~大人組 編~
理乃に届け物をした足で所長はそのまま目的地へと向かった。
呼び出した連中は既に来ているだろう。
いつも使う喫茶店兼バー。
落ち着きがあり、シックな店。
一見さんはちょっと入り辛いけれど、慣れてしまえば落ち着く閉鎖的な空間。
誰にも観察されず、誰もが干渉せず、けれど不思議な一体感。
ここも後輩の店だからね。
時間を気にする必要はない。
普通の客は既に居酒屋にでも河岸を代えているだろう。
一般人に聞かせられる話でもないし、いっそ「閉店」の札でも出させてしまおうか。
まぁ、店主は気が利くから言わずともやってくれるかな。
接客業はそうじゃなくちゃ。
「やぁ、待たせたかな?」
少し長居をして待ち合わせに遅れてしまったが、まぁ良いだろう。
こちらは休日がないほど忙しい。
席に近寄りながら、注文をし、席に着く。
はぁ、疲れた。
あの子の抜けた穴は大きいね。
「兄さん…突然人を呼び出しておいて遅刻って…」
「まぁまぁ。良い事を教えてあげるから、そう急かさなくても良いだろう?おや。葛西も久しぶりだね。元気かい?」
「・・・お久しぶりです」
弟と大学の後輩だ。
今日は奢ってやるから安心すると良いよ。
楽しく飲もうじゃないか。
飲まないとやってられないさ。
「さて、君達も気にしていたから教えてあげるよ。勿論、タダで、という訳にはいかないけれどね。どうする?知りたいかい?」
「何の事か分からないのに答えられる訳がないでしょう」
やれやれ。本当に名前負けしている弟だ。
もう少し聡くないと。
このメンバーでの共通点なんて限りがあるだろうに。
まさか今まで気付いてもいなかったのかい?
「晴信、君の患者さんの娘の話だよ」
「?!何故、兄さんがそのことを?」
何故って…
「子供の預け先を俺の所に誘導したのは親父だからね。そりゃ知ってるさ」
今まで白い目で見てた癖に、いきなり頼みがある、とか言って来たからビックリしたなぁ。
ま、お陰でかなりメリットがあったけど。
あの子供は興味深いよ。
あんなに興味が引かれたのは産まれて初めてだからね。
これから先、俺の庭から出たあの子は苦労するだろう。
協力者は多いに越した事はない。
親父は俺に頼んだ時点で手駒の一つ。
けれど、駒には遠過ぎる。
もう少しあの子に近い手駒が欲しい。
「おや。固まられると困るんだけどね。葛西?君、固まってるのか、普段通りなのかどっちだい?」
全く。大の大人がこれしきの事でそこまで固まる事もないだろうに。
そんなんじゃぁ、あの子に食われてしまうよ。
「%$〒○×?!」
「ごめんね。俺、人間の言葉しか分かんない」
日本語とは言わないけれど、人類の言葉を話してくれないかな。
「に、兄さんの所って実験研究所じゃないですか!?」
「?!」
おや。葛西、君は俺が何してるか知らなかったっけ?
「人聞きの悪い。医療研究所だよ。良心的なね」
「良心的な研究所でどうやったら死者が出るんですか!?」
「晴信、君はおバカさんかい?親に売られた子供が自殺するのは珍しい事ではないよ。この日本ではね」
身体的コンプレックスを持っているならば尚更だ。
親に見捨てられ、一人で生きていけると思えるほど、この国の子供達は強くない。
君の所の患者の中にもいるだろう?
自殺した人間の一人や二人。
「はぁ…わかりました。何でもするので、情報提供をお願いします」
おやおや。ダメだよ?そんな事を言ったら。
俺が死んで来いとか、一人殺して来いとか言ったらどうするんだい?
きちんと要求は聞いてから条件は飲もうね。
「葛西も同意かな?」
「はい」
全く。素直なのかバカなのか。
これからはこまめに鍛えてあげないといけないね。
「「?!…さ、寒気が…」」
仲良しで何よりだよ。
勘も良いじゃないか。
そうじゃなきゃ、あの子の側には居られないからね。
母親同様、病んで行くか。
父親同様、道化になるか。
それとも、信奉者になるか。
そんなんじゃあ、困るんだ。
あの子の類友くらいにはなってもらわないと。
「簡単な事だよ。娘を疎んだ母親。虐待の有無は知らないけれどね。まぁ、一緒にいても良い事は起こらない。ここまでは良いかい?」
これくらいは認識しててもらわないと、晴信、君は今すぐ転職を勧めるよ。
「はい」
葛西?君、もう少し話そうね?
まぁ、頷いたって事は君も少しは気付いていたのかな。
バイト先の店長に気付かれるって、あの母親の外面も程度が知れるね。
「何をしても気にしない娘。少しでも優位に立ちたい。けれど何をしても怯えもしない。母親は自分がした事は自分に返ってくる。告げ口されたら不利になるからね。母親はそれを数えられない程積み重ね、娘の手札は増える一方。という錯覚をした」
叩こうが、無視しようが何しようが、あの子は気にしない。
気にならない。
同じ次元で生きていない人間を認識出来ない。
それが弱い人間なら尚更。
弱者は守る為にしか認識しない。
自分に恐怖を抱かせない存在は無いに等しい。
それは、あの子側の認識。
母親はどう思うだろうね?
「悪い事をした自覚がある人間はどうすると思う?自分の立場を守る為に」
「隠すか、逃げる…?」
そう。それが普通。
簡単に開き直れるならば、もっと社会は単純で野蛮だろうね。
まぁ、今でも充分、単純で野蛮だけど。
自白もしない。
何故なら、それを恐れて積み重ねて来たんだからね。
罪の意識に耐えかねて、とかならばあるかも知れないが、それほどのコトでもない。
「この場合、隠すのは娘。知っているのは娘だけだからね。けれど、人一人隠すのは大変。では、逃げる?何処に逃げる?今の立場に固執している人間はそこから逃げる事はない」
娘のせいで悪い事をし、娘のせいで窮地に追い詰められ、自然に事故で殺そうとしたけれど失敗。
口封じの為に人殺しになる度胸もない。
それでは支離滅裂だ。
母親は追い詰められながらも冷静だったね。
きっと、そんな事を繰り返して今まで生きて来たんだろう。
「晴信、君はどうしようとした?」
「…最悪、児童センターに通達を。と思っていました」
あははは!面白い事を言うね?
「あの子供を児童センターに?灰汁の強い家族に囲まれて育った子供が、児童センターなんて真っ当な所で手に負える訳がない」
「そんな事はありません。引き取り、相応しい里親を見つけ、幸せに暮らしている子供も沢山います」
「それは、普通の子供だろう?君はあの子が普通に見えたかい?」
俺には見えなかったよ。
ウチの研究員すら手に負えなかった子供。
「それに、あの子が親元から離れたいと思っていたとでも?葛西、君はどう思った?」
「・・・母親に歩み寄ろうと、理解しようとしてる様に思いました」
そう。普通は母親に嫌われても、そのまま逃げる子供なんていない。
母親に好かれようと努力する。
随分と平和で平凡な手段。
子供ならば大抵の子供はそうする。
思春期の子供ですらね。
それが小さな子供では、それしか生きる道はない。
「晴信は?」
「同じですかね。従順でしたよ。躾られた犬のように」
君が怒る事でもないだろうに。
「おかしいと思わなかったかい?」
そう、おかしいんだよ。
その行動が。
その態度が。
手段すらも。
あの子供だと思えば、ね。
あの子には、もっと簡単に自分を守る手段を持っている。
母親に認めさせる手段が。
母親が自分に手を出してこないようにする方法などいくらでも。
「おかしい…ですか?確かに、子供を犬のように躾るのはどうかと思いますが…」
あははは!
それって珍しい事かい?
言葉を話すペットと勘違いしている親など沢山いるよ。
着せ替え人形にしていたりね。
「そこじゃないよ。あの子の行動とあの子自体の在り方に違和感はなかったかい?」
「確かに、口調と雰囲気がバランスが悪いな、とは…。あとは服装と行動の不一致くらいしか…」
ああ。君はあの子と接触が少ないのか。
あの母親らしいね。
知られて不味いようなモノは自分から持って歩かない。
「葛西は?」
「・・・母親との関係性、立場が逆転しているな、と。母親よりもよほど大人でした。あと、これは何となくですが、母親を観察している様にも感じました」
葛西の方が余程見る目があるね。
まぁ、あの子と葛西は少し似ている所もあるから、接触も多かったのかな?
晴信は相手にされてないだろうね。
覚えてもいなかったし。
「普通は母親に認められようと従順になる。良い子になる。愛して貰えるようにね。けれど、あの子はそんなモノは求めていない。だから普通の親子の関係性にはならない。母親がそうならば、自分の行動を変えれば良い。害されないように。その為の従順と、観察。どうすればいいのか、母親の好み、パターン、思考のサンプルデータを欲した。嫌われていようがあの子には関係ない。気にならない。バイト先にまで顔を出したのは、外での母親の情報が欲しかったから」
「ちょっと待ってください!意味が分からないですよ?!何でそんな所に飛躍するんですか!?」
うん?
何か飛んだかい?
「母親からの愛情が欲しくて従順になり、少しでも傍にいようとバイト先にまで来ていたと考えた方が自然でしょう?」
君の中でのあの子はどう見えているんだろうね?
庇護を欲する子供にでも見えたかい?
「あの子供から媚びを感じたかい?愛して貰いたいだなんて押し付けを?」
それこそ在り得ない。
「それは…なかったですが。そもそも無表情でしょう。感じるも何も」
「愛されたいのなら、愛想を良くするのは基本だろう?それなのに無表情という方がおかしいだろうに」
「それは…葛西も無表情ですし、珍しくもないかと。特にあの子は経験が余りにも足りていない。情緒面が育っていなかった」
無表情な子供と愛想が悪い大の男を一緒にするのもどうかと思うけれどね。
「人間嫌いの葛西と小さな子供が同じ時点でおかしいだろうに。まぁ、経験が足りない、というのは正解だね。だから情報収集の為に母親の傍を彷徨いていたんだろうね」
愛想もなく、ただ傍にいる。
手伝いくらいはしただろうね。
覚える事が好きだから。
「そもそも、情緒面が育ってない、とは何処から来たんだい?」
泣き虫の癇癪持ちだったらしいじゃないか。
ウチに来た時には既に無かったけれど。
「嬉しい事や楽しい事も知らない子供ですよ?感情、情緒面の成長が著しく平均以下でしたよ」
「娯楽が生きるのに必要なのは、暇も持て余した人間だけだよ」
生活が便利になり、暇な時間が増えた。
その時間を持て余した人間が娯楽を求める。
時間が足りないあの子はそんな余裕もない。
「子供は遊ぶのが仕事でしょう。その遊びを通して色んな事を学ぶ」
「その遊びを制限されていたら?」
外出の制限、室内での制限。
あの子供の部屋を見れば、何も与えられていなかったのは一目瞭然。
「だからその環境を変える必要があった!」
「そう。その通り。だから親父は俺の所に来る様に母親に情報を流した。下手な所に捨てられたら、それこそどうなっていたかわからないからね」
「強引過ぎるでしょう!?他にも手段はあった筈です!」
「あの子が母親を凌駕し、脅し、恐怖により押し付ける手段かい?」
あの子にとって、一番”楽”な手段。
それをしなかった理由は?
後々、面倒になると予測したからだろう。
「子供にそんなことは出来ない!母親の意識を親として育てるのが普通でしょう?一人の人間として自信が持てれば、あの子を育てる余裕くらい持てます。あの子は手のかかる子供じゃない」
どれだけお前は夢を見ているんだろうね。
「親が育たなかったら?自分を変えるのと、他人を変える事。どちらが簡単で合理的で効率的だと思う?」
大人になるまで根付いた性格を変えるのは困難を極める。
けれど、成長期の子供は遥かに柔軟で成長速度も大人の比じゃない。
「人は簡単だからと合理的とか効率的と変われるモノじゃない。子供なら尚更そんな考えは生まれない」
「・・・なるほど」
おや。葛西は気付いたようだね。
「何がなるほどなんだ?!」
うん。葛西がこの愚弟に教えてあげてよ。
俺、疲れちゃった。
話が進まないし。
あ。お代わりくれる?
「あの子は、母親が変わらないなら自分が変わる方が早いと考えた。そして、対応方法を知る為に母親の性格を知る必要があった。だから観察した」
「子供は親に守られて当然だ!」
あ。ありがと。
うん。美味しいね。
え?車だって?大丈夫。今夜はここで寝るから。飲酒運転にはならないよ。
「その”当然”がなかった。無い物は知りようがない。経験がないから。そして、あの子には対応出来る柔軟性があった。晴信はあの子が情緒面が育ってないと言ったが、育ってないんじゃない。本人に育てる気がない」
そうそう。
君、よくそこまで分かるね?
それだけ似た物同士って事かな?
葛西を引き込んだのは正解だったね。
俺は雪君の言葉がなければ分からなかったよ。
ま、ウチで色々な経験をしたしね。
情緒面というには些か抵抗があるけれど、母親よりはよほどマシに育ったよ。
方向音痴と言われるだけの事はあったけれど。
長い間、傍に居ただけの事はあるね。
確かに繊細で大雑把で強引で方向音痴だ。
普通、そんな所に行こうとしないよね。
絶句しているとこ悪いけど、話を進めていいかな?
「それでね。あの子、ウチから出たよ。家に戻った」
「「は?!」」
お前達の間抜け面も見飽きたね。
「お前達への要請はあの子の力になること。協力でも良いけれどね。あの子はちょっとぶっ飛んだ思考回路をしているからね。迷子にならないように過干渉にならない距離で見ててよ。あ。過干渉は厳禁だよ。命が惜しければね」
育った環境もあるんだろうけれど、どう考えても普通の社会に適応出来るとは思えないんだよね。
普通なら放っておくんだけど。
アレが壊れたら、ちょっと勿体無いだろう?
あんなの滅多にいないしね。
手駒として欲しい人間が他にもいるんだけど、俺なんかじゃノラリクラリと躱されてお終い。
俺みたいな若輩者じゃ手に負えない。
ま、そこは縁があればあの子が繋ぐかもね。
それはそれで楽しみだなぁ。
俺じゃ手が出ない様な人間と仲良くなれる器を持っているとしたら?
それこそ下僕にでも何にでもなっても良いよ。
本人は嫌がるだろうけどね。




