断髪
父奏司の初盆。母御子姫が結界を護る里へ向かった時のこと。
本来なら十八歳で、と決めていた成人の儀を前倒しで行われた。
宇羅彦は、サッサと束ねた髪を切り、勾玉を付けた。
由良姫は、腰まで見事にのばした髪を、御子姫から無理して切らずとも良い、と言われた。
由良姫は、憧れている母に似せて小学生の時から髪をのばしていた。
丁寧に手入れもしていた。
母御子姫の髪には、祓いの力があり、霊力というか妖力があった。
由良姫にとって自分の髪は、憧れの真似でしかなかった。
この時、由良姫はやはり、どうしても髪を切ることができなかった。
成人の儀も、勾玉のペンダントの贈り物も、突然のことだった。
正確には、知ってはいた。
しかし、まさか初盆で父と母が揃った、この機会で行われるとは思いも寄らなかった。
そう、心の準備が必要だった。
初盆から帰って来た後、眴もまた、わざと忙しくしていた。そうでなければ、奏司のことを思い出すからだった。
誰も由良姫に、髪のことは言わなかった。
大那と虎雅は、宇宙依と宇羅彦と一緒に、ケガレについてまとめられたリポートを読み解いていた。
「宇羅彦は、サッパリしたなあ」
「坊主にしたいくらいやけど、頭のコブが目立つんで、ヤメた」
「そっか、一センチくらいやったか」
宇宙依が、頭を撫でて確かめる。
前頭部に頭皮が被ってはいるが、ツノのような瘤があった。
「それで、虎雅みたいにしたんやな」
「いや……お父さんのヘアスタイルまんま」
「ってことは、眴さんが切ったんか。上手いなあ」
「切りながら、泣かれたわ。初めて会うた頃、そっくりやって」
「せやけど、中身は似ても似つかん」
宇宙依が大笑いした。宇羅彦も珍しく一緒に大笑いしていた。
「今日、由良ちゃんは?」
「知らん。なんや出かける言うてた」
「へえ、おまえらいつも一緒なのに、そういうこともあるんだ」
大那がふうん、と不思議そうにしながら、続けて言った。
「兄妹といったって、入りこむ隙間もない、ってなあ」
宇羅彦は、どういう意味だと言いたげに、大那を睨みつけた。
「いやあ、宇羅彦、許してやって。こいつさあ」
「いちいち、うるせえんだよ、虎雅!」
「兄じゃない。……俺は、弟だ」
「えっ、そこツッコむ!?」
宇宙依にはウケたようで、一人で笑い転げていた。
「ダンスやってた子にさ、由良ちゃんと同じクラスの子達いたじゃん」
「ああ…」
「全員、おまえ狙いなんだって」
大那がふてくされて、宇羅彦に向かって言った。
「それが?」
「それが? って、おまえなあ」
「俺には由良がいるから無理だ」
その場が、一瞬で静まり返った。というか、固まった。
全員が、真顔で、宇羅彦を見つめた。
「おい、重度のシスコンか!?」
「いや、両親から頼まれている。由良姫は爆弾」
宇宙依が、話を中断させた。
「ただいまあーっ!!」
二つの声が重なって聞こえた。
「街の美容院じゃなきゃダメとか言うから、遅なったわ」
万里依がブツブツ言いながら、先に部屋へ入ってきた。
その後について、由良姫も何気に入ってきた。
「ええっ!?」
「マジかっ!!」
宇羅彦以外は全員、由良姫の頭を見て大声で叫んでいた。
バッサリと髪を切り、ウルフっぽく襟足を残したショートカットになっていた。
髪はきれいに束ねられて受け取ってきていた。
驚いて叫んだものの、あれほど大切にしていた髪を切った理由はなかなか聞けないのが心情というものだ。
「髪はすぐに送るから、他に何か送るものあるかなあ」
「もしかして、成人の儀の?」
虎雅が、思い出したように由良姫に聞いた。
「うん。一度、ちゃんと自分で決めたかったから」
「いいんじゃない? 似合ってるよ」
由良姫は照れくさそうに笑った。
「あーよかった。刈り上げてきたらどうしようかと思っとった」
由良姫の残った髪を、確かめるように宇羅彦がさわった。
「やっぱ、アレじゃん。ただのシスコンじゃん!」
大那は、由良姫の髪をイジる宇羅彦を指して騒いだ。
夏休みも残りわずかになった頃、由良姫は久し振りに高校へ行った。
猪野神のがいる間に、渡された奏司のリポートを読み解くことに全員で取り組んでいた。その目処がついたからだった。
「長いこと休んですみません」
マスコットは着色後の仕上げで、防水剤を塗っていた。
「うっす! お疲れー! 髪の毛、気をつけろよ、防水塗装しとるで」
返事をして、由良姫は作業に混ざりに行った。
休憩時、日陰に移ってヒロ先輩から、なんとか今日中に仕上げてしまえないかと考えてる旨の話があった。
「昼間は無理やで、夕方来れたら頼むわ。で、今日で終いにしよまいか」
「せやなあ、夏の宿題残っとるん、写し合わないかんし」
「おいおい」
「休み明けすぐ実力テストあるで、体調整えておかんといかんやろ」
汗を拭こうと、由良姫が麦わら帽子を取った瞬間、ヒロ先輩がええーっ! と大声を上げた。
そこにいた全員が、大声とともに指差す方を見た。
「あはは……あ、暑さに耐えきれず」
「俺のせいか!?」
「ええっ!? どうしてですか?」
ヒロ先輩の、俺のせい発言で休憩中、その話題で持ちきりとなった。
「やっぱ、アヤシイと思ってたんだよねー」
「そーそー、結構構ってたよね、なんちゃって」
「でも、いんじゃね? 髪切って、可愛くなって」
「おっと、ライバル登場」
由良姫は水飲み場へ来ると、頭から水をかけた。
思わず、「気持ちいーっ」と独り言が出た。
「だろ? 暑い時はコレに限るよな」
由良姫が頭を上げると、ヒロ先輩からバスタオルが飛んできた。
「使っていいよ」
「ありがとうございます」
髪を拭く由良姫に、ヒロ先輩こと浩徳は謝った。
「悪ィ、なんかアホなこと言って。おまえ、倒れるまで、髪の毛束ねて帽子に入れ取ったし。そんな大事にしとったのに、急にどうした?」
「ソレです! 束ねて入れて、暑かったんです」
「ほんまか?」
頷く由良姫に、浩徳はそれ以上何も言わなかった。
いきなりTシャツを脱ぐと、水場に頭を下げて背中から水をかけていた。
「完璧な土方焼けや」
由良姫はバスタオルを手に持ってまま、どうすることもできず待っていた。
「あ、悪ィ。なんも考えとらんかった。サンキュッ!」
そう言うと、浩徳はニカッと笑った。日に焼けて真っ黒な顔に白い歯が印象的だった。




