勉強代くらいしか金の使い道がないので、真知子の給料は仕事内容の割りに高い。
学生ローンの返済を考慮された事と、各種スキルや資格を持っている理乃は自分の最低賃金が平均より遥かに高い事を忘れ、真知子に採用している。
給料が高いと思っている真知子はより必死に仕事をし、覚えようとしているのだが、変な所で鈍い理乃は「相変わらずマチは真面目」と認識していた。
真知子は大事な友人だが、年頃の女性である。
恋人が欲しいなら、作ればいい。
昌信は変人だが、まぁ大丈夫だろうと判断した。
本人達を無視して、マチの好みは正吾の方かと思った…などと考えていた。
理乃には色恋沙汰は難しく、基本関わらないようにしている。
真知子はイケメンに浮かれていただけで、昌信は理乃の分析通り好みではない。
男友達がいない真知子はイケメンな歳上男性にミーハー気分で浮かれているだけだった。
真知子も年相応の女性である。
自分に手が届く範囲くらい把握している。
この場にいる誰もが、自分にはとても届く範囲に収まっていないというのも。
経験豊富な昌信は複雑な乙女心に気付く事は出来た。
だが一安心と言えないのは、理乃の予想外の反応。
(え?ウソ。本当?俺、放置?)
大事な友人認定をされていると思っていたのだ。
真知子と仲良く話をしていた時の不機嫌振りも比重は真知子だろうが、少しは無意識に妬いてくれてたり?と気分を良くしていた。
感情の機微に疎い理乃の事。
思考よりも無意識の反応や態度で計る方が正確だと長い付き合いで把握していた。
そんな中、つい放電してしまう程の不機嫌を見れば、血の気を引きながらも期待してしまう男心。
理乃とお付き合いなり結婚したら、浮気はご法度だな、と妄想するくらいには浮かれていた。
ヤキモチ込みの嫌味くらい聞こうと。
それに対しツッコミを入れたら墓穴を掘ってくれるかも、くらいの企みはあった。
けれど結果は何も無し。
むしろ「二人で仲良くどーぞ」という雰囲気で放置。
先程とは違う意味で冷や汗がダラダラと流れ落ちる。
そんな昌信など見えないとでも言わんばかりに平常運転。
「洗い物くらい手伝うが?」
洗い物と言っても、洗浄機に並べてボタンを押すだけ。
「じゃぁお願いしようかな」
「ん」
猫舌な理乃が飲める様になるには、温く作るか、時間を置くか。
普通に温かく作る方が味は良い。
洗浄機が仕事を終えるまでの時間に汚れているテーブルや台を片付ける。
「理乃、いつもの席に置いておくよ」
「ありがとう。終わったら貰う」
洗浄機が終わりを告げる音を鳴らしたら、蓋を開け冷ます。
その間に再び出来る片付けをし、終わったら拭いて棚に戻す。
一連の作業が終わり、お気に入りの窓際の席へ。
非喫煙者もいる為、窓を開ける。
秋風が気持ち良く頬を撫ぜる。
気持ち良さそうに一人、月見酒ではないが、夜空を見上げながらぼんやりと一服中の理乃。
そんな理乃を気にする事なく真知子は話掛けて来る。
食後の理乃が孤立するのは昔からの癖だ。
中学時代もお弁当は一緒に食べるのだが、食べ終わるとフラリと何処かへ行ってしまうのを知っている真知子は疑問に思わない。
真知子は絡み酒で、素面だと怖い相手でも、飲んでしまえば関係ない。
流石に放置も出来ず、愛想笑いで相手をしていた昌信は心ここに非ず。
それを見て楽しんでいるのが他の面々だった。
「あらあら。お義兄さんたら。何しでかしたのかしら?」
昌信の片想いは仲間内では有名だ。
理乃に絡みに行った筈が理乃に放置され、あまつさえ、孤立しないようにとずっと真知子の傍にいた理乃が一人で一服中。
昌信と真知子の「イイ感じ」な二人きり。
一体どんなポカをしたのかと、結菜は心配半分興味半分。
何せ、ド凹み中の自分の夫の兄。
どんなバカをやっても不思議じゃない。
「調子に乗りすぎたんじゃないですか?」
葛西は白い目で抜け駆けをした相手を見る。
理乃の放浪癖はストレス後が一番発揮される。
猫の習性に似ているかもしれない。
ストレスを緩和する為、気分転換でフラリと何処かに行く。
社会に外れないように常に自制している理乃は、他人といるだけで精神負荷が掛かる。
会話をするのも各種能力がフル稼働しなければ出来ない理乃に、大勢での食事は負担でしかない。
理乃の慣れと訓練も含めたお茶会。
今までは真知子に気を遣って傍にいたが、一番ある意味癖が強い昌信と一緒で大丈夫なら問題なしと判断した理乃が孤立するのは自然な流れである。
二人が判断したのは、理乃の行動ではなく、昌信の態度。
付き合いが長い彼等には冷や汗状態なのが丸分かりである。
何せ、あそこまで顔色が悪い昌信など滅多に見ない。
そして、そこまで精神や感情に揺さぶりを掛けられる人間は理乃しかいない。
大変分かりやすい。
「皆さん、何かお代わりいります?」
「立川君、お義兄さんがどんなポカしたか知ってる?」
「ん?あー…まぁ、仕方ないんじゃないですか?」
一番近くにいたのは仕事をしていた立川。
面白い話の種明かしは是非聞きたい。
そんな好奇心が丸見えの結菜に立川は苦笑するしかない。
「それじゃぁ分からないじゃない!詳しく話してよ。あ。私、カフェオレで」
帰りの車を運転しなければならない結菜は酒が飲めない。
凹んでいる夫がチビチビと酒を飲んでいるのだ。
「了解です。葛西は?」
「俺はコーヒーで。それで何があったんですか?」
葛西もか。立川は呆れたが、葛西としては後学の為にも聞いておきたい。
同じ轍は踏まないに限る。
誰が地雷があると分かっていて踏むものか。
先立って踏んだ者は後の者の為にも情報は流して欲しいが、真知子に捕まっている為、本人に聞けない。
「携帯放置の理乃の代わりに、真知子さんの番号聞いてましたよ。営業スマイルフル稼働で。鮮やかなお手並みでした。後は、王様ゲームの説明してましたね」
いや~。美形は得ですね。なんて笑って続ける立川を厨房に見送り、二人は何とも言えない心境だった。
確かに、連絡が中々取れない理乃の傍にいる真知子の番号は知っておいた方が便利なのは分かる。
外堀を埋めたがるのは、昌信の癖と言っても良い。だが。
「好きな子の前でナンパするってバカじゃないの?」
「自分の営業スマイルの威力は自覚してると思いましたけど」
「それに、理乃ちゃんって下品な話嫌いでしょう?」
理乃の価値観では、恐らく王様ゲームは”下品”になるのではないだろうか。
「嫌いですね。父親が厳しかった様で、ダメなモノとして教わってますから」
真知子が真面目で不相応だと判断していなければ、完全に墓穴である。
真知子が勘違いを理由に浮かれていないのは見て明らか。
それは昌信も理解しているので、心配はしていない。
流石、長年理乃の友人をしているだけの事はある。
冷静な判断力であり、ミーハーに男と遊ぶ趣味もないのだろう。
そこも微妙だが、下品な話は完全アウトだろう。
そもそも、何処の世界に好きな子の前で他の子とゲームとはいえ、イチャついた話をするバカがいるのか。
しかも、潔癖の気がある相手に。
「二人とも、こっちにいらっしゃいな」
結菜が思わず声を掛けた。
二人よりもみんな一緒に居た方が回復も早いだろうから。
「結菜さ~ん。昌信さんのナンバーゲットしちゃいました~♪」
完全に遊んでいる。
楽しそうな足取りでドリンク片手に合流する。
「そう。良かったわね~。理乃ちゃん関係でしか掛かって来ないけど」
念の為、忠告はしておく結菜。
「ふふふっ。分かってますよ。昌信さん、理乃が席立ってから、笑顔がぎこちないんです。ふふふっ」
所詮は真知子も類友である。
大した観察力だ。元弁護士なだけはあるかもしれない。
昌信は基本的にポーカーフェイスで、現状でも大抵の人間は平常時と見分けが着かない。
初対面でありながら、昌信で遊ぶとは、只者ではない。
「葛西…」
「先輩の自業自得です」
年下の女の子に遊ばれた昌信はグッタリとフラフラした足取りで合流し、ドサリと椅子にだらしなくもたれ掛かった。
完全に燃え尽きたぜ、の体である。
「ねぇ、葛西…」
紫電の話は誰にも言えない。
真知子に合わせて「凄い静電気」で通す。
アレは施設内だけの秘密にしなければならない。
だが、アレがなければ、ここまでショックを受ける事もなかった。
知らなければ、少しだけ漏れた理乃の心に気付かなかっただろう。
”拒絶”
理乃が放電する全ての時に一致するもの。
みんなが引き留めても、真知子君ですらも、理乃は関係性をブチ切るかもしれない…
「何ですか」
何度も名指しで声を掛けないで欲しい。
「俺達、美形とかイケメンとか言われるけど、理乃って人の顔の判別出来ないから意味ないよね…」
「・・・」
理乃は未だに顔の判別が出来ない。
その為、雰囲気や声で判別している。
その雰囲気は服装や髪型などの外郭でもなく、気分や成長、老化などにも左右されないモノらしく、数年振りでも成長期を隔てても判別が可能である。
ある意味、顔で覚えているよりも応用が効く。
特に女性はメイクや髪型でガラリと変わってしまう。
それすらも理乃には関係ない。
イケメンも美形も区別が出来ない。
理乃の”好み”は性格なども反映されているらしい雰囲気で選り分けられる。
他の人間は一切共感出来ない判別方法だった。




