~勉強編 6~
研究員に急ぎでピアスの発注を頼み、上機嫌で部屋に戻ろうとしていた雪は、別の研究員に話があると呼び止められ、別室へと案内された。
自分は既に研究対象としては外れている。
そんな自分を呼び出して、何の用だろうか。
理乃へ命令する為の弱点にはなるまいと、雪は気を引き締めた。
「話は305番の事についてだ」
305番とは、理乃の研究対象番号だ。
理乃を理乃と呼ぶのは、もう雪しか残っていない。
「私を出汁にしたら、理乃が怒って暴れますよ?」
何か危険な事があれば、いくらでも自分の名前を使って良いと言われている。
「雪が何かされるくらいなら、俺が何かされた方が良い」と。
「君にも悪い話ではないよ。まぁ聞きたまえ」
雪は既に番号で呼ばれる事はない。
研究対象から外れたからだ。
理乃の前ではビクビクしている癖に、自分にはこの態度かと腹が立った。
自分はどれだけ理乃に守られているのだろう。
おそらく、今の雪の待遇は全て理乃のご機嫌取りであり、理乃が雪の為に指示した物だろう。
でなければ、とうに捨てられている。
「私達は305番の遺伝子を複製、もしくは改良し残したいと思っている。だが、まだ子供の所為か、305番自身に生殖能力は見られない」
「クローンでも作る気ですか?」
「それは無理な事が判明した。アレの遺伝子細胞は強固であり強靭だ。如何なる攻撃もほぼ無効。そして制御し、培養することすら、不可能だった」
一体、こいつは何が言いたいのか、そしてそれに自分はどう関係があるというのか。
「後数年も待てば、生殖能力は可能になる可能性はある。だが、アレは遺伝子異常の枠を越えている。奇形児ではないのが異常な程にな」
理乃をバケモノ扱いする話なんて聞いていたくない。
「遺伝子異常者には、生殖能力がない者が多い。とはいえ、奇形児が故に器官の欠損、生殖活動が出来るほど生き残る者も少なく、統計学における基準は極端で参考にならない。遺伝子異常だからと言って一概に生殖能力の欠如という結論は早計だと我々は考えている。ここまでで質問は?」
「ありません。前置きは良いですから、本題に入って下さい」
部屋で理乃が待ってる。
先に寝ると言っていたが、多分待ってる。
「後数年待ち、305番を相性の良い男と配合させ、子供を産ませる。恐らく、その子供は305番よりは安定した遺伝子構造になる可能性が高い」
「なっ・・・!!」
そんなことが許される筈がない!
「理屈上はな。だが、恐らく、305番に生殖能力は発現したとしても、それが機能される事はない可能性が非常に大きい」
意味がわからない。
「305番の生存本能は異常だ。受精し、子を産むまでに活動の制限、出産の際には体力、生命力がかなり消耗される。それら一連の事を305番の身体が許すとは思えない」
どうして研究者というのは小難しい言い方ばかりするのだろうか。
「簡潔にお願いします」
「305番は生殖能力の有無に関わらず、子供を作る事は不可能だ」
なるほど、大変簡潔で分かり易い。
最初からそう言って貰いたいくらいだ。
「だが、305番と相性いい女性をその男と配合し、受精した段階で305番の遺伝子の一部を注入する。互いに相性が良い遺伝子のため、全て305番の遺伝子に飲み込まれることはせず、安定範囲での発現があるかも知れない。その女性に君を選びたい」
そこまでして理乃の遺伝子を一部でも良いから引き継いだ人間が欲しいのか!
人間という名のモルモットとなることが既に確定している状況で!!
「305番の遺伝子を持った子供が産まれるかも知れないぞ?また、君が断れば・・・305番の遺伝子を有した子供を他の女性が産む事になるだろうな」
完全に羽目られていた。
理乃を独占したいなら、最初と最後の案は受け入れられない。
二つ目の要請の受諾が落とし所だろう。
「試験官ベビーですか?」
「勿論。微調整が尋常じゃない。305番の性格上、チャンスは一度きり」
理乃をどこぞの男と一度とは言え、好きにさせる気はない。
けれど、理乃以外に自分の身体を触らせる気もない。
でも、子供を自分達の二の舞にさせたくはない。
「・・・少し、考えさせてください」
理乃の意見も聞きたい。
一人で決めて良いかもわからない。
「まぁ、そうだろうな。好きなだけじっくり考えてくれたまえ。君がココにいる限り、アレはずっとココに留まるだろうからな」
「どういう意味ですか」
薄々気付いてはいた。
自分で認めたくないだけで。
「君も気付いているんじゃないか?305番は君を守る為だけにココに留まり、降臨している。支配している。自分がどれだけバケモノであるかを我々に知らしめ、大事にしている者を守ろうとしている。まだまだ子供だな。大事な者は弱点を教えると同義だと言うのに。あれだけ露骨されれば誰だって気付くさ」
理乃は既にココで訓練し、身に付けるべき技術はもうない。
そして、花音の件以来、ワザと研究員達を脅し、勝てないと意識に刷り込ませた。
自分は異常だと。
過剰な反撃を。
普通のリアクションはしない。
どんな対応をしてくるかも予測出来ない。
怪我をしたくなければ自分達に関与するなと、過激に知らしめた。その身をもって。
理乃の性格を考えれば、自分の為ではない。
そんなことしなくても、自分の身は守れる。
そんなものバラさなければ、実験が酷くなる事もなかった筈だ。
理乃は雪の為に、自らの利用価値を引き上げた。
後から入って来た子供達にバケモノと呼ばれ、忌避され、加護に預かろうと擦り寄って来ようとする者達。
理乃は全て知らない振りをした。
後から入って来た子供達に近寄ろうとも歩み寄ろうとも、助けようともしなかった。
まるで、お前達と自分は遥かに格が違う存在だと言うように。
その結果、理乃以外に苛烈な、非情な実験をされる事もなかった。
対ウイルス検査をされる事も。
理乃だから耐えられるのだと。
理乃にしか出来ないのだと知らしめた。
理乃は実験されながらも、誰にも利用されなかった。
そんな隙は与えなかった。
雪を仲介して近寄ろうとした者達はキツイ制裁が下された。
雪を利用しようとする者も排除し、遠ざけた。
理乃が守ろうとするのは、雪だけだった。
サンプル価値がない雪だけが、理乃が守らないと、どうなるかわからない。
雪には帰る家がない。
施設を出ても自立する能力もない。
もう働ける年だが、保証人もいなければ住む場所すら見つからない。
理乃は雪の居場所を確保し、守る為だけに実験に耐え、血や細胞を採取されている。
自分がいなければ、理乃は安全な場所に帰れる・・・?
「部屋に・・・戻ります。もう、理乃を犠牲にさせません」
「よく眠るといい。自分の無力さを弁えたまえ」
早くここから離れたかった。
理乃の体温や鼓動を感じながら眠りたかった。
大丈夫だと、安心出来る唯一の場所。
・・・安心出来る場所は、理乃の犠牲の上に成り立っている。




