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自殺少女戦士★オトタチバナ  作者: 皇緋那
ワカレハマドカニ
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Case47.ねがいごと

 血の跡が残る某地区。タチバナを逃がし、残った四人のストレセントは珍しくこれからの話をする。


「さて。これからはウートレアに言ったとおり、イヴの復活が目標ですが」


「アメリィの溜めたので足りてるの?」


「えぇ、いちおうは。ですが、まだ完全な形で一発、とはいきません。そこで、N型をお貸しするので人食ってでも増やしてください」


 エイロゥからアメリィへ、小さな欠片が渡される。

 Nは神話型、現世には無い生物が現れる。イヴもそうだ。

 人知を越えている、それだけでタチバナにとっては大きな脅威になる。


 そして、もうひとつ。エイロゥから渡されたものがあった。


「その珠は一時的に天界社周りの結界を無効化する、なんて代物です。量産できる品じゃない貴重なものですが、決着をつけるのでしょう」


 アメリィは頷き、そうと決まれば天界社向けて飛び立つ。

 背のつぎはぎの翼をはためかせ、まだ昇りきらない日の下で金の髪がきらめく。日の光を嫌う吸血鬼がモチーフではあるだろうが、彼女が嫌うのは何もできないことである。


 ストレセントたちは彼女とタチバナにこじれた関係があるのを知っていようが知っていまいが、アメリィを止める者はいない。

 ストレセントになるほど嫌うものを押し付けられるのが、どれだけ嫌かを知っているからだった。


「うぅ……もっと騒いでほしいのです……そうしたらもっと早くくっつく気がする」


 両手で無理やりつなぎ止めようとして、結局近くに置かれるだけになったウートレアがうめいている。

 他のストレセントより生命力が高いのはU型の特徴であり、やたらしぶといのは百足の性質もあるのだろう。

 とにかく、リノに半分にされていてもしゃべるだけの余力が残っているらしい。


「だいじょうぶ? 歌う?」


「ほんとなのですかッ、あふぅっ」


 イドルレの提案に飛び上がろうとして繋がりかけた傷口が裂け、また血の海が広がる。これでは逆効果だ。

 ただ、イドルレはいまとても歌いたいらしく、すでにマイクは用意されている。


 きょうだけでいったいウートレアの血は何リットル流れたのだろうか。

 そんなことは他のストレセントにとってはどうでもいいことでもあった。


 ◇


 タチバナたちは天界社へ逃げ戻り、戦闘が長引いたこと、器械が壊されたことを悔いていた。

 エイロゥに見つからない、ではなく、エイロゥを足止めできればよかったのに。

 過去を振り返って、取り返しのつかない話ばかりが飛び出してくる。


 そこで城華は立ち上がった。今からもう一度あの器械を作ると。

 だが、そうすれば先程出た意見を加味し、リノが数人必要になる。それは不可能だ。

 和紙やうろこ、小灰を低く見ているのではなく、それだけの強敵なのだ。せめて、あとひとりいればよかったのだが。


「……芥子さんもタチバナ、ですよね?」


 和紙が口に出した。どうして戦力として数えようとしないのか、と。リノは頭を掻いてため息をつく。


「それがね。いま彼女は別のプロジェクトで手が離せないんだ。彼女がいないと進行しなくてね」


「……なる、ほど」


 プロジェクトの詳細はまだ言えないのだろう。となると、芥子を頼ることはできない。

 どうすれば、アメリィだけを。


「待って。こっちに来るわ、アメリィ。しかも単独よ」


 小灰の言葉で全員が凍りついた。

 準備も作戦もなにもない状態で、よりによってアメリィの追撃があると。

 数人は今すぐにでも出れるような体勢でいるけれど、リノはまず出撃ではない指示を下した。


「なんてこった! 城華くん、器械を作るのにかかる時間は!?」


「詰めれば1時間でいけるわ!」


「1時間か、アメリィを取っ捕まえるくらいしかないね!」


 そういうと、リノは不二のほうへ視線をやって、これで決着をつけるんだろう、と背中を押した。

 もう一度だけ、姉と向き合う機会が巡ってきたのだ。ふたりで出る前に変身を済ませ、空色と夜色を纏って飛び出した。


 結界が張られている地点には、アメリィが立っている。


 唯であったころに見せたことのない、冷たい眼光を宿していた。姉はもう姉ではない、と告げている。

 でもそれだけで止まるわけにはいかない。希と頷きあって、また一緒に手を伸ばそうとした。


 ──元に戻れるわけがない。


 踏み出した一瞬、心が揺さぶられた。

 ストレセントがタチバナに、さらには人間に戻れるなんて、あるわけがないだろうと。


 ストレセントが怪物を作るには、その時点ですでに人間がひとり犠牲になっている。

 結礼が逃れられなかったように、唯だってすでに人殺しなのだ。また元のようになんて、できるわけがない。


 人は簡単には変われない。そう言っていた汐漓のことを、不二は否定した。

 ならば、アメリィに「唯」を求めるのは、間違っているのではないか。


 ふと隣を見ると、同じ疑念に取り憑かれたのか立ち止まっている希がいて、不二は正気に返った。

 アメリィの手には小さな鉱物がふたつあって、おそらくその片方、N型の禍々しい光を放つほうの仕業だろう。


 アメリィは生体隕石ではないほうを結界めがけて放り、結界をすり抜けるかと思うとそうではなかった。

 着地した地点は確かに天界社側だが、結界を壊して突破したのだ。アメリィも堂々とそれを乗り越えてくる。

 生体隕石の機能を阻害する珠だったのか。ストレセントの侵入に警報が鳴り響き、アメリィは構わずに進んでくる。妹を殺しに、だ。


「ごめんね」


 小声で呟かれた謝罪の声。それを掻き消すようにN型の隕石が衝撃を放ち、不二も希も小さく吹っ飛ばされた。

 アメリィの胸にN型が埋め込まれ、適合していない生体隕石によってアメリィの身体は変えられていく。


 肩と腰に新たな腕が備えられ、短い触角が髪から覗いた。

 尾には蟻の腹のような部位もあらわれるが蟻ではない。蝙蝠の特徴を逸脱した器官まみれで、そうでもない。


 禿鷹、土竜、烏。腐乱死体。どれとも違う。不二にはアメリィが何へと変貌したのか解らなかった。


 天界社の施設からは緊急時用の迎撃装置が起動され、砲撃が行われる。

 しかしアメリィには当たらない。不二の目では追えない速度での回避を行い、いつの間にか不二は結界の外に押し出されていた。背中に走る激痛から考えると、攻撃されたのだろうか。


 希も稲妻がごとき速度で対抗するも、すれ違った瞬間に希が負け、さらに無理な速度を出そうとして、アメリィには追いすがっても負荷に身体が耐えきれず全身から血を噴き出した。

 翼に感電していたのか、墜ちかけて速度を落としていたことは不二にもわかったが、希の心配が先に来た。


 不二はワイヤーを打ち込んで天界社側へ戻り希を抱き、何処へいるかわからないアメリィを警戒する。

 途中で砲撃が翼をかすめていたようだが、翼を損傷してもほぼ問題なく飛び続けている。翼に感電したのではないだろうか。だとしたら。


「希、ちょっとだけ、無理をさせてもいいかな」


「……うん、大好きなお姉ちゃんのためだもん」


「ありがとう。ここ一帯にめちゃくちゃな電磁波を飛ばしてみてほしい」


「わかった、やってみる」


 ぼろぼろの希をそっと壁際にやさしく置いて、不二は大きく息を吐いた。

 希の電磁波があたりを飛び回り、警報の音声ですらめちゃくちゃな呪文を唱え始める。


 ちょうどそのとき、アメリィが墜落した。

 こうなった彼女の飛行能力は翼に依存するものではなく、電気に影響されるものだったらしい。おそらく磁力とかそういうことだろう。

 磁石を精密機械に近づければ壊れてしまうのと同じく、めちゃくちゃな電磁波は彼女の翼も狂わせたのだ。


「これでやっと、ちっちゃくなった唯ねえの顔がよく見えるよ」


「言っただろう、僕はもう、唯じゃないって」


「だから、必死で戻そうとしてる」


 ワイヤーをアメリィ目掛けて打ち込み、回避されても巻き取って飛びかかる。

 素手の身体能力でいまの彼女に勝てるかはどうでもいい。叩き込まれた拳で脇腹が弾けても、肩がはずれても、胸を貫かれても、手を伸ばし続ける。


 翼を掴み、へし折られて再生し、腕を掴み、ちぎられて再生し、首を掴み、自分の身体とアメリィの身体とを近づけた。


 思えば。姉に抱きしめられはしても、姉を抱きしめたのはこれがはじめてだと思う。

 自分が小さい頃は甘えていたけれど、今度は唯のほうが小さい番だ。やさしく包み込むようにして、彼女を抱いた。


「……どうして。どうして傷ついてまで、僕に手を差し伸べてくるんだい」


「簡単だよ、唯ねえ。希も、わたしも……お姉ちゃんが、傷ついてまでわたしたちを守ってくれたから」


 不二の言葉を聞いて、唯は小さく笑う。


「なんだ。結局、希も、不二も。僕の妹じゃないか」


「もう。休んでいいんだよ。唯ねえ」


 不二が触れた彼女の背中と胸から、生体隕石がそれぞれ弾き出される。

 同時にネヴラ・イヴによる影響も抜け出ていき、彼女の身体は本来の高校生ほどの年齢へと戻っていく。

 思えば。唯は成人すらしないまま、こうなってしまっていたのか。


 妹に抱かれたまま死体へと戻った姉にひとこと。不二は「おつかれさま」と告げた。

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