~勉強編 5~
最初の頃こそ、雪が理乃を抱き締めていたが、気付いた時には逆になっていた。
寝る時は抱き込まれていた筈なのだが、起きた時には雪が理乃の胸に身を寄せている事が多くなった。
雪が泣く事が多かったからかもしれない。
泣かない理乃は専ら慰め役だった。
成長期を迎えた理乃は抱き込むには育ち過ぎたのもあるかもしれない。
今では雪とほぼ大差ない身長だった。
成長期が訪れ、身長は伸びても体型や肉付きに女性らしさは現れず、武道を習っている所為か少年体型となった。
全体としては華奢なのだが、しなやかな筋肉は着いたが、脂肪は一切着かない身体は性別をわからなくさせた。
夕飯の後、寝る前にお腹が空く理乃の為に毎日夜食を用意しているのに、何処に消えるのか。
雪の手作りだけは「美味しい」と言って食べるので、ついつい作ってしまう。
最近、身長も止まり、身体がぷにぷにしてきた雪は羨ましかったが、理乃が「気持ち良いからそのままでいい」と本当に気持ち良さそうに抱きついてくるので、ダイエットはいつも挫折していた。
雪が最古参となった。
次の古参組は理乃になっていた。
家に帰った者、事故として亡くなった者、自殺した者もいた。
新しく追加されたメンバーは雪や理乃に近寄らなかった。
雪は調理場の手伝いをしている事が増え、研究対象とされる事もなく、仲間意識が芽生えなかった。
理乃に対しては近寄り難かった。
おいそれと近付いてはいけないような気がした。
自分達とは世界が、立場が違うと。
それは研究員の態度の違いがよりそう思わせた。
自分達には横柄な研究員達は理乃に対しては丁重に扱った。
それは、彼女達が入る前。
夜子からの手紙を読んだ後の事。
翌日から、理乃は手加減を緩めた。
水関係の検査の時に、思い切り放電した。
そのショックで機械は大破。
研究員の数名が病院送りとなった。
水面をビリビリと紫電が走っている中、理乃は平然とプールから上がった。
どれだけ放電しようが帯電しようが痛みがないのだから。
ビリビリ煩いだけで、何がどうしたら痛いのか不思議な程に。
そこで初めて気が付いた。
自分は水が苦手なのではないと。
思えば、この施設に来てから一人での入浴は苦ではない。
母と一緒に入浴している時、つい放電してしまうのを抑えるのに必死だったのだと気が付いた。
武道ではルールを知らない。
相手を戦闘不能にしたら勝ち。
それしか知らない理乃は急所攻めで倒した。
後に、手加減とルールを覚えてくれと言われた。
確かに必要な事だった。
けれど、教わったルールでは、体格が華奢な理乃には不利だと気付いた。
受け止めても吹っ飛ぶだけだ。
それならば、避けてしまえばいい。
ルール有りの武道は性に合わないのではなく、身体に合わなかった。
銃を持ち出して来た人間も居たが、銃の扱いは父からレクチャー済みだ。
左腕を犠牲に銃口に指を突っ込んだ。
これで発砲すれば、相手も無傷では居られないだろう。
驚いた隙に銃を奪い、セーフティを戻し、銃身で横殴りにした。
銃身が軽いタイプで助かった。
実家にある銃で頭を思い切り横殴りなんぞしようものなら死んでいた。
そんな無茶な対応はするなと言われたが。
銃を見た瞬間に身体が動いていたのだから仕方がない。
部屋に設置された監視カメラも放電してショートさせて壊したら二度と着けなくなった。
理乃は自分に価値があるようにわざと見せた。
自分の機嫌を損なわせないように。
自分の意見やワガママが通りやすくなるように。
花音が生きていたら、自分が死ぬ前にやれ!と怒られたかもしれない、などと矛盾したバカな事を考えながら。
自分が大人しくしていなければ、花音は生きていたかもしれない。
おかげで、雪が研究室に入る事はなくなった。
雪が理乃のお気に入りと見せしめた。
二人は慣れも有り、かなり自由に過ごしていた。
理乃には、そろそろココで訓練する事もなくなっていた。
雪がいるから居るだけだった。
「ねぇ。ピアス空けない?」
「何で?」
雪が唐突なのは、親しくなってからはよくある事だった。
二人部屋になって早数年。
新婚夫婦よりも長い付き合いだ。
「お揃いにしたいもん。あ。実験の時に邪魔かな?」
「その時は外せば問題ない」
水関係の実験はもう行われないし、電気関係も同じく。
理乃は最近は遺伝子の研究をされるのがメインとなり、採血やらばかりで、本人は余りやる事がない。
年齢的には小学生の理乃がピアスを空けるのは少々問題かもしれないが、学校に通っていないので問題ない。
「そっか。やっぱムーンストーンかなぁ」
「ムーンストーン?」
月の石?
それは、アクセサリーとしてどうなのか。
パッと見ではただの石の様な・・・。
「知らないの?あのね、半透明で、光の当て方によって反射する色が違うの。月の涙とも言われてるんだよ。夜子が月みたいって言ってたでしょ?だからやっぱムーンストーンかなぁって」
理乃が施設に入った年でアクセサリーの宝石の名前など知らない。
「月の涙なら、ムーンドロップじゃないか?」
「煩い。ホラ、これこれ」
わざわざ注文したのか雑誌を見せてくる。
普段の生活に必要な物は支給される。
プラス二人が稼いでいるので、自由に買い物を頼むくらいは出来た。
最も、その分は実家への送金額から減っているかもしれないが。
「あぁ。月長石か」
子供の頃、本屋の鉱石図鑑で見た気がする。
「同じでしょ!理乃、細かい。大雑把な癖に細かい。どうでもいい所で細かい!」
「はいはい。悪かった。んで?いつ空けるんだ?直ぐには着けれないぞ」
「ふふふー♪今ー!!」
ジャーン!と効果音が付きそうに目の前に出して来た。
質問しておいて、決定済みのようだ。
まぁ、雪がしたいなら任せるが。
「ヤルならサッサとヤれ」
「ちょっと!緊張とかないの?!穴空けるんだよ?!」
電流やら麻酔を打たれて来た人間に何を言ってるのやら。
理乃の痛覚が鈍いのは実験済みだ。
「あぁ。消毒も冷す必要もないぞ。勝手に治る」
最初は拒絶反応で化膿するだろうが、放っておけば治る。
これも実験済みだった。
「うぅー!私の方が緊張する!!」
言い出した癖に何とワガママな。
大人だった雪はすっかり甘え癖が付いていた。
「先に空けてやろうか?」
その間に心の準備でもしておいてくれた方が効率的だ。
「ヤダ。怖いもん。理乃の様子見て大丈夫そうなら空ける」
「俺は実験台か?」
「いーの!理乃の方が頑丈だもん」
「まぁ、それもそうだが。ヤるならサッサとヤれ。眠い」
今の内に雪の耳を氷で冷やしておこう。
帯電体質が過剰すぎて電気は放電出来るが、生憎と氷が出せるほどバケモノではない。
「ここかなー?こっちの方がいいかなー。うーん」
「zzz・・・」
待ち過ぎて寝た。
ガッッッチン!
随分と無駄に時間が掛かった音がした。
自分の耳たぶはかなり薄い方なんだが。
「あぁ。空いたか」
「痛い?痛い?」
「いや。問題ない」
熱を持ってるくらいだな。
「じゃ。私の番!はい、コレね」
「場所は?」
「お任せしまーす!」
「耳たぶの真ん中でいいか?」
確か、母はイヤリングなどはその位置だった様な気がする。
この雑誌にも中央に着けているし。
「あ。私、端っこの方にしちゃった」
何処でもいい。大して変わらない。
パチンッ
「空いたぞ」
「え?!もぅ!?声掛けてよ!!心の準備させてよ!」
「無駄に緊張するだろ。ほら、消毒しとけ」
「はぁーい。緊張して損しちゃった!」
「ピアスごときで緊張も何もないだろうが」
今更、穴の一つや二つ気にもならない。
「だって、初めて身体に穴空けたんだもん。一生残るんだよ?」
生憎、親に貰った身体を大事に思った事はない。
「そんなもんか」
自分はトコトン色んなモノが欠落しているらしい。
「理乃に空けて貰ったんだもん。それが一生残るの。一生ずっと一緒にいられるの」
「そうか」
言葉がみつからなかったので、頭を撫でておいた。
言語はかなり上達した筈なのだが、まだまだらしい。
「ふふふー♪さ!ピアスの発注依頼出して来る!」
「俺は寝るぞ?」
「スペース空けといてね!おやすみ!」
いつもは先に寝ていると煩い癖に随分と機嫌が良いらしい。
雪の空けた側の耳が下にならない様、左側に寄って寝た。




