~ただいま編~
施設を出た理乃と最初に遭遇したのは、予想通り葛西だった。
知識欲の塊だからね。
「久しぶり。随分と閑古鳥が鳴いてるな」
「あぁ。久しぶり」
葛西の店は、商店街唯一の本屋ではなくなっていた。
開拓地だったのも有り、着々とチェーン店の本屋が軒を連ね、個人商店では勝てる筈もなく。
「・・・専門書ばかりの古本屋にでもしたらどうだ?私用の本棚から幾つか出せば、金になると思うが」
葛西の私用の本棚は幼い頃に見ている。
何処を見ているのか、上に視線を向けながら言ったとか。
あの日を境に三人でよく会うようになった。
俺は忙しくてなかなか会いに行けないからね。
あの子の生活サイクルでは、俺に時間が出来た頃には夢の中だし。
情報提供をしてもらわないと、巻き込んだ意味がない。
葛西から「あれは何処を見てるんだ?」と聞かれた。
何処って、そりゃぁ…
「脳内の記憶映像を引っ張り出しているんでしょ」
「は?」
普通はそう思うよね。
でも、あの子はそれくらいは出来るよ?
最も、記憶している映像だけで、記憶すらされていない過去は思い出せないけれどね。
家族の顔とか。弟の顔とかね。
あの子が葛西の私室に訪れたのは保育園の時。
それから数年も経ってるし、何回も行ってないんだっけ?
「そんなモノを思い出せる人間がいるのか?!」
と晴信は混乱してたけどね。
何でもかんでもお前の尺度で物事を測るその無自覚な傲慢はそろそろ直した方が良いよ?
ま、それもあの子に会えば少しは直るかな。
葛西は特に気にもしない。
「なるほど」と受け入れていた。
葛西も大概マイペースというか、大雑把で気にしないというか。
一人「僕の感覚がおかしいのか?!いや、でも普通そんなことが可能なのか!?無理だろう!!」と混乱の渦にのめり込んでいる愚弟の滑稽さと来たら!
そりゃぁ、親父も独立に反対するよね。
お前の中で有り得ない事をする人間は全て「妄想、幻覚、思い込み。そんな事は有り得ない」と拒絶。
世の中、お前の知らない事の方が多いと気付きなよ。
「古本屋もチェーン店が猛威を振るっている」
「チェーン店では新しく売れ筋しか置かない。買い取らない。昔の本はなくなる一方。昔の本の方がいずれ手に入らなくなる。価値は上がる。図書館も注文したものや流行りモノしか入荷しない。マニアなモノを取り扱えばいい」
「そう簡単に行くか?」
経営はそんな簡単なモノではない。
「どうせ趣味でやってる店だろう。ならば一層の事、徹底した趣味に走ればいい。同類が足を運ぶ。大型企業と真っ向から戦うよりマシだ」
葛西の本屋経営は趣味だった。
実際の収入源は賃貸利益。
幾つか相続したビルやマンションの貸し出し。
俺達が良く行く喫茶店もその一つ。
その考えも悪くないと思った葛西はその提案を採用。
結果、知っている人は知っているというマニア向け穴場へと代わった。
売りに来る人間も、買いに来る人間も定期的に訪れる。
潰れて行く個人商店の本屋、古本屋を横目に、葛西書店は未だに経営している。
俺も行くしね。
溢れたら売りにも行くし。
専門書の価値は関係者しかわからない。
チェーン店になんて売りに行っても金額も付かない。
売れないだろうからね。
価値のわかる店に行くのは当たり前だろう?
いくら古い本とは言え、新しい本はその古い説を踏まえてのもの。
当然、内容は作者の仮説や意見が取り込まれている。
その前段階を知りたい人間は、その前提の時期の書物を読む。
仮説を含まれた書物が乱列する。
何が作者の仮説なのか。
どうしてそうなったのか。
研究肌や学者肌の人間は遡って調べる。
けれど、現代ではなかなか古い本は置いていない。
絶版物とかあるしね。
そんなマニア層を対象とした葛西書店。
大型企業はデメリットが少なく、メリットが多いマニア層向けよりも大衆向けになるからね。
神保町の古本屋が一時期人気があったのも同じ理由。
世間に出回らない本。
けれど絶対に需要がなくならない本。
細々とし、大儲けは出来ない。
けれど、個人商店だからね。
それくらいが丁度いい。
チェーン店が売れないと見切りを付け、図書館が古いからと格安で売られる本を買い付ければ、稼ぎになる。
何冊で幾ら、とかだからねぇ。
勿体無いったらありゃしない。
本が好きでマニアな葛西には性に合ってたんだろうね。
静かだけれど、閑古鳥は鳴かない。
静寂の中、目当ての本を探し、見つけた時の気分は宝探しと似ているね。
俺もたまにビックリするし。
「何処で見つけたの?!コレ!」みたいな。
「理乃が持ち込んできた」と言われた時の悔しさやら何やら。
「ぐぬぬ…」となりながらも「よくやった!」とレジに行ってる時点で俺の負けかな?
値段?見てないよ。そんなの。
欲しい本には金出すさ。
定価以下だしね。
買わない手はないでしょ?
それだけお目に掛かれない本ばかりだし。
あの子の読むジャンルって広いしね。
和訳の文章にまで拘るから、読みにくい翻訳本とかまず読まない。
日本語下手な癖に、読むのには五月蝿いとか、本当に面倒な子だよねぇ。
ま、そこが面白いんだけどね。




