Case62.目覚め
警報が鳴り響いた。異常事態の発生を告げる音声とランプによって、その音を聞き付けたタチバナおよびストレセントを呼び寄せる。
不二はこれを自室で聞き、いったい何があったのかと飛び出して、同じように動き出していたみんなとともに音の鳴る方へ駆けていった。
警報の鳴っていた場所はエイロゥが籠っていた書斎であり、大急ぎで飛び込んだタチバナはちぎられた紙の山に突っ込んだりして、紙に破片がついていたりした。
おもに不二がそれだったが、とっている暇などなく、エイロゥ本人と警報を発した機械のところに並んだ。
画面には地図が示されている。天界社の位置が赤く染まっており、明確な危機を感じさせる。
「皆さん。緊急事態です。リノが最終手段に出ました」
「最終手段って」
「天世智夜が手に入らないのなら、代わりを作ればいい。だがまた一からプロジェクトを動かすのは遠回り過ぎる。だったら。すでにいる手駒で代用する。だいたいそんなことですよ」
智夜の持っている侵食と癒着の力は合わさって調律となっていて、それが全人類を適合者にしてしまうリノの計画においてはカギを握っていた。
だからこそ、不二たちはストレセントと手を組んで智夜のことを守ってきたし、今までリノも計画を実行はできなかった。
しかし、もう状況が変わってしまう。
なんとリノは、芥子をかわりに使って計画を動かすとみられるという。装置が起動してしまえば、止めることはできない。砲塔を壊したところで光は放たれるのだ。
「今のうちに阻止しかない、ってことね」
「あの、あの、待ってください。私たち、芥子さんを撃退したはずなんですけど」
希は、そんな体力は芥子には残っていないとして話をする。
第一期でリノの秘書であるタチバナを撃退するとは、と感嘆するものもいるなか、オヴィラトが自分らの力もあわせてっすよ、と付け加えた。
だが、希が彼女の隣から肩を叩かれ、かわりに答えるという智夜に注目が移った。
ここで使う適合者は変電所のような役割で、と智夜は初歩的なこととして言い出すが、さらりと「世界中に届かせるほどのエネルギーを通せば爆発しますけどね」とこぼしたことのほうが衝撃だった。
なにもしていなければ自分が辿っていただろう未来のことを知っていながらも、平然としている。
生まれて数日ほどの存在であるのに、吹っ切れているように思えた。
「おい。それって、止めないと芥子さんが消えちまうってのもあるんじゃないのかよ?」
「うろこのいう通り、だと思う。リノさんなら、誰だって切り捨てかねない」
和紙とうろこがすぐにでも出ようと言い、続けてエイロゥもすぐに出るよう言おうと思っていたと乗っかり、決まればすぐに解散、全員で準備をし始めた。
だが、唯一エイロゥとともに城華も残っていて、目の下にくまがある姿を見て不二は彼女へ詰め寄った。
「どうしたの、それ」
「……あぁ、最近眠ってないだけよ。おかげで理論は完成しそうだったわ。もっとも、まだ完成していないのも正しいけど」
希と城華だけはまだ強化が与えられていない。
いや、希についてはよき友人の獲得という強化が訪れているのだと考えたならば、城華だけになる。
彼女がそのことに劣等感を抱いているのは察している、そのつもりだったが。
くまが出来るほどか、と思うと、自分も何かしたくなった。
「完成したら、ふたりで出掛けようか。この街から飛び出したっていい」
「な、なによ。別にそんなのなくたって、完成させてみせるんだから。そ、そんな、いっしょにおんせんとか、ゆうえんちとかうみとかそんなことかんがえてないからねっ」
「妄想だだもれですよ、城華さん」
ゆるんでいた表情筋を指摘されて、きりっとしているように戻した城華。エイロゥの指示で、ここに残ることになったらしい。
不二は天界社への突撃部隊の一員だ。城華とは離れてしまうけれど、心まで離れるつもりはなかった。
城華に抱きついて彼女の感覚を身体に思い出させて、いってきます、という。
いってらっしゃい、と言った城華との約束を決して破らないため、不二は出撃準備のため自室へ駆けていった。
◇
煙草蒲芥子はほとんど消えていた。再生するひまもなくリノへの献身という甘露を飲まされて、至福のうちに消えかかっていた。
その心には、自分がリノのためになれなかったらどうしようといった不安や負の感情もまた渦巻いていた。
しかし、かすかに残ったそれらは飲み込んだ甘露が吸い出していく。即ち、彼女は役に立てないことへのストレセントとなる。
リノへ奉公するための正装と、それに施された少女らしいフリルの愛らしさは弾け飛んで消えてしまう。
かわりにその欠片が並んでただよい、やがてリボンとなって芥子の身体に巻き付いて、局部を隠す下着代わりとなった。
胸には大きな結び目ができ、リボンの変化は途切れる。
次は背中であった。皮膚を突き破り、六本の触手が現れるのだ。
これもリボンのように身体に巻き付いて、さらには露出した肌も一部裂けて眼や口がありえない場所に現れる。
髪は解放されてうごめくような長髪を自由にしているのみとなり、頭頂部に二本の大きくくねった角があらわれた。
山羊のようであるが、材質はただの硬いものではなく脈動しており、既知の生物を模しているわけがなかった。
「気分はどうだい?」
リノに問われ、頷く。
瞳は彼女をしっかりと捉え、彼女こそが尽くすべきものであると理解する。記憶する。
そして、芥子ではなくなったそのストレセントは大きく息を吐き、それに混ぜてしわがれた声を発した。
「リノさま。私はなにをすればよいですか」
「先に戻っていてくれ。こっちはこっちで、済ませたいことがあってさ」
「わかりました」
天界社の場所は覚えている。ただの記憶としてだけれど、道はわかる。
リノに戻れと言われた以上、常に最善を尽くすべきだと考えて、ストレセントは全速力で最短ルートを駆ける。
人間はやむを得ず突飛ばし、もしかしたらぶつかって死なせてしまうかもしれないが、リノの言いつけはそんなことよりも大切だった。
「なんて格好してるのよ、芥子」
気安く声をかけてくる者がいた。
記憶にはない。そんな関係性のものがリノのほかにいただろうか。
思い返しても、すでにいない者ばかりだ。ストレセントは足を止めることはなくその人物を睨みつけ、彼女もまたストレセントを追い、そこでやっと十二車小灰という名を思い出した。
「私は天界社に戻らなければなりません」
「私はその邪魔をしなきゃならないのよ」
「そうですか」
しからなく、手だけを向けて爆破を使ってやった。
芥子の死因はかろうじて覚えている。これはこのストレセントの能力ではないが、使えるに越したことはない。
気安く話しかけてきた小灰を爆破するのは気が引ける、なんてこともなくただ攻撃し、相手もまたなんてこともなくついてくる。
彼女の反撃は葉を刃として用いて飛ばすものであり、避けようと思うと向きを変えて火球となってまた追ってきた。
触手でかきけせば間に合ったが、なにも反省がないらしく小灰の攻撃は続く。
飛び蹴りから接近戦に持ち込まれようとしても触手の有利がある。受け止めて弾き返し、まだまだ寄ってくる相手に無意識のうちに顔をひきつらせて次の手に出た。
進路を大幅に変えて、人通りの多い場所へ出て、適当な通行人を拾って投げつける。小灰が受け止めればそれで突き放せる、という算段であった。
相手が顔をしかめ、舌打ちをするのが背後に開いた目から見えた。水のキューブに受け止めさせていて、速度は落ちていない。
一般人を使うのは失敗だったか。小灰がすぐに追い付いてくる。
「……あなた、誰よ?」
「ディアリー・ストレセント。煙草蒲芥子はいなくなりました」
ディアリーはその一言とともに、手のひらから爆炎を大量に放った。
別に彼女へ名前を教えることが重要なのではない。ディアリーにとってのいまいちばんの優先事項であるのは、一刻も早く天界社に着くことである。
爆発の衝撃を受けて負傷したらしい小灰には目もくれず、ディアリーはまだ駆けた。
リノの命令を完遂しなければ、ということばかりを思考に据えながら。




