Case65.闇を消して千代に咲く
天界社は光に満たされていた。
晴れたのはほんのすこし後のことだったが、立ち向かっていったふたりにとっては長い時間だったように思える。
不二と智夜は生きていた。
エネルギー波を受けきって、消し飛ぶ前に再生して、盾になった不二がいたおかげで生身の智夜もちょっとした火傷ですんでいたのだ。
不二のほうはぼろぼろになった身体がどうにか再生しているけれど、まだ皮膚も治りきっておらず一部では筋肉の層が露出していた。
「た、助かりました? 生きてます、生きてますよね?」
「うん。わたしたち、生きてるよ」
調整に気を集中させながらの耐久であった彼女は大きく消耗したらしく、その場にへたりこんだ。
不二はそっと彼女の頭を撫で、まだ治っていないことを指摘しつつも嬉しそうな智夜の様子に妹が増えたような気分でいた。
「あ、お母様は……!」
智夜がそういったとき、ちょうど炉の奥へと続く扉が開け放たれた。
ふたりしてそっちに目を向けて、ふらりと出てきた少女がちゃんとしたスーツを着ていることに驚き、駆け寄って支えようとする。
抱き止めた少女、芥子の身体には力が入っていなくて、ぐったりとしている。
智夜がいうには、生体隕石に存在していたエネルギーが抜かれたことによって動くのに使えるものがなくなっているらしかった。
そんな彼女をひとまず寝かせようと、不二は自分より長身の芥子を背負って炉の部屋から出ようとする。強化された能力であればなにも重くはない。
智夜を連れていったん外へ出て、芥子を壁によりかからせてそっと置いた。
作戦成功の連絡を智夜が送ってくれて、不二はひといきつく。
周囲にいたテラレンドの群れはすでにおおかた片付いており、生体隕石だけが転がっている。
戦っていたうろこたちは待っていてくれたらしく、みんな駆け寄ってきて、各々の反応をみせていた。
「ボロボロだな、さっきの光のせいか?」
「うん、全人類に向けるところをむりやり受けたから」
「相変わらずとんでもない精神力」
うろこも和紙も無事そうで、希は疲れたらしく寝転がっている。
オヴィラトも希のところで話しているようで。
小灰は智夜のことを水と火と葉っぱで応急処置していて、そのときは小灰がお姉ちゃんらしく見えた。
あとはリノの姿が見えなかったことが心残りだが。
城華たちのほうからは何か連絡だとかあったのだろうか。
そういえば通信担当のウートレアの姿がないことに気づいて彼女を探して、誰かを誘導してこっちへ向かっているらしいのが遠くに見えた。
その誰かは城華であるらしい。
「お待たせ。ほら、着いたよ」
城華の口からイドルレの声がして、全員が振り向いた。
さらにその背に乗せられていたのがリノであるとわかると、明確に身構えこそしなくても目付きが変わった。
当のリノは交戦の意思はないらしく、連れてきてくれた彼女に背中を押されてふらつく足取りながらも芥子のほうへ歩いていった。
いつものリノの調子は見られなくて、城華もまた雰囲気が違った。
「リノ。ずうっと隣には彼女がいたんでしょ?」
「……あぁ、そういうことか。私は、芥子のことを蔑ろにしてたんだ」
気絶している芥子をそっと抱き上げて、リノはごめんと告げる。
そのあとにか細い声で、私のことは気にしないでください、とだけ聞こえて、それで芥子の残っていたかすかな意識はほんとうに途切れたようだった。
「あなたの両腕でなにもかも抱こうとしたなら、こぼれるものはかならずある。だから、そう、身の程を知りなさい、ってところかな! んじゃ、またね!」
光とともに、城華の身体からイドルレが分離して現れる。
彼女の声が城華からしたのは力を貸していたからのようだ。
ふだんの姿に戻った城華をイドルレはことらへ任せてきて、自分はさっさと帰ろうと背を向けた。
「待ってくれ、可恋!」
背は向けたまま立ち止まるイドルレ。リノはそんな彼女へ向けて、自分には理解できないというふうにこう尋ねた。
「君はX型だ。私を殺すことができるし、ストレセントにとって私は障害になるだけだろう。またこんなことを繰り返すかもしれない。どうしてわざわざ連れてきたんだい?」
イドルレは振り向かない。
振り向かないで肩を震わせて笑って、理解できないリノを嘲るように、そしてどこかさみしそうに答えを口にする。
「天世リノを殺せるのは、天世リノだけのヒロインだよ。でもわたしはみんなのアイドルだから。あなたのヒロインじゃないの」
少女の頬を涙が伝った。
そうして皆が声に出せるほど思考が固まる前に、イドルレは歩き出す。
誰も引き止められず、彼女はそのまま姿を消した。
「可恋……」
「お父様。たいへんたいへん寂しいシーンのなか悪いのですが。彼女がお父様を殺さなくとも、ここには私たちがいまして」
まだぼろぼろな智夜だが、リノの眼前にまで赴くとそう告げた。
不穏な空気が再び立ち込め、やはりそうか、といった表情でリノは智夜の言葉を待った。
「リノさま。あなたはとんでもないことをしようとしました。救済という思考はよくわかりますが、手段を選ばなかったこと、そして芥子さんをストレセントとなるまで利用し続けたこと。
あなたの実力と思想をよく知る私は、きっとあなたに退場を望むでしょう」
「……当然だね」
「そこでひとつ提案がありまして」
智夜はいくつかの点を話していく。
まずは先の逆噴射で生まれてしまったであろう後天的適合者の保護。
次に挙げたのは智夜自身、そして今回の件で阻止にあたったタチバナと再び協力すること。
さらには、エイロゥやイドルレをはじめとしたストレセントと和解の努力をすること。
非常に大きな仕事ばかりが挙げられてリノは驚いた顔をしたが、彼女は身の程を知った。
リノにできることとして、映し身ともいえる智夜の言うことはきっとよく考えられているのだろう。
これでどうですか、と言われて、タチバナたちに異論はなかった。
ストレセントのことだって、一度協力したことで知ったことがある。
人の道を外れてしまっていても、人間として接することができないはずはないということだ。
数えきれない罪を重ねていようが、希や智夜と過ごす三品結礼も、妹を想う音無ここなも、涙を流していた祷可恋も。
みんな、ただの少女だった。
タチバナから代表して不二がひとり前に出て、リノへの思いを打ち明けることにした。
「リノさん。わたしたちはリノさんに助けられてきましたし、きっとリノさんに頼らなきゃやっていけないと思います。
だから、これからも一緒に戦って、ときに間違えちゃったら、お互いにブレーキになっていきたいんです」
これでリノは頷いてくれるだろうか。なんて一抹の不安はすぐに消えることになる。
「あぁ。私からもお願いするよ」
◇
久しぶりに使った自室のベッドは、不思議と居心地がよくて、昨日がんばりすぎたこともあってかぐっすりだった。
朝食の時間に遅れかけながら城華といっしょに起床すると、起きろ、と言いに来たらしいちいさなふたりの姿があった。
「おはよう、不二お姉ちゃん!」
「おはようおはようございます! ふにふにさんにじょーかさん!」
皆さんが待ってますよ、と急かされてそれぞれの準備をして。
廊下では、いつもなら早起きなはずのうろこと和紙も準備中で、あれだけの量を相手にすれば誰でもそうなるらしかった。
「おう、おはようだな、ふたりとも」
「きょうはみんな遅い。朝練の時間寝過ごした」
いつにも増して不満そうで、和紙の金髪はぼさぼさだ。
うろこはどうしてかいつもさらさらだが、いったいどんなシャンプーを使っているのだろう。
また、食堂へ向かう途中では、小灰とリノが合流した。
芥子はまだ療養中で、自分でも歩けるようになるにはあと半日ほどだそうだった。
どこにも気まずさはなく、リノも純粋に朝のポテトチップスを楽しみにしているようで。
「さってと! きょうはなに味にしよっかな!」
「毎日お菓子ばっかりだけど、それでいいのかしら」
小灰はやや呆れ気味だが、リノはなんと10年以上ずっとこれで過ごしていると言い出し、とてもタチバナになってからそうなった生活習慣とは思えなかった。
それまではどうやってこのスタイルを維持していたのだろう、とも思った。
特に城華が胸を気にしていて、気を使う羽目になる。
こうして、タチバナたちの日常は送られてゆく。
地下に隠れて社会から外れ、その身に死を付きまとわせて平和を守る。
そんなのが日常でも、わたしたちはきっと。
「不二、なんだか幸せそうね」
「……あれ、そう?」
「えぇ。かなり頬がゆるんでるわ」
シアワセ。なんだと思う。




