Case61.死を見てせざるは
ここは安全圏ではない、とオヴィラトが言っていたけれど、いざ囲まれてみなければたった10年しか生きていなかった希には実感がわかないものだった。
狙われている危機感とかはなくて、いざとなったら戦う、くらいの認識だったのだ。
しかし、このときは実感大有りであった。
なぜかというと、ショッピングモールから出てすこしした道路の真ん中に、さきほど追い払ったはずの芥子が立っていたのだ。
オヴィラトも希も身構えて、鼻にばんそうこうが貼られた智夜はその後ろに隠された。
体力は消耗しているようだが、あの瞳は執念で動いているものだ。止めようがない、とオヴィラトが呟き、希はこう答える。
「それでも、なんとかしなきゃいけない」
「まぁ、そうなんっすけどね」
芥子は変身を解いていないし、また意見を変えるつもりもないに違いない。
リノを信じてこうして戦っているのだから、彼女にとって智夜を渡さないオヴィラトと希は敵であり、そしてこちらからすれば智夜を狙う相手として敵になる。
希は躊躇わずに自らにスタンガンを突き立てて死亡、変身を遂げた。
同時にオヴィラトも動き、芥子も爆発音を起こしながら勢いを利用し飛んで来る。
向こうの狙いは智夜だと思い、希が抱いて飛ぼうとするが、芥子の蹴りはオヴィラトに突き刺さった。
腹部にめり込んだブーツが大きな爆発を起こし、オヴィラトの体内にあるものを吹き飛ばす。
肉片が希の顔にもかかり、子宮のかけらが頬に張り付いているのに気付くと小さく悲鳴をあげてしまう。
ストレセントの再生はどうなのかわからないが、お腹に風穴が空いていて戦える者はまずいないだろう。あとは希がやるしかない。
痙攣するオヴィラトから下半身を引きちぎろうとする芥子へ、希は電撃で妨害を試みた。
対応しきれずにまともに受けた芥子は筋肉をうまく動かせない。
その隙にさらなる電撃で衣服ごと脇腹辺りの皮膚を焦がし、そこへ指を突き刺して直接、と考えたのだが、残念ながら勘づかれたのか振り払われ、希もまた爆発の洗礼を受けた。
肩が吹き飛んだのはわかった。
だが身体には痛みが遅れてやってきて、声を押し殺してハイキックに行動を切り替える。
身体の限界を超えさせた捨て身の強化で、芥子の顎を蹴りつければ吹っ飛ばすことができた。
「ゆあちゃん!」
見るからに無事ではないオヴィラト。
すでに内臓の一部は再生しようとしているようで、思いっきり見てしまって吐きそうになる。
けれど、それよりも彼女が心配だった。地面に叩きつけられただけでも痛かった記憶があるのに、お腹を爆破されたときの痛みだなんて想像もつかなかった。
「……なんすか、敵が来るっすよ」
「でも、ゆあちゃんが」
「自分より大切な子がいるでしょ? こんな、出会ったばっかりの自分より」
希は強くオヴィラトの手を握った。
ちょっと痛いっすよ、と抗議されても強く握った。そして、もう一度声をかける。
「あのね、ゆあちゃん。私、誰かがいなきゃダメなんだ。ひとりぼっちじゃなんにもできないの」
「なんすか、いきなり」
「だから、一緒に戦ってほしいな。私たちには、ゆあちゃんが必要だから」
そっと、尾羽が生えている根本に触れる。
彼女の生体隕石に向けて、いちど電気エネルギーにした自分の力を送り込んでやる。再生の速度が多少は早まるだろう。
懸命にエネルギーを注ぎ続けようとして、希はそちらへ集中した。
「っ、ふたりとも! 後ろです! 後ろ!」
そのせいで、芥子が迫っていることを考えられていなかった。
希が振り返るとすでに手のひらが向けられていて、あとは爆発を待つだけとなっていた。
思わず目をつぶろうとして、自分の肩に重みを感じた。
「……ったく。自分が必要、っすか。そうっすか」
その重みはオヴィラトが支えにしていたからかかる重みであった。
突き出された手が芥子のものと向かい合い、爆破も腕そのものでさえも結晶化させることで止めてしまった。
オヴィラトのにやっとした嬉しそうな表情と、残るは皮膚だけとなった腹部の再生を結晶にすることで短縮したらしい身体を見て、希はとってもうれしくなって、肩を貸して一緒に立ち上がる。
手をひっこめようとする芥子だが、使い物にならなくなった腕は早々に自ら爆破して自切する手段にまで出た。
向こうは痛みでさえ考慮していないのかもしれない。
「さぁ! いくっすよ、まれちゃん!」
「うん! ゆあちゃん!」
叫びとともにまずオヴィラトが突っ込み、片腕の芥子は対応に追われる。
希は磁場を狂わせて空中に浮かび、そこから光速で攻撃を加えようとする。
とっさに掴んだらしい芥子の衣装がちぎれ、ブーツのように爆破されるかもしれない危険を考え投げ捨てた。
こうして飛ぼうとすると磁場にも自分にも気を配らなければならずいろいろと不便だ。
やはり地を足で蹴って進んで、うまくいかせた。
今度は残った片腕をへし折ることができ、オヴィラトの攻勢はより強くなる。
そして最後に結晶化を絡め大きな水晶で殴りつけて芥子を砕く荒業で彼女をふたたび吹き飛ばして、それでも相手は立ち上がってくる。
「あの、あの! 試してみたいことがあります!」
「ちよちゃん、どういうの?」
「私の調律を使い、ふたりの波長を合わせます。エネルギーもわたせますから、全力出してください」
「オッケーっす」
息が荒く、両腕が使えないことで身構えるのにも不格好な芥子。
彼女へ向けて、オヴィラトとともに智夜をはさみ並んで、三人で手をつなぐ。
エネルギーが行き交い、さんにんの個体という境界がなくなっていくようだ。
みんなで呼吸をあわせて、せーの、で起動の台詞を告げた。
「これが……」
「自分たちの!」
「自己犠牲だよッ!」
頭上に集ったエネルギーは、雷を纏った結晶による槍の嵐となって芥子を襲った。
切り裂かれて、切り裂かれて、よろめいて、すがるものはここにはなく。
芥子は倒れて変身が解け、それは彼女が力尽きたことを示していた。
「実験だいだい成功です」
智夜は転がる芥子を見て、お母様、とつぶやいた。
思い出すのは、肉親を敵に回した瞬間。不二のときも唯のときも。決して、いい思い出ではなかった。
◇
ショッピングモールで遊んで一日を潰して、しかも芥子に襲撃されて。戻ると全員正座でお説教タイムとなった。
イドルレの怖くはなくても愛情がこもったそれに、希と智夜は深い反省の色を見せ、オヴィラトはどこか嬉しそうだった。
こうして気にかけてくれている、という実感からの感情だろうか。
「まったくもう、さらわれたらどうするの?」
「自分とまれちゃんがいるっす、へいきっすよ」
オヴィラトなりに認めてくれているようで。うれしくて、お説教の内容がすべて吹き飛んでいったのだった。
◇
芥子は失敗してしまった。
リノへの奉仕だというのに、ここまで手酷くやられてしまった。
さすがはリノのクローンだが、ただ一度使い捨てる予定だったはずの人形の生け贄にしては生意気だともいえる。
芥子はもう一度だけでも生け贄を捕まえようと立ち上がる努力をするけれど、まだ手足がちゃんとあるのかどうかもわからない。
早く再生してくれないと、リノの考える救済が行われないではないか。
「うわぁ、すっごくやられたね、芥子くん」
芥子は驚いた。どうしてここに倒れていて、リノの声がするのか。
首を満足に動かせず、視線だけを声のほうに向けると、ちゃんとリノがいる。
声を振り絞って、どうかしたのかたずねようとする。
「ど、して、リノ、さ」
「あぁ無理にしゃべらないで。天界社はテラレッサーくんたちに警備してもらってる、大丈夫。それより、ね」
リノが懐から、黒い珠を取り出した。
かすかな発光から生体隕石をもとにしているようだが、これは一体なんだろう。
「救済のためには、もう手段を選んではいられないんだ……ごめんね、芥子」
あぁ、リノの考えていることはよくわかった。
この黒い珠も、きっとそのための準備なんだろう。テラレッサーとして身を捧げたときから、いっそそうなれれば、と思っていた。
けれど、いざそう扱われるとなんと幸福なことだろう。
珠を口に入れさせてもらい、それがもたらす至福の味を酸味で感じ取った。
飲み下して、腹に届くまでずっと酸の味が続く。
脳裏で映像たちがぐるぐると回り、思考がほどけてはちぎれてつながってをくりかえしていく。脳がめちゃくちゃになっていく。
きっとこれがいい。崩壊ではなく充足を感じ、苦しくなんてないまま、煙草蒲芥子としての彼女は意識を眠らせた。




