Case24.ちいさな蝶々
不二と城華がリノに呼び出される前から、和紙とうろこは自主練習で互いの身を狙っていた。
機動に欠けるが掃射を得意とする銃火器と、火力よりも機動力である暗殺者の戦闘とは、必然的に回避を続ける暗殺者と狙う銃火器の戦いとなる。
うろこは大雑把だ。ちょこまかと動く和紙を敵とすると相性がよくない。
しかし、それを克服するのがまた目標である。
互いに再生することを知っているため多少の無茶はかまわないと決めている。
和紙は少し銃弾を浴びながらもこちらへ向かって突き進み、うろこ本人を狙ってこようとする。
ナイフ一本でそこまで対応されるのはうろこにとっても屈辱だ。出現位置の変更、機種の変更によって土煙を舞わせ、自分はいち早く離脱する。
できれば手榴弾なんかが使えればよかったのだが、残念ながらうろこの死因は爆死ではない。火薬はあっても銃弾を飛ばすためにある。
いったん息を吐き、拳銃の中身を補充しようと考えた。
「安心するのははやい」
気づけば、首にナイフを突きつけられている。
さすがは和紙だ。がむしゃらに撃つだけだと、やはり彼女には突破される。
うろこも考えなければな、とどうしても思う。
「……うろこはこうなってからが弱い。身体も鍛えていこう」
「お前さんみたいに腹筋割れってか?」
「筋肉のトレーニングは、ここに来る前からやっていた。まず肉弾戦ができないとお話にならない……って」
「誰の言葉だ?」
「私の育ての親、コードネームは教えられない」
「なんだよそれ、ほんとのアサシンみたいだな」
「うん。アサシン」
和紙は本気で自分の家庭は暗殺者だったと言いたいらしい。しかも本当の両親ではない、とか。
適合者の家庭事情はいちいちめんどくさいものが多い。
水戸倉家の、不幸な事故で両親が他界し三姉妹が残されたという境遇は単純なほうかもしれない。
「じゃあ、やろう」
和紙が構えた。
仮に本当の暗殺者だったのなら、本気で人を殺しに行くときの体術になるんだろうか。例えば、相手の脛に全体重をかけてへし折る単純なものとか。
そんなことを考えているうちに和紙が動き出す。
銃弾に対応できるだけあって、こっちがなにかを考える前に攻撃がすでに当たっている。
前の攻撃への回避行動を予測されており、近接戦闘への慣れを感じさせる。
ふだんリノとは訓練しているのを知っているが、この慣れは数週間そこらでは身に付くものではないだろう。
こうは冷静に考えてはみても、対応できない攻撃がいくつも飛んで来るというのは焦るし、そもそもいきなり始まったものだから覚悟もなにもないのだった。
「ちょっ、ちょっタンマ!」
「戦場で、待てと言われて待つやつは……寝起きの熊か、木偶の坊だけ。短歌」
うろこはほぼ一方的に痛め付けられ、止めは腹部に突き刺さった拳で意識が飛びかけたところだった。
結局和紙が最後につけくわえた「短歌」の意味が先のセリフが五七五七七になっていることだとは攻撃の波が止んでからでしかわからなかった。
「……だいじょうぶ?」
「なわけあるか、全力で腹殴りやがって!」
「やりすぎた。すまない」
そういう和紙は楽しそうだった。
確かに最近の相手は専ら人外で、オヴィラトやイドルレの相手はずっと不二と城華だった。
使える場がリノ相手しかなく、そのリノもここまでサンドバッグにはなってくれないんだろう。あまり披露する機会がない特技を披露するというのは楽しいものだ。
うろこだって、お金に困ってすることはなくなってしまったが趣味はお菓子作りだったし、それを食べて笑うおぼろと季里の笑顔は鮮明に覚えている。
「まぁ、和紙が楽しそうだからいいけどよ。妊娠できなくなったらどう責任とってくれるんですかね」
「だいじょうぶ。責任をもってうろこのお婿さんになる」
「はは、こんだけ強烈なパンチができる女の子の旦那なんざ、うちだけになるだろうな」
和紙も冗談がわかるようになってきた気がする。
最初にであった頃の彼女だったら「生体隕石手術したら、妊娠できない」なんてつまらない返しだったろう。
確かに事実ではあるが、こうして乗ってきてくれる方が嬉しい。
うろこが和紙の手を借りて立ち上がると、ちょうど端末が鳴った。らしい。訓練場の隅に避けておいた上着のポケットから振動音がする。
まず上着を着て、それから端末を確認する。
ここ数日は端末を使うようなことはなかったから、ついにストレセントが来たかと警戒した。
しかし、内容はいつもの出動命令ではなく。この施設内での出動だった。
「は?地下エリアに侵入者ぁ?」
「ストレセントは入れないはず……ちょっと、へん」
「だよな。エリア封鎖である程度は絞ってあるから、急行してくれとよ」
うろこと和紙は念のため変身し、和紙の機動力に助けてもらって現場のエリア、訓練場の天井の横である資料室あたりへ駆けつけた。
シャッターが下りていて、警戒態勢の警備員たちがいっぱいいる。
事件現場に来た刑事の気分で警備員たちに挨拶して、シャッターを開けてくれると聞いた。
うろこの変身後コスチュームは警官風だ。こういう状況は似合うと思う。
和紙とうろこは低い位置から滑り込んですぐにシャッターを閉めてもらい、うろこが真っ先に拳銃を構えた。警戒しつつゆっくり進んでいく。
この施設の地上一階から五階は病院だ。ふつう、病院に強盗には入っていかないだろう。
地下の存在を知っていた、ということになる。
ならば関係者だが、ストレセントは結界で入れなくなっている。いったい何者なのだろうか。
侵入者らしい影を見つけても、答えは出なかった。
「おい!こんなとこで何してるんだ!」
銃口を向けると、データベースを覗こうとしていたのかパソコンの前に向かっている少女が驚いた顔をし、パソコンから離れ両手を挙げた。
「あの女、まだあんなことをやっているの?」
忌々しそうに吐き捨てる彼女。
その透き通る水色の瞳でうろこと和紙を観察するように見ながらゆっくりと後ずさりしていく。それに伴い赤いポニーテールが揺れ、パーカーの上からでもわかるバストもまた揺れているらしい。
年代はうろこより下のはずなのに、不二といい発育がいい奴は胸に行く。
その胸に押し上げられているパーカーはやや小さいようで丈が足りていない。
デザインはただ英字が印刷されているだけで、下も淡い色のロングスカートで清楚な印象だ。
髪もきれいであり、すさんだ生活を送っているわけではなさそうだった。
「……あなたたち。そうなってから何年かしら」
「こう、なって?」
「タチバナシステムを身体に入れてから。いったい何期まで死人がいるの」
「私たちは三期。手術からは、1ヶ月経ってない」
彼女に教えてしまってもいいのかと思うと、相手は予想外に安堵の息をつき、その表情はいまだ緊迫に満ちていたが、和紙が素直だったことで進展はしたみたいだった。
「素直に捕まるわ。代わりに、私のことをリノのところへ突き出して」
「何考えてやがる?第一、何者だてめぇ」
「リノに会わせてくれたら、彼女の口から聞けるわ」
どうやら、侵入者の彼女の言うとおりにしなければ状況は変わらないのだろう。こんな場所で戦闘になっても困る。
うろこは和紙と横目でコンタクトをとって、和紙が彼女の両手を掴む手錠がわりになって連れていくことに決めた。
端末でリノに連絡をとり、急遽彼女のほうから地下エリアに来てくれるらしい。5分もかからないうちに日本刀を腰に携えて到着し、侵入者の彼女と相対することになる。
「久しぶりね、天世リノ?」
「え、君、もしかしなくても」
「四年前は世話になったわね。借りを返しに来たわ」
四年前からの、リノとの知り合い。
うろこは当時中学生、つまりいまの和紙くらいだった。そのころから何かの因縁があったのだろうか。
うろこの疑問は、和紙が口にした質問およびリノと侵入者の会話を聞いているとすぐに解消された。
「彼女はなにもの?」
「第二期被験者、あるいは適合者。名前は『十二車小灰』。だよね」
「覚えてたのね。えぇ、そうじゃなきゃ困るわ。私は天世リノに捨てられた女なんですものね」
「くっ、その節は……」
「いいの。謝罪は求めてないから」
第二期適合者。リノと芥子が一期だとは知っていたけれど、第二期についてはいっさい知らされていないし、疑問にも思っていなかった。
教えてくれる先輩の位置もリノだった。そのリノに捨てられた、ということが因縁とはわかったが、どういうことだ。
第二期適合者としてここで暮らしていたのに、戻ってきてみればこうして侵入者扱いを受けていることか。
いや、そんな新しいことではないだろう。四年前に何かがあったのだ。
今度の疑問はすぐに解消されることはなく、こう続いた。
「私も久しぶりにここに来ることができた。だったら話があるわ。聞いてほしいの」
小灰が話があると言い出し、リノは彼女と別室へ移ろうという。
和紙とうろこにも関係がある話だと言われ、半ば無理やり地上階へ通じるエレベーターに連れていかれる。
話は聞きたかったが、拒否権はまずなかったらしい。
ずっとこの拠点にいなかった先輩。いったい何を見たのだろう。
うろこはずっと小灰の横顔を見ながら考えていた。




