~幼児編 5~
タイトルはいつか直します。多分。きっと。
保育園は概ね問題はなかった。
男の子と女の子はほぼやり取りがなく、お遊戯の時に手を繋ぐ事があるくらいだった。
自由時間では各々気があった同士でグループが出来ており、女の子達は園児にして既に派閥が存在した。
一番勢力が強いのは自己主張が強い子が集まったグループ。
そのグループに入りたがっているが、大人数で遊ぶ時以外は仲間に入れないグループ。
数は多いものの自己主張が苦手なグループ。
男の子とも女の子とも衝突が多く、気が強く乱暴で嫌われていて何処にも属せない子が一人。
気が小さく自己主張も苦手で一人大人しくお絵かきや読書をしている子が一人。
理乃は迷わず、一人大人しくしている子に声を掛け、交わす言葉は少ないものの、よく一緒にいるようになった。
そこに乱入してきたのが、乱暴者の女の子だった。
「仲間に入ってあげてもいいわ」
唐突な上、偉そうだ。
だからこそ何処にも入れなかったのだろう。
大人しい子は怯えて拒絶出来ず、理乃は「好きにしたら」と答えた。
自由時間なのだから。
その子は言葉使いも悪く、理乃達に対し暴言の嵐だった。如何に自分の方が優れており、理乃達の悪所を延々と話した。
他の女の子達も似たようなものだ。
何がしたいのか、何かしらちょっかいをかけて来る。
理乃の中では「嫌いなモノで、どうしようも出来ないモノは放置」が基本である。
他者をどうこう出来る権利なんて自分は持ち合わせていない。
なのに、他の子達はどうしてこうも口出しをしてくるのか。
嫌いならば放っておけばいいものを。
保育園の先生も「自分がされて嫌な事は他の人にしちゃダメ」って言ってるのに。
それとも、彼女達にとって、コレは嫌な事じゃないんだろうか?
理乃はそんな風に考えていた。
大人しい子は何も言えず。
理乃は小さな女の子の暴言など痛くも痒くもない。親に言われる方が痛いのだから。
そんな毎日が続き、流石に保母さんから親に連絡が行った。
その話を聞いた母は心配した。
自分も学校ではイジメられ、不登校だったので、イジメられる辛さはよく分かった。
だから保育園に行かせるのは反対だった。
あの変な子はどうせイジメられるに決まっているのだから。
自分との共通点か、同類意識が芽生えたのか、母は娘に歩み寄った。
「保育園、行くの辛いなら、行かなくてもいいのよ?」
自分は辛くて行かなくなった。
自分の母はそんな自分を受け入れ、甘やかしてくれた。
自分との類似点などなく、遠い存在だった娘がイジメられていると聞いて、途端に身近な存在に感じられた。
母も好きで娘を嫌悪していた訳ではない。
自分と違い、軽度の障害を持ちながらも、強く真っ直ぐで人に愛され、羨望され、人の注目を集める存在でありながら興味を持たず、人間味がない処が嫌いだっただけだ。
自分は、声が出せない。というだけで引きこもり、弱者の立場に甘んじ「しょうがないじゃない。そんなに強くないもん!」と開き直り、そのままの自分を丸ごと受け止め愛される事だけを望んだ、そんな自分とは大違いな娘。
そんな風に思っていた娘も、保育園という社会に出れば、自分と同じ弱者なんだと安心した。
けれど「イジメられている」という立場が同じでも、多くのモノがやはり母と娘を分けた。
「?だいじょーぶ」
保育園に通いだしてから、だいぶ喋れる様になった。
「辛くないの?」
「?なにが?」
理乃にとって、イジメられているという感覚はない。
確かに友人の言葉使いは悪いが、ちょっかいを掛けてくる男の子や一大勢力の女の子達を追い払ってくれているのはその子だ。
その子が休みの時は一大勢力の女の子達に囲まれ、字の書き方を教えてくれるし、絵本も読んでくれるのは良いのだが、いつも「変」と言われるのが嫌だった。
女の子達にとっての「変」とは「変わってる」という字そのままの意味なのだが、理乃にとっての「変」とは「欠けている、劣っている、歪んでいる、欠陥品」を意味した。
その為、怒りが暴走しかけ、泣き出す。「それ以上言うな。ソレを言うな」という意味を込めて。
でなければ、その口を塞ぐ為に腕が、手が、口やノドに攻撃したくて我慢出来なくなる。
けれど、何が楽しいのか、理乃が泣くと分かると、どんな趣味をしているのか、ワザと泣かせに来る。
そして、自分達で泣かせておいて、慰めるという奇妙な行動に出るのだ。
乱暴者の友人は、その奇妙な趣味の女の子達を遠ざけるには丁度良い。
理乃は泣いた時の感情は覚えていない。泣いた理由も自覚していない。
何かの感情が暴走して制御出来ず泣いた、くらいの記憶しかない。
理乃にとっては、制御の練習の場であり、色んな経験が出来るのが保育園だ。
「変」を少しでもなくし、「普通」になる為の見本の山。
理乃は「変」で居続けるつもりなど微塵もなかった。
行かない、という選択肢はない。
まぁ、意味がわからなくて少々困惑している事もあるけれど、世の中は理乃が知らない事の方が多いのだから。
アレもその類であり、知らなければならない事だろうと思っていた。
だが、母はそうは受け取らなかった。
「無理しないでね。我慢出来なくなったら、いつでも言ってね」
「わかった」
後日、母の認識が誤っていた事が保母さんからの連絡により判明した。
曰く、他の子達が娘さんと遊びたがっているのだけれど、娘さんはいつも同じ三人で固まっていて、遊んでくれないと。他の子達やその保護者から苦情が来ているので、何とか娘さんをみんなと遊ぶ様に説得して欲しい。と言う。
何でも、園庭で元気に遊ぶ時間もブランコや滑り台で遊ばずに日陰でぼんやりと三人でいると言う。
それに釣られ、他の女の子達も遊ばずにそこに合流し、日陰で話をしているだけだとか。
三人だけならば、遊具にも数があるし、大人しい子は毎年いるので珍しくないのだが、大人数ともなれば問題になってくるらしい。
同じイジメでも、自分とは意味が違った。
要は好きな子にちょっかいをかけるのと同じだろう。
気を引く為にちょっかいを掛けたが、娘の事だ。軽いちょっかいでは無視されるだけ。その為、ちょっかいがエスカレートし、保母さんから見たらイジメに見えただけの事。
そして、そんなイジメにしか見えない様なちょっかいすらも、娘にとっては気に掛ける事も悩む事もなく、保育園を嫌がるキッカケにすらならない。
同類と思ったが故に裏切られた、騙されたと思った。
自分の思い込みが理由なんてものは母の中からは消えた。
自分は弱者であり、娘は欠けているのに強者だった。
自分よりも弱者であれば可愛がってあげたのに。
自分よりも強者ならば、娘が自分を守り、慈しむべきだ。何故なら自分の方が弱いのだから。
弱い者は守られて当然だ。何故なら弱いのだから。守られなければ生きていけない。
それなのに、アレは私を大事にしようとも、愛そうともしない。
理乃は母が望む様な愛し方を誰にも教わっていない。
教わってもいない、在り方すら知らない愛し方など出来る筈もない。
そうとは知らず、母は娘に対して憎しみと妬みと恨みだけを募らせて行った。
結局は、母も保育園の女の子達と同じで、理乃に見られ、相手にされ、大事にされ、好きになって欲しかっただけだった。
けれど、母は自分から与える、ということを知らなかった。
そして、同じ女として嫉妬と羨望。
自分が成し得ない事を意図も容易く実現する娘に対してコンプレックスを抱いた。
理乃の様に成りたいと。
けれど理乃の様に強く在れないと。
そのジレンマは母が娘を邪魔だと思い、実行させるのに充分過ぎる力を生み出した。




