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ぐうたら主の相談所  作者: 日下みる
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~ただいま編2~

当時、武田は理乃と会う機会がなかった。

武田の元には母親が定期的に訪れ、やれ「娘と友達みたいな関係になりたいって言ったら断られたんですけど、どうしたら良いですか?」だの「娘を真似してピアスを空けたら運が悪くなった気がするんですけど」だの…。

そんな情報しか入って来なかった。

親子が友達の関係を築ける訳がない。

親は親であり、子は子供だ。

中には友達のように仲が良い親子もいるだろうが、それは親子関係が良好な事が必須条件。

既に親子関係が破綻し、親が子の後を引っ付き、真似している時点で友人ではなく取り巻きでしかない。

何も言わず、静観していられるのは凄いと思った。

何せ、洗濯物から服装から下着までチェックし、真似していると聞かされている身としては「気持ち悪い」と言わないだけでもかなりの忍耐が必要だった。

当人ともなれば、気持ち悪さは倍増だろう。

よく我慢出来るものだ。

後から聞いたら「たまに私服が無くなり、探したら母親のクローゼットから出て来たな。無くなった私物は大抵は母親のクローゼットの中にある」と淡々と答えられ、鳥肌が立った。


暫くして、一人蚊帳の外が我慢出来なくなり、武田は葛西の本屋で張った。

呆れた視線を向ける後輩はガン無視した。

周りからあそこまで聞かされたら、当人に会ってみたくなるではないか。

店に理乃が訪れた。

店長の葛西に軽く挨拶し、本棚を一通り見て行く。

武田には視線一つ向けない。

確かに一度しか会った事はないが。

覚えていなくても当然なのだが。

何故か我慢出来なくなり、声を掛けたが「コンニチワ。ドーモ。ハァ」しか返って来ない。

そこで僕は何故かキレた。

「歳上に対してその態度はなんだ!」

汚ないモノを見るような視線が向けられた。

「・・・尊敬に値する人間であれば、自然とそうする。怒鳴り散らしてまで薄っぺらい形を強要するなんて、あんた、よっぽど実が無いんだな」

その時の私の衝撃というかショックというか頭の中も心の中も怒りと混乱の洪水にまみれ、難破する手前だった。

「なっ!年長者は敬えと習わなかったのか?!」

「年長者は、尊敬に値する経験と人間性を有しているのが大前提だ。中味のない年数を生きて来ただけの人間には適用されない。あんたは習った事を表面だけ受け取ってるだけにすぎない。何故なのか考えた事もないのか?全てに理由が存在する。その理由なくして、それを授かろうなんざ調子が良いにも程がある。どうしようがあんたの自由だが、それを俺に押し付けるな」

そこで葛西の仲裁が入った。

その話を聞いた兄さんは大爆笑。

「頭わっる!!つか、自分がどれだけ不審人物か自覚してないとか、馬鹿の極みだよね。お前は周りから聞いてるから知ったつもりだろうけど、あの子から見たら初対面のおっさんが絡んで来ただけでしょ。お前、小学生から自分がどう見えると思ってんの?おっさんだからね?お・じ・さ・ん。そりゃ追い払われるよ…!馬鹿だとは思ってたけど、本当に救い様がない馬鹿だよね!」と…。

兄さんの大爆笑は、その時、産まれて初めて見た。

こんな風に普通に笑う事があるのか、と呆然とした。

未だに酒の肴に持ち出される。

むしろ、理乃が居たからこそ、兄さんと飲めるほど関係が良好した。


葛西が兄さんに言われ仲介し、葛西、兄さん、僕、僕の妻、理乃で喫茶店に集まった。

一同に会してから、定期的にお茶会が行われた。

大人の中に子供が一人。

それでも怖気ずく事もなく、マイペースだった。

子供だと浮く事もなかった。

浮いていたのは、僕だった。

理乃は自分で言う通り、相手に併せて対応していた。

媚びる事もなく、無礼でもない。

許せない人間には、形だけの礼節を。

丁度良い匙加減。

馴れ馴れしくもなく、踏み込み過ぎる事もない。

大人でもないのに、大人のように相手との距離感を測る。

けれど、素で接している姿を見て、自分には形だけの礼節で距離を取られるのが嫌になった。

初対面で怒鳴り、求めたのは自分。

理乃は、知人の知り合いという”必要”が発生した武田には表面的には礼儀正しかった。

必要がない限り、話し掛けもしない。

話し掛ければ、それなりの返答は来る。

表面的で上っ面だけの何の意味もない返事が。

礼儀には適っている。

礼節とは距離があるもの。

上と下。上下関係が発生し、対等には決してならない。

対等でもなく、信頼も尊敬もない人間への形だけの礼節の何と虚しい事か。

理乃がまだ施設に行く前からお付き合いをしていた女性に当時から相談していて「僕達の子供はきちんと一緒に育てよう」という発言をプロポーズと取られ、数年前に結婚していた妻が仲介してくれてから初めて話をしてくれるようになったものだ。

どうやら、妻が本当に心配していたという事をアピールしてくれたらしい。

妻のアピールを無駄にしない為に相手をしてくれるようになったと考えるべきだろう。

ほんわかとした柔らかな外見に反して、しっかりと芯の強い女性だ。

決して惚気ではなく。

そんな妻の相手を理乃は優しく対応した。

そんな二人を兄さんは眩しい物を見るような、寂しそうな顔で眺める。

兄さんの色んな表情は理乃を介さないと中々見れない。

色んな兄さんの顔を見る内に、自分の中にあった、兄さんへの反発も嫌悪感も無くなった。


理乃は平等だった。

正しく平等に不平等だった。

兄さんへの態度。

葛西への態度。

僕への態度。

妻への態度。

兄さんと葛西とは、親しくなるだけの時間と密度と心の関係性があった。

それ等が全くない自分。

自分は話に聞いていただけなのに、葛西達と同じ距離を要求した愚か者。

共に過ごした時間も関わりも何一つない事を忘れて。

一方的な心。

勝手に押し付け、それの対価を求めた自分。

兄さんの独立には文句を言わなかった父。

自分には、まだ勉強不足だと独立を許してはくれない。

僕は今まで、きちんと向き合った事があっただろうか?

目の前の理乃は、幼いのに、必ず真摯に応えている。

態度の悪かった自分にすら。

中身のない返事しか返って来ないのは当たり前。

僕がきちんと彼女を見ていない。

それに併せて答えているだけ。

一方的に押し付けない。

相手が求め、それに応える必要があると判断した分だけ応える。

妻が僕の事をアピールした。

妻の熱意を汲み取り応える。

そして、決して受け身だけではない。

きちんと渡す。思いやる。

それは与えられなくても等しく振り分けられていた。

気にしなければ気付かない程、自然に、当たり前に。

母親からの「友達のような関係」を断ったのは、その関係に必要なモノが築かれていなかったから。

友達は宣言してなるものではない。

築かなければ関係性は生まれない。

知らない人間同士ならば、宣言がキッカケになるだろう。

けれど、親子という土台がある上で、唐突な友人関係は築けない。

過去に自分を殺そうとし、売り払い、ストーカーしている状態で友人関係など築ける筈もない。

自分は彼女の母親と大差ない事をした。

まずは、関係性を築かなければ、彼女には近付けない。

呆然としている僕に気付いた兄さんが、ニヤリと笑った。楽しそうに。

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