~勉強編 13~
後日、施設にいた所長の元へ荷物が届いた。
何だろうか?と開けて、品物を見た時、頼まれていたのを思い出した。
開けた箱の中身はワンセットのムーンストーンのピアス。
雫の形をし、柔らかな光を反射する半透明の涙のようなピアス。
雪が注文した物。
理乃に渡すように言伝られていた物。
最期の夜、雪は彼の元を訪れた。
彼は止めたが、彼女は頑なに拒んだ。
決意は変わらないと。
早まり過ぎだと言っても。
若さ故の純粋な思い込み。
大切に思える人間は一人じゃない。
生きていれば、いつか別の人にも出逢える。
けれど、彼女は全ての可能性を捨てていた。
決意していた。
大人しい子だとばかり思っていた。
こんな所で頑固を発揮出来るなら、これから先、いくらでも頑張れる筈だと。
それでも彼女の心は変わらなかった。
変えられなかった。
最期の彼女の告白。
「私、狡いんです。知られたら、嫌われちゃうくらい」
「人間、誰しもそんなものだよ。大人になれば尚更」
大人になるにつれ、誰でも狡くなっていく。
賢くなっていくと言ってもいい。
それは社会を生き抜いて行く為に必要な処世術。
「理乃はなりません」
何処までも真っ直ぐな瞳を持つ少女。
助け合い、足りない部分は補い合い生きて行く。
甘やかし過ぎず、手を出し過ぎず。
施設での理乃は当たり前にそうしていた。
足が使えない夜子。
彼女が自分で出来る事には手を貸さない。
例え大変でも。
代わりにやった方が早くても。
高い所にある物を取る時、重いドアを必死で開け、それをくぐる時。
それ位でしか手を貸さない。
片目が見えない花音も、他の子達も。
本人が出来る事には手を貸さない。
努力し、工夫する事を覚えていく。
工夫すれば出来るようになることは沢山ある。
機会を奪わない。
矜持を優先する。
出来る事は沢山あると知らせる。
諦めなくて良い事も沢山あると。
それが周りにも移り、当たり前になった時。
「私、意地悪なんです。気付いてたのに」
理乃の遠くで誰かが助けを必要とした時、理乃が動くより先に誰かが動く。
理乃の周りは古参組の雪、夜子、花音で埋まり、他の子達は接する機会がなくなった。
「理乃、本当は優しいから、誰が泣き着いても、慰めてくれるんです。私だけが特別じゃないんです」
理乃に泣き着くのは雪の独占状態だった。
初めて会った時以来、抱き着いても嫌がらないのを身を持って知っていたのは雪だけ。
他の者は側に寄れても、あと一歩を踏み出せないでいた。
嫌がられないかと。
拒否されたらどうしようかと。
「夜子が、入り込む隙間がないって。羨ましいって。本当は違うのに、私、そうかな?って誤魔化しちゃったんです。親友なのに。思わず泣いちゃって、ごめんって謝っても、謝るようなことじゃないでしょって。私、違うって。本当のこと、言えなかった。言わなかった…!」
取られるのが怖くて。
強い夜子。
優しい夜子。
親友の夜子。
何も出来ず、泣いてばかりの自分よりも理乃の隣に相応しい相手。
親友だったのに。
取られたくなかった。
自分だけが良かった。
だから、新しく入った子達が理乃を誤解して近寄らなくても、それを正そうとは思わなかった。
見て見ぬ振りをした。
側にいるのは自分だけ。
目に見えて守って貰うのも自分だけ。
泣いて甘えるのも自分だけ。
幼く知識もなく、人の感情に鈍い理乃。
理乃と一緒にいる時は、そんな感情なかった。
理乃といられる事が嬉しくて。
だから気付かれなかった。
醜い感情。
狡く、濁り、澱んだ感情。
強く、真っ直ぐ、諦めず、補い合い、助け合い生きて行く。
それが理乃の”普通の人間”。
理乃にとっての普通。
理乃にとっての当たり前。
「それは理想論だよ。人はそれでは生きていけない。世の中を知らない子供の戯れ言だ。君は間違っていないと、俺は思うよ」
出し抜き合い、足を引っ張る。
騙し合い、利用し合う。
利害が一致すれば協力する。
互いにぶつかれば争う。
時には誘導し、探り合い、駆け引きをする。
弱者は強者に利用される。
だが、弱者が集まり、数で強者を圧した時、立場は逆転する。
奪い、搾取し、利用し、踏みにじる。
どちらが勝っても、同じ事が繰り返される。
それは人々の歴史でも垣間見える。
人間は遥か昔から、成長も進化もせず同じ事を繰り返す。
成長や進化するのは手段だけ。
真っ直ぐに生きている人間が皆無とは断言出来ない。
もしかしたら、世界の何処かで極一部が夢の様な関係性で生きているかもしれない。
けれど、そんなものが広がる訳がない。広まる筈もない。
少なくとも、彼は見た事がない。
だが、それではダメだと彼女は言う。
これでは、自分が側にいる限り、永遠に孤独なままだと。
手放せない。
手放されたくない。
けれど、理乃を必要とする人間は沢山いる。
それが許せない。
そんな自分も許せない。
我慢する理乃を見たくない。
いつか、別の誰かの手を取る理乃を見たくない。
見捨てられる前に。
綺麗な心が残っている内に。
「ピアス、か。指輪じゃない所がらしいな」
指輪のような優しい鎖ではスルリと抜け出してしまう。
怪我が一切ない理乃の左半身。
その耳に空けられた唯一の穴。
肉を空け、楔を打ち込む。
それをしても、恐らく理乃を繋ぎ留めてはおけない。
ムーンストーンの持つ意味。
興味を持って調べてみた。
偶然か、皮肉か。
二人にピッタリの石とも言える。
『怒りや悲しみなどで情緒が不安定になっている時、波立った感情を穏やかに鎮める。
『恋人たちの石』『愛を伝える石』とも言われ、愛する人との出会いと恋愛を成就させ、幸せな結婚そして家庭へと導くとも言われている。
また、感受性を豊かにし、自分のなかに眠っている力を引き出してくれるパワーも。自分の進むべき道に迷っている人には、その迷いを取り去り、そっと正しい選択へと導いてくれるでしょう。身に付けると未来への予知能力をもたらし、家族や親しい友人などの危険を知らせ、その危険から守ってくれると伝えられている。
ムーンストーンは、その繊細な雰囲気から、汚染したマイナスエネルギーに染まりやすいように見えますが、実は非常に自浄するパワー強いのです。そのため、どのような場所でも、清らかで優しいパワーを発揮してくれるでしょう。』
これは、彼女に是が非でも渡さなければならないだろう。
この先、彼女を守る為に、導く為に。
方向音痴な彼女の為にも。
後日、理乃へ所長が直々に届けに来た。
「暇なのか?」
お届け物をした人間への第一声がそれかい?
うーん。年頃の娘さんの部屋にしては殺風景かもしれない。
まぁ戻ってきたばかりだし、これから私物も増えるだろう。
・・・増えないかもしれない。
「まさか。ちょっとこちらへ用事があってね。ついでだよ。早い方がいいかと思ってね」
「ふーん。忘れ物か?」
ガサガサと箱を開ける。かなり乱暴に。
大火傷をした筈の右手は、包帯が巻かれる事もなく、そのままだった。
研究を見ている経験がある所長には彼女が痛いと感じていないのを知っているからまだいいが、知らない人間が見たら、見ている方が痛いだろうな。
左手よりも赤く腫れている。少し紫色をしている。
開けた中身がわかった瞬間、彼女が止まった。
中身がわかった瞬間に忘れていた事を思い出した。
それどころではなかった。
石の意味を理乃は知らない。
雪が言った内容くらいしか。
無駄な包装は取り、ケースだけになったピアス。
お揃いで着けると言っていた。
「大事な忘れ物だろう?」
「そうだな。俺のじゃないが」
頼んだのは雪だ。
「君のでもあるよ。大切にね」
「・・・そうだな」
いつか、もう一つ穴を空けたら着けようか。
参照資料:WEBサイト。




