初音の失態
その頃グレードBのケガレ発生予測の部屋では、オークションが行われていた。それも普通のオークションではない。
この日のため集められた若い女の子数名、アイドルやグラドルの卵といえる子たちだった。お遊びでギャラを決めるオークションだ。
ラウンジで待っていると、初音の元へ年配の男性がやってきた。
「君もペントハウスのお客様かい?」
「いえ違いますが……」
しかし、神守我央からの連絡もなければ、フロントからも何もない。
とにかく部屋まで行けばなんとかなるかもしれない。説明して時間まで待たせてもらい、ケガレに変わったところを祓えばいい。
「あの、私もペントハウスに用事があるんですが、よろしいですか」
初音は、声をかけてきた男性と一緒に部屋まで行くことにした。
いつも凛華と一緒に祓いに出ていた初音は、基本お嬢様で危機感が希薄だった。
しかも初音は、肝心なところをはき違えていた。
ケガレへと変わるのは、その部屋にいる人たちの一部などではないということを。
グレードB。これの意味するところは。
グレードE:1〜2人
グレードD:3〜4人
グレードC:5〜7人
グレードB:8〜10数人
グレードA:不特定多数
我央は念のため、万里依へ確認を入れた。
「そのホテルは、今夜グレードB相当のケガレが発生する予測の場所です。今、西には藤吉姉弟らが滞在中ですが、もし祓いに出てるんなら眴さんがついてるはずです」
不審に思った我央は、初音へ電話をかけたがつながらなかった。
我央からホテルへ連絡が入った時には、初音はもうロビーから姿を消していた。
部屋に入ると、初音はいきなりバッグを取り上げられた。
「何しはるんですか? 返して下さい」
「へえ、こんな子いたんだ。君、どこ所属?」
「内閣府ケガレ対策室です」
「なにそれ? どこのプロダクション? てかさあ、君いくつ?」
「十六です」
「君、今日ここで行われることわかって来てる?」
「はい、そのつもりですけど、何か?」
すると、喋りかけてきた男性がセーラー服系衣装を差し出し、ニッコリ笑った。
「じゃあ、早く着替えて、あの子たちと一緒に並んで」
「いえ、私は違うんです。内閣府の……」
すると男は初音のコートを取り上げ、衣装を投げつけ怒鳴りつけた。
初音もここで怯んではと、声を張り上げた。
「バッグを返しなさい! でないと……!?」
男はいきなり初音のカーディガンを引っ張った。ボタンが飛び、カーディガンと一緒にブラウスが破れそうになる。
「早くしないと時間が押すだろう!!」
初音はやっと、自分の置かれている状況が理解できた。しくじったのだ。
携帯も身分証もバッグの中だった。
初音は震えながら、衣装を持ってバスルームへ向かった。そして中から鍵をかけ閉じこもった。
ここでこのまま、なんとかケガレが発生するまで凌ぐしかない。
「ちっ! 閉じこもりやがった」
「放っておけ」
そうこうするうち、オークションの続きが行われていった。
初音を部屋に連れてきた男が、念のためバッグの中身をぶちまけた。すると、警察手帳のような身分証が出てきた。
「なんだ? 内閣府ケガレ対策室!? ケガレ……どっかで聞いたことあるな」
男は、とある番組制作会社の社長だった。
「おい、さっきの女、若く見えるだけでヤバいかもしれんぞ」
「ええっ!? マジかよ。マズイな。よし、みんな着替えて今日はお開きだ。飲みにでも行くか」
「なぁにぃ、せっかくのペントハウスパーティーだったのにぃ」
男は携帯の電源が切られていることを確認し、身分証とともにポケットへ入れた。
もう一人が初音の財布の中身を確認する。すると学生証が出てきた。たまたま冬休みで、必要があって入れていたのだ。
「おい、マジもんのJKだぜ。どうする?」
「今さら、どうにもならん。金には手をつけるな。学生証だけ抜き取れ」
ちょうど男たちが出ていったのと入れ違いで、由良姫たちがホテルに着いた。
フロントで問い合わせると、神守我央から連絡が入っていた。
「内閣府の方ですね。お問い合わせのペントハウスですが、お客様はチェックアウト済みでございます」
「チェックアウトやて、おかしいな」
「何かが変わって予定調和が狂ったんや。それより、あいつどこや」
眴が再度フロントに確認すると、確かに初音の特徴と似た女性が来ていたことがわかった。それからしばらくして、ホテルの従業員に付き添われ初音はフロントへやってきた。
凛華は真っ先に初音の元へ歩いていった。そして、思い切り頰を引っ叩いた。
初音は少しよろけて、凛華へ向き直ると睨みつけた。
凛華はその様子にもう一度、今度は握り拳で顔を殴った。
「あんたっ!! 自分がなにしたかわかってへんやろ!!」
初音は尻餅をついた。その初音に飛びかかろうとした凛華を宇羅彦が止めた。
「もう、ええやろ。これでもわからへんなら、もう仲間やない」
眴が初音に手を差し伸べると、初音はそれを振り払った。一人で立ち上がり、フロントでタクシーを頼んだ。
由良姫は初音に近寄ると、何か言うことはないのか聞いた。
「はあ? 何か言うこと? 礼でも言ってほしいんか?」
「由良! 行くで!」
宇羅彦が構うなとばかりに由良姫を呼んだ。
「初音、今のあんたでは一生、魂の蝕は見えんと思う。自分さえ良ければええ人間に見えるはずがない」
この日、初音が盗られた携帯は初音個人の物だった。そのため、初音は失くしたことをそれほど重要視していなかった。
それより、ケガレ対策室の身分証を紛失した方が、初音には重くのしかかっていた。
ケガレの存在は公にはなっていない。しかし、一部のマスコミでは未確認情報として出回っていた。
上からの圧力で報道されることがないだけで、いつでも許可さえ降りればケガレというものの存在は世に知られるところまで来ていた。
その一方で、ケガレは正体不明な存在であるため、必要以上に恐怖感を煽り、国中がパニックを起こすとして、政府が箝口令を敷いていた。
そんな中、初音の自宅の電話が鳴った。ちょうど初音しか家にはいなかった。
「もしもし、鹿野神です」
「私、東西制作会社の内村と申しますが、初音さんはご在宅で……」
初音は慌てて電話を切った。血の気が引いた。聞き覚えのある声だった。
失くした携帯電話には、自宅の番号だけではない、同級生の番号に加えて、祓いの関係者全員の携帯番号と自宅の番号も全部登録していた。
当然、我央の元へも直接、番組制作会社から連絡が入っていた。
同じ頃、初音の携帯に登録されていた万里依や凛華の元へも、不審な携帯の電話番号から着信があった。
由良姫の携帯に凛華から電話がかかってきた。
「なんや知らん番号から電話かかってきた。この携帯番号、祓いのグループにしか教えてへんのに」
そのことを眴に話すと、そこへ家の電話が鳴った。
由良姫が出ようとするのを、眴が制し放っておいた。電話は留守電へ切り替わった。
「私、東西制作会社の内村と申します。藤吉様のお宅でしょうか──」
「なんでっ!?」
由良姫は振り向くと、宇羅彦と目と目が合った。
「もし携帯だけ落としても、ロック解除できんと中身は見れん。これはロック破られとるで」
「落ち着いて下さい。まず、家の電話は出ないこと、留守電へ切り替わりますから。今から万里依さんと話するので待って下さい」
「うち、ヒロくん家に電話する」
宇羅彦の携帯へ大那から電話がかかってきた。
「知らん番号から? 虎雅もか。自宅はどうや? そうや、東西制作会社の内村や。マズイな、マスコミ臭いで」
由良姫が急いで検索すると、大手マスメディアの下請けだった。




