残された時間。
むせ返るような生命力に溢れた緑。
鳥の囀り、風の囁き。
私の視界に飛び込む、鮮やかな紫。
「君が好きだった花だな。」
私は、名も知らないその花を少しだけ摘み取る。
長年木を切ってきた、無骨な手。
妻が好きだった花。
墓前に飾れば、少しは喜んでくれるだろうか。
妻の墓前で、私は汗を拭う。
初夏の陽気が堪える。
墓を綺麗に掃除して一息つく。
この歳では重労働だ。
あと何年、こうすることができるのだろう。
私は、墓の前で小さな包みを開ける。
不揃いで不恰好なサンドイッチ。
「君が作ったサンドイッチは、綺麗で美味しかったな。」
私はサンドイッチを一口頬張る。
湿気を含んだ風が、木々を揺らし始める。
「アイツからの手紙は、届かない。」
戦争に行った息子。
笑顔で手を振っていた最後の姿。
今でも目に焼きついている。
いつ帰ってきてもいいように、とっておきの酒を残している。
私はいつの頃からか、酒を飲むのをやめていたのだが。
頬を撫でる風。
時折聞こえる、小鳥の歌。
木の葉の間から漏れる陽の光。
時が止まってしまったかのようだ。
ただ、私だけを残して。
どれほどの時が経ったのだろう。
日が翳り始めていた。
私は、重い腰を上げる。
振り返った私の視界に、一人の少女がいた。
黒いドレス。
レースの日傘。
風に揺れる黒髪が美しい。
「道に迷ってしまったの。」
少女は、呟くように言った。
出会った時の妻とどこか似ている、美しい少女。
初めて手を繋いだ帰り道。
小さいながらも心がこもった結婚式。
息子が生まれた時、手を握って伝えた感謝の言葉。
共に息子を見送った、あの日の午後。
私はその場に座り込んでしまった。




