第百二十話 冒険者ギルド
町長とのいざこざがあった翌日、マルセールで冒険者ギルドの設置が発表された。
昨日、最初の魔工ダンジョンで発見された水晶玉をピピに王都まで届けてもらった。
それを受け取った錬金術師はすぐにお城へ向かったとのこと。
ピピはどこかで待っていてほしいと言われたらしい。
しばらくして帰ってきた錬金術師はピピにお願いをした。
そのお願いというのがギルド設置の認可が書かれた書状をマルセール町長まで届けることだったらしい。
ピピはもっとゆっくり帰ってきたかったのにと嘆いていた。
冒険者ギルド設置の発表が今朝八時に行われたからか、ここに来るのがいつもより遅めのお客が多かった。
昨日のように百人しか来ないということはなさそうなので安心している。
百人でも赤字になることはないが従業員たちも張り合いがないからな。
一昨日発見された魔工ダンジョンは無事に四つとも討伐され、俺の手元にはその四つの水晶玉がある。
別に今日で良かったのにわざわざ昨日の夕方それぞれの代表パーティが報告しに来てくれたんだ。
馬車を借りてたからとも言ってたが早くみんなに聞いてほしかったんだろう。
ここに来ていた冒険者たちもどうなったか気になってたに違いない。
おかげで重苦しかった雰囲気が少し和らいだ。
それと昨日のここでの一件は既にほとんどの冒険者の耳に入っているらしい。
受付時に俺を気遣って声をかけてくれる人も多かった。
冒険者ギルドへ登録してもいいかと聞かれることも多かった。
もちろんそれは冒険者の自由だ。
他の町で前から登録済みの人もいっぱいいるし。
駆け出しのころからここに来てる人たちはギルドにあまり馴染みがないんだろう。
ギルドで依頼を探せるんだから冒険者たちに悪いことはなにもない。
それにこのダンジョンは育成のためにあるんだからなに一つ問題はない。
そう、問題なんてなにもなかったはずなんだ。
「ダンジョンギルドって名前にする?」
「それじゃ冒険者ギルドと同じ系列かと勘違いされてしまうのです!」
「そっかぁ~。ねぇ~、お兄? なんかいい名前ない?」
なのにどうしてこんなことになってる……。
この二人、さっきからずっとここにギルドを設置しようとしてるんだ……。
業務内容は冒険者ギルドとほぼ同じ。
なぜ設置したいかの理由がいまいちわからない。
十時過ぎに秘書さんが一人でやってきたんだ。
昨日と同じようにまた小屋の中で話をした。
何度も頭を下げて昨日のことを謝ってきた。
秘書さんはなにも悪くないのに。
もちろん俺も謝ったよ。
先にキレたのは俺だしな。
ああいう場で非常に申し訳なかったとも反省してる。
ましてや相手は町長だし。
そして再度ギルド長になってくれないかと打診された。
即答で断った。
それでも秘書さんは諦めない。
次に給料の話をしてきた。
月給三万Gらしい。
今度大人になる年齢の俺に支払う額としては破格だろう。
だが特に魅力を感じなかったので丁重にお断りした。
すると他の待遇面についての話をしてきた。
ギルドの場所は町の中心にある建物を改装するらしい。
工事は始まったばかりなので全てを俺好みにしていいんだとさ。
だけどここでは建物なんか一から自由に作れるしな。
さらに食事は毎日三食好きな店から出前をとっていいんだと。
正直一瞬心が揺らいでしまったよね。
でも食事はここにいれば困ることはないし。
食材もダンジョン産のほうが美味しいしな。
他にもいくつか話をされたがどれも全く興味が湧かなかった。
元々受ける気なんていっさいないからかもしれない。
秘書さんは泣きそうになりながら帰っていった。
こんな子供一人を説得できないことが悔しかったのかもしれない。
いや、俺は来月からは大人だからな。
ララとユウナは隣のテーブルで静かに聞いていた。
秘書さんが帰った後も特になにか言うわけでもなく家に戻った。
だがすぐに二人の様子が変わった。
「ねぇねぇ、ギルドってなんだか面白そうじゃない?」
「ララちゃんもそう思ったのです!?」
「うん! 毎朝依頼が貼り出されるんでしょ?」
「そうなのです! 毎朝冒険者が集まってくるのです!」
「でもお兄が言うようにマルセールでは依頼なんて少ないよね?」
「それが残念なのです。おそらく魔工ダンジョン関連の依頼ばかりなのです」
「う~ん、負ける気はしないけど取り合いになるんだったらなにかと面倒だよね」
「それに報酬は貰えるけど水晶玉は手に入らないと思うのです」
「だよね~。それなら勝手に討伐しにいくほうがいいよね?」
「……ここにギルドを作るのはどうなのです?」
「ここに!? ……うん、面白そう! それいいじゃん!」
「ホントなのです!? やってみるのです!」
って流れの会話がさっきあったんだ。
考えてみてもなにを面白いと思ったのかわからない。
ララだって面倒って言ってるじゃないか。
冒険者として毎朝集まる場所が欲しいだけか?
それならここの小屋でいいじゃないか。
「マルセールの冒険者ギルドに入りたいんなら入ってもいいんだぞ?」
「それはいいや。入ってもメリットがなにもなさそうだし」
「そうなのです。自由がいいのです」
う~ん、自由か。
なのにギルドを作りたいってなんだか矛盾してないか?
ギルド運営をしてみたいお年頃なのか?
「ここにギルドを作っても結局依頼は魔工ダンジョンの討伐しかないぞ? しかもそれだと冒険者ギルドと依頼が被るからややこしくなるかもしれない。それに依頼を出してしまったらお前たちが自由にダンジョン討伐できなくなるぞ?」
「それでもいいの! きっとみんなもウチが依頼出したほうが喜んでくれるもん!」
「そうなのです! みんなここで成長した姿をロイスさんに見てほしいのです!」
冒険者たちは本当にそう思ってるのか?
それにマルセールで依頼を受けたほうが便利に決まってる。
毎朝ギルドに顔出していい依頼がなければここに来ればいいだけだし。
ちゃんと住み分けはできてるように思える。
それをわざわざ壊すようなことをしなくてもな。
ただでさえ仲は最悪なのに。
でも水晶玉は欲しいな。
冒険者ギルドが持っていても持て余すだけなんじゃないのか?
今後もどこかの錬金術師に渡して調査でもさせるんだろうか。
研究が進めばそのうち人工ダンジョンがあふれる世界になるかもな。
それはそれで面白いけど。
「お兄! 還元するチャンスだよ!」
「還元? なにをだ?」
「お金に決まってるじゃない! 依頼なんだから報酬はお金でしょ! 今まで使い道のなかったお金を使えるときが来たじゃない! 代わりに水晶玉は貰うけど」
「それも冒険者ギルドと全く同じじゃないか……。それこそみんな報酬のいいほうの依頼を受けるんじゃないか? 揉める予感しかしないけど……」
「あまり波風を立てるのもあれだから金額は同じにするの! それに加えてここでのみ使える食事券をこっそり報酬にしよう!」
「……まぁそれくらいならいいか。水晶玉は欲しいしな」
「いいの!? ギルド決定ってことでいいの!?」
「とりあえずやってみるか。やってみてハマらなかったらやめればいいだけだし」
「やったぁ!」
「わぁ~いなのです! 名前はどうするのです!?」
「さすがにギルドはマズいから、酒場はどうだ?」
「酒場!? ダンジョン酒場ってことね!?」
「いいのです! お酒も出すのです!」
ダンジョン酒場か。
この際前々から考えていたパーティの斡旋とかもしてみてもいいな。
お酒に関しても中級者が来るようになったら出そうかとも考えていたし。
でもどんどんやらなきゃいけないことが増えていく……。