~勉強編 12~
昼食を買い物前にとデパートへ。
案内パンフレットを見ながら、どの店に行くかを決めて行く。
あちこちの店に行くのが面倒なので、専門店には行かない。
当時、百均があれば理乃は全てそこで揃えていただろう。
「洋服はどうする?買ってくか?」
「服は送ったから問題ない」
「施設内だけのだろ?外に着て行く服がないじゃないか」
確かに室内着しかないが、ボロ服や診察着だけを着ていた訳でもない。
「オメカシが必要な所に行く予定はないだろう」
子供だし、スーツを着なければならないような事もない。
夏も終わり、秋に移ろうとしているこの季節に墓参りの予定もない。
デニムはあるし、大抵の所に行くには困らない。
自分が知らない間に外を出歩くのに求められる標準が変わった訳でもあるまい。
女は肌を見せてはならない、的なものは導入されていない筈だ。
目の前の母の格好は腕も膝下も顔も出ている。
「女の子だろう?お洒落したくないのか?」
「興味ない」
早い子ではお洒落や恋愛に夢中になる年頃。
その女の子がお洒落に興味がない。
あんなに可愛いらしかったのに!
妻が作ったヒラヒラのワンピースを着ていたのに…!
元々、身体に合うサイズがなく、妻の趣味もあり自作品ばかり着ていた娘だ。
あんまり可愛い格好をすると悪い虫が付くかもしれない。
施設内では男女別の生活の箱入り娘。
可愛い格好もさせたいが、悪い虫が付くのも困る。
苦悩する父を放置して昼食に集中する理乃だった。
洋服屋に連れて行かれたが、サイズや好みの問題で男の子用のキッズサイズで落ち着いた。
女の子用の服はダボダボになり、不格好だったのだ。
子供は女の子の方が体格が良く、身長が高い。
理乃は少年体型だった。
ボーイッシュな女の子。
もしくは女顔の男の子の出来上がりである。
そこでテンションが上がったのは母だった。
着飾ろうにも息子は自分が好きな地味な格好しかしない。
ジーパンですら履こうとしない。
そこに少年アイドル並の娘が登場。
息子よりも似合う。カッコイイ。
頭も小さく、手足が長い。細いが筋肉も付いている。
アレコレと買おうとしたが、本人に止められた。
両親揃ってのブーイング。
普通は逆だろう、と溜め息を吐きながらも、必要な物だけ選んで行く。
少なくとも、これから先に向けて上着となるものくらいは買わないといけない。
外に出た事もなく、ずっと空調が効いた室内にしかいなかったので、どれくらいの厚さの物を買えば良いのかわからない。
今は最低限で、様子を見て増やせば良いだろう。
秋や冬にも着回せる物が良い。
兄がこの場にいれば聞くのだが、暇を持て余した兄は屋上に行ってしまった。
必要なら借りれば良いか。
文句を言う二人をレジに向かわせ、兄を迎えに行く。
携帯電話がまだ普及していないこの時代、わざわざ迎えに行かなければならない。
すぐに見つからなければ、いっそ迷子の放送でもかけてもらおうか、と思いながら探すと、残念な事にすぐに見つかった。
「終わった。帰るぞ」
「やっと?随分時間かかったね。お小遣いなくなっちゃったよ」
一体、何をそんなにつぎ込めるモノがここにあるのか、理乃にはさっぱりわからない。
「二人がしつこくてな。何にそんな金使うんだ?」
「ん?ゲーム。理乃が下手なヤツ」
「ああ。なるほど」
相変わらずらしい。
「あ!そうだ!ゲームやる?」
「やらない」
「教えてあげるって!手加減もしてあげるし」
「必要ない」
「何のゲームがいいかなー。落ちゲーは一つはいるか。後は…」
「聞け」
何やら、自分を出汁に新しいゲームを買って貰う気らしい。
この兄を連れて親と合流するのに抵抗しかない。
無駄使いをする気しかしない。
「あ。いたいた!おーい!お待たせ~」
何故、こんなタイミングで追い付いて来るのか。
「遅いよ!お小遣いなくなっちゃったじゃん!」
それは使った兄にも問題がある。
「悪かったって」
謝る場所なのだろうか?
「ねぇねぇ。理乃とゲームして遊ぶから、新しいソフト買ってよ」
やっぱり…。
「沢山持ってるだろ?その中で遊べるのがあるだろ」
「RPGとか格ゲーしかないもん。遊べないじゃん」
RPGが何か。カクゲーが何かわからない理乃にはさっぱりだった。
言葉は分かっても、知らない単語が増えている。
そう思った理乃だった。
兄の企みは成功し、箱を二つほど購入。
何故、こんな小さな箱如きにそんな値段が付くのか。
どうやら、この箱の中身が、ゲームのソフトらしい。
研究所で自分が壊した機械より遥かに安い事も知らず、クラクラした。
兄は子供の頃からゲームばかりだ。
どれだけの金が掛かっているのか。
そりゃ、服に金を掛ける時間も余裕もないだろう。
たった数時間で自分の研究報酬は確実に使い切っている事を実感するには充分だった。
自宅に到着し、何だか空気が淀んでいる室内に何事かと思いながらも、個室へと割り当てられた部屋の扉を開ける。
カーテンと絨毯、後は一つのプラスチックの箱。
どうやら絨毯だけは、昨日、連絡の後に慌てて新しくしておいてくれたらしい。
プラスチックの箱を開けると、子供の頃のオモチャが入っていた。
三冊の絵本と小さな貯金箱。
貯金箱を持ち上げても音はしない。
満杯ではなく、空っぽという意味で。
やっぱり。としか思わない。
ここまで予想通りと言うのも複雑だった。
少しくらい、何か予想と違う事くらいあってもいいんじゃなかろうか、と。
そこへ、ノックがした。
「なんだ?」
オズオズと扉を開けて顔を覗かせたのは母だった。
「荷物が届いたって。今から運ぶけど、平気?…あ」
理乃が持っている貯金箱が目に入ったのだろう。
少し焦っている。
別に今更いくら入ってたかも知らない貯金箱の中身に興味はないのだが。
当時の自分はお金を数えられなかったし、使い道も知らなかった。
「えっと、あの、その…」
バレたかな?
でも…覚えてないよね?
ちっちゃな頃に集めたお金なんて。
お金って知らなかったかも知れないし。
そうよ。知らなかったかも。
「問題ない。運んでくれ」
「はーい」
やっぱり気付いてない!
大丈夫。私が猫ババしたなんて分かってない。
良かった。私、悪くないよね。
有効に活用してあげただけだもん。
配達の人に声を掛けに戻る。
心の内がバレバレな母の後ろ姿を見送り、家具の配置を考える。
使用していた布団とベッド、サイドテーブルは譲ってもらう事になった。
流石に遠慮したのだが、構わないと。
数が少ないので、すぐに搬入は完了した。
届けられた服は段ボールのままクローゼットに放り込んだ。
必要な時に徐々に出せばいいだろう。
ベッドメイキングをし、片付け完了。
久しぶりに疲れた一日だった。
無理にハイテンションな両親。
自分を出汁にする相変わらずな兄。
違和感しかない家の中。
嗅ぎ慣れた布団の匂いは落ち着く。
意識が遠くなりながら、最後に所長と交わした会話が脳裏に浮かぶ。
「君はもう知ってもいいかな。まだ決断は早いかなとも思うんだけど機会もなくなるし」
「何の話だ?」
「うーん。それなんだけどね。君は…多分、恐らくなんだけど」
「不確定過ぎるだろう」
「仕方ないだろう?君はまだ子供だ。だが、研究結果的にほぼ断定している。それが年齢故なのかで断定が出来ないんだが…」
「さっさと言え」
「はいはい。はぁ…君は恐らく、大人になっても子供は作れない。…結婚する時は、その事も踏まえてくれ」
「真面目な顔で何を言うかと思えば…。安心しろ。こんな欠陥品、後世に遺したいとは思わない」
「君はそんな風にしか言えないのかい?」
「事実だろう。この遺伝子は遺さない。必要がない」
「…将来、結婚したいほど好きな人が出来て、子供が欲しいと思ったらウチにおいで」
「そんな将来は来ないだろうな」
「今の君に他の選択肢はない、か。まぁ、気長に待つことにするよ」
あの男は、色々と背負い込み過ぎだと思う。
よくあんな性格で研究施設なんて経営出来るものだ。
ハゲるか胃に穴が空くか、どちらが早いだろうか。
そんなことを考えながら、唯一、嗅ぎ慣れた匂いのする布団にうずくまる。
雪の匂いに包まれて、理乃の意識は落ちた。




