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自殺少女戦士★オトタチバナ  作者: 皇緋那
ワカレハマドカニ
43/69

Case40.電撃、迸る

「……変身」


 少女はたしかにそう告げて、口元を歪ませた。そして、手元の道具を首に当てて起動させた。あぅ、と小さな悲鳴が漏れ、びくんと痙攣する。


 瞬間、視界は無くなった。

 強烈すぎる閃光に真っ白に染められたのである。

 咄嗟に目を覆った城華とアメリィは目をやられることはなく、少女の変身を見届けることになる。


 目から血の涙を流し、白くなってしまった目でどこを見るでもなく笑い、肉が焦げる匂いが漂い、震えながら少女は崩れ落ちていく。

 そのあいだに閃光によって衣装が構成され、真っ白な光とは対照に暗い夜闇の色で現れる。


 闇が作るのはハートと月の紋様がいくつもちりばめられたロリータ衣装である。

 泉に映った月が揺らぐように、彼女自身がゆらりと動く。

 広がったスカートの中で肉付きだけは健康的だが焦げ跡ののこる脚がうごめき、左右それぞれがハートと月をうすく描いたタイツに包まれるのを待ちきれないようだった。


 最後に持っていたスタンガンが夜色で飾られ、変身が終わる。

 謎の少女の死と蘇生を見せつけられ、城華もアメリィも固まっていた。


 最初に動いたのはストレセントだった。

 よく光る彼女に引き付けられているのだろう、突進を始めたのだ。だが、あの少女は、ただ突進を受けてやるような者ではなかった。

 身体を走る稲妻による迎撃が行われるだろうという瞬間、捉えきれない速度で少女はストレセントに取りつき、暴れる騎馬の頭部を両手でがっちりと掴んだ。通電がはじまる。


 なかなか通らないのか一度では殺されきれず、ストレセントは抵抗力を失いつつもよろめいている。

 そこで少女は追い討ちにと、勢いよく指を突き刺した。皮膚を突き破り、その先へと侵入する。

 血は電気を通す。もはや電撃でイメージされるものよりも破裂音に近い音を響かせて、ストレセントは倒れて消えた。


 残った生体隕石には目もくれず、少女はアメリィと城華を交互に見て、最後にアメリィのほうをじっと見つめて、またうれしそうにした。アメリィを狙っているのか。


 城華も彼女を観察すると、さっきの移動速度の代償か脚の筋肉がちぎれた後の再生途中になっており、痛々しい。

 それなのに笑っている。タチバナの戦闘は苦痛まみれで顔に出さないよう耐えるという試みをすることはある。が、笑っているのは、少なくとも城華は知らなかった。


「……あなたは、誰、なの?」


 城華が問うと、少女は首をかしげてから、ちょっと考えて答えた。


「まどかまれ。ふたりのお姉ちゃんに会いに来た」


 その名と目的に、城華がはじめに驚き、アメリィも同様に驚いた。

『円(まれ)』は不二の妹であり、三姉妹の末っ子の名だった。

 たしかに不二やアメリィと顔立ちは似かよっている。家族に適合者がいれば他もそうかもしれないというのは確かにうろこの妹たちのことで話として聞いていたことだ。

 だが、まさか、本当に三姉妹はすべてタチバナとストレセントであるのか。


 城華の脳がおいつかないうちに少女がさっきのスピードで動きはじめ、アメリィが迎え撃った。

 アメリィはさっきの毒がまわりはじめているのか、動きが悪い。


 希の電撃に成す術がなく、ストレセントももう従えていない彼女は逃亡を試みる。

 それでも希は血の沸騰している脚でなお追おうとする。ふたりが遠くへと消えていく。


 羽が再生しきっていない城華では追いかけることもできず、ただ遠ざかっていくのを眺めるだけであったが、きっと羽が無事でも追えなかっただろう。

 自分で考え、確認しようとした最悪の可能性に行き着いてしまったのだ。城華は戻しかけ、ようやっと目の治ったらしい小灰が城華の背をさすった。


「なんだったのかしらね、あれは」


 わからない。城華には、彼女がどうしてタチバナであるのか、どうしてここに現れたのか、わからなかった。

 城華のなかにはリノを疑う城華までいて、こんがらがってしまっていた。


 ◇


「って、いうことなのよ」


 混乱している城華だったが、追い付いていない意識は出力させて整理をつけさせようということでリノへ報告へ行った。

 新たなタチバナの話に、さすがのリノも目を点にする。


「嘘だろ……生体隕石の手術を行える人間なんて、この世界には数えるほどしかいないっていうのに」


 誰が希をあんなふうにしたのかはわからない。

 生体隕石手術の技術を習得している人物に心当たりなんてないし、推測もつかない。


「しかも、不二くんの姉妹……『円(ゆい)』に『円希』、どっちも行方を改竄されてたなんてね。これは私の落ち度だ、申し訳ない」


 リノが謝ることでもないとは思うが、それを口に出していられるほど思考に余裕はなくて。

 とにかくどんな顔をして不二に会えばいいのか、不二に伝えていいことなのかばかり渦巻いていく。

 リノも小灰もそんな城華は心配らしく、視線を感じる。


 考えていても仕方のないことではあるのかもしれない。

 けれど、不二にそばにいてほしいと願った身であるのなら、自分の身のように考えるべきだと思った。

 彼女がぼんやりしているあいだに解決し、いつもの彼女を取り戻さなければ。


「とにかく、こっちでもアメリィと希くんについて追っていくよ。私だって、力になりたいからね」


 そう言ってくれたリノに頭を下げ、小灰とともに社長室をあとにした。

 エレベーターに乗って地下の居住区にまで行く過程でもずっと、城華は円家のことばかり考えていた。ひとりごとで、よくなにかこぼすほどには頭がいっぱいだった。


「……ストレセントも、ってことは、いずれ戦うってことよね」


 希に起きていることも問題だが、アメリィのことだって問題だ。

 きっとイドルレがかつて地味な少女であったように、彼女にしても妹たちを守る姉だったんだろう。その姉と、いま戦わなくてはならない。


 城華なら、割りきれなかった。汐漓に付き従って、不二を裏切ろうとしてしまうほどには。


「不二のこと、もっと相談してくれていいわ。だって、愛する相手と戦わなきゃいけない気持ちは知ってるつもりでいるんだもの」


 小灰は汐漓と全力でぶつかっていた。彼女の持っていた、好きだからこそ戦わなくてはならないというのは城華にはわからない感情である。

 不二と近くなるのかはわからないけれど。この先輩は、まだまだ相談相手としていい先輩でいてくれるだろうか。


 ◇


 イドルレのもとへと戻ってきたアメリィはところどころが焦げていて、しきりに気にして自分にやすりをかけようとしたりと忙しかった。

 常に忙しいのが彼女だが、いつにも増して焦っているような気がする。


 出ていった先で何があったのだろうか、イドルレには計れないが、きっと衝撃があったのだ。

 そして、あの一緒に作ったストレセントも失うような攻防を繰り広げていたんだろう。


 イドルレは深くは詮索しないことにした。人が落ち込んでいるとき、それを励ますのは事情に深く関わっていることではたいていない。

 それを忘れさせてくれるほどに熱中できるものだ。


「よし、歌おう」


 アメリィのためのスペシャルライヴを行うのだ。復活後二度目のライヴになる。

 イドルレ・ザナドゥ、即ち楽園の名は名前だけではない。楽園のような時間にしてみせよう。


 イドルレはひそかに自分の内側に決意を固めて、アメリィがやろうとする無謀な掃除を止め続け、いっしょに掃除を行うことでいまは気を紛らせてもらおうと思ってモップがけを手伝った。


「あれ、わたしまでもが掃除をしてるって、けっこーレアじゃない?」


 雑用をするアイドルというのもきっと新鮮な一面だ。これでいこう。

 次回のライヴは気分もステージも綺麗にしてさっぱりを目指そうではないか。


「……あ。ありがとう、イドルレ」


 今のは、アメリィが見せたことのない表情を伴ったお礼であった。本当に衝撃だったのか。

 彼女の誕生の事情は知らないが、イドルレにとっての天世リノのような存在がいるのなら、邪魔者を引き付けておくくらいは得意分野だ。


 アメリィのお礼に親指を立てて答え、アメリィもまた掃除を続けつつも親指を立ててくれた。

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