初音の言い分
大晦日になる前に、由良姫と宇羅彦は順調にケガレを祓っていった。
万里依と宇宙依は、現世の眼で、少しでも正確に状況を把握するため、精度を上げることに終始していた。
それが、祓いの現場での事故をなくす、自分たち眼の務めだと悟った。
そのため、今まで由良姫たちと一緒に行っていた祓いの現場へは、本人たちだけで言行ってもらうことにした。
「ほんまにごめんね。由良姫たちだけやのうて、東も西も視とらなあかん」
「もう俺の眼はバグっているっ!?」
眼を使うことの大変さは、眴がよく知っていた。由良姫と宇羅彦の移動は眴が行なっていた。
そこへ、狐のケンと浩徳が同行することもあった。
「由良ちゃんが内閣府の!? それやったら連絡してくれたら便宜図れるで」
浩徳の兄、柏木能隆は大きな街のある隣県の県警勤務だった。
必要とされている者のところには、自然と人脈がつながるように仕組まれているのだろうか。
リストアップされた中で間に合わず、すでにケガレと変貌し規制線の向こうで祓われるのを待っている個体は、柏木能隆の手配で次々に案内され祓い尽くすことができた。
加えて、ケガレになった個体からケガレをもらってしまっている可能性があることを説明。由良姫と宇羅彦は県警のケガレ対策本部へ所属する者への定期的な祓いを行うことにした。
東の方はもう雪が降っていた。年末には、爆弾低気圧が来て、祓いのための移動にも一苦労だった。
それは大那や虎雅だけでなく、現地住民にとっても同じことだった。
虎雅は大那と話し合い、対外的なことは引き受けてもらっていた。ところが意外なところで、大那のヤンキー時代の黒歴史が役立つことになる。
大那は北関東の、だいたいどこの県警でも顔と名前を覚えられていた。いったい、どんな暴れぶりをしたらそうなるのだろう。
それが縁で、今は真面目に内閣府のケガレ対策室の特別捜査官だと知れると、諸手を挙げて協力してくれるようになった。
お陰で、こちらもやはり、順調に祓いが進んでいっていた。
夜毎、大那と虎雅の二人と、宇羅彦はリビングで楽しそうにビデオ通話をしていた。
ただ、西の二人、初音と凛華は思うような成果は上げられていなかった。
「どないしよ。なんや、初音んとこが……叔母さんが高校生だけで祓いに行かせるなんてって。めっちゃ反対してはるって、初音から連絡あって」
凛華は、自分は母親が理解あるから大丈夫だが、二人一組でなければ迷惑をかけると聞いて我慢していると言っていた。
「西の首都なんて、新幹線ですぐやし、うちと一緒に回ろうか」
「ほんま!? めっちゃ嬉しい!!」
その話を眴にすると、車で行って各所移動した方が効率がいいという話へ広がって、結局由良姫、宇羅彦、浩徳、狐のケンと、いつものメンバーで向かうことに決まった。
「お母さん!! 藤吉のとこがみんなで来てくれるって!!」
「ほんまに、それは良かったねえ。どうしよ、一日じゃ済まんでしょ。うち、狭いけど泊まってもらおか?」
「うん、聞いてみる」
大晦日へのカウントダウンも始まっていた。朝から由良姫たち全員は西の首都へ向かっていた。
凛華の家は中古とはいえ3LDKのマンションだった。出迎えてくれたのは、鹿野神言葉と猪野神駆成夫妻と凛華だった。
猪野神駆成はやはり考えることは似ているようで、戦人の里を出てからは警察内部の組織でケガレ専門の部署へと勤務するようになっていた。
「いやあ、ほんま、懐かしいわあ。あの頃、里にいた人と会うこともありませんし、御子姫様はいかがお過ごしでした?」
「狭いですが、この時期ホテルもいっぱいでしょうから、うちへ泊まっていって下さい」
なんやかやと、凛華の父親も祓いの準備はしていてくれたようで、到着後すぐにすでに起きてしまった事件現場へと、凛華とともに案内してくれた。
規制線の近くに来ると、ケガレをもらいやすいタイプというか体質の人もいるようで、すでに蝕を起こし始めている。
「これは来て良かったですね。ケガレになったものを放置してはいけませんね」
「由良姫、わからんように広範囲で祓いかけるで」
「ウーちゃん、了解。凛華、広範囲で術ってかけられる?」
「やったことないけど、やってみる。教えて、由良姫」
三人は、市内の中心部で規制線が張られていた現場の祓いを終えると、四方約二キロ範囲内でケガレ祓いの術を発動させた。
こうして初日でほぼほぼ市内の規制線の現場は祓い尽くされ、念のため人通りの多かった場所は広範囲で術をかけて回った。
「ほんまにお疲れさんでした。お風呂もあがって下さいね。今夜は牛鍋にしましたえ。たんと召し上がって下さいな」
宇羅彦は初めて食べる鍋料理に、美味いを連発していた。
「問題は、今後の発生予測をどうやって処理するか、やな」
ひとしきり食べた後、宇羅彦は言いにくいことをサラッと出してきた。
それを受けて、由良姫も凛華に向かって話しかけた。
「万里ねえから初音に言ってもらえば? 無理なら無理で、うち来るし」
「そんなん、由良姫しんどいやん。それにな、うち、ほんまは初音と一緒がええねん」
子供たちのやりとりを聞いていて、母の言葉が声をかけてきた。
「何かあったん? よかったら、お姉ちゃんに聞いてみよっか?」
「初音がな、叔母さんから祓いに出るの反対されてるらしいんや」
言葉は席を立つと、電話をかけに行った。そして戻ってくると、驚くことを言った。
「そんなことないみたいやで、なんや今も祓いに出てるらしいし」
「ええーっ!! うっそお!!」
凛華をはじめ、全員が驚いた。眴は一瞬にして、渋い顔になった。
「あいつ、二人一組のルール無視しとる。ヤバイで、あいつ蝕が見えんくせに!!」
「万里ねえに連絡しよっ!! 」
凛華が、電話をしようとした由良姫を止めた。
「ちょっと待って! ルール破ったんわかったら、初音はどないなるん!?」
浩徳が持ってきていたリストを見ながら、今夜の予測先を読み上げた。
「初音の性格やったら、場所よりもグレードや。一番難しそうなとこ、どこですか?」
「グレードBやで、さすがにそんな無茶はせんのとちゃうか? あとはEとDや」
「グレードBの発生予測は今夜十時前後だったはずです。少し過重労働ですが、この後向かいましょう」
初音は単独、市内の外れの山間にある高級リゾートホテルに来ていた。
近くには有名な観光地も多くあるが、何よりお忍びで有名人が来ることで知られていた。
初音はホテルのフロントで身分証を見せて説明した。ところがホテル側は、どう見ても十代後半の初音を信用せず取り合わなかった。
それよりも、秘匿性の高いことで信頼されているホテル側としては、他の宿泊客の手前、最も困ることでもあった。
信じてもらえず、邪険に扱われたことが余計に初音の気持ちを逆撫でした。
「なんでやの?」
初音は小声で呟いた。初音がいらつくのには他に理由があった。
あのウェブ会議の時、凛華はさも得意げに話していた。そう初音には見えたのだ。
──魂の蝕? そんなものが見えるなんて!
初音は一言も聞かされていなかった。
あのウェブ会議の時に味わった屈辱。初音にはどうにも許せなかった。
「凛華なんかもう信用できひん」
ブツブツと、独り言が漏れてしまう。
どうして自分が、こうも卑屈にならなければならないのか。
「もしもし? 神守我央さんですか? 鹿野神初音です。今、祓いにホテルへ来てるんですが、身分証見せても信じてもらえへんのです。どないしたら……」
初音は、我央の方からホテルへ連絡を入れてくれるというので待っていた。




