~幼児編 6~
理乃にとって保育園は有益だった。
会話をしている者以外の音はシャットダウンする術を覚えた。
オマケとしては、何かに固執しない。
好きな物は他人に教えない。バラさない。
嫌いな物も同様。
弱点など最たるモノだと覚えた。
子供は無邪気で残酷で手加減など知らない。
理乃のお気に入りのオモチャに気付くや否や、毎回、理乃よりも誰かがそれを取り、遊びもしないのに見せびらかしてくるのだ。
弱点や嫌いな物も近付けてくる。
最初は怒って泣いていたのだが、理乃を泣かす事を生き甲斐にでもしているのか、酷くなるので対応を変えた。
羨ましがらず、他の物で遊び。
嫌な物には無反応を示すだけでは足りないと判断し、チラリと一瞥して無視をした。
一度見るか見ないかではかなり相手の反応が違った為、採用した。
元々、表情なんてものは殆どない。
好きな物には少し眼がキラキラとするくらいだ。
それだけで察知されるほど観察される理由は分からないが、表に出さなければいいのだから簡単だった。
理乃は「やり返す」という事をしない。
「やられたくない事はやるな」という約束が保育園にあったので。
それもあって、格好の餌食となるのだが。
逆に観察していると、クラスの子のジャンケンにパターンがある事に気付いた。
恐らく、幼い子供は咄嗟にジャンケンの形を作れない為、前もって決めているのだろう。
一手目から三手目くらいは同じだった。アイコになった時の次の手も人によって固定されていた。
試しにクラスの全員分のパターンを覚え、ジャンケンした所、見事一回も負ける事なく優勝した。
何故か、それ以降クラスでのジャンケン大会は催されなかったが、仮説が立証出来た理乃は満足だった。
先生に優勝後「凄いね」と褒められ、誰かに褒められた事がなかった理乃がうっかりと「みんなのだす順番おぼえてたから当たり前」と正直に答えてしまい、それを聞いた先生は動揺した。
以後ジャンケン大会をしても理乃の完勝が確定していた為、理乃がいる間は撤廃されたなどという経緯を本人は知らない。
保育園はオモチャなどの取り合いが起こった場合、ジャンケンで勝った方に優先権が与えられるルールだった。
この先、学芸会など色々なイベントがある。
主役などは大抵がジャンケン争いになる。
それに理乃が立候補したら連続勝ちはこの時点で決まったも同然だった。
先生方の悩みなど知らない女の子達の中では王子様役かお姫様役は理乃ちゃん!そして相手役は自分!と、水面下での攻防があったのだが、目立つのが嫌いな理乃が主役であるお姫様役に立候補する筈もなく、王子様役は男の子の中から選ぶ事を先生が決めた為、主役立候補者が二名だけとなり、台詞も多いので、という言い訳のもと前後で分担する事で平和に解決した。
理乃としては、クラスで一番好みな可愛い子がお姫様役をしてくれたら目の保養になるな、と思っていたのだが、残念ながらその子は園長先生の孫というステータスの基に中心グループに属していたが、本人は大人しい子だった為、立候補しなかった。
お姫様役になった子達は好みではなかったので、記憶に残っていない。
子供とは自分に正直である。
最も、理乃がそんな事を考えていたなんてことは誰も知る筈もなく。
お遊戯のお披露目の選抜メンバーをどうしようか・・・という話に移行し、自己主張強い組の中心メンバーが立候補していた。
本来は学芸会の時に目立つ予定が崩れた為、此処で目立たず何処で目立つのか!という勢いだった。
中心メンバーは理乃のモブ役が決まった瞬間、主役など放り出したのだ。
後二人どうしようか・・・と悩んだが、中心メンバーが理乃を推薦し、自分は無関係だと話を聞いていなかった理乃が適当に相槌を打った為に決定した。
ジャンケン制にしようがしまいが理乃の参加は決定だと言う事に気付いた保母さん達は、理乃が目立ちたがらず、無欲な事に感謝した。
そして足りないもう一人は理乃が自分の友人を推した。踊りたそうだったので。
文句が出たが、一緒じゃなきゃ出ない。と言ったら周りも頷いたので問題無しとした。
らしくもなくモジモジとお礼を言われたが、理乃としては一人で恥をかくのが嫌だったので巻き込んだだけである。
その友人にとって、理乃が入園する前と後では全然違う保育園生活だった。
今までは一人ぼっちで喧嘩三昧だった。
ところが、今ではハブられる事もなく、選抜メンバーにまで入れて貰った。
中心グループ予備軍は、理乃の入園により、予備の予備という立場になった。
そしてハブられていたその子は理乃とセットとしての扱いを受けた。
自分の母親が可愛い服は似合わない。とボーイッシュな服ばかりだった。
保育園には汚した時の為の予備服というのを各自数着ほど自分のロッカーに袋に入れて置いてある。
理乃の予備の着替えはワンピースばかりだった。
羨ましかったその子は、予備服がなくなっちゃったから、貸して、と嘘をついて理乃に頼んだ。
別に服も汚れても濡れてもいないので着替える必要はないのだが。
理乃は疑問に思う事なく了承した。
理乃は保育園では身長は後ろから数えた方が早く、年齢の割にスマートな体型をしていた。
顔立ちも出来上がっていた理乃は小学生と大差ない身体の成長度だった。
手足が長く頭も小さく、骨格も華奢だったため、彼女の服を着れるのはクラスでも五人いるかどうかだったが、友人は運が良い事に身長も細さも似ていた。
一度借りた友人は癖になった。
自分は持っていないような可愛いらしいワンピースばかり着れるのだ。
何度も何度も貸して、と言ってくる友人に、服を汚す事が殆どない理乃は特に何か言う事もなく了承していた。
ただ、母には報告する義務があったので、貸した旨は毎回伝え済みである。
恐らく保護者間で何かあったのだろう、母も何も言わなかったが、新しい服を予備袋に入れる事もなかった。
色んな事が重なり、その乱暴な友人は彼女に乱暴する事もなくなり、保育園生活は平和だった。
中心グループだとか、中心グループ予備軍だとかは、理乃の知った事ではない。
理乃は気紛れに興味を持った子に声を掛けては一緒に遊んだ。
その時には、何故かグループの垣根を越えてクラスの女子が一緒に遊ぶ、という不思議な現象が起きたが、理乃は気付かなかった。
理乃は男の子は好きではなかった。
ちょっかいを掛けて来る理由もわからなければ、スカートめくりなどをしてくる理由もわからなかったからだ。
女の子同士では新しいスカートを履いて来た子がめくられる。という習慣はあったが、どうゆうデザインか気になるという理由だと思っていたので、スカートを履かない男の子がめくる理由はわからなかった。
保育園に男女別室な場所はない。
トイレすら共同であった。
そのため、お昼寝用パジャマや体操服に着替える際にいくらでも見ようと思えば見える。
最も、理乃は異性の着替えを見るという習慣はない。
真夏のお風呂上がりですら、父や兄は脱衣所でパジャマを着て出てくるという徹底した教育と環境によるものだ。
その男の子は普段から「エッチ」と言われ、女の子に嫌われていた子だった。
女の子のトイレを覗いたという噂もあった。
運が悪かったのか、狙われたのか、理乃がトイレに入っている時に、横の個室から音がした。
最初は誰か入ったのかと思ったが、ガタガタとうるさい。
ふと、上を見ると、ニヤニヤとスケベ笑いをしたその男の子が壁を登って理乃の個室を覗いていたのである。
その後の記憶はショック過ぎて覚えていない。
スカートだったので、何も見られていないのか確かである。それが救いだった。
便器にその頭を突っ込んでやろうか、と思った様な思わなかった様な・・・。
そして、理乃の記憶が失っている間に何かあったのか、その男の子は今後一切、トイレの覗きも、スカートめくりもすることはなくなった。
そして理乃は新しく覚えた。
他人のトイレの最中を覗く変態趣味な人間が男にはいる、と。
父にも何かあったら報告しろ、と言われていたので、当然伝えた。
男の変態さや危険度は父の教育担当である。
その教育もあってか、男の子に話し掛ける事はまず無かったが、この出来事をキッカケに彼女の記憶から保育園の男の子の存在は抹消された。
また、悪癖である犬食いも直った。
保育園は家と違い、昼食とオヤツが与えられる。
お節介な女の子に注意された訳でも教わった訳でもない。
横で何か言っていた様な気がするが、食事に専念している理乃には一切聞こえない。
理由は、保育園の食器の味である。
家で使う食器は、陶器、焼物、ガラスで、スプーンやフォークは銀製だった。
父は料理人の資格を有していて、食器への拘りが強い。
最も、それを綺麗に維持する能力を妻である人間は有しておらず、キラリと光を反射するほどの磨かれ方はしていない。
だが、園児とは食器は落とすものである。
そのため、保育園の食器はメッキやアルミ製だった。
味覚が鋭い理乃にとっては、食器に口を付けると食器の味が強過ぎた。
アルミ製は我慢出来るとして、メッキは基本、美味しくない。というか、不味い。
そのため、食器に口を付ける犬食いをする事をせず”普通に”食べる技術を身に付けるしかなかった。
理乃自身の保育園の問題としては、睡眠時間が大幅に減った事だ。
入園前は毎日二十時間くらい寝ていた生活が、十二時間くらいしか眠れない。
複数の器官に欠陥がある理乃は記憶処理や情報処理に必要とする睡眠時間がかなり多い。
保育園にはお昼寝時間があったが、雑魚寝状態で寝れるほど太い神経は持っていなかった。
下や横に寝ているクラスの子がちょっかいを掛けてくるので余計である。
そのため、自宅で入浴と夕飯を済ませたら直ぐに寝る様になってしまった。
本人だけが、概ね平和に平凡に地味に目立たず送っていると思っている保育園生活だった。




