~お仕事 外部編~
週明け、昼食にと外で待ち合わせをし、食事をしながらの簡単な事前打ち合わせ。
理乃はその日の機嫌なのか気分なのか、対応に差がある。
その為、細かい打ち合わせは当日にした方がズレがない。
とは言え、実際に見てみなくては話にならないので、入念な打ち合わせが出来る筈もなく、直ぐに終わる。
「そういえば、そろそろ季節だね」
「あ?」
「毎年やっているだろう?」
「ああ。アレか」
何ともローテンションな事だ。
周りはお祭り騒ぎだというのに。
年に数回ある内の一度だけ、理乃は舞台に上がる。
近所の神社で行われる神楽踊り。
理乃の兼業での稼ぎ口。
この事実は、葛西が口を開くまで誰も知らなかった。
葛西曰く「知ってると思った」
理乃は自分の情報はなかなか流さない。
一番流している相手は葛西だろう。
それを知った時の兄さんは凄かった…。
施設を出た理乃は、暫くして、縁が有り日本舞踊を習い始めた。
葛西からの情報によれば、大荷物を抱えた和服の女性が目の前を歩いていたのを見つけ、手伝いが必要か聞いたらしい。
それがキッカケでその女性に気に入られ、勧誘されたのだそうだ。
理乃自身もその女性とは気が合ったらしく、弟子入り。
本人曰く「ただの営業だろ」と言うが。
その女性は他の場所では各地で教室を開いていたが、家の近くでは開いていなかった。
そろそろ家の近くでも開こうかな、と思っていたくらいだったそうだが、理乃と知り合い、教室を開く決断をした。
その教室では最初の弟子と言う事になる。
その上、家が近いと言う事もあり、その女性の娘さん達も出入りし、仲良くなった。
しかもその女性は日本でも有数な大流派の直系跡取りだった。
小さな頃に弟子入りし、未だに習っている。
名前だけで入門者が順調に増えるほどの大御所。
新しく入れば、辞める人間も多い中、マイペースに習っていた。
そうして、師匠が余りにも強く勧めるので、名取りまでは修得した。
師匠に名前を付けられる際、二つまでは絞れたものの、どちらにしようか悩んだ師匠は、理乃にどちらがいいか聞いた。
何せ、これから自分が名乗り、呼ばれる名前だ。
悩むのなら、本人の意向も聞いておこうと思った。
いつもならば直感やら順当に決めるのだが、何故かこの二つは悩む。
「月代と雪代どっちが良いかしら?」
存在感がありながらも幻の様に儚く、曲に合わせて様々な雰囲気を作り踊る。
それは見る度に表情が違う月のようであり、一見するとわからないが、同じ形が二つとない雪のようでもある。
「・・・月代で」
「そ?じゃあ、月代と名付けます。これからもよろしくね」
「よろしくお願いします」
師範代は性格に合わない、という事で辞退。
それには師匠も「それもそうね」と納得した。
理乃は覚えが良く、勘も良かった。
出来ない人間が何故出来ないのかわからない。
教える立場には向いていなかった。
その後、毎年恒例、というか暇があればしている神社の境内をぼんやりと花見がてら散歩中、次第に神主と話すようになり、気に入られ、何処から聞いたのか神楽を踊る様に頼まれた。
目立つのが大嫌いな為、辞退したのだが、そこは食えない神主。
搦め手で来られ、師匠とも手を組んだ。
一切舞台に立とうとしない理乃。
舞台に立つには何かとお金も掛かるし、強制も出来ない。
普通は日本舞踊を習おうとする人間は親なり本人が顕示欲が強く目立ちたがりが多い。
その分、自尊心も高いのだが。
そんな日本の伝統芸能という格式高そうな所は泥々とした悪霊跋扈と違わない巣窟。
そんな世界に次期跡取りとして生きてきた女性の強さたるや。
一筋縄でも二筋縄でも太刀打ち出来ない。
基本的には素直な理乃がそんな二人に抗える訳もなく、渋々と受諾した。
その話を聞いた兄さんは、最初はキョトンとした後、腹を抱えて、涙を流すほど大爆笑。
兄さんの間抜け面を初めて見た。
それに人生最大の爆笑だと思う。
笑われた理乃の不満気な顔など気にもしない。
思う存分笑った後…
「あー…。もう無理。完敗。うん。完全に完敗。ねぇ、理乃。俺の人生をあげるよ。結婚しない?」
と唐突にプロポーズをした。
「病院行って来い」
理乃はと言えば、生まれて初めてだろうプロポーズをばっさりと断っていた。
断られた兄さんもわかっていたのか、というか誰でもわかるだろう。
「やっぱり?だよねぇ」
なんて飄々としていた。
プロポーズはそんな軽々しくするものではない。
その気もなかった言葉をプロポーズに取られた僕が言うのも何だが。
「そっかぁ。月代か雪代ね。流石と言うべきかな?」
「・・・だな」
「良かったのかい?」
「ああ。代わりじゃないからな」
「そう。君がそう言うなら、良いけれどね」
「代わりになんてなれない」
「そうだね。君は月でいいよ。あの子達が望むのは代わりじゃない」
「・・・知ってる」
そんな遣り取りがあった事は当人の二人しか知らない。
同じ流派から、月読という子供が正月と春に踊り、秋には月代が踊る。
「月姉妹」と呼ばれ、この街の知る人ぞ知る名物イベント。
写真や動画の撮影が禁止された神聖な祝宴。
場所取りは困難を極め、年々と激しくなっていく。
「そういえば、今年は正月も春も踊ったんだって?何で教えてくれなかったんだと兄さんが拗ねていたよ?」
忙しいのに、合わせて休みを取るくらいだ。
「わざわざ見に来るものじゃない」
相変わらず興味がないというか素っ気ないというか…。
理乃の中では、日本舞踊は人に見せるのが大前提だという。
そして、神楽は祈祷に位置する為、人が見るのはついでであり、神に捧げるものらしい。
特に理乃が担当しているのが感謝を込めている神楽だからだろう。
正月や春は願いを込めて、感謝し、喜ぶ。
一言で言うと同じように感じるが、踊っている側からするとかなり違うらしい。
芸術の事は医者畑の人間には遠過ぎてよくわからない。
理乃自身は無神論者ではないが、無宗教。
日本人らしく、ほどほどに万神様の感覚だ。
「今年も凄そうだねぇ」
「雑談は終わりだ。着いたぞ」
はいはい。
本名は公開されていない。
教える気はないのだろう。
家族すら知らない。
同じ流派の知人を除けば、名前を知っているのは、葛西を始めごく少数のみ。
その事に気分を良くしながら、思考を仕事へと切り替えた。
隣で嫌そうにしてる彼女に気付きもせずに。




