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夜の来訪者。  作者: now here man
第二章 夏の墓標

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9/11

残された時間。

むせ返るような生命力に溢れた緑。

鳥の囀り、風の囁き。

私の視界に飛び込む、鮮やかな紫。


「君が好きだった花だな。」

私は、名も知らないその花を少しだけ摘み取る。

長年木を切ってきた、無骨な手。


妻が好きだった花。

墓前に飾れば、少しは喜んでくれるだろうか。


妻の墓前で、私は汗を拭う。

初夏の陽気が堪える。


墓を綺麗に掃除して一息つく。

この歳では重労働だ。

あと何年、こうすることができるのだろう。


私は、墓の前で小さな包みを開ける。

不揃いで不恰好なサンドイッチ。

「君が作ったサンドイッチは、綺麗で美味しかったな。」

私はサンドイッチを一口頬張る。

湿気を含んだ風が、木々を揺らし始める。


「アイツからの手紙は、届かない。」

戦争に行った息子。

笑顔で手を振っていた最後の姿。

今でも目に焼きついている。


いつ帰ってきてもいいように、とっておきの酒を残している。

私はいつの頃からか、酒を飲むのをやめていたのだが。


頬を撫でる風。

時折聞こえる、小鳥の歌。

木の葉の間から漏れる陽の光。

時が止まってしまったかのようだ。

ただ、私だけを残して。


どれほどの時が経ったのだろう。

日が翳り始めていた。


私は、重い腰を上げる。

振り返った私の視界に、一人の少女がいた。


黒いドレス。

レースの日傘。

風に揺れる黒髪が美しい。


「道に迷ってしまったの。」

少女は、呟くように言った。


出会った時の妻とどこか似ている、美しい少女。


初めて手を繋いだ帰り道。

小さいながらも心がこもった結婚式。

息子が生まれた時、手を握って伝えた感謝の言葉。

共に息子を見送った、あの日の午後。


私はその場に座り込んでしまった。


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