第百二十三話 さよならリス
四つの魔工ダンジョンを討伐した日から一週間以上が経過した。
あれから新たなダンジョンは出現していない。
魔王もスランプ気味なのかもしれない。
そんなんじゃ俺のほうが先にスランプを抜け出すことになるかもな。
リスの赤ちゃんがウチに来たことで家の中も賑やかだ。
そのリスたちは家の中を走り回っている。
「……成長早すぎないか?」
「そうなの? 元気に育ってるからいいじゃん」
リスってこんなに早く成長するんだな。
目が開いたのもつい最近なのに。
体は少し大きくなった程度だが、ジャンプもそれなりにできている。
「これならもう外に出してもいいんじゃないか?」
「う~ん、そうしてあげないと可哀想よね……」
「えっ!? ここで飼うんじゃなかったのです!?」
「リスたちだって森の中のほうがいいだろ? また森で会えるさ」
「残念なのです……」
名残惜しいのは俺も同じだ。
だって可愛いからな。
「じゃあ二人で外に出してやってくれ」
リスたちはなにも言わなくてもララとユウナについていった。
そして家の玄関から外に出る。
朝は太陽の光が一段と気持ちいいな。
空気も美味しい。
リスたちも久しぶりの外だから嬉しいだろう。
ずっと部屋に閉じ込められてたんだからな。
リスたちは外に出ると真っ先にゲンさんのところに駆け寄っていった。
助けてもらったことを覚えているのかもしれない。
「ゲンさん、元いた場所まで案内してやってくれる?」
「ゴ(あぁ。面倒見てくれてありがとうな。しかしたった一週間でここまで……)」
ゲンさんは立ち上がり森の奥へ入っていった。
リスたちもゲンさんの後を追う。
ララとユウナは寂しそうだ。
「……魔物の赤ちゃんとかいないのです?」
「シルバも最初はもっと小さくてすっごく可愛かったんだよ。だからそのうちお嫁さん探してこようね」
「シルバーウルフはレアって聞いたのです。なかなか見つからないのです」
「狼ならなんでもいいんじゃないかな? いっぱい捕まえてきてお見合いさせようか?」
……自然の成り行きに任せることにしよう。
ピピとメタリンが戻ってきたようだ。
さっき出て行ったばかりなのに。
「チュリ! (マルセールの冒険者ギルドがオープンしてました!)」
「キュ! (ダンジョンも出現したようなのです!)」
もう改装が終わったのか。
ちょうど魔工ダンジョンの出現のタイミングと重なって良かったな。
「どこに?」
「チュリ! (王都周辺らしいです! 一つだけのようですが)」
「キュ! (だから冒険者のみなさんもいつも通りこちらに向かってますです!)」
「そっか。マルセール周辺は?」
「チュリ! (そっちは今から見てきます!)」
「キュ! (取り急ぎご報告をと思ったのです!)」
そして再び飛び立っていった。
いいコンビだな。
「だってさ。どうしたい?」
「興味なし」
「そうなのです! ダンジョン酒場に宿屋にバイキングにと考えることがいっぱいなのです! 食べたいものいっぱいなのです!」
俺と同じく二人も魔工ダンジョンに興味を失いつつあるようだ。
どうせそんなたいしたダンジョンじゃないだろうしな。
それに王都周辺ならすぐに冒険者に討伐されて終わりだろう。
マルセールに情報が届いたときには既になくなってるかもしれない。
マルセールとは人口比が違いすぎるんだからな。
ある程度の情報は提供したんだから勝手にやってくれって感じだ。
仮にすぐ討伐されなくてもしばらく放っておいてなにも問題はない。
誰も中に入らなければの話だが。
やることがいっぱいあるおかげで二人もリスとのお別れのことをすぐに忘れてくれそうだ。
ララなんか寝るときもずっといっしょだったからな。
生き物について勉強するいい機会になっただろう。
「お兄、地下四階はもう完成?」
「ん? いや、まだ細かい調整が必要なのとティアリスさんたち待ちかな」
「早く行ってみたいのです! 先に行かせてくれてもいいのです!」
「みんなといっしょにスタートするほうが面白くないかな? そして誰よりも早く攻略するの!」
「確かにそっちのほうが競争できて面白そうなのです! おとなしく待つのです!」
昨日、地下四階のフィールドだけを先に作ってみた。
まだ魔物は配置していない。
とりあえず魔力がどれだけ残るのかを確認したかったからな。
ダンジョンストアを作ってからはなにも作ってなかったので魔力も相当溜まっていたようだ。
だがそれでもどうなるかはわからない。
ダンジョン酒場はいいとして問題は宿屋だ。
建物だけでも凄い魔力を使うだろう。
バイキング会場も作らないといけない。
それに魔道具も数多く必要になる。
全部屋にキッチンや風呂が備え付けになるし。
火関連の魔道具を作るのは大変って前から聞いてたしな。
ドラシーに相談したらわかりやすく頭を抱えてなにも喋らなくなった……。
だからとりあえず地下四階を最優先にして残った魔力で考えるという結論になったんだ。
「じゃあ受付は俺一人でやるから二人は引き続き考えてくれ」
「了解」
「はいなのです!」
いつものように管理人室の自分の席に座る。
足元には水晶玉が四つ入った箱がある。
……二つは全く同じものなんだからいいか。
「ドラシー、二つを吸収してみてくれ」
ドラシーが目の前に現れた。
「いいの?」
「あぁ。見てもらえばわかるように中は全く同じものだからな」
「わかったわ」
そしてドラシーは水晶玉を吸収した。
……どうなんだ?
「…………美味しい」
「は?」
「いいわねこれ! ダンジョンコアだけあって凄く魔力が豊富よ!」
……栄養たっぷりってことだよな。
いつも自分で作ったコーヒー飲んで自分で魔力循環してるくらいだもんな。
ダンジョン内で吸収して変換した魔力とはまた違う味なんだろう。
ドラシーの声に反応してララとユウナもこちらを見ている。
だが俺と目が合うとすぐに自分の仕事に戻ったようだ。
ドラシーはララの料理も美味しいと言って食べるくらいだからそんな珍しいことでもない。
「残りも吸収していい!?」
「ダメだ。いつ国から提出しろと言われるかわからないからな」
「あら残念。でも今度からは報告する必要もなくなるんでしょ?」
「あぁ。誰から言われたわけでもなく勝手にダンジョンに入ったらそこにたまたま水晶玉が落ちてただけだからなにも問題はない……はず」
「ふふっ。そのうちどこかのお偉いさんに怒られるわよ? 普段波風立てたくないって言ってる割にそういうとこ大胆ね。頑固っていったほうがいいのかしら? 誰に似たんだろう。アナタの父親はヤンチャだったけどそういうしたたかさみたいなものはなかったからね。どちらかというと母親似なのかな? あの子はしっかり者でいい子で好奇心旺盛だったからね。たまに危ないところもあったけど」
両親に似たのかなんてことは俺にだってわからない。
それにそんなことどうでもいい。
知ったところで二人があの世から戻ってくるわけでもないし。
というかドラシーは母さんのことも知ってるのか。
「あら? 帰ってきたみたいよ」
「ん?」
ピピとメタリンだ。
「チュリ! (マルセール周辺にダンジョンの出現は見当たりませんでした!)」
「キュ! (それと別件で報告なのです! ついさっき町長が辞めたみたいなのです!)」
「ふ~ん。そっかぁ。お疲れ」
結局ダンジョンは王都に出現した一つのみか。
もしかしたら他の地域にも出現してるかもしれないがそれはまた別の町の管轄になるのだろう。
どうせマルセールに情報が入ってくるのはもっと後だ。
それにしても魔王は戦略を変えてきたのかもな。
人工ダンジョンのことを知り尽くしてる冒険者を避けているのかもしれない。
魔力を吸収するだけならそのほうがいいだろうからな。
地方だとまだ人工ダンジョンについて知らない人が多いだろうし。
まぁここからは王都や冒険者ギルドの仕事だよな。
「ピピたちなんて?」
「マルセール周辺は異常なしってさ。それと町長が辞めたって」
「えっ!? 町長ってあのマルセールの町長!?」
「だろうな」
「だろうなって……よくそんな落ち着いてられるね……」
「だって俺にもここにも関係ないしな」
「お兄との一件で町の人たちが不信感を抱いてるって聞いたよ……」
そうだとしても町長が辞めるなんて珍しいことじゃないだろ。
以前から何回もそんな話を聞いた気がするし。
それにこんな急に解任されるわけがない。
ということは自分から辞めたんだろう。
最後に冒険者ギルドの立ち上げという大きな仕事も成し遂げたんだ。
みんなから感謝されて惜しまれながらの勇退ってやつじゃないのか?
「ゴ(ちょっといいか?)」
「うわっ!」
急に後ろから声をかけられた……ゲンさんか。
リスたちを帰してきてくれた報告かな?
「ゴゴ(リスたちのことだが、この間の場所に着くとすぐにいなくなったんだ。森の探検にでも行ったんだろうな。しばらく待っても戻ってこないから俺も帰ろうと思って帰ってきたんだが)」
無事に森での生活に戻れたってことだよな。
ここで育ったせいでもしかしたら森では生きていけないんじゃないかとも思ったが良かった。
「ありがとう。ゲンさんのおかげでリスたちが元気になったよ。あとはリスたちの成長を祈ろう」
「ゴ(いや、そうじゃなくてな……)」
「ん? そうじゃない?」
リスたちになにかあったのか?
ララとユウナも俺の言葉を聞いて心配になったんだろう。
俺のすぐ後ろに来て緊張しながらゲンさんの言葉を待っている。
ゲンさんが受付カウンター越しに話しかけてくるなんて初めてだからな。
「ゴ(あいつら、俺より先に帰ってきてたんだよ)」
「え? ……ここに?」
「ゴゴ(あぁ。今部屋に入ったらピピたちといっしょにご飯食べてた……)」
ララとユウナは早く通訳しろと言わんばかりに俺の体を揺さぶってくる。
「……魔物部屋でご飯食べてるってさ」
「「えっ!?」」
それを聞いた二人は走って部屋を出ていった。
甲高い声が聞こえるから再会を喜んでるんだろう。
短いお別れだったな。
「ゴ(ここを家と思ってるみたいだな。さっきはただ遊びに出かけるとでも思ったんだろう。で、腹が減ったから帰ってきたんだろうな)」
「なぜ帰ってくる? リスたちにとっては森の中での生活のほうがいいんじゃないの?」
「ゴ(普通のリスならな)」
「普通のリス? ……あのリスたちは普通じゃないとでも?」
「ゴ(あぁ。俺もさっき気付いたが、あいつらは立派な魔物だ)」
「魔物!? あのリスたちが!?」
「ゴ(あぁ。最初は普通のリスだったはずなんだがな。おそらくここでの食事が関係してるんだろう)」
ここでの食事?
食事のせいで魔物になってしまったというのか?
そんな…………。
「なるほどね。あのミルクもそうだけど、水や他の食料だって全部ダンジョン産だったでしょ? きっとマナを摂取しすぎたのね。それならあの子たちが急に成長したのも頷けるわ」
そう言われると確かに……。
でも魔物だぞ?
普通のリスが魔物になって嬉しいわけがないだろう。
「ゴ(よくあることだぞ。ワイルドボアやナラジカだって猪や鹿が大量に魔瘴を浴びて魔物化したのが最初だ)」
「そうよ。それに魔瘴じゃなくてマナなんだから体に悪かったりはしないわよ」
「そうは言っても魔物だろ? 誰かに倒されるかもしれないんだぞ……」
「ゴ(魔物化は悪いことばかりじゃない。身体能力は格段に上がるしな)」
「それによく考えてみなさいよ? ただの魔物ならなんでこのエリアに入って来れてるの?」
「え…………それってつまり悪い魔物じゃないってことか?」
「はぁ~。少し落ち着きなさい。まず悪い魔物なら森にすら入ってこれないでしょ。敵意のない魔物ならウェルダン君のようにエリアの傍までは近寄って来れるわ」
「……もしかして?」
どうやら知らないうちに新しい仲間が増えてたようだ。




