表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

後篇


 建国歴千年ちょうどのその年。 

 その国の第二王子が、王の子どもではないと暴かれた。第二王子を取り上げた妻も、王妃の侍女も、みながそう証言した。

 王をたばかり、王族を騙った罪で、第二王子もその母親も処刑された。最後までその処刑に反対した王は、その指揮をとる第一王子を罵倒した。


「貴様、王太子でありながら何故こんなことを企んだ! こんなことをしなくても王位を得られただろう、どうして私達をこんな目に遭わせる!?」

「どうして? おかしなことを仰る、父上。俺があなた達が母上を毒殺したことを知らなかったとでも?」


 貧しい民から王妃と第二王子のために税金を搾り取り、湯水のように使って贅沢をしていた王は、その首をさらされてその生涯を終えた。


 それでもこの国は平和。なぜなら、魔女がいるから。





 革命が起こったと聞いたのは、年の始めだった。

 魔女と呼ばれる彼女は、今日も王子が降りてこない階段を見る。


(もう一年以上、おいでにならない……)


 あの日髪に飾ってもらった鈴蘭は、とっくに枯れてしまった。

 あの優しい王子はどうしているだろう。母親をなくし、居場所なくしたひとりぼっちの王子様。いつも強がっているが、それは精一杯の虚勢だ。そのくせ誇り高く、涙一つ見せようとしない。

 今もどこかで何か無茶をしているのではないかと、心配でたまらなかった。

 あの王子様は、こうと決めたら譲らない。かまどとを作った時も、一人でやりきると言って聞かなかった。


(……おかしなことね。あの王子様なら、私を解放してくれるかと思っただけだったのに……)


 戒めるように視線を落とす。

 もう期待はすまい。千年裏切られ続けているのだから。

 でも自分を魔女と忌み嫌わず、地下のこんな場所に通い続け、かまどに火を灯してくれたのは彼だけ。それを思うと、胸がうずく。


「……いけないわ。私は……」

「私は、なんだ?」


 こつりと階段から、靴音が聞こえた。はっと顔を上げる。


「王子様……!」


 革命だなんだと世情がせわしなかったせいで、地下は以前ほど手入れが行き届いていない。食事こそ途絶えることはなかったが、蝋燭がたった一つしか灯されていなかった。そのせいで王子の足下しか見えない。

 でもその足が、一歩一歩近づいてくるのは見える。心弾むはずの光景に、ふと違和感を覚えた。


「父上を処刑した。今日からこの国の王は、俺だ」


 笑みを含むような声に、血のにおい。

 がしゃんと音がして、鉄格子を王子が握る。いつも絨毯に座っている魔女は、いつの間にかその背を見上げていることに気づいた。

 座る自分と鉄格子に立つ彼の目線の高さが同じだったのは、ほんのつい最近のことだった気がするのに。


「……父上を、殺した? あなたが? 何故そんなことを」

「そんなことは大した問題じゃないだろう? 俺が今、この牢を開けられるということが気にならないのか?」


 ごくりと、ひそかに喉が鳴った。


 この国の王は、先王からこの牢の鍵を継承する。この牢の鍵はその血に宿るまじないだ。同時に、王は真実を知る。


(でもこの王子様なら、私を)


「逃がさない、聖女様」


 ほんの少し、わずかにさした希望を、王子が断ち切った。

 息を呑んでいる間に、王子が身をかがめ、自分と目線の高さを合わせる。


「英雄王に力を貸し、魔女を打ち倒したあと、女神の化身である君は天に帰るはずだった。だがそれを英雄王が拒み、この檻に閉じ込めた。もちろん、砂漠すら緑の地に変える女神の力を惜しんで」


 その顔が、蝋燭の火に照らされる。

 黒髪に、黒曜石の瞳。幼さはもうどこにもない、精悍な青年の顔。


「逃れても捕まえられるよう、英雄王はあなたを魔女だと広めた。お優しいことに、君はできたばかりの国を案じてそれを受け入れた。君の力がなくなればこの国の豊かさは失われる。それを畏れて、代々王がこの記憶と一緒に鍵を持ち、君を閉じ込め続けた。それがこの国の真実だ」


 鉄格子をつかんだ手を引っ込めようとして、つかまれる。その手が熱い。

 ぞっとした。


「は、はなし……!」

「君は俺に名前を教えなかった。それは名前を知られれば、ここに永遠に縛られてしまうと知っているからだったんだな」


 責めるような口調に、震える声で反論する。


「あ、あなただって名前を仰らなかったじゃないですか!」

「そうだな。名前を知られたら、鍵を奪われてしまう。だから魔女に名前を名乗らずにいられた王子が、王になれる。君が幼い僕に名前を名乗らせようとしたのは、自由になるためだった。そうだろう?」


 自嘲めいた口調と、冷たい瞳。それを負けじとにらみ返す。

 そうだ、自分たちはそんな関係。わかっていた。

 なのにどうして自分は、この王子がいつか名前を教えてくれるなんて思っていたのだろう。

 どうして今更、そんなことが悲しく、悔しいのだろう。


「――私をここから出さないとお決めになったのなら、もう用はないでしょう。帰って下さい!」

「代々の王は馬鹿だと思わないか。鍵などかけずとも、君をここにとどめる方法はある。穢された女神は、もう天に帰れない」

「……どういう……?」


 かしゃんと、千年開かなかった牢が開く音がした。

 鉄格子が、大人一人が通れる大きさの分だけ、切り取られたように消失する。


 鍵があいた。千年、申し訳ないと涙を流しながら、生かしてやるだけありがたいと思えと罵倒しながら、代々の王が決して開かなかった檻が。


 信じられない思いでそれを見つめる。

 王子が踏み越えたその一歩にわきあがったのは――希望でも喜びでもなく、恐怖だった。


「俺の妻として、生きていけばいい」


 あとずさった。逃げなければいけない。もう彼は幼く震える王子ではないのだ。

 人間に穢されたら、もう天には戻れない。あの愛も憎しみもない楽園に帰れない。

 そう、今なら魔法を使って王子を殺せばいいのだ。そう思うのに、動けない。


「……君を、花畑につれていってやりたかった」


 黒い瞳にうつる苦悩に心がしびれて、指一本動かせない。


「でももう、できない……! 君を帰すなんて」

「王子、様……」

「俺を、一人にしないでくれ」


 その願いは、女神が叶えてはいけないもの。

 女神は誰か一人を愛してはいけない。父親を殺した青年に、祝福を与えることもできない。

 可哀想に、この王子様はまたひとりぼっち。


(でも魔女なら、かなえられる)


 英雄王に羽根をもがれた時、憐れだと思った。魔女とさげずまれ、利用され、それでも人間を愛する女神だったのに。


(彼を殺せないなら、私は)


 ああ、いつから自分は魔女になってしまったのだろう。


 顔を覆ってすすり泣く。王子の指が一瞬だけ震えたけれど、それだけだった。




 その国には魔女がいる。千年たった今も、王様にとらわれた魔女がいる。



読んでくださって有り難う御座いました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 対外的には強い(恐ろしい?)とされている王様が、唯1人だけ愛する女を監禁するシチュって萌えます。美味しかったです(*´ω`*)
[一言] やりなおし令嬢~から興味を持ち他の作品も読みたいと読ませていただきました。 凄く繊細な文章と登場人物の置かれた惨い環境と、それでも何処か血の通うあたたかな感情に胸打たれました。 とても楽しま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ