Case64.天よりの祈り
機械のことは智夜に任せた。不二がやるべきことは、ここでディアリーを食い止めることである。
リノを止めようとする不二たちのことはもちろん敵と認識しているのは明らかで、剣にて触手を分離させなければ近寄ることもままならぬほどの猛攻を繰り返してくる。
触手に飲み込まれれば何が起こるかわからないし、少しでも動きを止められれば突破されるだろう。
敵の武器は切り落として、彼女に傷をつけることは避けていく。
「……手加減ですか?」
ディアリーは今まで使おうとしていなかった爆破を、そのひとこととともに放った。
屋内でのその衝撃はガラスを割り、照明も壁をも揺らす。
そして見えなくなった視界を突っ切って現れた彼女により、不二は腹部が弾け飛ぶことになる。
どうにか気を確かに持とうとするが、そのあいだにディアリーが炉の中央部へ飛び込んでいく。自ら作動のための場所へ入ろうとしているのだ。
不二は翼を持つ暁の剣をもって風を巻き起こしてその進行を止める。
もちろん邪魔だとしたディアリーが振り払おうとし、その腕を斬り飛ばされ、すぐに再生する。
「邪魔をしないでください」
爆破されてしまえば、剣は吹き飛ばされるに決まっていた。
壁に突き刺さって、それっきりだ。
不二がよろめきながら近寄ろうとするが、炉の中心部へ通じる扉を強引に閉められて、不二は取り残された。
このままでは、装置が起動してしまう。
ふと、ガラス一枚で繋がっていた制御室の存在を認めた。
智夜が必死にキーボードによる操作を繰り返しているが、その右の目は赤く染まっている。
額に突き刺さったガラス片による出血のせいだ。彼女に駆け寄ろうとして、操作に使われていないほうの手で制止された。
ガラス片はその手にも突き刺さっていた。
「逆転するように改竄は成功しました。エネルギーの目標はこの部屋です。不二さんは避難をはやくはやく」
「目標って、それって」
「すべてのエネルギーは私が引き受けます。ですからですから、離れていてください」
装置を逆転させる、ということは。
つまり、ディアリーから吸い上げたストレセントのエネルギーが生体隕石を通して智夜のいるほうへと放たれる。
そんなことになれば、彼女は死ぬどころか消し飛んでしまうだろう。
芥子を助けるかわりに智夜がいなくなる。そんなの、不二は望んでいない。
「照射までに逃げられないの?」
「えぇ。調整担当が必要ですし、なによりなにより、私は先のガラスその他もろもろで脚をやっちゃってます。まともに力が入りません」
「そんな……」
「不二さん。お母様を、よろしくです」
さようならの代わりのようなことを言う智夜。彼女は動けないのだ。
しかも発射は下向きだ、目標を変えることはできない。
なら、不二に残る選択肢はふたつ。諦めるか否かだ。よって、不二にはひとつしかないも同然であった。諦められるわけがない。
不二はガラスの飛び散っている部屋へと迷わず飛び込んで、智夜の隣へ立った。そして、信じられないという表情の彼女へ笑いかけた。
「わたしがかわりに受けるから。智夜は調整に集中して」
「……はい!」
起動のスイッチはディアリーによって押されていたらしく、すでに充填は始まっている。
炉の部分からはうめき声が聞こえてくる。
やがて頭上で光が瞬いて、飛来するエネルギーの塊に不二は四振りの剣を向かわせ、また自分自身も雄叫びをあげながら突っ込んでいく。
流れ込んでくるディアリーの不安と恐慌。思考が染め上げられそうになる。
でも、不二はそんなわけにはいかない。
役に立てなくったって、きっと、誰かが未来へ繋げてくれる。
他力本願だけれど。意味がないだなんて、誰かへの献身につきまとっていいものではなく、振り払うべきものだった。
◇
祷可恋はずっと天世リノを見てきた。
時には彼女に近づこうと努力して、模造刀で素振りしてみたり、金髪に染めてみたり、そして彼女に及ぶことはなかった。
だからこそストレセントとして、イドルレとして振る舞うようになったのだ。
憧れはいつからか、どうしても勝ちたいという炎に変わっていった。
そしてここまでこぎつけたのだ。
この、もうすぐで天世リノに勝てるなんて状況にまで。
次こそは勝つ、と言っておいて、あんな勝ち逃げのような白星だけで終わってはやれない。
なんて思って、歓喜とともに自分を奮い立たせていたはずだった。
なのに。こうして天世リノがかつての仲間を切り捨てるところを目の当たりにしてみれば、イドルレは冷めていた。
そして、胸の内から吐き気のような、なんとも言い難い気分がこみあげてきた。
それが憤りであると気付くには数秒の時間を要し、気付く瞬間でやっと、ひどくゆっくりと移ろう部屋の景色からリノへと目を戻した。
刀に付着した血を払っている。
「……何してるのさ、リノ」
「何って、何もおかしいことはないじゃないか。敵は始末するしかない」
イドルレには自分がどうしてこんなにも不快に思っているのかがわからなかった。
それを理解したのは、城華がどんな少女であるか、調べていたことを思い出してからだ。
城華は可恋に似ていた。
決して自分だけを見ることの無い者に恋い焦がれて、彼女についていこうとして。
異常者でなければ越えられない谷を無理に這い上がろうとして、傷ついて、傷ついて。
そんな少女をリノが切り捨てたことへ、イドルレは怒っているのだと思えた。
「そうかも、ね☆」
イドルレの蹴りは治りかけの内臓を破壊し、壁を突き破って隣の部屋にまでリノを遠ざけた。
そして、転がされている生体隕石を拾い上げ、動かない城華のもとへ屈んだ。
これは元はイドルレを動かしていたものだ。けれど、いまは城華のためにはたらくものだ。彼女に返してやるべきだろう。
だが、イドルレへはひとつ。陰から見ていたエイロゥによる提案があった。
「城華さんの強化の理論ですが。残り少しだったのを完成させました。それはイドルレ、あなたとの融合です。波長の近しい相手なら馴染めるはずですから」
「融合って、どうやって」
「その城華さんの生体隕石へ、あなた自身をこめるのです」
イドルレにはどういうことなのかはわからなかったけれど、そっと城華の胸に生体隕石を置き、そして目を閉じて力を送り込むイメージを広げる。
すると自分の身体がほどけ、身体に置いた生体隕石へと吸い込まれていくのを感じた。
イドルレの入った生体隕石はその後無事に城華の身体とくっついて、目を開かせ意識を引き戻す。
「身体、半分借りるよ」
「えっ、ちょ、ちょっと!」
城華の心にはイドルレが入り込んだ。
勝手に吸入用のカプセルを自分に直接打ち込んで、化学兵器の恐ろしさを知りながら変身を遂げる。
だが、どちらも意識はまだ正気だった。
苦痛もふたつに分けられているのだろう。自分が死んだことはわかっても、いつものような想像を絶する苦痛ではなかった。
身体が二重に反応して、衣装は二ヶ所同時に変わりはじめた。
白衣と胸部のプレートはほとんどそのままだが、一部が砕け、特に花の紋様が刻まれていた右胸のあたりの露出が多くなる。
スカートが消滅している下半身とあわせて肌を多く晒していて、白衣が青と花の淡い桜色で侵食され始める。
ふたつ先の巻いたテールにまとめてある髪にも青みがかって、髪飾りにはなやかなシュシュが追加される。
羽はより深く美しい瑠璃色となって、最後に瞳がそれぞれ赤色と空色に染まっていく。
イドルレと城華が互いに誰かと向き合って、やがて想いがまじりあって、ふたりの衣装は城華の身体にて融合した。
「なにが起こってるのかはわからないけど、戦えるみたいね」
「そういうこと! いくよ、不二ちゃんの望んだこの世界に賭けるんでしょ!」
「もちろんよ!」
同じ身体、違う声で会話をして、決意をした。
さっきまで戦うと決められていなかった城華だって、もう心は決まっている。
もう、イドルレは盲目的だった祷可恋ではない。
リノが信じる救済は、イドルレも、城華も信じないものだ。不二もまたその救済を認めなかった。
ならば、未来のため、不二のため、そして自分自身のために。
天世リノを相手にしたって、戦うのだ。
刃はいまだに襲い掛かってくるし、何度も裂かれそうになる。
イドルレが同居することによってふらつくところがあり、頬をかすめてしまった。
だが魅了によってリノの動きも止まり、そこへイドルレはスタンドマイクでの振動波を叩き込む。
刀を取り落として、復帰の瞬間に隙が生まれる。
城華が担当の毒分泌器官はそのあいだにしても毒を作り出し、そして指先に集めた。
「ただ見ているだけなんかじゃない」
「ただ憧れているだけじゃいられない!」
「これが!」
「わたしたちふたりの!」
「自己犠牲だッ!!」
放たれた毒液はイドルレの音波を受けて竜の姿となり、唸り声をあげながらリノに向かって進んでいく。
刀を拾う猶予があって、武器を手にしても結果は変わらない。
毒竜に飲み込まれたとたんに皮膚から蝕まれ、目を閉じても目蓋から溶けてゆく。
竜の胃袋で溶かされているようで、リノは刀を振るうこともできず、毒竜が過ぎ去っても攻撃体勢にはなれなかった。
それでも立っていられるのは、さすが天世リノと言うべきだろうか。
「私は……みんなを救わなきゃ……」
「リノ。ひとつ忘れてることがあるかもよ?」
イドルレの意思で、彼女のところへ歩み寄っていく。
彼女に手を差し伸べ、首をかしげたリノを強引に背負って、羽をはばたかせてアジトを飛び出していく。
「可恋? いったい何の」
「黙って連れていかれること。あなたのヒロインが待ってるんだから」
城華にも見当がつかなかったけれど。
ひとまず、このイドルレが辿っている道は城華の知っている、天界社への道であることはすぐにわかった。




