Case39.消えたマドカの家
ウートレアは正座させられ、エイロゥ、アメリィ、そしてイドルレが見守るなかで「うちはペットに逃げられました」と書かれた恥ずかしい札を首から下げて謹慎中だった。
イドルレによってX型の要素が含まれているストレセントだったのに加え、材料に使った人間の激情が増幅される作用があるらしい。
今回、ウートレアのやり方ではせっかく作ったX型ストレセントを逃がしてしまったのだ。
正直、あのユムシを模した姿はどうかとイドルレも思っていたやつの逃亡だったから、あれの口にくわえられてべたべたになった黒髪巫女服幼女という完全にあぶない図式にはならずにすんだ。
やられたらしい感覚があったとき、イドルレはとても安堵した。
だから、イドルレ自身としては別にウートレアを責めるつもりもないし、まだX型ストレセントなんて作った経験のある者がこの場にはイドルレしかいないためわかっていないのが問題だった。
次に共にミッションを遂行することになるのは順番通りアメリィで、いまもウートレアには脇目をふっているだけでずっと壁を磨いている。
常に丁寧ながら最上級の家事を行い続けるワーカーホリックなアメリィだが、疲れというものは知っているのだろうか。同僚の過労死には、祷可恋としてもいい思い出がない。
それにイドルレには、目覚めてからオヴィラトがいない扱いになっているのに気づいたとき、とても寂しい気持ちになった経験がある。
残念ながら、アメリィに休むという概念があるのかはイドルレにもわからなかったけれど、あんな気持ちはあまり好きではなかった。
「ま、行こっか」
「あぁ、そうだね」
アメリィとイドルレの出発に、エイロゥとウートレアがそれぞれ「いってらっしゃい」「なのです」と挨拶をしてくれる。
いや、ウートレアのは挨拶といっていいのだろうか。なのですだけで済ませるのは大丈夫なのか。
どうでもいいことを考えながら、ふとうしろを向いた。
「……いや、人の通った後をすかさず拭きながら出発しようとするのやめてくれるかな」
「そうか、気をつけるよ」
イドルレのすぐ後を拭いていたアメリィは手を止めようとはせず、そのままの流れでイドルレよりも前に出た。
ぶつからないように距離をとってくれているらしいが、そういうことじゃない。
それと、そのモップはどこから出たのか気になった。メイド服の彼女らしく、掃除用具が武器となるのだろうか。
となると、スタンドマイクを出せるイドルレが言えることではないのかもしれなかった。
◇
不二の悩みがイドルレによるものではないし、リノに画像を見せてもらったがそれだけで晴れるものでもまたなかったらしく、不二はいまだに話しかけづらかった。
ぼんやりする時間や頻度は減ってくれたが、まだまだだ。
そこで、最も不二が心配だった城華は耐えきれず、実は最年長だったらしい小灰に話しかけた。
「あの、小灰先輩」
「せ、せんぱっ!? な、なにかしりゃ!?」
第三期と第二期の差は大きいと思って敬称をつけようとすると小灰は飛び上がった。ぽよんとパーカーの下で豊かな胸部が揺れる。
城華は自らの胸のうちにも飛び上がってくるのを感じ、それが嫉妬とほほえましさであることに気がついた。
平静を取り戻すためにお互いが落ち着くまで待って、真顔になりつつも城華から話しかける。
「えっと、不二のこと、なんだけど」
「あの子の……あぁ。悩みごとね」
察してくれて助かった。
そして、城華が今から行こうとしている場所のことを話す。不二を生み出した、円家である。
データ上では姉が市外の病院に入院中、妹は残っていて、それでもたったひとりではかわいそうだからとおじいちゃんおばあちゃんの家へ引っ越す予定であるらしい。
それを確かめにいく。まずは実家、それからお姉さんのお見舞いだ。
データがストレセントたちによって書き換えられていたり、すでに実家は襲撃に遭っていたという可能性もある。
だから、まず不二に下手なショックを与えないために城華たちが行くのだ。
と、こんなぐあいに説明すると、小灰は快く応じてくれた。
先輩がいれば心強い。小灰の戦闘能力が高いのは水の中から眺めていてもわかったし、いざというときに不二の妹をはじめとした一般人を守ってくれるはずだ。
不二のことに関しては、もちろん城華は自信がある。
姉や妹に比べればさすがに少ない。でもそれでも三位だ。肉親は殿堂入りでいけば、きっと一番が城華のはずだ。きっと。たぶん。
だんだん自信がゆらぎつつも小灰とふたりで出発しようとして、突如小灰はユリカゴハカバーのもとへは行かず、玄関のすぐそこで自分にオイルをかけた。
ここでやるのは無謀だというため近寄ろうとして、城華は巻き込まれた。
爆炎ですこしよろめき、次に見た小灰はすでに全身炭化しており、内側で再生した新たな小灰が脱皮のように現れる。
「気が早くないかしら」
「いいの。こうしたほうが速いもの、ねっ!」
城華がいきなり抱きかかえられておろおろしていると、小灰の脚ではジェット噴射がその火を噴きはじめていて、そのジェットを利用して空へ猛スピードで飛んでいく。
速度はリノが運転するときの暴走ユリカゴハカバーとあまり変わらない。その速度を保ったまま飛行するので、城華は舌を噛みそうに何度もなった。
でも、ちゃんと指示はできたはずだ。ちゃんとマップの通りだ。
目的地に到着するとなって、城華がそれを知らせると、ゆっくりと出力を落として小灰は降りていった。
地面がちょっと焦げているが、まぁ城華たちの仕業だとは思われないだろう。地に足をつけると、小灰が変身を解いた。
不二の住んでいたという家は城華の想像よりずっと普通だった。
教えられなければ気づかない、のは当たり前だろうが、よく見ると整備されていないようには感じた。
城華は「不二の元クラスメイトである」という言い訳を用意しつつ、インターホンを押した。
待っていても、誰も反応しない。
もう一回押してみても誰も出てこず、城華はさっさと諦めた。
「……誰もいないのかしら」
小灰に視線をやると彼女も城華の反応で不二の親族が出てこないことを悟ったようで、別の行動に移った。
ドアを燃やすとか窓を叩き割るとかやりかねないと思っていたが、ちゃんとお隣さんに聞くという平和な方法でほっとする。
「あの、お隣の円さんなんですけど」
「あぁ、円さんのお知り合いか。最近見てないよ、三人姉妹でほほえましかったんだけどなぁ。なんでも、お姉さんが入院、真ん中の子が自殺しちゃったんだろ?妹ちゃんだけならどっかに泊めてもらってたりするんじゃないか?」
「そうですね……ありがとうございました」
「不二ちゃんの友達かい? 妹ちゃん、つらいと思うから、やさしくしてやってくれよ」
お隣に住んでいるのがまともそうなお兄さんでよかった。いま、あの家には誰もいないかもしれないという。
なら、次の目的地は姉のほうが入院しているとされる病院か妹が通っている小学校になる。
ここで、城華は助けを呼ぶことにした。このふたりでは、小学校での情報は得られないからだ。
奇しくも不二の妹通っていた学校は先日ストレセントの出現した、即ちうろこの妹たちと同じ学校であった。
「もしもし、うろこかしら?ちょっと頼みたいんだけど」
うろこの返事は快いもので、すぐに出発してくれた。
こうして、ふたりの目的地は病院へと決まって、市外ではあるが名前も住所も明記されていたためすんなり到着した。の、だが。
受付で問題が発生する。円、という姓の人物はこの病院にはここ数年を洗っても出てこないのだという。
たしかに、わざわざここに入院させる意味がわからない。天界社の施設は新しいとはいえ七年ほど前でもすでに大規模になっている。
なのにわざわざ市外へ行くだけのメリットがあるだろうか。天界社の最新の設備であれば、こんないかにも街の病院といった場所よりも腕のいい医者も集まるのではないだろうか。
小灰と顔を見合わせ、病院の外へ出ると、ちょうどうろこからの着信があって、妹さんがずっと小学校を休んでいるということがわかった。
これでは、どっちの可能性も高い。失敗でなくても、成功とは言えない。
「おや、こんなところで。捜し人でもいたかい?」
城華はその声に顔を上げ、視界に声の主を捉える前に小灰によって突き飛ばされた。
小灰もまた同じく飛んで、間一髪で何かが通りすぎていった。
見てみると、キリンとも馬ともつかない、網目をもちながら首は長くなくがっしりしている生物を騎馬として、あの暁の少女が立っていた。
ふたりは驚きつつもまず立ち上がる。
すぐさま毒を吸う判断をし、変身までのあいだの回避は小灰に任せる。
もちろんあのストレセントは生身の小灰よりも速く、追い付かれてしまいそうだが、どうにか毒での死を間に合わせて、城華は小灰の腕の中から飛び立つ。
逆に小灰のほうを放り投げ、乗り捨てられた乗用車にぶち当てて爆発炎上させ、騎馬が怯んだのを好機とみて神経毒の針を放つ。
しかし、暁の少女に勘づかれたらしく自らの翼で受けられ、彼女の靴底とともに地面についた。
小灰が黒こげになった中から変身を終えて飛び出してくるも、暁の少女と激突し、互いの勢いが相殺しあって衝撃となってすべてが逃げ、どちらもすこし後方に着地した。
「あなた、何者かしら」
「そっちは第二期被験者だったか。直接会ったことはないから、どっちもはじめましてになるね」
「何者、って聞いてるの」
小灰の敵意を剥き出しにした態度に、暁の少女はすこし困っているようすで答える。
「……えーっと。アメリィ・ストレセント、って名乗ればいいんだよね」
アメリィと名乗った彼女。何も考えていなかったときの反応、そして顔立ちを見て、やはり不二との関連を疑っている。
どちらがアメリィとなっているのかは、こうやって目の前にしてみると推測できる。
不二よりも小柄でかわいらしい姿。きっと、妹さんのほうだと城華は考えた。
「城華、危ないッ!」
小灰が突っ込んでくるストレセントと城華のあいだに滑り込み、気づいた時点で城華は空へと飛び上がった。追ってアメリィもその翼をもって追ってくる。
相手は不二の家族かもしれない、と思うと傷つけたくなくて、毒を受けた片翼のはたらきが悪いらしいアメリィのもう片翼を狙って墜ちてもらおうとする。
が、すでに毒を受けているとは思えない動きで回避して、さらに距離を詰めてきた。
次の瞬間には、城華は墜ちていた。羽に穴を開けられたのだ。
小灰に受け止めてもらえて地面との衝突は免れられたが、ストレセントはこの瞬間を小灰の隙と見て向かってこようとする。
毒で迎え撃ち、それもまたアメリィに止められ、それでもなお速度を損なわずに襲ってくる。騎馬も止まることはない。
小灰がアメリィとぶつかろうとしたが、城華はアメリィへの攻撃を一瞬躊躇った。一歩遅れてしまったのだ。
突進をもろに食らって吹き飛び、城華の吐いた血が宙を舞った。心配してくれる小灰もアメリィの蹴りで壁と激突させられてしまう。
本気で戦えたなら、城華に迷いがなければ、もっと戦えた相手かもしれない。
小灰は、城華が声をかけなければこんなことには巻き込まれなかったはずだ。
なのに。後悔が浮かび、目をつむり、次の瞬間に後悔の念は途切れた。
「みいつけた」
全員が振り向いた。突然の乱入者であるうえ、彼女の手元からもバチバチと放電らしき音がする。
そして彼女はアメリィの姿を見てにたりと笑って、手元の道具を首へと当てた。
「……変身」




